「戦場に立つことになる自衛官」を伝える新聞、伝えない新聞〜安保法制閣議決定の在京紙報道の記録

 安倍晋三政権は5月14日の臨時閣議で、自衛隊の活動をめぐり、集団的自衛権の行使容認やPKO活動中の駆けつけ警護、他国軍への弾薬の供与など、従来は憲法9条によって「できない」とされていた分野へ拡大する内容の関連法案を閣議決定しました。

※「安保関連法案を閣議決定 首相『抑止力が向上』」47news=共同通信
 http://www.47news.jp/CN/201505/CN2015051401001376.html

 政府は14日、臨時閣議を開き、自衛隊の海外活動拡大を図る新たな安全保障関連法案を決定した。歴代政権が憲法9条下で禁じてきた集団的自衛権行使を可能とするなど、戦後堅持した安保政策の歴史的転換に踏み切る内容だ。15日に衆院へ提出し、今月下旬から審議入りする見通し。夏までの成立を目指す政権と、対決姿勢を鮮明にする民主党など野党との論戦が激化する。安倍晋三首相は記者会見し、法整備と日米同盟強化を通じ「抑止力がさらに高まる」と理解を求めた。
 首相は「不戦の誓いを将来にわたって守り続け、国民の命と平和な暮らしを守り抜く決意の下、平和安全法制を閣議決定した」と表明。

 日本の安全保障政策や、専守防衛の「国是」の歴史的な大転換であり、大きな変容です。従来は政府自身の憲法解釈でも「できない」とされていたものを、一政権の解釈変更で「できる」としてしまうのですから、意味合いは憲法改正にも匹敵するのだと思います。こうした憲法解釈の変更が有効だとなると、では憲法とは何なのか、憲法などなくても構わないではないか、との極論、つまりは憲法の事実上の機能停止にまで、やがては行き着くのではないかと危惧します。
 憲法99条には、公務員の憲法尊重、擁護の義務規定があります。国務大臣国会議員は条文で名指しされています。この条文に照らして、この閣議決定憲法違反であることを疑う余地があるのではないでしょうか。

 第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 この大きなニュースを東京発行の新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)は、15日付朝刊の1面トップに据え、関連記事も大量に掲載しました。1面の主な記事と社説の見出しを書き出してみます。紙面の論調として、反対ないし批判的か、支持するかに分けて記録します。日経新聞は1日前の14日付朝刊で「具体例に基づく安保法制の議論を」との社説を掲載しています。安保法制整備に理解を示しているようにも読み取れますが、読売新聞や産経新聞とは明らかに距離があるように思えますので便宜上、中間派としておきます。

【反対、批判的】
朝日新聞
1面トップ「政権、安保政策を大転換」「法案閣議決定 国会審議へ」「首相『脅威に切れ目なく』」
1面「政治の責任 見失うな」立松朗・政治部長
社説「安保法制、国会へ この一線を越えさせるな」合意なき歴史的転換/平和国家の変質/国会がなすべき仕事

毎日新聞
1面トップ「安保政策 歴史的変換」「関連法案を閣議決定」「集団的自衛権容認」「首相『抑止力高まる』強調」
1面・解説「責任ある論戦が必要」
社説「安保法案 国会提出へ 大転換問う徹底議論を」/「専守防衛」に反する/国民の納得には程遠い

東京新聞
1面トップ「『戦える国』是非は国会に」「問われる国民主権」「安保法案 閣議決定
※本記のほかに金井辰樹・政治部長の署名評論記事
1面「首相会見 切れ目ない法整備強調」/「臨時閣議わずか10分」
社説「安保法制閣議決定 専守防衛の原典に返れ」平和安全法制の欺瞞/憲法、条約の枠超える/岐路に立つ自覚持ち


【支持】
▼読売新聞
1面トップ「日米同盟の抑止力強化」「安保法案 閣議決定」「集団的自衛権を限定容認」「首相『切れ目ない備え』」
1面「複雑な法案 政府に説明責任」
1面「周辺国の脅威に対応」憲法考・上
社説「安保2法案決定 的確で迅速な危機対処が肝要 日米同盟強化へ早期成立を図れ」軍事環境悪化の直視を/専守防衛は維持される/ガイドラインと一体で

産経新聞
1面トップ「首相『平和へ切れ目ない備え』」「安保法案を閣議決定」「『米国の戦争、巻き込まれず』」
1面「集団的自衛権 14年かけた『責務』」
社説(「主張」)「安全保障法制 国守れぬ欠陥正すときだ 日米同盟の抑止力強化を急げ」時代の変化に向き合え/制約より活用の議論を


【中間】
日経新聞
1面トップ「安保政策 転換点に」「関連法案を閣議決定」「集団的自衛権可能に」「首相『歯止め厳格』」


 この日の紙面でもっとも印象に残るのは社会面のつくりの違いであり、中でも実際に戦場に立つことになる自衛官の取り上げ方です。
 朝日、毎日、東京の3紙はそれぞれ社会面にも関連記事を大きく展開しています。朝日新聞の社会面には「紛争地派遣に現実味」「自衛官 覚悟と戸惑い」などの見出しとともに、イラクへ派遣された経験を持つ陸自幹部ら自衛官、その家族らの声を紹介しています。
 毎日新聞は社会面見開きで関連記事を掲載。第1社会面トップには「現場『なぜ行くのか』」「自衛隊に戸惑い」の見出しで、同じように現役自衛官らの声を紹介。さらに防衛大学出身という滝野隆浩・東京社会部編集委員(55歳)の「本当に撃てるのか」との署名記事が目を引きます。東京新聞も第1社会面に「『駆けつけ警護?ふざけんな!』」「若い自衛官不安の本音」との見出しを取り、自衛官の声を紹介する記事を掲載しています。
 これに対して読売新聞は第2社会面に「深い議論 求める声」の見出しで関連記事を掲載。「自衛隊『安全確保に配慮』」の見出しもあり、陸自幹部の「その場で立ちすくむことのないよう訓練が必要」など、組織としての対応は紹介されていますが、個々の自衛官の思い、との観点の記事ではありません。産経新聞は社会面に関連記事がありません。
 今回の閣議決定は安保政策という大きなテーマの話ではあるのですが、視線をわたしたちの周囲に移すと、実際に戦闘の場に立つのはだれか、という問題に行き当たります。それは現場の自衛官です。創設以来、一人も戦死することなく、また一人も戦闘行為で殺害することもなくここまで来ました。仮にこの法案が国会を通って成立すれば、これからは自衛官がだれかを戦場で殺害するのかもしれず、自衛官が殺害されるのかもしれません。
 仮に自衛官の戦死者が出た時、あるいは自衛官が戦闘でだれかを殺害した時、わたしたちの社会はその衝撃を受け止めきれるでしょうか。その自衛官は顔を知っている隣りのだれか、あるいはだれかの家族かもしれないのです。そもそも専守防衛を旨とし、そのための訓練を受けてきた自衛官が、日本を離れた場所でどこかの国の見知らぬ人を本当に撃てるのか。そうしたことに思いを致し、当事者の個々の自衛官や家族の目線で取材することも、この問題を多面的に報じるために必須だろうと思います。
 仮に自衛隊が戦闘に加わることになった時には、マスメディアはそれをどう報じるかという問題に直面することになります。取材者の安全面もさることながら、同行取材に伴って自衛隊防衛省、政府による情報統制の問題が必ず出てくることと思います。イラク派遣の際にも情報統制の問題はありました。このことはまたあらためて書きたいと思います。


 前述の毎日新聞東京社会部の滝野隆浩編集委員の「本当に撃てるのか」は強く印象に残りました。ネットでも読めます。

毎日新聞「安保法案:本当に撃てるのか…防衛大卒55歳記者は聞いた」2015年5月15日
 http://mainichi.jp/select/news/20150515k0000m010150000c.html

 一部を引用します。

 親しい陸自将官OBは「憲法9条で守られてきたのは実は自衛隊だった」と漏らす。日本に攻めてきた敵とは戦う。だが、海外で自衛官が殺したり殺されたりする事態は、9条により免れてきた、と。「自衛隊は創設から60年、1発の銃弾も撃っていない」といわれる。部内ではそれが少々恥ずかしいことのように言われるが、私は日本人の誇りだと思う。その封印がいま、解かれようとしている。
 米陸軍元中佐のデーブ・グロスマンは著書「戦争における『人殺し』の心理学」で、まず「人には、人を殺すことに強烈な抵抗感がある」と指摘する。同書によると、第二次大戦で米軍兵士が敵に向かって撃てた発砲率は15〜20%だった。その後、敵を非人間視させる訓練法などにより、朝鮮戦争で55%、ベトナム戦争では90〜95%に高まった。実際に撃った兵士が、後に命じた指揮官よりも重いトラウマ(心的外傷)に苦しむという。
 自衛官は本当に、撃てるのか−−退官した同期生に私は聞いてみた。「やるさ。おれたちはこれまでずっとキツいことやってきた」。政治が決めたことに従うのは当たり前だという。そして、最後にこう言い添えた。「60年遅れで、自衛隊は米軍に追いつこうとするんだろうな」