大震災、原発事故と「戦争と平和」、ジャーナリズムの間〜8月を迎えて考え続ける

 8月6日は66回目の広島原爆の日でした。投下時刻の午前8時15分、一人でそっと黙祷しました。
 東日本大震災東京電力福島第一原発事故の後、初めての原爆の日松井一実市長は平和記念式典の平和宣言で「脱原発を主張する人々、あるいは、原子力管理の一層の厳格化とともに、再生可能エネルギーの活用を訴える人々がいます」とした上で、政府に対し、早急にエネルギー政策を見直すように求めました。菅直人首相もあいさつで福島第一原発事故に触れ「原発への依存度を引き下げ、『原発に依存しない社会』を目指してまいります」と述べました。
 この平和記念式典のもようを新聞各紙は6日夕刊で大きなスペースを割いて報じました。全国紙のうち、広島を管内に持つ大阪本社発行の最終版紙面から、第一面の本記の見出しを書き留めておきます。ちなみにこの日の夕刊で、全国紙東京本社発行の最終版1面トップは軒並み、原爆の日から米国債の格下げに差し替わったようです。

▽朝日(1面トップ)「核と人類 問い直す」「原発は制御できない」「広島原爆66年」
▽毎日(1面トップ)「今問い直す『核』」「首相『原発安全神話を反省』」「広島原爆の日」
▽読売(1面トップ)「核廃絶 今こそ」「『エネルギー政策見直しを』平和宣言」「広島66回目原爆忌
▽産経(1面トップ)「広島に『異例』の夏」「首相、改めて『脱原発』」「66回目原爆の日
▽日経(1面左肩) 「フクシマを思い ヒロシマの願い」「66回目『原爆の日』」
 地元紙の中国新聞は例年、夕刊を待たずに号外を発行します。ネットで見た電子号外の見出しは「エネ政策見直しを」「松井市長 初の平和宣言」「被爆66年式典 公募の体験交え」でした。

 原爆の日の平和記念式典で広島市長や首相がエネルギー政策に言及するのは異例です。「核」ではあっても原子力発電は「平和利用」とされてきました。昨年までと比較すると、被爆地からの核廃絶の取り組みは新しい段階に入っているのでしょう。「脱原発」を主張するのか、平和宣言で方向性が明示されなかったことも含めて、現状を朝日と毎日は「問い直す」というキーワードで表現したように感じます。
 産経の「『異例』の夏」は「慰霊」の変換ミスではありません。記事では松井・広島市長の平和宣言よりも菅首相のあいさつに行数を当て「犠牲者の追悼が目的の式典でエネルギー政策に触れるのは異例。原発事故を受け、首相の強い意向で盛り込んだ」と書きました。さらに、「『慰霊の日』に政治を持ち込むな」との鹿間孝一・論説委員の長文の署名記事を掲載。安全性を高めながら原子力発電を継続すべきだと主張し、「まして菅首相が政権維持のために政治利用してはいけない」と首相を批判しています。主張の明快さという点で、強く印象に残りました。

 わたしにとってこの10年来、8月はふだんにもまして戦争と平和について、そしてわたしの仕事であるジャーナリズムとの関わりについて考える特別な時間です。「戦争が起きた時、ジャーナリズムは一度敗北している」という言葉があります。「戦争で最初に犠牲になるのは真実」という言葉もあります。わたし自身にとって、わたしが職業としているジャーナリズムの役割とは、突き詰めれば戦争を起こさせないこと、起きてしまった戦争を止めることです。この10年来、そう思うようになりました。これらの言葉はいつも頭の片隅に置いています。
 今年は大震災と福島第一原発事故があり、間もなく発生から5カ月になります。いまだ、この未曽有の厄災について何かまとまったことを書くことはできません。自分の内面で整理がついていません。ただ8月を迎えて思うのは、戦争と災害に共通点があるとすれば、ともに犠牲者を選ばない、そのただ中にいる個人にとって生死の境を分けるのはほんの偶然でしかない、ということです。では災害とジャーナリズムを考えるとき、ジャーナリズムの役割は突き詰めれば何なのか。さらには「起こりえない」と言われていた原発事故に対してはどうなのか。「事故が起きた時、ジャーナリズムは一度敗北している」と言えば言い過ぎでしょうか。
 大震災と原発事故は、間違いなく戦争とジャーナリズム、あるいは平和とジャーナリズムの問題に対しても、マスメディアの従来のありように見直しを迫り、変化を求めている―。そんな気が強まっています。引き続き考えていきます。