先進性が色あせない宮古毎日新聞労組〜アエラ「珊瑚礁の島の労組つぶし」掲載

 沖縄県宮古島宮古毎日新聞という地域紙があります。1955年創刊。公称発行部数は約1万6千部。沖縄には那覇市に発行本社を置く県紙として沖縄タイムス琉球新報の2紙がありますが、宮古島と周辺の島々に限って言えば、宮古毎日新聞はシェアと紙面の地域密着ぶりの両面で県紙2紙を圧倒しています。

 その宮古毎日新聞社を舞台にした労使紛争を、アエラ7月27日号が「珊瑚礁の島の労組つぶし」とのタイトルで取り上げています。後藤絵里記者の署名による1ページのコンパクトなリポートですが、同社の組合敵視の内情を多少なりとも知る者の目からは、事実を客観的に描いた冷静な内容と評価できます。
 いわく、真栄城宏社長(70)のワンマン体制のもと、社員は全員、社長に分刻みの業務日報の提出が義務付けられ、社長の意に沿わない記事が載ると休日でも呼び出されたこと、社長と対立した編集局長が退職に追い込まれたこと、正社員の記者が突然、契約社員になったりしたことなどから、危機感を高めた社員が2006年5月に労働組合を結成。当初は社員の8割、39人が名前を連ねましたが、結成半年後あたりからパートの女性を中心に脱会が相次ぎ、さらには07年から3年間で組合員3人が合理的な説明もないままに契約を打ち切られました。組合員は現在9人。これまでに雇い止めや不誠実団交で県労働委員会にあっせん申請5件、不当労働行為の救済申し立て2件を申し立てたこと、現在も3人目の雇い止めをめぐって那覇地裁労働審判を申し立てていることも記事は紹介しています。
 宮古毎日新聞労組は自らブログを開設しており、争議や会社との団体交渉の経過を逐一、情報発信しています。

 宮古毎日新聞労組ブログ
 http://mmrk.ti-da.net/

 それを読むと、アエラの記事の「珊瑚礁の島の労組つぶし」というタイトルも決して大げさではないことが分かると思います。
 労組結成当時、わたしも新聞労連委員長としてお手伝いをさせていただきました。真栄城社長への労組結成の通告にも同行しました。初めての団交にも同席しました。現在はわたし自身は立場が変わりましたが、宮古毎日新聞で働く人々が労組結成に託した思いには今も共感を持っていますし、組合員が9人に減ったとしても、宮古毎日新聞労組が掲げる要求や運動方針の正しさはいささかも減じていないと思います。
 アエラの記事でも触れられていますが、労組結成当時の宮古毎日新聞の経営の異常さは、正社員記者を社長の一存で契約社員に切り替えるような独断専横的な人事に端的に表れていました。その理由たるや、「若い記者は辞めて県紙(沖縄タイムス琉球新報)に移ってしまうから」というものでした。正当な人事権の行使を逸脱しているのは明らかで、企業の雇用責任を何ら自覚していないといわざるをえません。
 まるで従業員を自分の使用人としてしか見ない、こうした社長の姿勢は、基本的に今も変わっていないとわたしには思えます。組合員が9人にまで減少するに至る社長側の切り崩しも、この点に留意すべきでしょう。まず組合を離脱していったのはパートの従業員でした。その後、組合員の契約記者の雇い止めが続きます。編集業務が一時的であるわけがなく、当該の記者たちにひどい落ち度があったわけでもありません。「組合に加入していれば、契約の更新はない」と思わせ、それでも組合を離脱しなければ実際に契約を更新しない。もちろん理由を「組合員だから」などとは口が裂けても言わない。肝心なのは、従業員たちに「組合さえ抜ければ仕事を奪われることはない。組合にとどまっていては仕事がなくなるかもしれない」と思わせることなのです。
 しかし、社長側がどんなに組合を敵視し攻撃を強めようとも、宮古毎日新聞労組が潰されてしまうことはない、とわたしは確信しています。労組結成には十分な理があり、しかも労働運動としての先進性も持っているからです。
 長くなりますが、旧ブログ「ニュース・ワーカー」から、宮古毎日労組結成の際のエントリーをここに引用します。

 「委員長は契約社員〜沖縄・宮古島の地域紙で労組結成」2006年5月23日
 http://newsworker.exblog.jp/3940699/ 

 沖縄県には「県紙」と呼ばれる沖縄タイムス琉球新報の2紙のほかに、離島で発行されている新聞がいくつかある。そのうちの一つ、宮古島で「宮古毎日新聞」を発行する宮古毎日新聞社の従業員らが21日、労働組合を結成した。わたしも20日に宮古島市に入り、結成大会に出席。きょう22日朝には社長への労組結成通告に同行した。新組合は新聞労連、および新聞労連沖縄地連、沖縄県マスコミ労組協議会(沖縄県内の新聞、放送の労組8者で構成)への加盟を決めている。新聞労連では86番目の加盟組合になる。
 宮古毎日新聞は1955年に創刊。朝刊単独紙で12ページ、約1万6000部を発行している。地域に根ざした地元ニュースに強い。全国ニュースは時事通信の配信を受けている。
 宮古毎日労組は離島の新聞に誕生した労働組合という意味で朗報だが、それ以上に組織方針が極めて画期的、先進的だ。正社員だけでなく契約社員、パート社員のいわゆる非正社員、関連会社のパート社員をも最初から組合員としている。企業別労組としてはまだ圧倒的に少数派だ。正社員と、雇用が不安定な非正社員の〝格差〟をいかに縮め解消するかが労働運動の大きな課題になっている今、宮古毎日労組が最初から「正社員であろうが契約社員、パート社員であろうが、みな同じ職場で働く仲間」との意識を共有して活動をスタートしたことは、大きな意義を持っていると思う。
 もう一点、宮古毎日労組は、役員以外の全従業員を組織対象にしている点も画期的だ。局長も部長も組合員としている。少なくとも新聞労連の加盟組合の中では、初めてのケースではないかと思う。
 実際に、委員長は契約社員の30代前半の記者、書記長は編集局次長兼報道部長の肩書きを持つ記者である。

 実は、これこそ労組結成の最大の要因なのだが、宮古毎日新聞社は社長による極端なワンマン経営が続いてきた。例えば、契約社員である委員長の場合、もともとは正社員だった。しかし、若手記者が中途退社し、沖縄タイムスなどへ移っていくケースが相次いだことから、社長が「若い社員はすぐに辞めてしまうから」というだけの理由で、この4月に契約社員に切り替えてしまった。断れば解雇されかねず、受け入れるしかなかった。ほかにもそういう社員がいる。
 また、賃金制度と呼べるものがまったくない。社員は皆、自分の賃金がどうやって決まっているのか分からない。何歳の基本給はいくら、という当たり前のことが行われていない。
 ほかにも、社員は全員、その日何があったか、何をしたのかを日報に書いて社長に提出しなければならない。社長はそれを見て、気ままに社員を社長室に呼びつける。気に入らない点を怒ることもあれば、どうでもいいくだらないことを聞くこともある。取材中だろうが、休みの日だろうがお構いなしに呼びつける。ある組合員は、休みの日でもいつ携帯電話が鳴るかと、気が休まらないと話していた。
 本来、企業組織では業務上のことは、その職場のライン職制が責任を持つ。職場の運営を管理監督する。だから〝管理職〟である。しかし、宮古毎日新聞社では、社長が日報をもとに社員一人ひとりを直接、管理してきた。だから管理職とはいっても何の権限も裁量も持たされていない。社長方針に異論を唱えることは、クビを覚悟することだった。
 はっきり言って、社長は社員を自分の使用人としてしか見ていなかったようだ。

 沖縄マスコミ労協を通じて、新聞労連に組合結成について相談があったのは4月上旬だった。以後、緊密に連絡を取り合いながら準備を進めた。21日の組合結成の時点で、組織化対象者の8割以上を固めていた。高い組織率と言っていい。
 社長にとって労組結成は寝耳に水だったようだ。朝、宮古毎日労組の委員長、書記長らとともに社長の自宅を訪ね、労働組合結成通告書、要求書を渡し、団交(団体交渉)開催を申し入れた。声を荒げることもなく、社長は受け取った。団交については「検討させてほしい」と話した。時に、照れているかのような笑みも顔に浮かべた。
 事前のシミュレーションでは強硬姿勢に出てくることも想定し、わたしの反撃の文言も考えていたのだが、それを口にすることもなかった。今のところ、月末になりそうだが団交も開催できそうな見通しだ。ひとまず、第一段階は順調に進んだ。あとは社長の出方待ち、というところだろうか。労組を敵視するのか、それとも対等の相手として、話し合いを基本とした労使関係を指向するのか。
 要求面では、次の当面の目標は、労働組合の活動に必要な基本的な環境の整備である。職場での組合ビラの配布、組合掲示板の設置、勤務時間内の一定程度の組合活動の自由などを社長=会社に認めさせることだ。具体的な労働条件の向上については、一方的な不利益変更を受け容れざるを得なかった契約社員の人たちの正社員への復帰が最優先課題だろう。
 
 宮古毎日労組の結成は、沖縄タイムス琉球新報とも22日付けの夕刊で報道してくれた。地元・宮古島でもケーブルテレビの宮古テレビが精力的に取材し、わたしもカメラの前でインタビューに応じた。きょうの夜のニュースで流してくれているはずだ(それを見ないままに帰京せざるをえなかったのが残念だが)。那覇市でも沖縄マスコミ労協が県庁記者クラブにプレスリリースを提供。共同通信など本土メディアも出稿した。
 舞台は離島県のさらに離島の小さな新聞社だ。しかし、正社員、非正社員の別なく、新聞をつくって社会に送り出す同じ立場として団結し、その自らの仕事の責任を果たすために、労働条件の向上と民主的な職場を目指す宮古毎日労組の存在は、「労働組合は権利であり、権利は権利として正当に行使していかなければ維持できない」という労働組合の原理原則、原点をあらためて思い起こさせる。既存の労働運動に、いい意味での刺激となることを確信している。

 「正社員、非正社員の別なく、新聞をつくって社会に送り出す同じ立場として団結し、その自らの仕事の責任を果たすために、労働条件の向上と民主的な職場を目指す」―。この方針、中でも「正社員、非正社員の別なく」との方針は3年たった今でも十分に先進性を持っていますし、労組のブログなどを読むにつけ、9人になっても今もなお宮古毎日新聞労組が掲げるこの目標にはいささかも変わりはないことを感じます。
 宮古毎日新聞労組の闘いが全国で一人でも多くの人に知られることを願っています。それが何よりの力になるでしょう。

※追記 2009年7月22日午前2時半
 わたしと入れ替わりに新聞労連役員を務められた今だけ委員長さんも、ブログで宮古毎日労組を紹介していらっしゃいます。
珊瑚礁の島の労組つぶし」アエラ宮古毎日労組のたたかいを紹介
 http://minihanroblog.seesaa.net/article/123882041.html