ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

もう一つの構図が鮮明に、鹿児島県警の“情報漏洩”~見過ごせない不当な家宅捜索

 一つ前の記事の続きです。
 在職中に知った秘密を漏洩したとして、国家公務員法違反容疑で鹿児島県警元生活安全部長の元警視正が逮捕された事件について、県警が公に説明している「不正な情報漏洩」とは異なるもう一つの構図が鮮明に浮かんでいます。マスメディアの報道やネット上のニュースサイト「HUNTER(ハンター)」の報道を元に、わたしなりに以下にまとめました。

 ■元生安部長が内部情報をまとめた文書を送った先は、札幌市のライター小笠原淳さんでした。ことし3月下旬のことでした。小笠原さんは届いた情報を、以前から寄稿しているHUNTERに提供していました。
 ※「HUNTER」 https://news-hunter.org/

 ■HUNTERを運営する中願寺純則さんの元を、鹿児島県警が4月8日に家宅捜索。県警は内部情報を漏洩したとして、地方公務員法(守秘義務)違反容疑で曽於署の巡査長を逮捕しており、その関連先としてでした。HUNTERは、別の鹿児島県警の不適正な捜査を報じる中で内部資料「告訴・告発事件処理簿一覧表」の一部を昨年10月に掲載していました。県警が押収したパソコンには、元生安部長からの内部情報の画像データも入っていました。
 ■5月13日になって鹿児島県警は、トイレで女性を盗撮したとの容疑で、枕崎署の巡査部長を逮捕しました。元生安部長が小笠原さんに送った情報の中で、県警が隠蔽を図っていると指摘していた事例です。その後、県警は5月31日に元生安部長を逮捕しました。
 ■鹿児島県警が、元生安部長が内部情報を小笠原さんに提供していたことを知ったのは、HUNTERへの家宅捜索が契機だったことが強く疑われます。事実関係として注目したいのは、枕崎署の警察官の盗撮行為に対して、県警が強制捜査に入ったのはその後だったことです。この盗撮の一件が外部に漏れていることが分かって、慌てて捜査に着手した可能性があります。時系列で考えただけで頭に浮かぶ合理的な疑念です。
 ■6月に入って、元生安部長の逮捕とは直接関係がない文脈で鹿児島県警について報じられているニュースがあることにも留意が必要です。鹿児島県警が内部文書「刑事企画課だより」の中で、捜査資料が残っていると再審や国家賠償請求訴訟の際にプラスにならないことなどを理由に、廃棄を呼びかけていたとの内容です。今になって新聞などで大きく報じられていますが、小笠原さんは昨年11月、HUNTERで文書の写真入りで報じていました。元生安部長がHUNTERのこの記事を閲覧していれば、小笠原さんに対して「鹿児島県警の腐敗を追及してくれるジャーナリストだ」と期待したとしても、不思議はありません。
※元生安部長の逮捕の後で小笠原さんがHUNTERに寄稿した3本の記事は、特に参考になります
・鹿児島県警「情報漏洩」の真相(1)|盗撮事件、幹部が「静観」指示か
 https://news-hunter.org/?p=22544

news-hunter.org

・鹿児島県警「情報漏洩」の真相(2)|ストーカー事件「巡回連絡簿悪用」も隠蔽か
 https://news-hunter.org/?p=22559

news-hunter.org・鹿児島県警「情報漏洩」の真相(3)|隠蔽された警視の公金詐取と改変された「刑事企画課だより」
 https://news-hunter.org/?p=22577 

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 以上の諸事情を考え合わせると、元生安部長が小笠原さんに内部情報を送った行為は、外形的には守秘義務違反に当たるとしても、意味合いの上からは、自浄作用が期待できない内部の不正を告発しようとした「公益通報」の性格について、少なくとも現時点で否定すべきではないと思います。報道を見る限り、鹿児島県警は元生安部長の行為を盗撮や強制性交などの不祥事と同列に扱うことに必死になっていると感じますが、マスメディアは予断を排して、県警内部へ独自の取材を進めてほしいと思います。
 例えば、HUNTERへの家宅捜索の後になった枕崎署の警察官の盗撮行為に対する強制捜査について、その捜査のタイミングをめぐって、県警本部の中ではどんなやり取りが交わされていたのか。そうしたディテールを取材してくことで、元生安部長の行為の評価は、おのずと定まっていくはずです。
 元生安部長は小笠原さんに送った内部情報の中で、鹿児島県警の警察官が、地域の住民に名前や連絡先を書いて提出してもらう「巡回連絡カード」を悪用し、女性に性的なメッセージを送ったとして、ストーカー規制法違反の疑いで捜査対象となった事例のことにも触れていたとされています。この件について、女性が事件化を望まなかったことから立件は見送られたこと、警察官は本部長訓戒の処分を受けたが女性の意向を受けて公表しなかったことなどを「捜査関係者」のクレジットで報じたマスメディアの報道も目にしました。
 「女性が事件化を望まなかった」「(処分も)女性の意向を受けて公表していなかった」ということが事実なら、捜査も処分も適正に行われていて、元生安部長の主張には根拠がない、従って保護されるべき公益通報には当たらない、ということになるかもしれません。鹿児島県警が描いている構図の一端でしょう。
 通常の事件や事故の取材であれば、警察の正式な発表でなくても、警察内で然るべき立場にある情報源から得た情報は信頼できるとみなして報道します。しかし元生安部長の逮捕は、通常の事件や事故の捜査とはまったく異なります。この「被害女性の意向」が実在するかどうかが分かるまで、この「捜査関係者」の情報の信ぴょう性の判断は留保する、というぐらいの慎重さが必要だと思います。

【写真】ネット上のニュースサイト「HUNTER」

 一つ前の記事では、神奈川県警で本部長が主導して警部補の覚せい剤使用をもみ消していた事例を紹介しました。25年も前のことですが、警察トップが不祥事の隠蔽を図った実例です。警察組織の中でひた隠しにされていた不祥事が暴かれたのは、横浜発の共同通信の報道がきっかけでした。その共同通信の報道の背景には、県警の記者クラブを舞台に、担当記者たちが競うように未公表の不祥事を取材し、報じていた経緯がありました。組織ジャーナリズムの競争原理が、隠されていた悪を暴くことにつながった事例だったと言ってもいいと思います。「鹿児島発」の情報を発信するマスメディア(県内、県外を問わず)にも、元生安部長逮捕をめぐる県警組織内の諸事情に取材で迫ってほしいと願っています。組織のありようを憂えている内部関係者は必ずいます。

news-worker.hatenablog.com

 鹿児島県警をめぐる一連の経緯でもう一つ、見過ごせないのは、県警によるHUNTERへの家宅捜索です。到底是認できません。何がどう問題なのかは、既に多くの方が指摘していますし、HUNTERも抗議の表明を2回に渡って掲載しています。
▽HUNTER
「鹿児島県警の報道弾圧に抗議する(上)」=2024年6月11日
 https://news-hunter.org/?p=22612

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「鹿児島県警の報道弾圧に抗議する(下) 2件の公益通報と強制性交事件」=2024年6月12日
 https://news-hunter.org/?p=22617

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▽※上智大学教授の奥山俊宏さんの論考です

SlowNews「【疑惑の県警】報道機関を強制捜査し、内部告発した取材源を特定!鹿児島県警『前代未聞の暴挙』は憲法違反だ」=2024年6月11日
https://slownews.com/n/n15ba97f67cfe

slownews.com

 仮に、これが新聞社やテレビ局だったら、警察はこんなに簡単に家宅捜索に動くでしょうか。ネット上のニュースサイトも、表現の自由とそこから派生する報道の自由、取材の自由が保護されてしかるべきです。この家宅捜索を見過ごすようなことになれば、いずれ新聞社やテレビ局の報道の自由、取材の自由も守ることが困難になり、自由として主張することもままならなくなることを危惧します。

【余談ながら】元生安部長が内部情報を送った小笠原さんとは、わたしはささやかですが、接点があります。14年前のことです。当時は自民党が下野して民主党中心の政権に交代し、「記者会見の開放」が社会的にも大きな課題に浮上していた時期でした。わたしは所属する通信社で社会部の管理職でした。小笠原さんから記者会見の開放について取材を受けました。
※当時のブログ記事です

news-worker.hatenablog.com

 以後、ネット上で小笠原さんのお名前を見かけると、敬意とともに記事を読んでいました。