物事の進め方、決め方の正統性が問われる〜大飯原発再稼働が決まって感じること

 関西電力大飯原発3、4号機の再稼働が、先週末の16日に最終的に決まりました。福井県の西川一誠知事が同日、野田佳彦首相に再稼働に同意することを伝え、これを受けて首相は関係閣僚会合で正式に決めました。関連のニュースは16日土曜日から翌17日日曜日にかけて、全国のマスメディアで大きく取り上げられたことと思います。わたしの住む大阪でも、大飯原発が生み出す電気の消費地ということもあって、新聞各紙は16日夕刊、17日朝刊で大きく報じました。各紙とも、社説のほか編集委員や経済部長、科学部長らの署名論評記事を掲載。それらを読み比べれば、新聞ごとの社論の違いがよく分かります。
 この2カ月余りの経緯で明らかになったのは、政府と立地自治体、電力消費地の自治体の三つ巴と言っていい温度差です。福井県の西川知事は、政府と消費地の自治体への不信を隠そうともしませんでしたし、消費地の自治体の側では、大阪市橋下徹市長らは今も、再稼働は期間限定だと主張して譲りません。さすがに当事者たちも、電力供給地と消費地の相互理解が必要と口にするようにはなっています。しかし、今明らかになっているのは、原発をどうするのかという地域の意思を自治体の枠組みで代表することが合理的かどうか、ということであるように思えます。もっと大きなレベルでは、政権が自治体の同意を得さえすれば良いのか、その物事の進め方、決め方の正統性が問われつつあると感じます。新聞はじめ既存マスメディアにとっては、そうした状況を描き切れているのか、大づかみにつかんで社会に対して提示できているのかが問われているのだと思います。
 大飯原発の稼働は夏以降も続くのか、ほかの原発はどうなるのかなど、原発をめぐる問題はまだまだ続きます。マスメディアが社説などで政権を批判する(あるいは擁護する)のもいいのですが、それに終始することなく、物事をどういう風に決めていくのか、その決め方をどう考えればいいのかについても、多様な意見、考え方、あるいは現に運動している人たちを情報として紹介していくことがマスメディアの役割として必要だと思います。