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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

鹿児島県警元生安部長の行為は不正な情報漏洩か、腐敗を正す告発か~マスメディアが端緒を暴いた「県警本部長の犯罪」の実例

 不正な情報漏洩か、それとも組織の腐敗を正そうとする告発か-。
 鹿児島県警は5月31日、職務上知り得た秘密を退職後に外部に漏らしたとして、3月まで県警本部生活安全部長だった元警視正を逮捕しました。守秘義務に反したとの国家公務員法違反の容疑です。最初にこのニュースに接したときには「県警本部の元部長ともあろう者が」と思いました。容疑内容が事実なら、警察組織の規律の緩みが問われる不祥事です。
 ところが6月5日になって、そんな単純な構図ではなさそうだ、と考えざるを得ない報道が流れました。地元紙の南日本新聞が、漏洩した情報は県警の捜査不正を告発する内容だったとみられることを報じました。
 同紙のサイトの記事から引用します。

 取材などによると、県内の男性警察官が2023年、自宅などを訪ね個人情報を聞き取る「巡回連絡簿」を不正に使い、県内の女性に対して携帯電話で性的な内容を含むメッセージを送った可能性がある。県警は一定の捜査をしたが、何らかの理由で事件化を見送った疑いがある。
 トイレに侵入して女性を盗撮したとして性的姿態撮影処罰法違反(撮影)などで逮捕、起訴された巡査部長の男に対する不適切な捜査も訴えているとみられる。23年12月に事案を把握し、巡査部長が捜査車両を使った疑いがあったにもかかわらず、着手まで時間がかかり、捜査指揮を執った県警幹部に隠ぺいの意図があったとしている。

※南日本新聞=〈独自〉漏えい情報は「鹿児島県警の捜査不正」を告発する内容か 逮捕された前・生活安全部長 幹部による警官事件隠ぺいなどの疑い
 https://373news.com/_news/storyid/195937/

373news.com

 元警視正は5日、鹿児島簡裁での勾留理由開示手続きの法廷で、記者への情報提供を認めた上で「県警本部長が県警職員の犯罪行為を隠蔽しようとしたことが許せなかった」と主張しました。

※南日本新聞=「本部長の職員犯罪隠蔽が許せなかった」情報漏えいで逮捕、送検の鹿児島県警前・生活安全部長 簡裁勾留理由開示で動機明かす
 https://373news.com/_news/storyid/195985/

373news.com

 元警視正の意見陳述の全文が、鹿児島テレビのサイトに掲載されています。

※鹿児島テレビ=【全文】「いち警察官として許せなかった」前鹿児島県警生活安全部長は勾留理由開示請求で何を語ったか

https://www.kts-tv.co.jp/news/18622/ 

www.kts-tv.co.jp

 組織の外に情報を提供した理由を述べている部分を書きとめておきます。

私は、警察官として、「嘘を言うな。隠すな。」との教育を受けてきました。
不祥事があった場合には、それを隠すのではなく、県民の皆様に明らかにした上で、改善を図っていくべきだと思っていました。
しかし、現状の鹿児島県警は、その教えに反し、事実を明らかにしようとしませんでした。
私は、自分が身をささげた組織がそのような状況になっていることが、どうしても許せませんでした。

私は、退職後、この不祥事をまとめた文書を、とある記者に送ることにしました。
記者であれば、個人情報なども適切に扱ってくれると思っていました。
マスコミが記事にしてくれることで、明るみに出なかった不祥事を、明らかにしてもらえると思っていました。
私が退職した後も、この組織に残る後輩がいます。
不祥事を明らかにしてもらうことで、あとに残る後輩にとって、良い組織になってもらいたいという気持ちでした。
実際、私が送った文書がきっかけになったと思いますが、枕崎署の署員の事件は、今年の5月になって、署員が逮捕されることとなりました。

 盗撮の巡査部長は、元警視正が退職した後の5月に逮捕されていますが、巡回連絡簿が不正に使用されたとする事例は、少なくとも県警による捜査の発表はないと報じられています。仮に、捜査で違法行為が認められたのに、警察の恣意的な判断で不問に付されているとすれば、その判断の内容にもよりますが、「隠蔽」に当たります。そうだとすれば、警視正の逮捕は不当な“口封じ”の色彩を帯びてきます。

 名指しされた鹿児島県警の本部長は6月6日、報道陣の取材に対応しました。元警視正の指摘に対して「『事件捜査の中で必要な確認を行う』と述べ、『隠蔽』について否定も肯定もしなかった」(共同通信)とのことです。警察庁の露木康浩長官は「『(県警の)捜査の中で必要な確認が行われていくものと考えている』と述べるにとどめた」(同)とのことです。

※共同通信=県警本部長「隠蔽」を否定せず 鹿児島、前生活安全部長が指摘

https://www.47news.jp/11024789.html

www.47news.jp

▽神奈川県警本部長が主導した警察官の覚醒剤使用のもみ消し

 逮捕された元警視正の指摘の当否はひとまず置くとして、仮にも警察本部トップの本部長が、警察官の犯罪の隠蔽を図ったりすれば、警察への信頼は根底から崩れます。あってはならないことですが、実例があります。神奈川県警でのことです。
 横浜地裁は2000年5月29日、犯人隠避罪に問われた元神奈川県警本部長と、県警本部の元警務部長、元監察官室長、元監察官、元生活安全部長の5人に、執行猶予付きの有罪判決を言い渡しました。
 1996年12月、県警の警部補が覚醒剤を使用していることが県警内部で発覚しました。報告を受けた元本部長らは共謀の上、警部補の尿検査で覚醒剤の反応が陰性になってから薬物対策課に捜査させ、横浜地検には「証拠がない」と説明させて、警部補と共犯者の覚醒剤取締法違反の犯罪をもみ消していました。
 横浜地裁は判決で、元本部長の指示に基づく組織的な犯行だったことを認定し、「国民の警察に対する信頼を裏切った。罪責は万死に値する」と強く非難しました。元本部長の動機は「警察の威信を守ろうとしたため」とされていましたが、判決は「自らの栄進に不都合と受け止めた、との見方もある。自戒すべきだ」と指摘しています。
 ほかの4人は、元本部長の指示に逆らえなかったと主張していました。判決は「元本部長に遠回しに再考を求めているが、捜査開始を進言した者はおらず、元本部長と同じ過ちを犯している」と批判しました。
 ※判決の内容は、当時の共同通信の配信記事に拠りました。

【写真】元県警本部長の有罪判決を報じる共同通信の記事を掲載した信濃毎日新聞の紙面

 この警察官の覚醒剤使用のもみ消しは、3年近くにわたって神奈川県警内でひた隠しにされていました。明るみに出るきっかけになったのは、共同通信が1999年9月23日に配信した横浜発の一報でした。独自の取材の積み重ねの結果として、元警部補が現職当時に覚醒剤を使用していたことを県警が把握していながら立件せず、不自然な形で捜査を終結させていた、と報じました。その日のうちに、他のメディア各社が県警に確認を求める事態になり、翌日の朝刊には各紙とも同内容の記事が載りました。
 神奈川県警は共同通信の報道を軽視せず、内部調査に乗り出しました。そうせざるを得ない状況がありました。9月上旬、公表していなかった警察官の不祥事2件を時事通信が相次いで報じました。県警の対応は説明に虚偽が混じるなど不誠実で、隠蔽体質に加えて広報対応のまずさが露呈しました。メディアの側も、公表されていなかった警察不祥事を競うように報じました。一時は神奈川県警の記者クラブで、事件報道ではなく県警の不祥事が「抜いた抜かれた」のスクープ合戦の対象になった観がありました。混乱の果てに、県警本部長の交代が決まりました。事実上の更迭と受け止められていました。共同通信の一報が流れたのは、そんな時期です。神奈川県警としては、報道を真摯に受け止め、徹底的に調査する以外に選択肢はありませんでした。
 内部調査の結果、当時の本部長が隠蔽を主導していたことが判明しました。「警察本部長の犯罪」です。調査は刑事事件として立件することを前提にした捜査に移行しました。容疑者として取り調べた上で、県警は11月15日に元本部長ら9人を書類送検しました。横浜地検はうち5人を起訴。裁判を経て有罪が確定しました。

 鹿児島県警に話を戻すと、仮に県警が警察官の犯罪を隠蔽しているとすると、県警が自らそのことを認めて公表するとは考えにくいです。自ら公表するぐらいであれば、最初から元警視正を逮捕したりはしないだろうとも思います。
 逆に、警察官の立件がなかったり、捜査着手が遅れたりしていることにも合理的な理由があり、隠蔽ではなく正当な職務遂行の範囲内だったとしても、県警がそう主張するだけでは信用するわけにもいきません。
 ここに、マスメディアの組織ジャーナリズムの役割があります。独立の立場で、県警の中で何があったのかを探り、報じていくことです。鹿児島県警ではほかにも警察官の不祥事が相次ぎ、批判が高まっているようです。現状を憂え、変革を願っている内部関係者は少なくないはずです。神奈川県警が、報道を軽視することなく徹底調査に向かわざるを得なかったのも、その以前にマスメディアが競い合って未公表の不祥事を明らかにしていた経緯があったからこそです。マスメディアの取材と報道に期待しています。