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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「唯一の被爆国のメディア」の報道が問われる~核抑止を正当化したG7「広島ビジョン」

 G7サミット(主要7カ国首脳会議)が広島市で5月19日、開幕しました。被爆地での開催であり、核兵器廃絶に向けて具体的な前進が見られるかどうか、人類史的な意義が問われます。19日には広島市を選挙区にしている岸田文雄首相が、各国の首脳を案内する形で原爆資料館(広島平和記念資料館)をそろって訪問しました。「現実的で実践的な責任あるアプローチを通じて達成される核兵器のない世界という究極の目標に向けた我々のコミットメントを再確認する」(日経新聞掲載の「要旨」)とする共同文書「広島ビジョン」も発表しました。20日にはロシアの侵攻を受けているウクライナのゼレンスキー大統領も広島入りし、21日にウクライナ情勢をテーマにした首脳討議に加わると報じられています。
 ロシアが核兵器を威嚇に使う中で、被爆地で開催しただけの意義があったといいうる成果が残るのか。広島サミットの帰趨それ自体もさることながら、それを日本のメディアがどう報じたかも、問われてしかるべきではないかと考えています。このサミットでは、海外からも多数のメディアが広島で取材し、報道を繰り広げています。その中で、日本のメディアには各国のメディアとは際立って異なる位置づけが可能です。「唯一の被爆国のメディア」であり「不戦と戦力不保持を国是とする国のメディア」です。そういう視点で、まずは東京発行の新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京の6紙)の紙面を対象に、どう報道を展開したかを記録しておきたいと思います。

 取り急ぎ20日付の朝刊です。前述の「核兵器のない世界」を「究極の目標」とする共同文書「広島ビジョン」について、実は極めて重要と思う事柄が、東京発行各紙の紙面からは読み取れません。核廃絶に対して、各国首脳がどの程度本気なのかにかかわる記述です。広島の地元紙、すなわち「被爆地の新聞」である中国新聞の報道との比較で気付きました。追って詳しく述べます。
 1面トップは各紙ともG7首脳の動きでそろうかと思っていたのですが、日経、産経は別のニュースでした。日経は、サミットに合流する直前のインドのモディ首相の単独インタビュー。産経はゼレンスキー大統領のサミット参加です。
 各紙の1面掲載記事の見出しを並べると、以下の通りです(①~③はトップ、準トップ、3番手の格付けです)。

【朝日新聞】
①「G7『核なき世界へ関与』/原爆資料館を訪問 慰霊碑に献花/広島サミット開幕」
②「ゼレンスキー氏、来日し参加へ」
③視点「ヒロシマの原点見つめて」
【毎日新聞】
①トップ「核廃絶 ヒロシマから歩もう/G7首脳 原爆資料館訪問/サミット開幕」
②「ゼレンスキー氏訪日へ/露の侵攻後初 あす対面出席」「反転攻勢へ支援訴え」
【読売新聞】
①「露の核威嚇を非難/ウクライナ支援継続/広島G7開幕」
②「ゼレンスキー氏対面参加/サミット きょうにも来日」
③「G7とG20 連携強化に期待/モディ印首相 書面インタビュー」
【日経新聞】
①「『G7・中ロ 両陣営と連携』/インド首相、単独会見/ウクライナ和平 仲介に意欲」
②「ゼレンスキー氏、来日へ/対ロで連帯表明/G7広島サミット開幕」「中国の核増強『不透明』/首脳が懸念 ロシアに不使用要求」「原爆資料館を初訪問」
③「日経平均 バブル後高値/3万808円 海外勢、割安感を評価/中国に代わる投資先に」
【産経新聞】
①「ゼレンスキー氏 来日へ/首相と個別会談も あすサミット出席」「ウクライナ 軍事・外交で支援獲得」
②「露の核威嚇『許されず』/台湾海峡安定 重要性で一致/広島サミット開幕」
③「東証、バブル後最高値/3万808円 33年ぶり水準」
【東京新聞】
①「核なき世界 広島から一歩/サミット開幕 G7首脳 原爆資料館初訪問/被爆者と面会 滞在40分」「『地球上から早くなくして』直接訴え/8歳で被爆 小倉桂子さん」
②「祭りの始まり 告げる舞」(写真:浅草・三社祭)

 このうち、G7サミットの本記の見出しは、朝日、毎日、東京の3紙は「核なき世界」ないしは「核廃絶」に焦点を合わせているのに対し、読売、産経両紙はロシアの核威嚇への非難を主見出しにしており、きれいに二つに分かれました。
 わたしの個人的な感覚としては、被爆地広島での開催であり、最大の焦点は「核廃絶」だろうと思います。一方で、ロシアが核を威嚇に使っている現実的な脅威を重視するなら、被爆地からロシアを非難することにニュースバリューを認める判断も、それはそれとして理解できます。
 6紙とも社説で取り上げています。見出しは以下の通りです。
【朝日新聞】「広島サミット 歴史の教訓 今に生かせ」
【毎日新聞】「ヒロシマとG7首脳 被爆者の思い胸に行動を」
【読売新聞】「サミット開幕 国際世論の形成を主導せよ/核軍縮の取り組み加速させたい」/露の制裁逃れどう防ぐ/新興国との協調不可欠/生成AIの規制が急務
【日経新聞】「『広島ビジョン』で核軍縮の機運を再び」
【産経新聞】「サミットの開幕 国民守る核抑止も論じよ」
【東京新聞】「広島サミット 『核なき世界』の起点に」

 朝日、毎日、東京は「核廃絶」、読売、日経は「核軍縮」とニュアンスの違いはありますが、核兵器の削減を志向する論調であるのに比べると、産経新聞の論調は異彩を放っています。一部を引用します。

 岸田首相は国民に、理想の追求と同時に核抑止も必要だと正直に説く必要がある。それなしには核の現実的な脅威に対処する緊急性への理解が国民の間で広まらない。周辺国の核の脅威が高まっている今、米国の核の傘など日本と国民を守る核戦力の充実が課題になっているのである。

 ただ、産経新聞のこの論調は「岸田首相は国民に~正直に説く必要がる」と指摘しているように、岸田首相を含めてG7首相が核による抑止を明確に容認していることをふまえています。
 19日に公表された「広島ビジョン」は、確かに「核兵器のない世界」を究極の目標としてはいますが、以下のようなことが明記されています(日経新聞掲載の「要旨」より)。

 我々の安全保障政策は核兵器が存在する限りにおいて防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し戦争や威圧を防止すべきとの理解に基づく。

 言い換えれば、核による抑止は必要である、有用であると明確に認めている、ということです。そのことを考え合わせるなら、「核兵器のない世界」を目標とすることについて、わざわざ「究極」を付けていることの意味も分かってきます。「核軍縮」はともかくとして、今のところ「核廃絶」を本気で目指す考えはない、ということです。
 広島ビジョンに「核抑止の容認」が盛り込まれていることは、東京発行の各紙の紙面からはなかなか読み取れません。わたしが気付いたのも、広島在住の知人から知らせていただいた、地元紙の中国新聞の記事によってです。ネット上で読むことができます。
※「核軍縮の広島ビジョン発表 原爆資料館見学、被爆者面会も 広島サミット開幕」
https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/308203

 広島ビジョンでは、ロシアによる核兵器のいかなる使用も許されないと表明し、核戦争を否定した。核兵器数の減少傾向の継続も唱え、「全ての者にとっての安全が損なわれない形」で現実的、実践的に核兵器のない世界を目指す姿勢を示した。
 一方、G7の安全保障政策について「核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、戦争と威圧を防止すべきとの理解に基づく」と主張。核抑止を事実上、肯定した。

 わたし自身これまで、中国新聞から、あるいは中国新聞で働く方々からは「被爆地の新聞」「被爆地の新聞人」として、さまざまなことを教えてもらいました。畏敬の念を深めています。

【写真】今年2月に広島を訪ねる機会がありました。原爆で犠牲になった方々に手を合わせてきました

 以下に、あらためて東京発行各紙の20日付朝刊について、1面、総合面、社会面の主な記事の見出しを書きとめておきます。

【朝日新聞】
▼1面
①「G7『核なき世界へ関与』/原爆資料館を訪問 慰霊碑に献花/広島サミット開幕」
②「ゼレンスキー氏、来日し参加へ」
③視点「ヒロシマの原点見つめて」
▼2面
時時刻刻「核の実相 触れた首脳/資料館に40分、被爆者と対話」「オバマ氏の折り鶴 『禎子さん』について説明/政府、詳細は公表せず」「発言控えるバイデン氏/欧州首脳は『平和の重み』反応」
▼3面
「電撃訪日 対ロ結束狙う」「新興国にも直接働きかけ」「兵器転用防止へ禁輸も」「対中『法の支配』を堅持/台湾海峡の安定 重要性共有」
▼社会面
①トップ「被爆 私の目と心通し追体験を/85歳 小倉さん、G7首脳と対話」/「核廃絶『あなたたちなら』/オバマ氏迎えた86歳 森さん」

【毎日新聞】
▼1面
①トップ「核廃絶 ヒロシマから歩もう/G7首脳 原爆資料館訪問/サミット開幕」
②「ゼレンスキー氏訪日へ/露の侵攻後初 あす対面出席」「反転攻勢へ支援訴え」
▼2面
「G7 国際秩序回復狙う」「ゼレンスキー氏出席を弾みに」「『露への輸出制限拡大』声明」
▼3面
クローズアップ「核なき世界 日米温度差」「資料館視察 首相譲らず」「バイデン氏 熱意『封印』」「ウクライナ 脅威に直面」
▼社会面
①②見開き「核廃絶 首脳は本気か」「足元の魂 忘れるな」
①「『一刻も早く』被爆者注視」/「悲劇『自国で伝えて』」
②「遺体で埋め尽くされた街/平和記念公園元住民」/「避難民アピール期待/ゼレンスキー氏出席へ」

【読売新聞】
▼1面
①「露の核威嚇を非難/ウクライナ支援継続/広島G7開幕」
②「ゼレンスキー氏対面参加/サミット きょうにも来日」
③「G7とG20 連携強化に期待/モディ印首相 書面インタビュー」
▼2面
「長期支援へ直談判/ゼレンスキー氏/来日 開幕1週間前に連絡」
「G7声明『支援揺るがぬ』」
▼3面
スキャナー「核軍縮『困難な道』/『広島ビジョン』進展促す」「中国弾頭数4倍に 35年 米推計」
▼社会面
①トップ「『核の苦しみ伝わった』/被爆者証言 首脳深く共感/小倉さん 英語で10分
」/「『核廃絶のきっかけに』オバマ氏と抱擁 森さん」
②「世界平和 折り鶴に願い/禎子さん親族 首脳配偶者に披露」/「資料館視察『詳細伝えて』/非公開 首脳の反応分からず/元館長ら残念がる声」

【日経新聞】
▼1面
①「『G7・中ロ 両陣営と連携』/インド首相、単独会見/ウクライナ和平 仲介に意欲」
②「ゼレンスキー氏、来日へ/対ロで連帯表明/G7広島サミット開幕」「中国の核増強『不透明』/首脳が懸念 ロシアに不使用要求」「原爆資料館を初訪問」
③「日経平均 バブル後高値/3万808円 海外勢、割安感を評価/中国に代わる投資先に」
▼3面
「G7首脳、核の惨禍共有/原爆資料館40分視察、オバマ氏の4倍/非公開、米世論に配慮」/「米戦闘機供与 要請へ/ゼレンスキー氏 米、『F16』訓練承認」/「金融システム強化を確認」
▼社会面
①トップ「被爆体験 受け止めて/核なき世界へ一歩を/G7のトップらと面会・小倉さん」「惨状知り廃絶目指せ/被団協代表委員・箕牧さん」「議論進め、風穴開けよ/平和公園ガイド・内藤さん」

【産経新聞】
▼1面
①「ゼレンスキー氏 来日へ/首相と個別会談も あすサミット出席」「ウクライナ 軍事・外交で支援獲得」
②「露の核威嚇『許されず』/台湾海峡安定 重要性で一致/広島サミット開幕」
③「東証、バブル後最高値/3万808円 33年ぶり水準」
▼2面
「『核なき世界』実現遠く」「中朝露は増強 抑止力不可欠」「米、威嚇の連鎖 警戒/中国の露模倣に危機感」/「生成AI活用 年内結論/経済問題協議」
▼3面
「現状変更阻止 G7決意/露軍撤退 問われる議長国の手腕」「F16のウクライナ供与 焦点/『多国間連合』英が圧力」「米 供与容認示唆か」/「G7首脳 原爆資料館を訪問/40分見学、被爆者と対話」
▼社会面
①トップ「広島の思い 世界へ届け/被爆者、投下時の体験 首脳に語る」/「市民ら『一生に一度の経験』/厳戒の中、首脳到着に歓声」/「首脳の配偶者ら 地元学生と交流」/「歴史的意義深い一日/広島市長、核廃絶議論求める」/「自国民に伝えて 長崎も注目」

【東京新聞】
▼1面
①「核なき世界 広島から一歩/サミット開幕 G7首脳 原爆資料館初訪問/被爆者と面会 滞在40分」「『地球上から早くなくして』直接訴え/8歳で被爆 小倉桂子さん」
②「祭りの始まり 告げる舞」(写真:浅草・三社祭)
▼2面
核心「内容非公開 米英仏に配慮/G7首脳 原爆資料館視察」「抑止力強める核保有国難色」「現実は核廃絶に逆行」/「『犠牲を記憶』『平和と自由守る』/首脳ら記帳し誓い」(共同)
「信頼できるAI 構築を/G7、国際ルール策定へ」
▼3面
「ゼレンスキー氏 あす広島出席/対ロ結束示す きょう来日」(共同)/「『ウクライナへの支援 揺るがない』/対ロ制裁強化 G7首脳声明」/「自由な貿易体制 維持強化を確認/G7首脳、対中国を念頭」
▼社会面
トップ「『核の悲惨さ』伝わったはず/弟の遺品展示 南口さん『廃絶へ次の一歩を』/G7首脳 原爆資料館見学」(中国新聞記者署名)/「『誠意感じた』『全て見てくれたか』/短い滞在時間 被爆者ら評価と失望」/「『化石燃料の利用やめて』/国会前 G7合わせ若者ら抗議

 

■追記・改題 2023年5月21日9時30分
 核兵器による抑止を容認した「広島ビジョン」に対して、「自分たちの核保有・核依存を堅持したに等しく、被爆地広島にとって受け入れがたい」と広島でのサミット開催との関連で本質を突いた論考が中国新聞のサイトに掲載されています。筆者は中国新聞の金崎由美・ヒロシマ平和メディアセンター長です。
 ※「『広島ビジョン』と言えるのか」
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/308526

 核のどう喝に走る国を指弾するのは当然だが、G7メンバーの米英仏の核は不問に付している。4月のG7外相会合を踏襲し、核兵器は「防衛目的のために役割を果たし、戦争および威圧を防止すべき」と主張。核兵器は役に立つ、核抑止は必要―。そう再確認した形だ。
(中略)
 ロシアや、核を含む軍拡に走る中国の横暴を許してはならないからこそ、あらゆる核保有も核依存も否定する核兵器禁止条約の意義は大きいが、広島ビジョンでは無視した。首脳たちが19日に平和記念公園を訪れ、何を感じたのかにも触れていない。
このビジョンに被爆地が賛同したと世界に受け止められれば、ヒロシマの訴えは説得力を失うだろう。広島には今、拡大会合に出席するインドも含めれば世界の核兵器の半数に及ぶ推定で6千発余りを手中にする当事国の首脳たちが集っている。核兵器のない世界を目指す気はあるのか、被爆者をはじめとした市民の厳しい視線にさらされる。

 今回のG7サミットで記録にとどめられるべき最も重要な点は、原爆の犠牲者が眠る被爆地で、米英仏の核保有3カ国と唯一の被爆国である日本を含むG7首脳が、核兵器保有の正当性と有用性を世界に向けて表明したことだろうと思います。そのことを明確に伝えることが、とりわけ「唯一の被爆国のメディア」である日本のメディアの報道には必要です。

 共同通信は「広島ビジョン」について19日、サミットの全体の流れをまとめた本記とは別に、その内容の紹介に特化した記事を送信しています。その中ではG7側が保有する核兵器について「防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、戦争や威圧を防止すべきとの理解に基づいている」と明記していることを書きこみ、見出しにも「軍縮文書、抑止力正当化」と取りました。20日付朝刊で掲載している地方紙もあると思います。

 ※サブタイトルを「『核廃絶』なぜ究極の目標、G7広島サミット」から改題しました。