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「抑止論肯定は許されない」「『広島ビジョン』と言えるのか」(中国新聞)~被爆地のサミット開催の意義を問う地元紙

 G7広島サミットをめぐる日本メディアの報道についての続きです。
 5月19日に発表された「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」(「広島ビジョン」)が、米英仏3カ国が保有する核兵器について、事実上、抑止力として有用であることを認め正当化したことなどに対し、地元紙の中国新聞が21日付の社説で批判しています。同紙のサイトで読むことができます。
 ※中国新聞社説「広島サミット/核軍縮ビジョン 抑止論肯定は許されない」
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/308514

 核を保有する米英仏3国が名を連ねるG7が、被爆地から「核兵器のない世界」を目指すメッセージを発信する意義は大きい。核軍縮を正面から議題に取り上げたことも評価しよう。
 だが、内容は極めて物足りない。保有国や米国の傘の下にいる同盟国の立場を肯定し、忖度(そんたく)するような記述には目新しさもない。ビジョンが、多くの原爆死没者が眠る広島の地名を冠するにふさわしいとは思えない。
 (中略)
 とりわけ「核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たす」と核抑止を肯定する記述は認められない。核には核で対抗する抑止論は「核兵器による悲劇を二度と起こさない」という被爆地の願いに背いている。広島が海外の要人に訪問を求めてきたのは、被爆の実態を目の当たりにしてもらうことが目的だったことを思い返すべきだ。
 バイデン米大統領は「世界から核兵器を最終的かつ永久になくせる日に向けて共に進もう」と資料館の芳名録に書き込んだ。しかし、それを実現する道筋の議論が今回どれだけ尽くされたかは見えてこない。

 一つ前の記事に追記した中国新聞の金崎由美・ヒロシマ平和メディアセンター長の署名記事「『広島ビジョン』と言えるのか」は、21日付朝刊紙面では1面に掲載されています。こちらもサイト上で読めます。あらためて紹介します。
 ※「『広島ビジョン』と言えるのか」
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/308526

 核のどう喝に走る国を指弾するのは当然だが、G7メンバーの米英仏の核は不問に付している。4月のG7外相会合を踏襲し、核兵器は「防衛目的のために役割を果たし、戦争および威圧を防止すべき」と主張。核兵器は役に立つ、核抑止は必要―。そう再確認した形だ。
(中略)
 ロシアや、核を含む軍拡に走る中国の横暴を許してはならないからこそ、あらゆる核保有も核依存も否定する核兵器禁止条約の意義は大きいが、広島ビジョンでは無視した。首脳たちが19日に平和記念公園を訪れ、何を感じたのかにも触れていない。
このビジョンに被爆地が賛同したと世界に受け止められれば、ヒロシマの訴えは説得力を失うだろう。広島には今、拡大会合に出席するインドも含めれば世界の核兵器の半数に及ぶ推定で6千発余りを手中にする当事国の首脳たちが集っている。核兵器のない世界を目指す気はあるのか、被爆者をはじめとした市民の厳しい視線にさらされる。

 核保有国を含むG7首脳が、「核兵器のない世界」を「究極の目標」などと事実上、棚上げすることなく、その実現に向けて一歩でも二歩でも具体的な取り組みを話し合ってこそ、被爆地広島での開催の意義もあったと言うべきだと思います。しかし、20日に急きょ前倒しで発表された「G7広島首脳コミュニケ(声明)」でも、核兵器については広島ビジョンを超える内容はありませんでした。
 ウクライナへの侵攻を続けるロシアが核兵器を威嚇に使い、北朝鮮も核実験を再開しかねない現実がある中では、ビジョンをまとめたこと自体に意義がある、との評価もあると思います。ただし、それなら首脳会議の開催場所は広島である必要はありませんでした。被爆地での開催であったからこそ、合意にこぎつけることができた成果は、何かあるのでしょうか。
 中国新聞の社説は、以下のような指摘しています。

 実効性を伴わぬまま、核廃絶への姿勢だけをPRする「貸し舞台」に広島を利用されても困る。問われるのは、被爆地を訪れた経験を、各首脳が今後の政治行動にどう反映させていくかだ。

 さて、一つ前の記事で触れたように、「広島ビジョン」が米英仏の核兵器保有と抑止機能を正当化していることは、東京発行の新聞各紙の20日付朝刊から読み取るのは困難でした。では21日付朝刊はどうでしょうか。遅ればせながらも、あらためてきちんと報じたのは朝日新聞と東京新聞だけです。
 朝日新聞は社説、総合面と社会面の記事の計3カ所で触れています。社説の一部を引用します。
 社説「G7と核廃絶 被爆地の訴えに応えよ」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15641528.html

 文書は、ウクライナ侵略に伴うロシアによる核の脅しや中国の核戦力増強、北朝鮮の核・ミサイル開発などへの懸念を列記し、安全保障環境の厳しさを指摘した。核兵器の存在理由として「防衛目的、侵略抑止、戦争防止」を挙げ、核抑止政策の重要性をうたった。
 「核兵器のない世界という究極の目標」といった記述はあるものの、具体的な道のりは示せていない。「現実的、実践的なアプローチ」を強調するばかりで、発効済みの核兵器禁止条約にも全く触れなかった。核廃絶への長期的な視点を欠く文書は、被爆地の名を冠したビジョンと呼ぶに値しない。

 3面(総合面)には「核軍縮 後退の見方も」の見出しの記事を掲載。脇見出しに「『広島ビジョン』抑止力の正当性強調」と明記しています。社会面では、首脳が原爆資料館で芳名録に記帳した内容を紹介しつつ、その内容が「核抑止政策を前提」とする広島ビジョンと落差が大きいとしています。
 東京新聞は2面に「『広島ビジョン』道筋見えず」の記事を掲載。社会面では、広島ビジョンが核保有を正当化したことを「裏切られた」と非難する93歳の被爆者を紹介した共同通信の配信記事をトップで大きく掲載しました。
 他紙の紙面は、やはり広島入りしたウクライナのゼレンスキー大統領をめぐる記事が目立ちます。

 以下に、21日付の東京発行各紙の朝刊紙面について、G7サミットの主な記事、特に核廃絶、核軍縮を巡る記事について、書きとめておきます。

■5月21日付朝刊
【朝日新聞】
▼1面
①「G7『核軍縮の努力強化』/ウクライナ支援は継続確認/首脳声明」
②「ゼレンスキー氏 広島に/インド・ブラジルと対面外交」
③「アラブ首脳会議 シリア本格復帰/アサド大統領が出席」
▼2面
時時刻刻「戦時下 自信の来日」「ゼレンスキー氏、重ねた欧州外交結実」「グローバルサウス 到着直後 インドと会談」「アラブ連盟会議出席 各国の中立姿勢牽制」
▼3面
「核軍縮 後退の見方も/『広島ビジョン』抑止力の正当性強調」
▼社会面
トップ「ゼレンスキー氏へ 広島の思い/被爆者『平和呼びかけて』」/「避難者 非核の発信期待」
「記帳内容と広島ビジョン(核抑止政策を前提)落差」
▼社説「G7と核廃絶 被爆地の訴えに応えよ」

【毎日新聞】
▼1面
①「ゼレンスキー氏来日/G7首脳と相次ぎ会談」
②「米、F16供与容認/欧州から ウクライナ訓練支援」
③「対中国 共通原則で一致/異例の『前倒し』首脳宣言」
▼3面
クローズアップ「戦況反転へ 必死の外交攻勢/西側兵器 支援確約狙う/『グローバルサウス』首脳とも直接対話」「独壇場 困惑の声も」
▼社会面
トップ「G7首脳 平和の誓い/『核兵器廃絶へ共に』『行動することが使命』/原爆資料館芳名録」「被爆者 期待と注文」
「G7 中国念頭に声明/核保有データ公表要求/広島ビジョン」「『核軍縮程遠い』ICANが避難」
▼社説「G7のウクライナ声明 露軍撤退迫る国際協調を」

【読売新聞】
▼1面
①「露に圧力 中国へ要求/ウクライナ支援 G7首脳声明/現状変更に反対」
②「ゼレンスキー氏来日/インド首相らと会談/きょうG7参加」「欧州F16供与 米容認へ」
③「G7・新興国 連携一致/食料安保 8招待国と『広島声明』」
▼2面
「G7出席 露けん制/侵略後初のアジア訪問 ゼレンスキー氏」「ウクライナ侵略『懸念』日米豪印」
▼3面
スキャナー「新興国 中露と争奪/支援強化 法の支配訴え」「双方から実利 バランス外交/インドなど対露制裁せず」
▼社会面
トップ「核なき世界 決意の記帳/被爆者『実現へ導いて』/平和資料館 芳名録」
「厳戒 警察官の壁/沿道に避難民 戦争終結願う/ゼレンスキー氏来日」
・第2社会面
「広島流 食のもてなし/カキ、和牛、お好み焼き」

【日経新聞】
▼1面
①「『国際秩序維持へ結束強化』/中ロ威圧に対抗/G7首脳宣言」
②「ウクライナにF16戦闘機/米、欧州の供与容認」「ゼレンスキー氏来日」「和平案へ協力要請/ゼレンスキー氏、印首相に」
③「東証プライム企業 最低1人は女性役員/政府、25年メドに努力義務」
▼2面
「G7、金融不安『適切に行動』/保護主義には言及なし/首脳宣言『不確実性を警戒』明記」「化石燃料を段階廃止/天然ガスは一部容認」
▼3面
「戦時下 異例の来日/会合で『平和近づく』/ゼレンスキー氏、仏専用機で9000キロ」
「『法の支配』で新興国つなぐ/G7首脳宣言 『パートナー』大幅増」
▼5面
「『核ない日へ共に進もう』/バイデン氏 原爆資料館で記帳」
▼社会面
トップ「被爆の実相 私たちの声で/広島サミット、平和の訴え探る/若者団体 SNSや動画配信/ガイド・資料館 多言語対応急ぐ」「被爆者の証言に『心動かされた』海外の記者」
「厳戒 予備部隊を投入/ゼレンスキー氏、広島到着 警察当局」
▼社説「G7は国際秩序維持へ重責果たせ」/侵攻の波及食い止めよ/経済威圧に賢く対応を

【産経新聞】
▼1面
①「侵略続く限りウクライナ支援/G7声明、露は国際法違反/中国に『深刻な懸念』」「中国の経済威圧に対抗/グローバルサウス連携 食料安保強化」
②「ゼレンスキー氏来日/きょう原爆慰霊碑 献花」「米、同盟国のF16供与容認/欧州3カ国 訓練計画策定へ」
③「『主権尊重の地域目指す』/日米豪印声明 インド太平洋協力」
▼2面
「新興国とG7 橋渡し/首相、支持取り付け図る」「拡大会合に豪・韓など8カ国参加/中露対抗へ枠組み構築」「対露融和のインド どう動く/ゼレンスキー氏と対面会談」
▼3面
「トップ外交 露包囲網/ゼレンスキー氏 積極攻勢」「『非核』強いメッセージ/首相、大統領招いた狙い」「ウクライナ反攻作戦/F16供与で勝機拡大」
「対中 批判と協調/台湾巡り結束演出 G7首脳声明」
▼5面
「バイデン氏『核なくせる日へ共に』/G7首脳ら、原爆資料館で記帳」
▼社会面
トップ「おもてなし 和を世界に/広島食材・地酒 サミット効果」
「避難民『日本に感謝を伝えて』/ウクライナ大統領 きょうG7出席」

【東京新聞】
▼1面
①「JA共済 不適切契約続々/顧客の孫まで 知らぬ間に…/『総額3000万円超 やりたい放題』」
②「『核なき世界』実現へ関与/侵攻続けるロシア非難/G7首脳声明」「ゼレンスキー氏広島到着」(写真)
③「タウントレックで魅力発見/千葉で本紙オリジナル街歩きイベント」
▼2面
核心「『広島ビジョン』道筋見えず/G7 核軍縮 中ロに交渉要求/首相 意義強調でも目新しさ欠く」「異なる立場 対話尊重を」秋山信将・一橋大教授
「異例の前倒し 関心低下懸念?/政府、首脳声明発表」
▼3面
「被爆地から対ロ対抗訴えへ/英・独・伊・仏・印首脳と会談/ゼレンスキー氏広島入り」「仏政府専用機で来日/事前に準備した可能性」
「バイデン氏 原爆資料館で記帳『核兵器なき日へ共に』/平和への義務 思い出させてくれますように」
▼社会面
トップ「被爆3世代『裏切られた』/広島ビジョン 核保有正当化」「G7に ゼレンスキー氏に 思い/『被爆者の声を聞いて』『軍事でなく生活支援を』」