「平和を愛する諸国民の公正と信義」はロシア社会にもある~戦争をやめさせるためにジャーナリズムができること

 戦争が起きました。わたしがジャーナリズムの仕事に就いてから何度目になるのでしょうか。2月24日に始まったロシアのウクライナに対する軍事侵攻は、どのような大義が主張されようとも、どのような理屈付けがあろうとも決して容認できません。ジャーナリズムの究極の役割は戦争を起こさせないこと、一度起きてしまった戦争は一刻も早く終わらせることだと、わたしはこの仕事を40年近く続けてきて確信するに至りました。戦争が起きてしまったとき、ジャーナリズムは一度敗北している、という言葉も脳裏に浮かんでいます。
 ウクライナは日本から遠く離れています。しかしロシアは日本の隣国です。近代以降には直接戦火を交え、今は領土問題もある、そういう隣国です。その一事をもってしても、今回の戦争は日本に住むわたしにとって決して遠い出来事ではないと感じます。こうしている間にも人命が失われているであろうことに、心が痛みます。今、日本のマスメディアの組織ジャーナリズムに何ができるのか。考えていることを書きとめてみます。

 軍事侵攻に際してプーチン大統領は、ウクライナの反ロシア的な現政権をナチスに例えたり、ウクライナとロシアの歴史的な関係の深さを強調したりしました。領土的野心はないとの主張や、求めているのはウクライナの中立化や非軍事化だとの主張もありました。以前からNATOの東方拡大に激しく反発していました。日本での新聞報道によると、プーチン大統領の思惑は結局のところ、欧米の民主主義各国の民主的な価値観がロシアの民衆に及び、自らの専制的な体制に影響を及ぼすことを防ぐことにある、との見方が有力なようです。
 プーチン大統領が何を目的にしていて、何を達成すれば軍事行動を止めるつもりなのかは、このブログ記事を書いている2月27日夜の時点でもはっきりしません。それでも、ウクライナがNATO加盟を志向すること、米国や欧州各国がそれを拒まないことに対して、強烈な被害感情を持っていることは間違いがないようにわたしは感じています。
 思い起こすのは、安倍晋三内閣当時の北方領土返還交渉です。安倍元首相がプーチン・ロシア大統領と個人的な信頼関係を結ぼうと躍起になり、地元の山口県にまで連れて行って高級温泉旅館で歓待に努めたのは、2016年12月のことでした。

 しかしそうした努力もむなしく、北方領土交渉にさしたる進展はないまま、今日に至っています。
 忘れることができないのは2018年12月20日、プーチン大統領が国外メディアも招いてモスクワで開いた年末恒例の大規模な記者会見での発言です。
 共同通信や朝日新聞の報道によると、プーチン大統領は日本との平和条約交渉について、締結後の北方領土への米軍展開を含め、ロシアの懸念を払拭するのが先決との考えを示しました。そして、返還後の北方領土に米軍が展開することはないといくら日本政府が強調しても信用できないとして、沖縄の米軍基地を例に挙げました。朝日新聞の記事から、プーチン大統領の発言を抜き出すと以下の通りです。

 (米軍基地問題について)「日本が決められるのか、日本がこの問題でどの程度主権を持っているのか分からない」
 「平和条約の締結後に何が起こるのか。この質問への答えがないと、最終的な解決を受け入れることは難しい」
 (沖縄県の米軍基地について)「知事が基地拡大に反対しているが、何もできない。人々が撤去を求めているのに、基地は強化される。みなが反対しているのに計画が進んでいる」

 沖縄についての指摘が米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画を指しているのは明白です。プーチン大統領はまた、この当時日本が米国から導入を計画していた陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」についても、「潜在的に米国の戦略核の一部だ」と主張していました。

※朝日新聞デジタル「プーチン氏『日本の決定権に疑問』 北方領土と米軍基地」=2018年12月21日
 https://digital.asahi.com/articles/ASLDN6G0TLDNUHBI02R.html

digital.asahi.com

 ここには、プーチン大統領が日米の軍事同盟に対して、ウクライナと欧米に対して抱いているのと同じような被害感情が見て取れるようにわたしは思います。そういう意味でも、ロシアのウクライナへの軍事侵攻は、日本に住むわたしにとって遠い国の他人事とは思えません。
 プーチン大統領が指摘した「人々が撤去を求めているのに、基地は強化される」「みなが反対しているのに計画が進んでいる」との沖縄の状況は今日もそのままです。プーチン大統領がウクライナの非武装化を軍事力の行使で求めることと、日本政府が国家の強権で沖縄の人々に基地の過剰な負担を強い続けていることとは、意味合いの底流に共通点があるようにわたしには思えます。沖縄では今でこそ、「銃剣とブルドーザー」と表現されたような米軍による直接的、暴力的な土地収用は行われていません。しかし、辺野古沖の埋め立て工事を巡っては、地元住民を正当に代表する沖縄県知事の要請を日本政府はことごとくはねつけています。沖縄の民意の自己決定権を認めない日本政府が、ウクライナの主権を踏みにじっている軍事侵攻をいくら非難したところで、プーチン大統領は何の痛痒も感じないのではないか。北方領土交渉の経緯を振り返って、そんなことも考えています。

 ロシアと日本の関係を過去の経緯を踏まえて考えれば、ウクライナ侵攻は決して他人事とは思えません。ものごとの遠さ、近さは、物理的な距離だけのことではないのだと、あらためて感じます。
 では、ロシアのウクライナ侵攻をめぐるジャーナリズムの課題は何でしょうか。戦争の開始で一度は敗北したジャーナリズムは、起きてしまったこの戦争を早く終わらせるために何をしなければならないのでしょうか。戦争の実相を伝えることはもちろん必要です。加えて何ができるのでしょうか。そんなことを考えている時に、このニュースに接しました。

 元記事は2月25日(日本時間)のロイター電です。
 ※「ロシア各地で反戦デモ、警察は1600人余りを拘束」
 https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-russia-protests-idJPKBN2KT3FQ

jp.reuters.com

[モスクワ 24日 ロイター] - ロシアのウクライナ侵攻を受けてモスクワ、サンクトペテルブルク、エカテリンブルクといったロシアの主要都市では、「戦争反対」などのスローガンを掲げた何百人もが終結して抗議活動を展開した。人権団体のOVDインフォによると、警察は24日1939GMTまでに53都市で合計1667人の身柄を拘束した。

 プーチン大統領が専制的な統治を続けているロシア社会で、弾圧の脅しにひるまず「戦争反対」の意思を表明する人々が立ち上がったことは、記事にあるように「異例の事態」でしょう。この声を世界に広げ、国際的な民衆の連帯でウクライナの人々を支えるとともに、ロシア社会で戦争に反対する人たちを孤立させずに支えていくことが、ジャーナリズムには可能なはずです。ウクライナ侵攻をやめることができるのは、おそらくプーチン大統領だけ。そのプーチン大統領の足元のロシア社会で反戦を訴える人々がいることは希望であり、その希望を世界に広げることがジャーナリズムの役割の一つだと思います。
 留意が必要なのは「ウクライナに侵攻したロシア」のひと言で、ロシア社会の人たちをひとくくりに見ないように努めることです。ウクライナでの戦争の成り行きいかんでは、中国が台湾に対して強硬策を取る恐れがあるとも指摘されています。そのことは否定できないとしても、やはり中国政府と中国社会の人々を一緒くたに同一視してはいけないと思います。
 ここに至って思うのは日本国憲法の前文にある次の一文です。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」

 「平和を愛する諸国民の公正と信義」はロシア社会の中にもあります。そのことを日本社会に伝え、また日本社会にも平和を愛する人々の公正と信義が存在していることを国内外に伝えていくことが、この憲法を持つ国のマスメディアにできることであり、最大の責務でもあると思います。

 以下に、ウクライナへの軍事侵攻を東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)がどう伝えたか、2月25日付の朝刊の各紙1面掲載記事の主な見出しを書きとめておきます。各紙とも「侵攻」の表現でそろいました。
この戦争を日本とのかかわりでどうとらえようとしているのか、各紙ごとの論調の記録として、解説や編集幹部らの署名評論、社説の見出しも書きとめておきます。社説では各紙とも、ロシア軍の侵攻が国際法違反であると指摘している点は共通しています。国際社会の協調、結束を説く点もおおむね共通していますが、一部に「暴挙の代償払わせよ」(読売)、「厳しい制裁を即座に断行せよ」(産経)との相当に厳しい表現があるのが目を引きました。
 米国を介在して日本とNATO加盟の欧州諸国は、間接的な同盟関係にあると言えば、そうなのかもしれません。日本とロシアは隣国同士の長い歴史があり、今は領土問題もあります。中国との関係も考えれば、欧米各国との協調は図るとしても、ほかに何かできる余地はないのか。各紙の社説に目を通しながら、そんなことも考えました。

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▼朝日新聞
1面トップ「ロシア、ウクライナ侵攻/主要都市 軍施設を空爆/米欧は非難、制裁強化へ/市民犠牲 キエフでは銃撃戦」
1面「バイデン氏『ロシアだけに責任』」
3面「共存の国際秩序 揺るがす侵略」/民主主義標的か/結束して圧力を=国末憲人ヨーロッパ総局長
3面・視点「対ロ外交 抜本転換迫る/日本、中国対応見極める必要」佐藤武嗣編集委員
社説「ロシアのウクライナ侵攻 秩序と民主を侵す暴挙だ」/明白な国際法違反/独裁が生んだ暴走/安保再建へ協働を

▼毎日新聞
1面トップ「露、ウクライナ侵攻/軍施設攻撃 40人死亡/プーチン氏『親露派住民守る』」/「米欧、強く非難」/「鳴り響く警報 西部リボフ」
1面・解説「根底に米への恨み」杉尾直哉・元モスクワ支局長
社説「露がウクライナ攻撃 侵略行為を強く非難する」/軍事行動の即時停止を/国際社会が結束示す時

▼読売新聞
1面トップ「露、ウクライナ侵攻/首都・主要都市攻撃/多方面から 40人以上死亡/米欧が強く非難」
1面「G7、追加制裁を確認/首脳会議 日本政府きょう発表」
1面「日米欧の結束 試される」五十嵐文・国際部長
社説「ウクライナ侵略 ロシアに暴挙の代償払わせよ 国連憲章踏みにじる重大な挑戦」/プーチン氏の身勝手/安保理の存在問われる/実効性のある制裁を

▼日経新聞
1面トップ「ロシア、ウクライナ侵攻/首都空港で戦闘/各地の軍施設に空爆 地上部隊も」
1面「米欧日、追加制裁へ/G7、首脳協議で強く非難」/「原油100ドル突破、供給減警戒/NY株急落、一時800ドル下げ」
1面「蛮行に毅然と対応を」秋田浩之コメンテーター
社説「世界はロシアの暴挙を許さない」/即時、軍を撤収せよ/市場の動揺に目配りを

▼産経新聞
1面トップ「露 ウクライナ全面侵攻/首都キエフで爆発/軍施設にミサイル/プーチン氏 軍事作戦表明」
1面「米欧『非難』 G7で対抗策協議」
1面「今こそ同盟の力試されるとき」加納宏幸・外信部長
社説(「主張」)「ロシア軍の侵攻 冷戦後最大の秩序破壊だ 厳しい制裁を即座に断行せよ」/ウクライナとの連帯を/時代錯誤が目にあまる

▼東京新聞
1面トップ「ロシア、ウクライナ侵攻/首都攻撃 南北から地上部隊/『住民保護』名目/双方死者多数か」
1面・解説「『力』頼りの暴挙」金杉貴雄・アメリカ総局長
社説「ウクライナ侵攻 ロシアの無法を許さぬ」/国際社会は結束を図れ/大国の狭間の分断国家