67年目の「長崎原爆の日」の報道

 8月9日は長崎への原爆投下から67年の日でした。投下時刻の午前11時2分をはさんで、長崎市平和公園では平和祈念式典が開かれました。田上富久市長は平和宣言で核兵器廃絶を訴え、また東京電力福島第一原発事故に触れて「日本政府は被災地の復興を急ぐとともに、放射能に脅かされることのない社会を再構築するための新しいエネルギー政策の目標と、そこに至る明確な具体策を示してください」と述べました。
※「平成24年長崎平和宣言」
 http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/peace/japanese/appeal/
 この日、ロンドン五輪の女子レスリングで日本選手が2人金メダルを獲得しました。63キロ級の伊調馨選手はアテネ、北京に続く3連覇、48キロ級の小原日登美選手は31歳で五輪初出場とあって、大阪でも9日夕刊各紙の1面トップは「伊調3連覇」の大きな見出しが並びました。長崎原爆の日はおおむね各紙とも1面準トップでした。主な見出しを書き留めておきます(各紙とも大阪本社発行最終版)

【朝日】1面トップ「伊調3連覇」/準トップ「脱原発 道筋いまこそ」「長崎原爆の日 平和宣言」
【毎日】1面トップ「伊調3連覇」/準トップ「核禁止条約への一歩を」「長崎原爆の日
【読売】1面トップ「伊調3連覇」/準トップ「新エネ政策 明確化訴え」「核廃棄物処分協調を」「長崎67回目原爆忌
【日経】1面トップ「不信任案、今夜否決へ」/1面中(なか)「核廃絶 誓い新たに」「長崎、67回目の『原爆の日』」
【産経】1面トップ「伊調3連覇」/準トップ「『エネ政策 具体策を』」「67回目 長崎原爆の日」「平和宣言」

 平和宣言は「脱原発」との表現は使っていません。各紙の記事を読み比べて興味深く感じたのは、平和宣言の中の「放射能に脅かされることのない社会を再構築するための新しいエネルギー政策」との表現をどう受け止めたかです。
 朝日新聞は「原発に代わる新しいエネルギー政策実現への道筋を示すよう政府に求めた」と事実上の「脱原発」ととらえ、見出しにも「脱原発」を入れています。読売新聞も「政府に原子力に代わる新しいエネルギー政策のあり方を明確にするよう求めた」としており、やはり「脱原発」と受け止めているようです。毎日新聞は「被爆者などから求められた『脱原発』の文言は昨年に続き盛り込まなかった」とだけ補足し、日経新聞は「昨年に引き続き、原発自体の是非には触れなかった」としました。産経新聞には特段の記述がありませんでした。
 ちなみに地元紙の長崎新聞は、自社サイト上の記事では「原発問題では『脱原発依存』を訴えた昨年の宣言を踏まえ、政府に具体策を示すよう促し、高レベル放射性廃棄物の最終処分問題の解決に国際社会が協力して取り組むよう要請。原発事故の影響が続く福島に寄り添い、応援し続けるというメッセージを発信した」としています。
長崎新聞サイト http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji2/2012080901.shtml
 共同通信は「東京電力福島第1原発事故を受け、原子力に代わる再生可能エネルギーの開発が必要だと訴えた昨年の宣言からさらに踏み込み、原発に頼らない社会に向けた道筋づくりを国に強く迫った」としました。
※「被爆67年、長崎原爆の日 放射能の脅威ない社会訴え」(47news=共同通信
 http://www.47news.jp/CN/201208/CN2012080901001727.html

 6日の広島の平和宣言は、原発の是非には踏み込みませんでした。福島第一原発事故後の反核の取り組みが今後、どういう経緯をたどっていくのかを考える上でも、広島と長崎の対比も含めて、被爆地での議論のフォローは今後も重要だろうと思います。
※参考過去エントリー「67年目の8月6日の新聞〜戦争と平和を考える特別な時間」2012年8月7日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20120807/1344295046

【追記】2012年8月10日午前9時40分
 昨年の8月9日の長崎平和宣言で田上市長は「『ノーモア・ヒバクシャ』を訴えてきた被爆国の私たちが、どうして再び放射線の恐怖に脅えることになってしまったのでしょうか」「たとえ長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要です」と、核の平和利用との決別に踏み込んでいました。
※平成23長崎平和宣言
 http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/peace/japanese/appeal/history/2011.html

 大阪発行の新聞各紙では、朝日新聞毎日新聞が1面トップでした。
※参考過去エントリー「被爆者運動の歴史から見通す原発事故〜被爆地の記者に学ぶ視点」2011年8月10日
 http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/peace/japanese/appeal/history/2011.html