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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「核抑止」を否定する新聞、肯定する新聞~G7後の広島原爆の日 「被爆国の新聞」の報道の記録

 1945年8月6日に広島に原爆が投下されてから78年。広島市のことしの平和記念式典では、「核抑止論」が焦点になりました。松井一実市長は「平和宣言」で、核抑止論が破綻していることを直視するよう各国の指導者に対し求め、為政者に核抑止論から脱却を促すことが重要になっていると強調しました。広島県の湯崎英彦知事はあいさつで、「積極的核抑止論の信奉者が存在し、核軍縮の歩みを遅らせている」と、強い言葉で核抑止論を批判しました。湯崎知事の言葉で強く印象に残るのは「ウクライナが核兵器を放棄したから侵略を受けているのではない。ロシアが核兵器を持っているから侵略を止められないのです」「核兵器国による非核兵器国への侵略を止められないという現在の状況は、『安定・不安定パラドックス』として、核抑止論から予想されてきたことではないですか」との指摘です。
 広島市で5月に開かれたG7サミット(先進7カ国首脳会議)で発表された核軍縮文書「広島ビジョン」では、「核のない世界」を目指すとしながら、米英仏のG7側が保有する核兵器については、抑止効果を正当化していました。広島市長の平和宣言が「核抑止論の破綻」に踏み込み、広島県知事が強い言葉で核抑止論を批判したことは、「広島ビジョン」に対する被爆地からの痛烈な反論だと、わたしは受け止めています。
 核抑止は、相対する核保有国の指導者(権力者)が、互いに理性を保ち、合理的に行動することを想定していなければ機能しません。いわば信頼が相互に存在していなければ成り立ちません。ロシアのプーチン大統領が核を威嚇に使ったことで、核抑止論はとうに破綻しているとわたしは考えてきました。広島市長の指摘は妥当だと感じます。
※広島市平和宣言
 https://www.city.hiroshima.lg.jp/site/atomicbomb-peace/346475.html
※湯崎知事あいさつ
 https://hiroshimaforpeace.com/2023peace-memorial-ceremony/

 松井市長や湯崎知事の訴えは、被爆者や住民の心情に沿ったものだろうと思います。地元紙の中国新聞は、7日付の社説で、以下のように評しています。

※中国新聞社説「核抑止論と8・6 被爆地の思い受け止めよ」=2023年8月7日
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/343463

 核抑止論にこれほど焦点が当たった原爆の日はかつてなかったのではないか。広島市の平和記念式典で、松井一実市長と広島県の湯崎英彦知事が相次いで、核に核で対抗する安全保障政策のリスクを指摘し、そこからの脱却を世界のリーダーに訴えた。
 5月に開かれた先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)でまとめた核軍縮文書「広島ビジョン」が背景にある。「核兵器のない世界」を究極の目標としながら、核抑止を肯定する記述が盛り込まれ、批判を浴びた。
 松井市長の平和宣言は、「核による威嚇」を繰り返す為政者がいる現実を踏まえ、「核抑止論は破綻している」と強調したのが最大のポイントだろう。
 「核兵器が存在する限り防衛目的の役割を果たす」と記した広島ビジョンに反論する文脈と言っていい。平和宣言で核抑止論をこれほど明確に否定したのは異例だ。被爆者や市民団体からの要望を受けて盛り込んだ。
 もっと踏み込んだのは、湯崎知事である。こちらは式典のあいさつで毎年のように核抑止論を否定してきたが、さらに主張を強めた格好だ。
 (中略)
 G7の議長国として、広島ビジョンをまとめた岸田文雄首相は、市長や知事の訴えをどう受け止めただろうか。式典でのあいさつや被爆者団体の要望を聞く場で核抑止論を巡る明確な説明はなかった。

【写真】2023年2月撮影

 この「核抑止論」に対する新聞各紙、中でも地元紙と全国紙のスタンスに、大きな差異があると感じています。
 中国新聞は6日当日の紙面にも関連の社説を掲載しています。核抑止を幻想と言い切り、核廃絶を求める姿勢に揺らぎはありません。

※中国新聞社説「ヒロシマ78年 原点の継承、今こそ誓いたい」=2023年8月6日
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/342981

 多くの被爆者が失望した広島ビジョン自体がやはり、説得力を欠くと言わざるを得ない。核抑止力を正当化し、ロシアや核戦力を増強する中国を難じる一方で米英仏の保有は容認したからだ。「核兵器なき世界」と口では唱えても理想と現実は違うとばかりに、やる気を感じさせない国々。その中に被爆国日本が含まれるなら残念だ。
 (中略)
 しかし悲観すべきではない。今こそ原点に立ち返り、20世紀最大の負の遺産、核兵器がもたらす惨禍を直視したい。核抑止力という幻想を打破し、廃絶への道を開くことは必ずできる。

 全国紙5紙(朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日経新聞、産経新聞)も、6日付でそろって社説で取り上げました。中国新聞とはかなり趣が異なります。
 読売、日経、産経の3紙は、核抑止論を明確に肯定しています。産経新聞は「理想を唱えるだけでは平和を守れない」「政府は核保有国に核軍縮を促し、北朝鮮の核・ミサイル戦力の放棄を追求すべきである。さらに、国民を守る核抑止と国民保護の態勢を整える使命がある」と、核抑止に積極的です。読売新聞も核抑止を積極評価しており「ロシアが核の使用を踏みとどまっているのも、核の抑止力がそれなりに機能しているからと言えるのではないか」とまで書いています。
 朝日新聞は「プーチン氏の言動をみれば、彼らの理性がもはや信頼に値しないことは自明だ」「理性を軽んじ大衆扇動に走る指導者が生まれる可能性は欧米でも増している」としつつ、「抑止」に対しては「ほころびが著しい」との表現です。「破綻」「幻想」より踏み込みが浅いと感じます。核抑止はかつて機能していたが今はそうではない、との認識でしょうか。中国新聞の「核抑止力は幻想」とは意味合いが本質的に異なると感じます。毎日新聞は、核抑止を正当化した「広島ビジョン」について「被爆者から反発の声が上がったのは当然だ」と書きました。批判ではあるのですが、論説という文章の主体性を考えると、どこか「他人ごと感」がぬぐえません。
 以下、各紙の社説の見出しを書きとめておきます。各紙のサイトで全文を読むことができます。
▼朝日新聞「被爆78年の課題 脅しに屈せず核廃絶めざせ」/規範への挑戦許すな/抑止のほころび露呈/非核へ対話と行動を
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15710168.html
▼毎日新聞「’23平和考 78回目『原爆の日』 核なき世界へ思い新たに」/厳しさ増す世界の情勢/被爆地の発信力さらに
https://mainichi.jp/articles/20230806/ddm/005/070/124000c
▼読売新聞「原爆忌 核の使用許さぬ機運高めたい」
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20230805-OYT1T50327/
▼日経新聞「核廃絶へ惨禍伝える取り組み広げよう」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK044IE0U3A800C2000000/
▼産経新聞「原爆の日 抑止力を高め平和の道を」
https://www.sankei.com/article/20230806-DDENGKPOWBIIBGA4UOSADCK6TE/

 G7広島サミットでは多くの海外メディアが広島に入り、「被爆地広島」を世界に発信しました。この夏、広島の原爆資料館には、海外からの見学者が増えているとも報じられています。G7サミットによって、日本が世界で唯一の被爆国であること、あるいは被爆、原爆による被害の実相が世界的に注目されているのだろうと思います。そうした意識のもとで、世界を俯瞰する視野とともに日本のマスメディアの報道を見渡した時に思うのは、広島や長崎の地元紙が「被爆地の新聞」であるだけではなく、日本の新聞は等しく「被爆国の新聞」であるはずだ、ということです。全国紙に限ってのことですが、五つの新聞のうち三つが「核抑止論」を肯定し、ほかの二つも明確に否定しているとは受け取り難い、という状況は、海外で核廃絶を願っている人たちの目にどのように映るでしょうか。

 6日の広島市長の平和宣言を、全国紙各紙も7日付朝刊で報じました。東京新聞も含めて本記の扱いと見出しを書きとめておきます。
▼朝日新聞1面トップ「核廃絶 訴える広島/『核抑止論は破綻 直視するべきだ』/被爆78年 市長が平和宣言」
▼毎日新聞1面トップ「核抑止論は破綻した/78回目 広島原爆の日/最多111カ国参加 市長、廃絶訴え」
▼読売新聞1面「広島 78回目原爆忌/平和宣言『広島訪れ発信を』」
▼日経新聞2面「市長『核抑止論 脱却促す』/広島、78回目『原爆の日』」/「首相『核廃絶 機運高める』/国連総会で呼びかけへ」
▼産経新聞1面「核廃絶 世界に願う/広島原爆の日78年」
▼東京新聞1面トップ「『核抑止の破綻 直視を』/広島『原爆の日』平和宣言/日本の核禁条約参加求める」

 1面トップで扱った朝日、毎日、東京の3紙は、見出しにも「核抑止」「破綻」が入っています。広島市の松井市長が平和宣言の中で、核抑止論が破綻していると踏み込んで指摘したことは、ことしの広島原爆の日をめぐるもっとも重要なニュースだろうと思います。中国新聞の社説が、ことしの平和宣言の「最大のポイント」と評している通りです。
 これに対し、社説で核抑止論を肯定した読売、日経、産経の3紙は、日経は「核抑止」「脱却」を見出しに取っていますが、読売、産経は「核抑止」を見出しに取っていません。
 少なからず驚いたのは読売新聞の1面の本記です。松井市長が核抑止論からの脱却を呼びかけたことには触れていますが、核抑止論の破綻を明言したことは、記事から抜け落ちています。平和宣言の全文は紙面に掲載しているので、「核抑止論の破綻」の指摘があったことを報じていないわけではない、ということなのかもしれません。しかし、社会で何が起きているのか、共通の知識と理解の基盤になるのがマスメディアの報道です。その役割に照らしてみれば、この読売新聞の記事は重要な情報が欠けています。核抑止、ひいては核廃絶を巡る社会的な議論の素材としては不十分だと感じます。

 以下は、ことしの広島原爆の日を東京発行の新聞各紙がどのように報じたかの記録です。6日付朝刊、7日付朝刊の主な記事の扱いと見出しを書きとめておきます。
※6日当日は日曜日のため、夕刊の発行はありませんでした。写真は8月7日付の各紙朝刊1面です。

【朝日新聞】
▼8月6日付朝刊
・1面「広島 きょう被爆78年」
・4面・フロントライン「核の惨禍 広島G7で言及」「踏み込んだバイデン氏 米世論は『原爆正当化』根強く」「『オッペンハイマー』被爆地描かず」
・5~6面・国際平和シンポジウム 核兵器廃絶への道(広島市、広島平和文化センター、朝日新聞社主催)詳報
・社会面トップ
「孫が語る被爆の記憶/壮絶な体験の『責任』伝承」「『平和への希望』思い背負う」
被爆国から2023 広島・長崎は問う「みんなで答え探し続けること大事」歌手MISIAさん
「思いも絶やさず」写真・5日夜の原爆ドームとかがり火
「韓国人の被爆者2810人悼む慰霊祭」

▼8月7日付朝刊
・1面トップ「核廃絶 訴える広島/『核抑止論は破綻 直視するべきだ』/被爆78年 市長が平和宣言」/「首相、長崎は不参加へ/市が招待見送り 台風警戒 式典縮小」
・2面・時時刻刻「『核なき世界』開けぬ視界/首相、サミットの成果強調」「軍縮に逆行、高まる脅威」「被爆地で核抑止論を話すなんて-『広島ビジョン』に怒り」
・3面・視点「『安全保障の現実』に のまれずに」
・21面・記者サロン「連載50年 ゲンは今も問う/教材外され売上増・手に取りやすい環境を」
・社会面トップ「キノコ雲 もう見たくない」「92歳 懸命に生きた10代 語ろうと決めた」「12歳 祖父の兄の三輪車 生きていた証しだ」/こども代表「平和への誓い」
第2社会面・広島市長・平和宣言(全文)/平和記念式典 首相あいさつ(全文)
・社説「被爆体験伝承 世代超えて継ぐために」

【毎日新聞】
▼8月6日付朝刊
・1面準トップ「被爆者 平均85歳超/78回目 きょう広島原爆の日」
・4面・特集「老いる被爆者組織」(大型図解)/「2世、3世が支えに/11県で解散・休止」/「父の苦しみ 語り継ぐ」富山県被爆者協議会 小島貴雄会長/「世界の人々の課題」日本被団協 木戸季市事務局長
・5面・なるほドリワイド「広島と長崎の平和式典」
・社会面トップ
「色あせぬ広島 記憶『解凍』/原爆で消えた街 伝える/大学生 写真カラー化」
「韓国人被爆者を追悼/2810人の名簿奉納」
「全来場者に手荷物検査/広島・平和記念式典」

▼8月7日付朝刊
・1面トップ「核抑止論は破綻した/78回目 広島原爆の日/最多111カ国参加 市長、廃絶訴え」
・2面・焦点「首相、廃絶道筋示さず/政府『核』拡大抑止重視」「平和宣言 被爆者の意向反映」
・9面(特集)「平和への行動 今こそ」「核による威嚇 直ちに停止を」平和宣言全文/「国際的機運サミット後も」首相あいさつ全文/「自分事 受け止め伝える」こども代表 平和への誓い全文/「危機の鐘再び 世界一つに」グテレス国連事務総長あいさつ全文
・社会面トップ「核廃絶の魂 次代へ託す/被爆の苦難 手記に」「声失っても『証言』続け」「笑顔のために力を使う/仮面ライダーから教わった平和」/「サーローさん『強く痛み感じた』」/「長崎の平和式典 台風で屋内開催/首相ら招待せず」

【読売新聞】
▼8月6日付朝刊
・社会面トップ
「父の被爆 語り継ぐ/5歳で両親失い 兄と生き抜く/きょう原爆忌/生前明かさず 遺品で判明/三重の遺族・鈴木さん/伯父の手記 克明に記録」
「交流の米学生 英語で紙芝居/G7首脳に証言 小倉さんの体験」

▼8月7日付朝刊
・1面「広島 78回目原爆忌/平和宣言『広島訪れ発信を』」
・2面「核軍縮 議論進まず/露侵略 各国の利害対立/NPT準備委」/「露 原爆投下批判/米けん制か」
・4面(政治・経済)「核抑止と軍縮 両立に意欲/首相『国の安保 万全に』」
・7面・広島平和宣言全文/岸田首相あいさつ全文
・社会面トップ「『被爆語る』91歳の決心/『命ある限り』G7が後押し」
・第2社会面「街の記憶 次代へ/消えた生家の絵 掲げ」/「4年ぶり 市民らが灯篭」/「長崎の平和式典 屋内開催に変更/台風接近で60年ぶり」

【日経新聞】
▼8月6日付朝刊
・社会面トップ
「核なき世界へ 若者動く/訪日客に惨劇の地案内/ネット発信、軍縮機運を/広島きょう『原爆の日』」

▼8月7日付朝刊
・2面「市長『核抑止論 脱却促す』/広島、78回目『原爆の日』」/「首相『核廃絶 機運高める』/国連総会で呼びかけへ」/「長崎の平和式典 屋内開催に変更/台風6号接近で」
・社会面トップ「核の悲劇 繰り返さない/消えぬ脅威 誓い新た/G7サミット機に世界が注目」/「『平和な未来、私たちが』/こども代表、力強く宣言」/「被爆者のサーローさん『市民の声聞き核廃絶を』」

【産経新聞】
▼8月6日付
・3面「広島 78回目の原爆の日」

▼8月7日付
・1面「核廃絶 世界に願う/広島原爆の日78年」
・3面・水平垂直「核廃絶と抑止 広がる溝/中朝露の脅威 さらに拡大」「日本周辺 進む核軍縮/中国、2035年までに1500発」
・5面 平和への誓い全文、広島平和宣言要旨、首相あいさつ要旨、国連事務総長 代読あいさつ要旨
・社会面トップ「寡黙な父が語った『あの日』/奈良県遺族代表 花房昭子さん(68)/平和の思い受け継ぐ 決意新た」/「天皇ご一家・上皇ご夫妻 ご黙祷」/「反戦・反核団体『非常識』デモ/静かな慰霊の日 遠く」

【東京新聞】
▼8月6日付朝刊
・2面
「きょう広島原爆の日/『核抑止論は破綻』市長言及へ/最多100カ国超が出席」
核心「核の怖さ発信続け/サーローさん映画の被爆2世/『知れば心動かされる』」
「『核抑止 われわれの訴えと正反対』/サーローさん、国会議員と討論」
「米スミソニアン博物館 広島・長崎 被害言及へ/25年『第2次大戦』展示刷新で」

▼8月7日付朝刊
・1面トップ「『核抑止の破綻 直視を』/広島『原爆の日』平和宣言/日本の核禁条約参加求める」
・3面・核心「核廃絶、首相トーンダウン/サミット成果強調 核禁条約 今年も触れず/広島・平和記念式典あいさつ」「『道筋示せず』被爆者団体批判」「『核抑止論が軍縮遅らせる』/式典で広島知事」/「公明代表『核禁会議オブザーバー参加を』」
・20面 広島平和宣言全文、岸田首相あいさつ要旨、国連総長あいさつ要旨
・社会面トップ「核なき世界 必ず/G7首脳に問う『どこを向いて歩きますか』/サミットで面会の被爆者」「『心の傷、葛藤伝える』平和記念公園で誓い」
・第2社会面「平和な未来 胸に/『自分の力 みんなの笑顔のために』子ども代表 力強く宣言」/「平和への誓い」全文/「『首相あいさつ 物足りない』サーロー節子さん」