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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「あなたはどこの国の総理ですか」~被爆者が安倍首相に投げ掛けた言葉は広く知られていい

 日本の敗戦から72年の8月です。8月6日の広島、9日の長崎の原爆投下の日は、東京で静かに黙とうしました。
 7月に国連で核兵器禁止条約が採択されながら、唯一の被爆国である日本の政府は、条約に参加していません。米国の核の傘の下にいることの矛盾だと感じます。そうした中で迎えた広島、長崎の原爆の日で、強く印象に残ったのは、安倍晋三首相と面会した長崎の被爆者団体の代表が「あなたはどこの国の総理ですか」との言葉を投げ掛けたことです。
 毎日新聞の記事は以下のように伝えています。一部を引用します。 

 「あなたはどこの国の総理ですか」。長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会議長を務める川野浩一さん(77)は被爆者団体からの要望書を安倍首相に手渡した際に迫った。「ヒバクシャの願いがようやく実り、核兵器禁止条約ができた。私たちは心から喜んでいます。私たちをあなたは見捨てるのですか」
 面談は式典後に首相らが被爆者団体から援護策などの要望を聞く場として設けられている。通常は冒頭で静かに要望書を手渡すが、川野さんは「子や孫に悲惨な体験をさせてはならないというナガサキの72年間の訴えが裏切られたという思いがあった」と異例の行動に出た理由を話す。川野さんは安倍首相に「今こそ日本が世界の先頭に立つべきだ」とも訴えたが、明確な返答はなかった。 

 ※毎日新聞「『あなたはどこの国の総理ですか』 被爆者団体、安倍首相に 禁止条約に批准しない方針で」=2017年8月9日

https://mainichi.jp/articles/20170810/k00/00m/040/142000c

 この日、安倍首相は長崎市の平和祈念式典でのあいさつでは、核兵器禁止条約には触れないまま「真に『核兵器のない世界』を実現するためには、核兵器国と非核兵器国双方の参画が必要です。我が国は、非核三原則を堅持し、双方に働きかけを行うことを通じて、国際社会を主導していく決意です」と述べました。午後の記者会見では、条約に対し「核兵器国と非核兵器国の隔たりを深め、核兵器のない世界の実現をかえって遠ざける結果となってはならない」「我が国のアプローチと異なり、署名、批准を行う考えはない」と述べたと報じられています。
 どこか他人ごとのような言い回しだと感じます。そうした安倍首相に向けられた「あなたはどこの国の総理ですか」との言葉は、被爆者の怒りや落胆を端的に込めたものと思います。中でも、高齢化に伴って被爆者が直接、体験を語り伝えていく時間が少なくなり、それとともに社会で被爆体験が忘れ去られていくのではないか、との思いは強いでしょう。そうなってしまうことによって、唯一の被爆国という立場への鈍感さというか、無関心というか、そうしたものが日本の社会でますます助長されてしまう、核兵器に関しての当事者意識がますます希薄になっていってしまうのかもしれないとの危惧は、私も抱いています。
 だからこそ、この「あなたはどこの国の総理ですか」との言葉が被爆者によって安倍首相に投げ掛けられたことは、広く知られていいことだと思いますし、被爆体験の風化を許さない意味でも、マスメディアが報じるべき出来事だろうと思います。
 わたしの手が届く東京発行の新聞各紙で、8月10日付朝刊でこの言葉を伝えたのは朝日新聞、毎日新聞、東京新聞の3紙でした。

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【写真】「あなたはどこの国の総理ですか」との被爆者団体代表の言葉を伝える朝日新聞・社会面(右)、毎日新聞・社会面(左)、東京新聞・2面(下)の各紙面 

 ※追記 2017年8月10日22時40分
 長崎新聞が、安倍首相との面会後の被爆者団体代表らの反応などを詳しく報じています。一部を引用して紹介します。

http://www.nagasaki-np.co.jp/news/kennaitopix/2017/08/10090847052128.shtml 

 県被爆者手帳友愛会の中島正徳会長(87)も「唯一の戦争被爆国の日本が先頭に立てば核廃絶の世論が高まる。政府は核保有国と非核保有国の『橋渡し』をすると言うが、本気でやろうとしているように感じない」と落胆。長崎原爆遺族会の本田魂会長(73)は「『核の傘』で守ってもらっている米国に気を使い、何も言えないのではないか」ともどかしそうに話した。
  県被爆者手帳友の会の井原東洋一会長(81)は「政府は隣国との緊張を緩和するのではなく、高める側に回っている」と指摘。終了後、首相とあいさつした際、「非核三原則の堅持や核廃絶への努力などこれまでの発言を実行してほしい」と求めたという。「やはり首相なのでわずかでも期待しなければならない。支持率も低下してきているので聞く耳は持っていてほしい」と述べた。