日の丸・君が代、起立斉唱の職務命令に「合憲」判断は出たが

 ひとつ前のエントリー(「大阪維新の会」君が代起立条例の報道に差)で取り上げた「大阪維新の会」の君が代起立条例案にも関係が深い司法判断が出ました。最高裁は5月30日、元東京都立高の教諭が、君が代斉唱の際に起立しなかったことを理由に退職後の再雇用を拒んだ東京都教委の処分の取り消しなどを求めた訴訟の上告審判決で、日の丸へ向かって起立し君が代を斉唱するよう指示した校長の職務命令は、思想および良心の自由を保障する憲法19条に違反しないとの判断を示しました。

「起立、斉唱の命令は『合憲』 国旗国歌、最高裁初判断」(47news=共同通信
http://www.47news.jp/CN/201105/CN2011053001000578.html

 大阪市内発行の31日付朝刊各紙はいずれも大きな扱いで、朝日、毎日、産経が1面トップ、読売は1面準トップ、日経は社会面トップでした。関西地区の有力地方紙である京都新聞神戸新聞も1面に据えています。
 毎日と読売は同日付で、朝日が6月1日付朝刊で、それぞれ社説でも取り上げました。
  朝日「司法の務め尽くしたか」
  毎日「現場での運用は柔軟に」
  読売「最高裁の『合憲』判断は当然だ」
 見出しを並べてみると、判決に対する3紙それぞれの評価の差異がうかがえるように思えます。
 各紙とも東京本社の記事とおぼしき本記や雑観、サイドとともに、大阪本社で取材した橋下徹大阪府知事の反応を掲載。橋下氏は「教委の裁量である職務命令ではなく、(府議会の議決を経て)政治が一定の規範を示すのが重要。条例はなおさら必要になった」(読売)「(追い風とは)逆ではないか。条例であえて(義務化)する必要がないという世間の流れになるのではないか。必要性を丁寧に説明しなければいけない」(神戸新聞京都新聞共同通信配信)などと語ったと報じられています。

 今回の合憲判断に対して少しばかり私見を書き留めておくと、日の丸への起立や君が代斉唱の職務命令について「思想、良心の自由を間接的に制約する面はある」としながら、結論としてその制約を認めていることは一般的にみて分かりにくいのではないかと感じます。回復不能な制約ではない、ということなのでしょうか。元都立高教諭の場合は、再雇用の拒否という不利益をこうむっているのに、それも都教委の裁量の範囲ということなのか、最高裁判決は救済が必要との結論になっていません。この点には割り切れなさを感じます。
 一方で、間接的な制約が許容されるかどうかは命令の目的や内容、制約の態様などを総合的に比較して判断するべきだとの指摘は重要で、日の丸、君が代への起立斉唱を教職員に強いることを無条件で容認したものではない、と受け止めたいと思います。例えば、起立斉唱の強制の是非と、従わない場合の処分・処罰の是非とは別の問題です。強制が容認されるから当然に処分・処罰も許される、ということではないはずです。処分・処罰を伴う強制であるならば、その処分・処罰のありようをも考慮して、強制が容認されるのかどうかが判断されなければならないでしょう。
 維新の会の起立条例案について言えば、条例案それ自体には罰則規定はないものの、職務命令に教職員が従わない場合、最終的には免職とする別の条例案も準備中と伝えられています。起立条例案が妥当なのかどうか、そうした処罰の仕組みも含めた全体像を踏まえて判断されてしかるべきだと思うのですが、府議会での議論はどこまで深まるでしょうか。
 前回のエントリーでも触れましたが、大阪府議会で「維新の会」は単独過半数を占めています。採決は3日に行われる見通しです。

【追記】2011年6月2日23時40分
 最高裁判決について、弁護士の津久井進さんが自身のブログに書かれています。知人が教えてくれました。
「『国旗・国歌』真の解決は法廷外で」 
 http://tukui.blog55.fc2.com/blog-entry-876.html
 判決について「決して、国旗国歌に対する強制を広く許容したものではない。むしろ『こういうことを裁判の場に持ち込まないでくれ』というメッセージが読み取れる」「国旗・国歌の問題は、『法』によって解決すべき問題ではない、というのが最終結論だ」との指摘は、法曹実務家ならではだと思います。