普天間移設と沖縄報道は本土メディアの試金石になる

 昨年の政権交代から16日で1年がたちました。直前の14日には民主党の代表選で菅直人首相が小沢一郎元同党幹事長を破り再選。17日に改造内閣が発足しました。当面、わたしが注目しているのは、米軍普天間飛行場の移設問題の帰すうです。菅首相は、沖縄県名護市辺野古地区を埋め立て新飛行場を建設する米国との合意を推進することを表明しており、内閣改造でも北沢俊美防衛相の留任、沖縄担当相兼任だった前原誠司国土交通相の外相へのシフトなどの人事は、この方針に沿ったものと思えます。
 沖縄では12日、名護市議選があり、普天間飛行場辺野古移設反対を明言する稲嶺進市長を支持する与党候補が大勝(定数27のうち16議席)。琉球新報は「1月の名護市長選での市政転換に続き、移設容認の地元合意が完全に崩れ、政府が推進する辺野古移設は一層困難になった」と伝えました。11月には沖縄県知事選があり、普天間飛行場の県内移設に明確に反対している伊波洋一宜野湾市長が出馬を表明。遅れて出馬表明した仲井真弘多・現知事も公式発言としては、ずっと「辺野古移設は極めて困難」としたままです。
 11月の知事選を挟んで、鳩山由紀夫前首相の時と同じように、あるいはそれ以上に、普天間飛行場移設問題が全国的な政治ニュースとして大きく報道されることと思います。知事選に際して、仮に仲井真知事が明確に「県内移設反対」を表明するなら、もはや普天間飛行場移設は知事選の争点にすらならないほどに沖縄の民意として明確化するということでしょうし、そうはならないにしても、選挙の争われ方や投票結果を通じてやはり沖縄の民意が「県内移設反対」であることがはっきりすることもあるでしょう。実際にどうなるかは今後の推移を待つしかないのですが、少なくとも名護市民の民意は「県内移設反対」であることが明確になっており、菅政権(日本政府)は次にどのような選択をするのか、その政治状況は大きな社会事象です。わたしは、各メディア、中でも本土(ヤマト)の大手マスメディアにとって、その政治状況をどのように報じるのかはメディアとしての極めて重要な試金石になると考えています。
 普天間飛行場の移設について「最低でも県外」としていた公約を撤回した鳩山首相(当時)が5月、県内移設の受け入れを要請しに沖縄を訪問した際に、行く先々で激しい非難を受けました。その様子も含めて、本土(ヤマト)メディアは沖縄の人々の怒りを大きく報じました。意図が鳩山氏を批判するためであったとしても、そうした報道は以前の本土メディアには見られなかったことであり、わたしは本土メディアに表れた変化だと感じました。そして、沖縄の人々の怒りが向けられたのは直接的には鳩山氏だったのだとしても、最終的には、本土に住む日本人の一人としてわたしにも向けられているのだと受け止めました。以前のエントリーに書いたそのことに今も変わりはありません。

 ※参考過去エントリー
 「『なぜ沖縄』の疑問に応えていく報道を〜ヤマトメディアに起きた無自覚の変化」(2010年5月30日)
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20100530/1275180587

 鳩山氏が社民党との連立を解消してまでして「辺野古移設」の日米合意を残し退任して後、普天間飛行場移設問題の本土メディアの報道は急速にしぼみました。自民党を中心にした旧政権下の方針に戻った事情もあり、7月の参院選でも争点には浮上しませんでした。菅氏と小沢氏による民主党の代表選でも、小沢氏は対米交渉に関して菅氏とは一線を画していたのですが、菅氏が小沢氏の「政治とカネ」問題を繰り返し批判したこともあって、代表選自体の対決軸が「小沢か反小沢か」かのように見えてしまい、マスメディアの報道では普天間飛行場移設問題はかすみがちでした。
 これも先に挙げた過去エントリーで触れたことですが、4月から5月にかけて、本土(ヤマト)マスメディアが繰り返し普天間飛行場移設報道を報道したことで、仮に、それが鳩山氏への批判が強まっていることを強調するのが目的であったとしても、結果として、報道を通じて「なぜ沖縄なのか」という問いがヤマトでも広く意識されることになったのなら、その意味は小さくなかったと思います。今後、「なぜ沖縄なのか」の問い掛けに応えうる多様な情報発信が始まり、継続されるのかどうか、しかも重要なのはそれが自覚的に行われるのか否か。本土のマスメディアにとっての試金石は、そこに尽きるのだと考えています。


 折りしも、朝日新聞社ジャーナリスト学校発行の「Journalism」9月号が「政権交代1年の政治報道」を特集しています。沖縄タイムスの屋良朝博・論説委員編集委員の論考「『普天間』報道はここがおかしい 沖縄から検証する本土メディア」は、本土メディアが日米同盟という「外交問題」と基地行政という日本の「国内問題」を混同し続けていることが「沖縄報道で起きている最大のピンぼけの原因なのだ」と明快に指摘しています。
 日本国が国家意思として日米安保条約在日米軍兵力を必要としている前提では、日本から米国に在日米軍の兵力削減を求めない限り、その兵力をどこに駐留させるかは本来的には日本の国内問題です。沖縄の民意が過剰な負担を指摘し県外移設を求めているのに、それでもさらに負担を引き受けさせようというのであれば、それは沖縄への差別と呼ぶほかありません。日本の国内問題として、負担を国内で平等に分散しようとの発想を欠いているからです。わたしはそのように読み解きました。
 屋良さんは、米海兵隊を沖縄に駐留させることの「地理的優位性」や「抑止論」を沖縄メディアが立証的に否定してきたことも紹介しています。本土マスメディアの主張・論調が、おしなべて普天間移設問題が日米同盟の踏み絵であるかのように位置づけるようになり、多様性を失っていることも指摘しています。メディアのありようで言えば、この多様性を失っている状況がいちばんの危機的な問題かもしれません。本土のマスメディア関係者にはぜひとも読んでほしい論考です。