クウェート派遣空自隊員の事故が明るみに〜メディアの「検閲容認」を忘れない

 少なからず時間がたってしまいましたが、マスメディアの取材・報道のありようにも関わることだと考えていますので、書き留めておきます。イラク特措法に基づきクウェートに派遣されていた航空自衛隊の3等空曹だった男性が、現地で米軍車両にはねられ後遺症の残る大けがをしていながら、空自は事故を隠し、まともな治療を受けさせなかったとして、国に賠償を求める訴訟を起こすと報じられたニュースです。イラク特措法に基づいて現地に派遣された自衛官の事故が隠蔽されていたということ(控えめに言っても、防衛省自衛隊が公表していなかったことは間違いないようです)自体、見過ごされていい問題ではありません。加えて新聞、放送のマスメディアにとっては、情報統制や検閲など、当時の現地派遣自衛隊部隊の取材のありようという観点からも、見過ごせない問題をはらんでいるように思います。
 このニュースは8月27日(月)付朝刊でまず東京新聞が報じ、同日夕刊以降、いくつかのマスメディアが追う展開をたどりました。東京新聞の記事の一部を引用します。
東京新聞サイト「イラク派遣の空自隊員 『事故隠し』と国提訴へ」
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012082702000096.html

 米国主導のイラク戦争で空輸を担うため、二〇〇六年に中東のクウェートへ派遣された航空自衛隊の三等空曹の男性が現地で米軍のバスにはねられ、後遺症の残る大けがをしていたことが分かった。男性は来月、空自が「事故隠し」に走り、まともな治療を受けられなかったとして国に損害賠償を求める訴訟を名古屋地裁に起こす。イラク特措法で派遣された自衛官が国を訴えるのは初めて。 
 男性は一一年に依願退職した新潟市中央区関屋、無職池田頼将さん(40)。顔や腕に障害が残り、身体障害者四級に認定された。
 池田さんは〇六年四月、通信士として愛知県の小牧基地からクウェートのアリ・アルサレム空軍基地に派遣された。事故は七月四日に米軍主催の長距離走大会で発生。先頭を走っていた池田さんは軍事関連企業の米国人女性が運転する米軍の大型バスに後ろからはねられ、左半身を強打して意識を失った。

 記事は「池田さんによると」として、空自衛生隊には治療設備がなく首にコルセットをはめただけで、事故4日後から3回、クウェート市内の民間診療所に連れて行かれたものの意思疎通ができず、まともな診察を受けられなかったこと、上官は防衛庁長官の現地視察の際などはコルセットを外すよう命令し、事故から帰国までの2カ月弱、早期帰国の措置も取られなかったこと、公務災害補償の手続きも池田さんが指摘するまで行わなかったことなどを紹介。「事故を隠すような態度に終始したという」と指摘しています。帰国後、外傷性顎関節症と診断され、医師からは「なぜ放置したのか」と聞かれたとのこと。記事は「事故は陸上自衛隊イラク撤収に伴い、空輸の対象が陸自から米軍に切り替わる直前に起きた。池田さんは『米軍とのトラブルを避けるため、事故はないことにされた』と話している」と結んでいます。
 他のマスメディアでは8月27日午前中に共同通信が配信。ネット上では毎日新聞も記事をアップしました。
 ※毎日新聞 元空自隊員:米軍車にはねられ障害 賠償求め提訴へ
 http://mainichi.jp/select/news/20120827k0000e040161000c.html?inb=tw
 ただ、わたしが身を置く大阪での全国紙紙面の掲載状況は、27日夕刊の最終版で朝日新聞が第2社会面に1段20行、日経新聞が社会面に2段37行と航空幕僚監部コメント8行をそれぞれ掲載していたほかは、毎日新聞、読売新聞、産経新聞には記事が見当たりませんでした。全国紙も地域によって紙面は作り分けています。元自衛官は現在は新潟市在住、提訴を予定しているのは名古屋地裁ということで、大阪本社の発行紙面では大きなニュースとの判断にならなかったようです。あるいは、実際に提訴に至った段階で報じればよい、との判断があったのかもしれません。
 わたしが、このニュースがマスメディアの取材・報道のありようにも関わると考えるのは、イラク復興支援を掲げて現地で陸上自衛隊が活動を開始して間もなくの2004年3月11日、新聞各社が加盟する日本新聞協会と民放各社が加盟する日本民間放送連盟が、防衛庁(当時)との間で、現地取材をめぐるいくつかの確認・申し合わせ文書を交わした経緯があるからです。ひと言で言えば、マスメディアがイラククウェート現地での取材活動をめぐって、自衛隊防衛庁の検閲を受ける仕組みを容認したと言われても否定しがたい内容です。現在も、防衛省自衛隊のサイトから以下の3つのファイルがダウンロードできます。
 1 イラク人道復興支援活動現地における取材に関する申し合わせ
 2 「イラク人道復興支援活動現地における取材に関する申し合わせに」基づく阿部雅美日本新聞協会編集委員会代表幹事および小櫃真佐己日本民間放送連盟報道小委員会小委員長代行と北原巌男防衛庁長官官房長との確認事項
 3 イラク人道復興支援活動に係る現地取材について(イラク及びクウェートに所在する自衛隊部隊に係る立入制限区域への立入取材申請書)
 アクセスとダウンロードの手順は以下の通りです。※2012年9月8日現在

  1. 防衛省自衛隊」トップにアクセス http://www.mod.go.jp/
  2. メニューバーの中の「防衛省の取り組み」をクリック
  3. 上から6番目「国際平和協力活動への取り組み」の中の「イラク人道復興支援関連」をクリック
  4. 上から21〜23番目

 3件のうち1と2は文字通り、イラククウェート現地での自衛隊の活動を取材する場合の基本原則を定めた内容です。3は実務的な文書で、自衛隊の宿営地に立ち入って取材する場合に必要な「立入取材証」を事前に取得するための申請書です。申請にあたって遵守を制約しなければならない事項がこまごまと挙げられ、中には「情報の取り扱いに関する事項」もあります。これらの事項を遵守すると制約しなければ、宿営地への立ち入り取材を認めない、という構成になっています。
 わたしが、この一連の文書をなぜ問題と考えるのかは、このブログの過去記事や、2006年秋まで運営していた旧ブログ「ニュース・ワーカー」でも何度か書いてきました。長くなりますが、ここでは過去記事にも引用した旧ブログの記載を転記します。

 問題なのは3だ。宿営地など派遣部隊の管理地に立ち入って取材する場合に必要な許可証である「立入取材員証」の申請書だ。申請にあたって、あらかじめ順守すべき事項がA4判の用紙5枚にわたり列挙されている。「それらを守りますので、宿営地など自衛隊の管理区域での取材をさせてください」という形式だ。

 順守事項に「4 情報の取り扱いに関する事項」があり、その中に「下表右欄に例示する安全確保等に悪影響を与えるおそれのある情報については、防衛庁又は現地部隊による公表又は同意を得てから報道します(それまでの間は発信及び報道は行われません)」との文言がある。その後に、「下表」が続き、左欄に「報道しても支障のない情報の例」、右に「安全確保等に影響し得る情報の例」が並ぶ。この右側の項目が、メディアが「防衛庁又は現地部隊による公表又は同意を得てから報道します」と約束する検閲項目ということになる。

 では、それらは具体的にどんな項目だろうか。10項目にわたって22の情報が例示されている。例えば「部隊の勢力の減耗状況」や「部隊の人的被害の正確な数」が挙がっている。仮に自衛隊部隊が攻撃を受けた場合、同行取材していた記者が被害状況を速報しようとしても、それは、攻撃した側にどのくらいの効果があったかをただちに知らせることになるからダメ、というわけだ。

 「部隊の将来の活動の予定・計画その他の部隊に対する攻撃や活動の妨害の計画及び実施を容易にし得る情報」というのもある。つまり、いつ部隊が撤収するかなど、将来のことは何も報道できない。撤収がすべて終わるまで、報道が制限されるということだ。

 こうした検閲、報道統制にも等しい措置の大義名分は、派遣部隊と取材者自身の安全のためとされている。そのこと自体、今回の派遣が「非戦闘地域」への派遣ではなかったことを物語っているのだが、同時に、やはり純粋な軍事行動、軍事的発想は「知る権利」や「言論・表現の自由」とは相容れない、ということを強く感じる。この取り決めによって、「とにかく書くな」の無意味な報道統制だけが実績として残ることを危ぐする。

※参考過去エントリー
 ▽二度と「検閲容認」の轍を踏んではならない〜自衛隊イラク派遣の終結に思うこと(2008年12月27日)
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20081227/1230317462
 ▽旧ブログ:ニュース・ワーカー「イラク自衛隊取材ルールは今も有効」(2006年6月22日)
 http://newsworker.exblog.jp/4054089

 この記述を書いた当時と、今も基本的な考えは変わっていません。
 今にして思うことですが、2003年から04年にかけて自衛隊イラク派遣が決まった当時、自衛隊の戦地派遣を是とするのかどうかが問われていました。イラクが戦闘地域なのかどうかをめぐって国会などでの議論は必ずしもかみ合わず、当時の小泉純一郎首相の「自衛隊のいるところが非戦闘地域」との倒錯した答弁も生まれました。自衛隊の現地派遣部隊が攻撃を受けるとすれば、そこは非戦闘地域ではないと考えるのが常識的でしょう。攻撃による被害情報に統制をかける必要があるか否かは、そのことが議論になること自体、戦地への派遣であったことを濃厚に示しているはずでした。ただ、当時は、実際に自衛隊イラクで活動を始めており、マスメディアも取材チームを送り込んでいました。取材をめぐって両者の間に何らかの協議が必要だったのも事実です。

 冒頭のクウェートに派遣されていた元空自隊員のけがに戻ると、問題は空自が事故を隠していたことと、元隊員に十分な治療を受けさせなかったことの二つのように思えます。仮に訴訟になった場合、空自・国側は事実関係を争うのかもしれませんが、わたしはマスメディアにとっては、現状でも「事故の隠蔽」に関しては、それをどう表現するか(「事故の非公表」など)はともかく、見過ごせない問題だと受け止めています。少なくとも防衛省自衛隊から事故は発表されておらず、報道もありませんでした。自衛隊イラク派遣とは何だったのかを社会で考える時に、マスメディアがその実相を社会に伝えきれているかどうかは大きな要因です。だから「事故の隠蔽」はマスメディアにも当事者性があります。「事故の隠蔽」に直接、検閲が働いたわけではないとしても、当時はマスメディアが防衛省自衛隊との間にそういう取り決めを交わした状態であったことは、マスメディアの内部でははっきり自覚しておいた方がいいと思います。また、防衛省自衛隊の側で情報統制・検閲ができる状態にあったことが、事故を「隠蔽」ないしは「公表しない」とする判断を招いた余地はないのか、疑ってかかってもいいだろうと思います。
 自衛隊イラク派遣終結からも既に相当の時間がたちました。2004年当時の現地取材をめぐる防衛庁自衛隊とマスメディア側の協議も、マスメディア内部では語られることもなくなっているようです。しかし、先に防衛省自衛隊サイトのアクセス方法を記したとおり、現に一連の文書は今でもサイトにアップされており、過去のものではありません。マスメディア内部でも、ことあるたびに語り継いでいくべきだと思います。