いきなり生みの苦しみ〜スイッチオンがスタート

 新聞や放送、出版などのマスメディアやフリーランスで働くプロやメディア研究者らがデスク役となり、大学生・院生の取材・記事執筆を指導する実験的ジャーナリズムの試み「スイッチオン」プロジェクトが28―29日の合宿でいよいよスタートしました。デスクの一人に加わっているわたしは事情があって28日だけの参加でしたが、この日の課題である取材対象の決定と、なぜその人に取材したいのか、取材の狙いや意図を整理して文章にするワークシート作りは延々、日付が変わって午前2時すぎまで。最初は笑顔だった学生たちも、何度もデスクから書き直しを指示され、徐々に表情が変わり、最後は泣き出しそうな顔も。少ない人でも4−5回は書き直したのではないでしょうか。学生にとっては恐らく想定外のいきなりの「生みの苦しみ」だっただろうと思います。わたし自身にとっても26年間続けてきた「人に会い、話を聞き、それを記事にする」行為の意味を再確認する機会となりました。

 合宿会場は埼玉県新座市の立教大新座キャンパスにあるセミナーハウス「太刀川記念交流会館」。予定の午後2時に少し遅れて、学生運営委員会の委員長あいさつで合宿は始まりました。プロジェクト立ち上げを中心になって進め、プログラム・ディレクターを務める藤代裕之さん(ブログ「ガ島通信」)が全体ガイダンス。取材テーマの「スイッチオン」について、発案者の坪田知己さん(日経新聞、慶応大教授)が説明しました。人は誰でも人生の転機を迎えることがある、その人その人の「スイッチオン」の瞬間は―。ひと言で言えば、これが取材テーマです。
 集まったデスクは15人。対して学生は41人。デスクが3人でチームを組み、学生8−9人を受け持ちます。実はデスク15人全員が顔を揃えたのはこの日が初めてで、もちろん学生とも初対面でした。
 ミニインタビューを交えたデスク陣と学生の「他己紹介」アクティビティの後、夕刻からは早速、ワークシート作り。課題は「なぜその人物をインタビューしたいのか」。取材したい人物を決め、(1)なぜ自分がその人物を取材したいのか、その理由(2)予想されるスイッチオン(3)読み手は誰なのか(4)読み手は文章を読んでどう思うのか、どう行動するのか―の各点を文章にまとめる作業です。特に字数制限はなく、A4の紙一枚が配布されました。
 学生たちにはあらかじめ、2人まで取材したい人物とその理由を挙げるよう「宿題」を出していました。最初はそこで挙げていた人物に対してのワークシートを作ってもらったのですが、当然と言えば当然のごとく、次々にデスクから書き直しの指示。まずは(1)の「なぜ自分はその人に会いたいのか」を徹底的に自問することを求めました。学生たちが挙げていた人物には、プロスポーツのスター選手なども多かったのですが、取材して記事にするということは、ファンの追っかけとは異なります。「生き方に共感を覚えるから会って話を聞いてみたい」。ではその人のどういう点に、なぜ共感を覚えるのか? 著名作家に対しては「著作を読んで、社会のあり方への鋭い批評だと感じた。現代の社会への警鐘の指針を聞きたい」。では社会の何に対してどんな批評をしていると、その著作を読み解いたのか? ワークシートに書かれたことの一つひとつを問うていくデスク。次第に答えに詰まるようになる学生。そんな光景が会場のあちこちでみられました。

 1時間の夕食を挟んで作業は続行(写真は夕食後の会場の光景です)。取材して記事にするためには当然、取材の申し込みが必要です。途中で藤代ディレクターからは「取材の申し込みはラブレターと同じ。『あなたのことを私はこんなに好きなんだ。だからあなたは私と付き合うべきだ』では通用しない」との的確なアドバイスもありました。著名人であればあるほど、あまたの交際希望者の中からどうやって自分を選んでもらうか、それにはまず自分自身がどうしてその人と付き合いたいのかを、自分自身が知らなければなりません。
 デスクの指導を経るうちに、取材対象を変更して一から書き直す学生もちらほらと出るようになりました。日付が変わるころには、頭をかきむしらんばかりの真剣な顔付き、今にも泣き出しそうな必死の形相の学生が続出。でも、3回、4回と書き直すうちに、間違いなくワークシートの中味は濃くなっていました。
 わたしの班では、とにもかくにも全員が(1)の取材理由と(2)の予想されるスイッチオン(これは取材に際して「仮説を立てる」との意味があります)に一応のめどがついたところで、初日の作業を終えることにしましたが、学生の中には午前4時ごろまでがんばった人もいたようです。
 次回は4月下旬に再度、全員が集まります。それまでに学生は取材申込書を作成し、取材相手への質問を15以上考えることが宿題です。その後も月に1回集まりデスクが進捗状況をチェック。夏の作品完成を目指します。
 合宿開始に先立つデスクミーティングでは3つのことを確認しました。まずは学生たちに目一杯楽しんでもらうこと。次にわたしたちデスクも楽しむこと。合宿を振り返れば、学生たちは楽しむどころか、苦しさだけしかなかったかもしれません。後日、その苦しさも「楽しかった」と思えるように、デスクとしては持てる力のすべてを出し切っていきたいと思いますし、書くことの楽しさを学生たちが経験してくれることが、デスク自身の楽しさにもつながるのだと思います。
 そして確認したことの3点目は、このプロジェクトを成功させてわたしたちプロの世界にもインパクトを与えること。実はこれこそ、わたしがプロジェクトに参加した一番大きな目的です。マスメディア企業に所属する一方で、一人の書き手として同じ職能を持つ他の人たちとつながり、一企業の利害の枠組みを超えたところでジャーナリズムの担い手としての社会的職能を確立する。それが実現できれば、日本のジャーナリズム状況にも、ひいては企業内の記者の一人ひとりにも大きな価値が還元されるだろうと思います。
 1枚のワークシートを挟んで学生と向き合い話をしながら、「取材して記事を書く」という行為の根っこには取材者自身の確固とした「個」がなければならない、それがジャーナリズムの原点だな、とあらためて感じました。マスメディアで働く日々の多忙の中で、知らずのうちに「個」のこだわりが薄れていないか、と自問もしています。このプロジェクトはデスクのわたし自身にも新たな「スイッチオン」をもたらすかもしれません。この先がとても楽しみです。

※学生運営委員会のブログに、合宿のミニルポがアップされています。
http://blog.goo.ne.jp/321switchon

※追記 2009年4月1日午前3時30分
 プロジェクトに参加した学生さんが感想をブログに書いてくれています。デスクにとっては励みになります。
coma memo「スイッチオンプロジェクトの合宿に参加しました」
http://d.hatena.ne.jp/comajojo/20090331/1238509771