すれ違う「被爆地の思い」と「首相の言葉」~ロシアのウクライナ侵攻のさなかで迎えた広島原爆の日

 77年前の1945年8月6日、広島市に原爆が投下されました。今年はその日を、ロシアによるウクライナ侵攻が続く中で迎えました。ロシアのプーチン大統領は核兵器の保有を強調して国際社会を威圧しており、近年になく核兵器が実際に使われることが危惧されます。北東アジアでは、米国のペロシ下院議長が台湾を訪問したことに中国が反発し、台湾を取り囲むように大規模な軍事演習を強行しているさなかでした。中国もまた核保有国です。6日朝に広島市の平和記念公園で営まれた「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」で、唯一の被爆国である日本の首相として、また広島選出の政治家として、岸田文雄首相が核兵器廃絶へ向けてどんなメッセージを発するか、注視したのですが、言葉は立派でも内容は乏しいと感じました。

 松井一実市長が読み上げた広島平和宣言は、ロシアのウクライナ侵攻によって世界中で、「核兵器による抑止力なくして平和は維持できないという考えが勢いを増して」いると指摘し、「一刻も早く全ての核のボタンを無用のものにしなくてはなりません」と訴えました。日本政府に対しては、NPT(核兵器不拡散条約)再検討会議での橋渡し役を果たすとともに、一刻も早く核兵器禁止条約の締約国となり、核兵器廃絶に向けた動きを後押しすることを強く求めました。
 ※広島平和会宣言
https://www.city.hiroshima.lg.jp/site/atomicbomb-peace/179784.html

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 これに対し岸田首相はあいさつの中で、核兵器禁止条約には触れませんでした。「被爆地の思い」と位置付けられる平和宣言と、日本政府の代表者の言葉は、もっとも重要な部分でかみ合いませんでした。かみ合うかどうか以前、「すれ違った」と言うべきかもしれません。
 ※岸田首相あいさつ
https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2022/0806hiroshima.html

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 岸田首相は「核兵器による威嚇が行われ、核兵器の使用すらも現実の問題として顕在化し、『核兵器のない世界』への機運が後退していると言われている今こそ、広島の地から、私は、『核兵器使用の惨禍を繰り返してはならない』と、声を大にして、世界の人々に訴えます」と述べました。ロシアもウクライナも国名は挙げていません。外交的な配慮なのかもしれませんが、分かりにくく、違和感を覚えました。
 「現実」と「理想」の言葉も以下のように口にしていますが、これも分かりにくい言い回しだと感じました。

 非核三原則を堅持しつつ、「厳しい安全保障環境」という「現実」を「核兵器のない世界」という「理想」に結び付ける努力を行ってまいります。

 どうやら、「首相は『理想』と『現実』の双方を追う『新時代リアリズム外交』を掲げる」(毎日新聞)ということのようです。
 広島選出ということもあって、岸田首相は核兵器廃絶への思いは本当に強いのかもしれません。しかし、政治家として問われるのは行動と結果です。いかに言葉を並べても、本質的に安倍晋三元首相や菅義偉元首相らと変わらず、米国の核の傘にとどまり続けることを見直すつもりがないのであれば、何も変わらないだろうと感じます。
 岸田首相のあいさつの中で、多少なりとも良かった点があるとすれば、非核三原則の堅持を明言したことです。ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、米軍の核兵器を日本が共有する「核共有論」が自民党の一部から出ました。その中心にいたのは安倍晋三元首相です。核共有は非核三原則の放棄に等しく、核廃絶に逆行します。安倍元首相が残した負の業績の一つです。岸田首相は非核三原則を堅持と言いながら、それでも安倍元首相の国葬はやり抜く、その業績を国家として顕彰する、というのでしょうか。
 東京で目にする報道ではほとんど見かけませんが、湯崎英彦・広島県知事のあいさつに、印象深い一節がありました。

 しかしながら,力には力で対抗するしかない,という現実主義者は,なぜか核兵器について,肝心なところは,指導者は合理的な判断のもと「使わないだろう」というフィクションたる抑止論に依拠しています。本当は,核兵器が存在する限り,人類を滅亡させる力を使ってしまう指導者が出てきかねないという現実を直視すべきです。
 今後,再度,誰かがこの人間の逃れられない性(さが)に根差す行動を取ろうとするとき,人類全体,さらには地球全体を破滅へと追いやる手段を手放しておくことこそが,現実を直視した上で求められる知恵と行動ではないでしょうか。
 実際,ウクライナはいわばこの核抑止論の犠牲者です。今後繰り返されうる対立の中で,核抑止そのものが破られる前に手を打たなければなりません。

 ※広島県知事あいさつ

https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/52/04heiwakinensikitentijiaisatu.html

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 プーチン大統領が核保有を強調していることの意味は、まさに核抑止論の破たんではないのか、と感じます。

 ことしは国連のグテーレス事務総長も式典に出席し、スピーチを行いました。6月に核兵器禁止条約の締約国が初めて集い、終末兵器のない世界に向けたロードマップを策定したこと、ニューヨークで核兵器不拡散条約の会合が開催されていることに「希望の光はある」と述べるとともに、核保有国に対し、核兵器の「先制不使用」を約束し、非保有国に対しては核兵器を使用しないこと、あるいは使用すると脅迫しないことを保証することを求めました。

※国連事務総長あいさつ

 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/198342

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 以下に、東京発行の新聞各紙がことしの「8月6日」をどのように報じたか、翌7日付の扱いと、主な記事の見出しを書きとめておきます。1面トップで扱ったのは東京新聞だけでした。この日、もっとも大きなニュースバリューは、岸田首相が核兵器禁止条約に言及しなかったことかもしれません。朝日新聞の見出しからは、そうしたことが全く分かりません。どうしたことでしょうか。

▼朝日新聞
・1面・本記「核廃絶 平和願う広島」
・社会面トップ「語る つなぐ 命の記憶/秘めた救護体験 93歳『残さないと』/被爆者に学ぶ 20歳の決意」/「両陛下が黙祷」
・第2社会面 広島市長・平和宣言(全文)/平和記念式典 首相あいさつ(全文)
※1面トップ「教団票『10万票は切らない』/旧統一教会が支えた安倍派候補」2面、第2社会面にも

▼毎日新聞
・2面・焦点「首相『核軍縮』道のり遠く/被爆地選出 理想阻む厳しい『現実』」「『核廃絶 具体策見えず』被爆者」
・4面・特集「平和へ 国超え結束」/「核のボタン 一刻も早く無用に」平和宣言(全文)/「私たちが未来創る番」こども代表 平和への誓い(全文)/「惨禍 繰り返してはならない」首相あいさつ(全文)/「脅威 世界で広がっている」グテレス国連事務総長あいさつ(全文)
・7面(国際)「二つの条約 溝埋まるか/核拡散防止 核兵器禁止/NPT会議 議論本格化」
・社会面トップ・本記「核なき世界まだか/首相 核禁条約に触れず」
・社会面「グテレス氏 被爆者と面会」/「『核戦争の瀬戸際 認識すべきだ』NPT会議 和田さん演説」
・第2社会面「平和伝え 命燃やす/語り部95歳 初参加」
※1面トップ「迫る」津嘉山さん 沖縄戦朗読劇

▼読売新聞
・1面・本記「広島 核廃絶の祈り 77回目原爆忌」
・2面「首相、核廃絶へ努力誓う/広島原爆忌 『現実と理想 溝埋める』」
・23面 広島平和宣言全文/岸田首相あいさつ(全文)
・第2社会面「惨禍 風化させない/原爆忌 国連総長に訴え/80歳過ぎ 証言者に」/「平和な未来へ 行動誓う/『こども代表』」/「天皇ご一家が御所で黙とう」/「原水禁・原水協閉幕」
※1面トップ「海外移植で臓器売買か」2面、社会面見開きでも

▼日経新聞
・1面・本記「首相『77年前の惨禍二度と』/広島原爆の日」
・社会面トップ「平和の祈り 一層切実/核の脅威 懸念高まる」/「『被爆者の声が必要』/国連事務総長 証言活動たたえる」/「外国人の被爆伝える/遺品や写真など展示/広島の原爆資料館」
※1面トップ「人への投資 企業価値左右」チャートは語る

▼産経新聞
・1面・本記「首相、核兵器廃絶へ誓い/広島原爆の日 77年」
・2面「『核兵器なき世界』険しき道/広島G7控え対中露に苦慮/首相、地元で就任後初『原爆の日』」/「『核削減NPTで合意したい』/寺田首相補佐官インタビュー」
・第2社会面「被爆2世へ 思いつなぐ/広島原爆の日 『核廃絶』先代の遺志継承/県被団協 箕牧智之理事長」
・第2社会面 広島平和宣言 要旨/首相あいさつ 要旨/国連事務総長あいさつ 要旨/平和への誓い 全文
※1面トップ「内閣改造 半数以上を交代」

▼東京新聞
・1面トップ・本記「核廃絶 広島から今こそ/ウクライナ侵攻の中『原爆の日』」/「首相、地元で『核禁』触れず」
・3面「『人類、戦争の瀬戸際』被団協・和田さんら訴え/NPT会議」/「核兵器なくせるのも人の英知」和田さん演説要旨/「『若者は指導者の姿勢変えられる』/国連総長、被爆3世らと対話」
・4面 広島平和宣言全文/岸田首相あいさつ要旨/国連総長あいさつ要旨
・社会面トップ「核なき世界 声鋭く/被爆者、首相の消極姿勢に失望」/「『戦争 二度とやっちゃいかん』広島で祈り」/「『未来は創ることができる』/子ども代表誓う 県外出身 広島で原爆学ぶ」 平和への誓い全文
・第2社会面「使命の『ノーモア被爆者』/NPT会議 和田さん演説/母の記憶 発信に葛藤」