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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

朝鮮学校の無償化除外「適法」判決に違和感

 少し時間がたってしまいましたが、備忘を兼ねて記しておきます。国が朝鮮学校を高校無償化の対象から除外したのは違法として、東京朝鮮中高級学校の卒業生62人が賠償を求めた訴訟で、東京地裁の田中一彦裁判長が9月13日、請求を棄却する判決を言い渡しました。不指定とした文部科学相の処分が、政治的外交的理由だったか否かが争点でしたが、処分には裁量権の逸脱や乱用はなかったとの判断でした。

 同種の訴訟は全国で5件あり、最初の広島地裁判決(7月19日)は原告敗訴だったものの、次の大阪地裁判決(7月28日)は、朝鮮学校を政治的理由で排除しており処分は違法と認定していました。先行した2件の判断が割れていたため、3件目の東京地裁判決が注目されていました。

 東京発行の新聞6紙が、翌14日付朝刊で判決をどのように報じたかを書きとめておきます。1面で報じたのは産経新聞のみで、同紙は「朝鮮総連と密接な関係にある学校の実態を踏まえた極めて常識的な判断だ」とする社説(「主張」)のほか、社会面には判決要旨も掲載しました。逆に扱いの小ささが目立ったのは朝日新聞で、第3社会面に2段の見出しで、写真もありません。朝日は翌15日付で社説「朝鮮学校訴訟 説得力を欠く追認判決」を掲載し「『結論ありき』で政権が進めた施策を、『結論ありき』で裁判所も追認した。そう言わざるを得ない判決である」「行政を監視し、法の支配を実現させるという司法の使命を忘れた判断だ」「政府の措置を違法とした7月の大阪地裁判決のほうが事実に即し、説得力に富む」などと批判しましたが、前日の小さな扱いとのちぐはぐ感がぬぐえません。

 以下は各紙の扱いと主な見出しです。いずれも東京本社発行の最終版です。

【朝日】
・第3社会面「朝鮮学校の無償化除外 東京地裁は『適法』」=2段/「『民族教育否定』卒業生憤り」=1段 ※写真なし
【毎日】
・社会面左肩「朝鮮学校 無償除外は適法 東京地裁判決『政治的理由』否定」=4段/「『学ぶ権利 同じでは?』」(雑観)=3段/「司法は冷静判断を」田中宏・一橋大名誉教授(日本社会論)=1段/「無償化許されない」長尾一紘・中央大名誉教授(憲法)=1段 写真・「不当判決」などと示す原告側弁護士ら、判決骨子、表・各地の訴訟一覧
【読売】
・社会面左肩「朝鮮学校を除外『適法』 東京地裁判決『邦、不合理でない』 高校無償化」=3段/「朝鮮学校」(ズーム)=1段 写真・判決後、記者会見する原告側の喜田村洋一弁護団長ら、表・3地裁の判断の比較
【日経】
・社会面「朝鮮学校 除外は適法 無償化巡り東京地裁 大阪地裁と判断割れる」=3段 ※写真なし
【産経】
・1面左肩「東京地裁 無償化認めず 卒業生の賠償請求棄却 朝鮮学校」=3段/「文科相に広い裁量権認める」=3段 表・3地裁の判断の比較
・第3社会面「文科省安堵『妥当な判決』 卒業生ら一斉非難」=見出し3段相当/判決要旨 写真・判決後、記者会見する原告側の弁護士 表・各地の訴訟
・社説(「主張」)「朝鮮学校『棄却』 北礼賛に理解は得られぬ」
【東京】
・第2社会面「無償化除外は『適法』 東京では原告敗訴判決 朝鮮学校」=3段/「元生徒『未来奪う判決』」=2段/「判断の根拠薄弱」名古屋大の石井拓児准教授(教育行政学)=1段 写真・判決後、記者会見する原告(※後ろ姿) 

 地方紙を中心に掲載される共同通信の出稿では、在京紙の紙面にはない「解説」記事があり、「(判決は)文部科学相の判断を『裁量権の範囲内で適法』と認定したが、理由が十分説明されているとは言い難い」と指摘しています。

 この判決に対しては、個人的には大きな違和感があります。朝鮮学校に通う生徒たちの日常をいささかなりとも知れば容易に分かると思うのですが、親と共にいずれは母国に戻るほかの外国人学校の生徒と異なり、朝鮮学校の生徒は3世、4世の在日コリアンです。日本で生まれ、日本語になじんで日本で育っています。ほかの日本の高校の生徒と同じように、日本の大学に進む生徒も少なくありません。そして何よりも、在日コリアンは日本社会の納税者であり、社会の一員として応分の貢献をしています。朝鮮学校で学ぶ生徒たちも、いずれは納税者になると想定されます。そうした彼らが、朝鮮学校に在籍しているという一事で、日本の高校に通う生徒たちと異なった扱いを受けるのは不条理だと感じます。日本人拉致問題がある上にミサイル発射、核開発で北朝鮮への批判が高まっていますが、それはそれ。日本社会で「教育の機会均等」を図る高校無償化は、まったく別の話です。

 以下のリンク先は京都新聞の9月15日付の社説です。「国が朝鮮学校の教育の実際について十分に調べた経緯はない。過去の裁判やインターネット上の情報をもとに北朝鮮の影響を示唆する主張に終始した」と指摘し「裁判所は、国が根拠を示さない主張を続けていることを指摘し、事実を踏まえる審理をしてほしかった」と結んでいます。国の主張をただ丸呑みにした東京地裁の田中一彦裁判長の姿勢へ疑問を呈しています。

※京都新聞「朝鮮学校判決  説明が十分と言い難い」=2017年9月15日

http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20170915_3.html

 信濃毎日新聞も19日付で関連の社説を掲載しました。「教育を受ける機会を公平に保障する高校無償化制度の趣旨を踏まえた判断とは言いがたい。学ぶ権利や教育の独立性を損なう行政の介入に厳しい目を向けるべき司法が、その責務を自ら放棄していないか」との書き出しで、裁判官の姿勢に疑問を示し、以下のように指摘しています。 

 拉致問題や核・ミサイル開発をめぐって北朝鮮は強く非難されている。だからといって、在日の人たちをそれと結びつけ、日本で生まれ育った子どもたちにまで責めを負わせるべきではない。

 教育を受ける権利は、ほかの学校の生徒たちと同じように保障されなくてはならない。朝鮮学校だけを分け隔てる施策は、法の下の平等や教育の機会均等に反する差別であり、排外的な主張を助長することにもつながる。

 民族的な少数者が自らのルーツに関わる言葉や文化を学ぶ権利も尊重されるべきだ。差別が制度化された現状は改めなくてはならない。司法は人権を守る立場から政府にそれを促す責任がある。 

※信濃毎日新聞「朝鮮学校訴訟 学ぶ権利、顧みない判決」=2017年9月19日

www.shinmai.co.jp

 5件の訴訟のうち、名古屋地裁と福岡地裁小倉支部の訴訟はこれから判決を迎えます。裁判官たちが審理を尽くし、国の主張をただ追認するのではなく、自由な心証で判断を示すためには、世論の関心の高まりも必要だと思います。その意味では、判決が社会で広く知られることが必要で、マスメディアの役割も大きいと思います。

 

※追記 2017年9月23日10時50分

 青森県八戸市に中心に発行するデーリー東北が19日付の社説で取り上げました。
※デーリー東北「朝鮮学校訴訟 判例の積み重ねが必要だ」=2017年9月19日
 http://www.daily-tohoku.co.jp/jihyo/20170919/201709190P185541.html
 一部を引用して紹介します。 

  無償化を定めた高校無償化法は第1条に「教育の機会均等に寄与することを目的とする」と定めている。誰でも高校教育を受けられるようにするという法の趣旨だ。

 無償化の資金が授業料に充てられていないことが事実なら当然、違法である。事実確認しているのならともかく「懸念される」というのでは根拠が明確でない、と言わざるを得ない。

 北朝鮮には、日本人拉致、その後のミサイルや核兵器の開発など国際的に非難される問題はある。しかし、在日朝鮮人子弟の教育とは直接関係ない事柄である。授業料無償化の適用対象外とするのは、理性的な措置とは言えないのではないか。

 教育を受ける基本的な人権の問題である。同種訴訟は名古屋地裁、福岡地裁小倉支部で係争中であり、控訴審でも争われる。割れている裁判所の判断が統一されるには事実認定を含め、さらに丁寧に審理されるべきだ。