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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「共謀罪」採決強行で押し切られたのは世論―賛否は拮抗、「政府の説明十分ではない」8割近く

 かつての「共謀罪」の構成要件を変えたとしながら、犯罪を広く準備段階で罰し、人間の内心に踏み込む本質には変わりがない「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案の採決が19日、衆院法務委員会で行われ、自民、公明の与党に、野党から日本維新の会が加わり、賛成多数で可決しました。与党は23日にも衆院本会議での可決を図る構えだと報じられています。民進、共産などの野党は採決に反対でした。重要法案であることに争いはなく、世論調査では法案に対する賛否は拮抗し、少なくとも賛成意見が反対意見を大きく上回るという状況とは認めがたい中で、与党と維新による採決の強行と呼ぶほかないと感じます。審議が尽くされたとは到底思えません。
 かつての共謀罪法案は過去3回、国会に提案され、いずれも廃案になりました。今回の法案もこれまでの国会での審議などを見る限り、対象の犯罪は676から277に減ったとされるものの、それ以外には本質的な変更はなく、内心の自由表現の自由を侵害する恐れなどの危険性は変わりがないと私は考えています。安倍晋三政権は「テロ等準備罪」の呼称を新たに持ち出して、かつての共謀罪とはまったく違うものだと強調しますが、「テロ対策」というだれも反対できないニュアンスを前面に出した、それこそ印象操作であるように感じますし、「共謀罪」の呼称を変える必要はないように思います。
 この「共謀罪」法案について、世論調査では質問の文章の違いによって、賛否の結果が少なからず変わる疑いがあることを、このブログの以前の記事で書きました。

 ※「尋ね方で賛否変わる「共謀罪」・政府呼称「テロ等準備罪」―一般の理解は深まっていない」=2017年4月22日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20170422/1492861686

 法務委員会採決の直近の週末、5月13、14日に朝日新聞社が実施した世論調査では以下のような結果になっていました(丸かっこ内は前回の結果)。

◆政府は、犯罪を実行しなくても、計画の段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ、組織的犯罪処罰法の改正案の成立を目指しています。この法案に賛成ですか。反対ですか。
 賛成38%(35)▽反対38%(33)

組織的犯罪処罰法の改正案の内容をどの程度知っていますか。(択一)
 よく知っている2%▽ある程度知っている35%▽あまり知らない47%▽まったく知らない16%

◆政府・与党は組織的犯罪処罰法の改正案を、6月18日まで予定されている今の国会で成立させる方針です。この法案を今の国会で成立させる必要があると思いますか。
 今の国会で成立させる必要がある18%▽今の国会で成立させる必要はない64%

組織的犯罪処罰法の改正案についての政府の説明は、十分だと思いますか。
 十分だ7%▽十分ではない78%

 また、12―14日の3日間にNHKが実施した世論調査では、賛否は「賛成」25%、「反対」24%、「どちらとも言えない」が42%だったと報じられています。NHKの質問の正確な文章は分かりませんが、NHKは報道に際しては「テロ等準備罪」の用語を使っています。
 ※「安倍内閣 支持する51% 支持しない30% NHK世論調査」=2017年5月15日
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170515/k10010982331000.html

 委員会採決後のこの週末20−21日に共同通信社が実施した世論調査でも、やはり賛否は「賛成」39・9%、「反対」41・4%と拮抗。「政府の説明が十分だと思わない」との回答が77・2%に上り、前週の朝日新聞の調査と同じ結果でした。
 ※「『共謀罪』説明不十分77% 共同通信世論調査」=2017年5月21日
 https://this.kiji.is/238932773109055491?c=39546741839462401

 つまりは「テロ」の用語を一切持ち出していない朝日の調査でも、おそらくは「テロ等準備罪」として尋ねたNHKの調査でも、最近の調査結果は賛否が拮抗しており、しかもNHK調査では「分からない」が42%にも上っています。朝日の調査結果に至っては、法案の内容の理解度は「よく」と「ある程度」を合わせても「知っている」は37%にとどまっているのに対して、「知らない」は「あまり」「まったく」を合わせて63%にも上っています。世論調査で3分の2近くが「知らない」と答える状況で、また8割近くもの人が「政府の説明は十分ではない」と回答しているのに、それでも成立を急ぐ状況とは何でしょうか。これまでの国会審議では、「共謀罪」がなかったために防ぐことができなかったテロや組織犯罪の具体例は何ら指摘されていない、つまり具体的な事例に基づく「共謀罪」の必要性が何ら説明されていないにもかかわらずです。
 「共謀罪」は国際組織犯罪防止条約の締結に必要だと説明されていますが、ほかのやり方もあるはずとの指摘は野党や識者からも上がっています。そうしたことも含めて、審議を尽くすべきだと思います。


 5月19日の衆院法務委員会での採決を、東京発行の新聞各紙は19日夕刊、20日付け朝刊で大きく扱いました(産経新聞は東京本社管内では夕刊を発行していません)。

【写真】5月19日の東京発行各紙の夕刊



【写真】5月20日付けの東京発行各紙の朝刊


 これまでの社説などの論調でみれば、朝日新聞毎日新聞東京新聞はこの組織犯罪処罰法改正案には反対ないしは批判的であり、読売新聞、産経新聞は賛成、支持です。日経新聞は慎重姿勢といったところでしょうか。
 そうした違いを踏まえて委員会採決の報道を見たときに、特徴的だと思うのは以下の2点です。

 大まかに言えば、法案に反対ないし批判的な朝日、毎日、東京の3紙は政府が使う「テロ等準備罪」は見出しに使わず、今回の採決も与党と維新の「強行」と伝えているのに対し、法案に賛成、支持の読売、産経は政府呼称から「等」も省略して「テロ準備罪」とし、採決も「強行」との見解は取っていません。
 第2次安倍晋三政権が長期化するにつれ、重要な政治課題では政権に批判的な朝日、毎日、東京と、政権を支持する読売、産経とに東京発行各紙の論調は2極化してきました。特定秘密保護法、安全保障関連法でもそうでしたし、普天間飛行場の移設問題など沖縄の基地集中の問題でも、そしてこの「共謀罪」法案も同じと言えるようです。安倍首相の前のめり姿勢がとみに顕著になってきている憲法改正も、同じようになるのだろうと思います。


 以下に、「共謀罪」法案の衆院法務委での可決を東京発行各紙がどのように伝えたか、主な記事の見出しを書きとめておきます(いずれも東京本社発行の最終版)。目を引くのは、読売新聞の記事の少なさです。

朝日新聞
・1面 トップ「『共謀罪』熟議なき可決 採決強行 異論を軽視 自公維、賛成多数 衆院委」写真・改正案が衆院法務委で可決され、与党議員と握手する金田勝年法相/「視点」石松恒・国会担当キャップ
・2面・時時刻刻「『共謀罪』疑問残し強行」「法相答弁 迷走のまま」/「維新後押し 強気の自民」図解・19日の衆院法務委で指摘された具体的な事例
・4面「与党『充実した審議』 野党『民主主義破壊』 『共謀罪』採決」/焦点採録衆院 法務委員会「任意捜査の正当性の担保は 民進 最終的に裁判所が判断する 法相」
・社会面 トップ「審議 わずか30時間 『共謀罪』採決『煮詰まらないまま』 江川紹子さん衆院委を傍聴」/「国会前 夜もシュプレヒコール」/「国民理解できていないはず」衆院法務委員会で参考人として意見を述べた漫画家、小林よしのり氏の話
・社説「『共謀罪』採決 国民置き去りの強行だ」

毎日新聞
・1面 トップ「審議尽くさず 『共謀罪衆院委採決強行 与野党 攻防激化」・表「共謀罪」(テロ等準備罪)ポイント、写真・採決に抗議し委員長席に詰め寄る野党の議員ら
・3面・クローズアップ「治安・人権 折り合わず 政府 条約締結に『不可欠』 野党 『一般人へ適用』懸念 『共謀罪』採決強行」表・主な論点に対する発言/「高支持率 強気の国会運営」/「回り道でも丁寧に」佐藤千矢子・政治部長/質問なるほドリ「犯罪防止条約どう結ぶ? 国内で法律作り 国連で手続き」
・5面「攻めあぐねる野党 狙いは法相、『加計』 政権揺さぶりに懸命 『共謀罪』採決強行」/「政府・与党 会期延長含み」/「プラカードの抗議を見送り 民進」/「国連報告者 懸念を表明」
※社会面見開き見出し「採決強行『共謀』 最後は数の力」
・社会面 トップ「自公維 5分で淡々」/「適用 募る不安 各地で抗議」北海道・東京・沖縄
・第2社会面「野党『失言』狙い/法相歯切れ悪く」/ミニ視点「対象線引き あやふや」弁護士・山下幸夫氏「条約の批准に不可欠」弁護士・木村圭二郎氏「政府答弁 本質答えず」立命館大法務研究科教授 松宮孝明氏「事前抑止 世界の常識」元外交官・宮家邦彦氏
・社説「『共謀罪』法案委員会で可決 懸念残しての強行劇だ」

【読売新聞】
・1面 準トップ「テロ準備罪 衆院通過へ 23日にも 自公維、法務委で可決」写真・野党議員らが委員長席に詰め寄る中、採決が行われた衆院法務委
・2面「テロ準備罪 議論平行線 衆院委可決 『一般人』定義巡り」表・テロ準備罪法案を巡る衆院での議論のポイント
・第2社会面「テロ準備罪 安堵と抗議 衆院委可決」/「組織犯罪対策に不可欠 一般人に適用ありえぬ 国松元警察庁長官に聞く」

日経新聞
・1面「『共謀罪』法案 今国会成立へ 衆院委で可決 会期延長を検討」写真・「共謀罪」法案が可決され、発言する金田法相
・5面「悩ましい?会期延長幅 小幅だと…都議選で日程窮屈 大幅だと…『加計』追及 長期に 『共謀罪』法案 今国会成立へ」
・第2社会面「『議論尽くされず』 『共謀罪』法案 衆院委で可決 国会前でデモ」/「『企業活動を萎縮』弁護士ら声明」

産経新聞
・1面 トップ「テロ準備罪 衆院委否決 23日通過へ 自公と維新賛成」写真・採決を前に自民党の理事に詰め寄る民進党の理事ら、表・「テロ等準備罪」規定のポイント
・3面「現行法の空白カバー 航空機 乗っ取り防止強化 偽造旅券 未発見でも対処 テロ準備罪」表・テロ等準備罪に規定される厳しい条件/「『日本は怠慢』厳しい視線 国連加盟94%が条約締結」
・5面「最後まで…民進茶番劇場 議事妨害、棚上げ批判、罵声 他党の苦言に『自民に入れ』」
・25面(第3社会)・「テロ準備罪」対象となる277の罪
・社会面 トップ「キノコ狩りダメ? 一般人対象なの? テロ準備罪 極論で不安あおる野党」/「現場歓迎『捜査の幅広がる』」/「国会前 反対派が終結」/「野党が進行妨害 おなじみの光景」/「『情報収集の環境整備必要』元警察官僚の沢井康生弁護士の話」/「『刑事法原則を完全に覆す』元東京高裁部総括判事の門野博弁護士の話」/「『党利党略で反対論が勢い』外交評論家の岡本行夫氏の話」
・社説(「主張」)「テロ等準備罪 国民の生活を守るために」

東京新聞
・1面 トップ「『共謀罪』採決強行 衆院委で可決」写真・改正案が可決され、起立する金田法相、表・『共謀罪』規定のポイント/「『恣意的運用』国際視点から警告 プライバシー権国連特別報告者 首相に書簡送る」/「テーマ、国ごとに人権状況を監視 国連特別報告者」※用語説明/「『戦争させない。自由にものが言える。この二つを守らなくては」声・国会前
※総合面(2―3面)見開き見出し「国民監視 ぶれる答弁 『共謀罪』捜査 既に横行」
・2面・核心「法制化なら お墨付き 集会で拍手→『賛同』 日程の説明→『競技』 山城議長ケース」/解説「『テロ対策』疑念深く」/「維新の与党化鮮明 『共謀罪』に賛成」
・3面「審議深まらぬまま 法相 知り合い対象認める」表・5月19日衆院法務委でのやり取り
・7面・衆院法務委論戦のポイント
・24−25面(特報面)「笑えない『共謀罪』審議 声に出して読めば…迷言・珍言次から次へ 演じた市民『法相 国民を愚弄している』」「『国会軽視どころか崩壊』 野党議員追及にも 政府は『意味不明の答弁』 参院でも でたらめ許すな」
※社会面見開き見出し「『廃案まで抗議する』 また あの時代に…」
・社会面「国会周辺 怒りの声やまず 『取り返しつかないことに』『審議延長を』」
・第2社会面「日常を描いて逮捕 『反抗的な思想』…特高、有罪判決 北海道の松本五郎さん(96)」/「『企業も共謀罪の対象に』法務弁護士の会が廃案求め声明」
社説「『共謀罪』採決 懸念は残されたままだ」