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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

目立つ安倍政権への批判と疑念、改憲派にも高揚感なく〜憲法記念日の各紙社説

 安倍晋三首相が改憲への意欲をむき出しにしている中でことしも憲法記念日の5月3日、新聞各紙の紙面では憲法に関連する社説が多く載りました。東京発行の6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)のほか、ネットで26紙(見出しのみを含む)の計32紙の社説に目を通しました。すべての新聞を対象にした網羅的な調査ではありませんが、特徴として感じたことをいくつか、簡単にまとめておきます。

  • 読売、産経、日経の各紙は、世論調査などでは世論の改憲への機運が高まっているとはいいがたいことが明らかになっていることを踏まえつつ、「緊急事態条項」を例に挙げて、改憲の議論を高めるべきだなどと主張する点で、共通点がみられます。世論の機運については、産経は自社系列の4月の世論調査で、憲法改正に賛成する人は40・8%で、反対の47・8%を下回ったことを挙げ「気がかりなのは、国民が憲政史上初めて、憲法改正の是非を決められるようになったにもかかわらず、その機運が必ずしも高まっていないことだ」と書いています。
  • 日経も自社系列の世論調査で「現在のままでよい」が44%で「改正すべきだ」の42%を上回ったこと、2年前には改憲賛成が56%を占めていたことを挙げています。「安倍首相が改憲を訴えれば訴えるほど、そこに危うさを感じる人がいるのだろう。集団的自衛権を巡る憲法解釈を昨年、変更したことも影響していよう」との分析は印象に残りました。
  • 朝日や毎日、地方紙やブロック紙でも多くの新聞が、まず安倍首相と政権が進めてきた一連の安全保障政策に対し、強い批判や疑念を示しています。集団的自衛権の行使容認の憲法解釈の変更を閣議決定で行ったこと、関連する法改正のための協議を与党間で進め、国会審議も始まる前から日米安保条約の新ガイドラインに反映させ、安倍首相が米議会演説で夏までの法改正を約束するなど、国民不在で憲法をないがしろにしている、との批判です。わたしが目にした限りですが、数の上ではこうした論調が圧倒しています。
  • これらの新聞の中では、改憲を目指してまず「緊急事態条項」などの議論を高める、との自民党の方針に対しても、世論の抵抗が少ないとみられる条項から改憲に着手し、次に9条の改正へと進むことを目論んでいるとして批判的な論調が目に付きます。いわば「9条隠し」でまず改憲の機運を盛り上げ、抵抗のハードルが下がったところで、本丸の9条改正へ進もうとしているというわけです。
  • 総じて眺めた印象ですが、各紙の論調の違いは「改憲か護憲か」という点ではなく、安倍首相の憲法観や安倍政権の憲法解釈の変更や安全保障法制の見直しへの評価、つまりこれらを是とするか非とするかにあるようです。安倍首相と政権を批判する新聞でも、本来は憲法改正それ自体へのスタンスは必ずしも一様ではないと思いますが、安倍首相の憲法観に疑義を示し、安倍政権が進めてきた安全保障政策を「憲法にもとる」と批判する新聞はおおむね、安倍政権の下で憲法改正を進めることにも反対、慎重な姿勢を示しています。
  • 翻って、改憲、中でも9条の改正を是とする立場から見れば、安倍政権の支持率は高い水準を保っているのに、憲法改正になると世論の機運は高まっていないどころか、むしろ慎重になっていることに戸惑いや焦慮もあるのかもしれません。昨年の衆院選での与党圧勝で安倍政権に「長期、安定」の見通しがあるほどには、各紙の論調に高揚感は感じられません。
  • 北國新聞(本社石川県金沢市)は、安倍政権が集団的自衛権の「限定的行使」容認を打ち出したことを妥当とする点に絞って主張を展開しています。9条の改正を志向する点では、読売や産経と共通点があるのですが、今回は力点を別に置いているように感じました。

 沖縄タイムス琉球新報の2紙の社説はいずれも、「平和」の意味をあらためて深く考えさせられました。一部を引用するとともに、リンク先のURLを載せておきます。
沖縄タイムス「[憲法記念日]戦争反対 血肉化しよう」
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=114167

 「平和憲法の下への復帰」は、復帰運動のスローガンとなった。
 だが、実際に施政権返還が実現し、憲法が適用されるようになって初めて気付いたのは、日米地位協定の前では憲法が時に、「無力」だということであった。
 憲法と国内法によって保障されたさまざまな権利が、安保・日米地位協定とぶつかった場合、政府は地位協定や関連取り決めで保障された米軍の権利を優先し、米軍の意向に従うことが多い。
 憲法改正問題は、時の政治状況や国際環境の影響を受けやすい。この状況を利用して一気に9条改正に突っ走る発想は極めて危険である。中国の海洋進出によって東アジア、南アジアの安全保障環境が悪化しているのは事実であるが、軍備増強による封じ込め策に偏り過ぎてバランスを欠けば、逆効果だ。
 憲法前文には「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」とある。
 沖縄戦を生き残った人々は、この前文に接したとき、干天の慈雨のように感じたに違いない。
 戦争は時間がたてばたつほど美化される傾向にある。若い世代にも届くような新たな平和運動を起こし、満身創痍(そうい)の憲法9条に魂を吹き込む必要がある。

琉球新報憲法記念日 空文化を許さず 沖縄に平和主義適用を」/「われわれの憲法」/希求し続けた沖縄
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-242528-storytopic-11.html

 50年前の65年、立法院は5月3日を祝日とすることを全会一致で可決した。日本国憲法を「われわれの憲法」として公式に認め、積極的に支持する意思表示だ。施政権返還を求める最大組織の祖国復帰協議会も同年、沖縄が日本と切り離された「屈辱の日」に当たる4月28日に大会を開き、日本国憲法の適用を正式に要求した。
 当時の沖縄は、米統治者による布告、布令の軍事法規で支配されていた。日本国憲法の基本原則である国民主権基本的人権が保障されず、米兵が引き起こす事件事故の被害に苦しめられた。63年、高等弁務官のポール・W・キャラウェイが「自治は神話」と発言して直接統治するなど、自治は無いに等しかった。
 65年以降、米国は地上軍を増派してベトナム戦争を拡大させ、嘉手納基地にB52爆撃機を常駐させるなど、沖縄は米軍の出撃拠点になった。日本国憲法が最も重んじている平和主義に反する状況に置かれ、住民は再び戦争に巻き込まれる不安を抱いていた。
 憲法記念日を沖縄で祝うことで、一日も早く日本国憲法が適用されること、つまり平和憲法下の日本に復帰することを希望した。
 しかし、施政権返還後に日本の憲法体制下に入ったにもかかわらず、在沖米軍基地は撤去されず自由使用が続いている。理由は、日米の返還交渉で密約を結んだからだ。歴代政権は、在沖米軍基地の整理縮小に真剣に取り組んでこなかった。このため施政権返還後も米兵が引き起こす事件・事故で人権をむしばまれ、日々の訓練による爆音被害にさらされている。憲法の平和主義が現在、沖縄に適用されているのか大いに疑問だ。
 安倍政権は米軍普天間飛行場名護市辺野古移設を「唯一の解決策」と語り開き直っている。名護市長選、衆院選、県知事選を通じて示された民意を無視することは、民主主義の否定であり、憲法の原理に反する。


 以下に、各紙の社説の見出しを書きとめておきます。便宜上、集団的自衛権などの安保政策問題を中心に【安倍政権を支持】【安倍政権を批判】【その他】に、わたしの判断で区分しています。

【安倍政権を支持】
▼読売新聞「憲法記念日 まず改正テーマを絞り込もう 『緊急事態条項』の議論深めたい」現実的なアプローチで/環境権の新設も課題だ/幅広い合意形成目指せ
産経新聞憲法施行68年 独立と繁栄守る改正論を 世論喚起し具体案作りを急げ」9条が国防を損なった/緊急事態の備え大切だ
日経新聞憲法のどこが不備かもっと説明せよ」世論はなぜ揺れるのか/緊急事態条項の検討を
北國新聞憲法記念日に 限定容認は現実的な選択肢」


【安倍政権を批判】
朝日新聞「安倍政権と憲法 上からの改憲をはね返す」またも「裏口」から/だれへの「押しつけ」か/棄権でなく拒否権を
毎日新聞憲法をどう論じる 国民が主導権を握ろう」憲法への尊重欠く政治/押しつけ改憲にさせぬ
東京新聞中日新聞「戦後70年 憲法を考える 『不戦兵士』の声は今」白旗投降した海軍中尉/傍観者では亡(ほろ)びの道/戦争は近づいてくる
北海道新聞「きょう憲法記念日 平和主義の逸脱を危ぶむ」守るべき歯止め失う/力に勝る共存の視点/立憲主義の確認こそ
河北新報「揺らぐ最高法規/今こそ憲法に向き合いたい」
東奥日報改憲論議 進め方に危うさ/憲法記念日
秋田魁新報憲法記念日 主権者不在の改正論だ」
岩手日報憲法記念日 力で押す解釈改憲の愚」
▼神奈川新聞「憲法の行方 国民分断させぬ議論を」
信濃毎日
5月4日「危機の憲法 秘密法制 国民の戦争抑止力を奪う」人質事件が教える/見えない決定過程/何のための知る権利か
5月3日「危機の憲法 変わる自衛隊 9条の防波堤が崩れる」軍隊との違いは/政府の判断次第で/必要最小限度か
5月2日「危機の憲法 首相の手法 空洞化させるあざとさ」目に余る国民軽視/国家重視が鮮明に/掘り崩しを拒む
北日本新聞「戦後70年・憲法記念日/『国民不在』が甚だしい」※見出しのみ
福井新聞「戦後70年の憲法記念日 無関心な姿勢を改めたい」戦争状態に介入する権利/73条に違反/国民置き去り
京都新聞憲法記念日に  平和国家の歩みを続けよう」9条が守った一線/防波堤を失うリスク/対等な日米同盟の夢
神戸新聞憲法記念日に/平和や自由が揺らいでないか」「由らしむべし」/改正へ前のめり
中国新聞憲法審査会 改正の是非 徹底議論を」
山陰中央新報憲法記念日/根幹の議論が残っている」
愛媛新聞
5月03日 憲法2015「安倍首相の政治姿勢」 国会と国民の声を聞くべきだ
5月02日 憲法2015「改正論議」 国民の声を反映させる環境を
5月01日 憲法2015「米議会で首相演説」 隠せぬ「本音」に懸念は深まる
4月30日 憲法2015「日米首脳会談」 追従路線が平和を危うくする
4月29日 憲法2015「日米防衛指針改定」 国民無視の「一体化」危惧する
徳島新聞
5月3日「憲法を考える(下) 改正論議をなぜ急ぐのか 」
5月2日「憲法を考える(上) 拙速な安保論議は危うい」
高知新聞「【憲法記念日】民主主義の原則に戻れ」国民不在の政治
西日本新聞憲法記念日に寄せて 政治の抜け道は許さない」大いに論じ合おう/多様な物差しこそ
大分合同新聞憲法記念日 『国民不在』が過ぎる」※見出しのみ
熊本日日新聞憲法記念日 今こそ理念に立ち返ろう」※見出しのみ
南日本新聞「[憲法記念日] 戦い、血を流す覚悟は問わないのか」目指す国が見えない/戦後日本は岐路に


【その他】
福島民報「【被災地支援】憲法の精神かみしめよ」※5月2日掲載
山陽新聞憲法記念日 『地方のかたち』にも目を」
佐賀新聞5月2日「憲法改正