2つの「3月20日」

 3月20日という日を、わたしは14年前の地下鉄サリン事件と6年前のイラク戦争開戦の2つの出来事があった日として記憶しています。いずれもマスメディアの仕事の中で過ごしました。ことしも、この2つの出来事が日本の社会に何を残したのか、わたしたちの社会にどんな影響があったのかを考えています。新聞労連の専従役員で休職中だった3年前に書いたブログのエントリーを読み返してみました。以下に全文を引用します。

ニュース・ワーカー「2つの『3月20日』」(2006年3月21日)

 3月20日はイラク戦争開戦から3年であると同時に、オウム真理教信者らによる地下鉄サリン事件から11年でもある。

 3年前は、この戦争の日本と日本人との関わりをどう考えていけばいいのか、わたしは社会部の職場で同僚たちと、あれこれと議論しながら取材を進めていた。米英軍がイラクに「侵攻」なのか「進攻」なのか、用語をめぐって議論があったりしたが、正直に言って、開戦当初を振り返れば、どこか遠い地域での出来事、メディア内部ではもっぱら外信部が主役、という雰囲気だったと思う。

 その後、人道復興支援を大義名分にした自衛隊派遣が急浮上し、イラクはぐっと身近な存在になり、社会部の取材も忙しくなった。年が明けて2004年1月、陸自先遣隊がクエート国境を超えてイラク入りした際には、社会部からも記者を現地に出し、取材・出稿はフル展開の日々が続いた。
 3年前、米国がイラク先制攻撃に踏み切った大義名分は、サダム・フセイン政権の大量破壊兵器保有疑惑だった。小泉純一郎首相も即座に開戦を支持した。今は、大義なき戦争だったことが明らかになっている。しかし、ブッシュ米大統領小泉首相も、開戦が誤りだったとは認めていない。自衛隊イラクに派遣されたままだ。
 この間、米軍の世界的規模の再編に合わせて、在日米軍基地の再編協議が進み、大詰めを迎えている。そのこと自体、米軍と自衛隊の一体的運用の強化であり、有事法制をはじめとして、それを可能にする仕組みも着々と出来上がっている。憲法9条自民党案の通りに改訂され、集団的自衛権の行使も解禁されれば、新生「自衛軍」は米軍とともに〝テロとの戦争〟に参戦することになるだろう。イラクで英軍が果たした役割だ。

 この3年の間に、日本社会では小泉首相構造改革路線によって、ますます「格差」が拡大した。雇用・労働問題の面では、契約社員派遣社員、パート、アルバイトなど非正規雇用の人たちがどんどん増えている。注意が必要なのは、決して望んで不安定な働き方を選んだ人ばかりではない、ということだ。しかし、そうは考えない人が多い。特に自らが正社員の場合、その風潮が強いように思う。また、「フリーター」や「ニート」も、勤労意欲に欠けているといったマイナスイメージで語られることが多い。
 仮に、このまま9条改憲に進んだ場合、「格差社会」は「戦場で殺し、殺され合うのはだれか」の問題に直結してくるだろう。「勝ち組、負け組」の二元論が、「ろくに働こうともしないフリーターやニート自衛軍に入って国のために死ね」という風潮を生み出すことを危ぐする。

 さて、11年前の3月20日は、わたしは社会部で前夜からの泊まり勤務明けだった。ことしと同じように、前日は日曜日で、翌日は春分の日の祝日だった。朝8時すぎだったと思う。「地下鉄で乗客がバタバタ倒れている」との警視庁詰め記者からの連絡が第一報だった。泊まり明けの少ない人数で手分けして取材を始めた。社会部員の総員呼び出しもやった。今のように携帯電話なんてなかったから、ポケットベルを片っ端から鳴らす。折り返し、部員から次々に電話がかかってきて、職場はあっという間に騒然となった。
 前年には長野県松本市の松本サリン事件が起き、オウム真理教サリンのつながりも指摘されていた。午前中には、警視庁が「地下鉄車内でサリンが撒かれた疑いが強い」と発表した。あとはもう何が何だか分からなかった。その日、わたしがまとめた記事で「首都東京は終日、見えない恐怖におびえ続けた」と書いたのを覚えている。

 この日を境に、警察はオウム真理教への捜査を一気に加速させる。オウム真理教の信者であれば、微罪でも何でも即逮捕だった。森達也さんが「ご臨終メディア」で指摘している通り、いわゆる「ビラまき」逮捕事件が多発し、共謀罪の新設も強行されかねない今日の情勢はどこから来たかといえば、あの時の「オウム狩り」にさかのぼるのかもしれない。オウム真理教の信者なら、マンションの駐車場に車を止めれば「住居侵入」で、カッターナイフを持っていれば「銃刀法違反」で現行犯逮捕する、そういうやり方を社会が容認した。メディアはその以前から、俗に「ヤクザと過激派に人権なし」とうそぶきながら、法令の明らかな拡大適用を許してきた。そのことの報いを今、メディアも受けつつあると思う。

 イラク戦争地下鉄サリン事件。この2つの「3月20日」は今、ひとつにつながっている気がしてならない。9条改憲が現実のものとなり、共謀罪が新設されれば、日本の「戦時社会化」は完成する。そうなったとき、「戦争反対」の言論は「敵を利するだけで、国益に反する」として、弾圧を受けることになるのではないか。

 非正規雇用の広がりが昨秋からの世界的な経済危機とともにここまで大量の失職者を生み、社会不安と呼んでもいい状況を生み出そうとは正直、3年前には予測できていませんでした。年末年始の「年越し派遣村」によって、今や失業や貧困は決して自己責任ではないことが社会に広く知られるようになりましたが、そうは考えない人もなお多いようです。
 一方で、今から見れば、憲法改悪への当時の危機感は過剰とも映るかもしれません。共謀罪も当時は大きな社会的関心事でしたが、今は話題になることもありません。しかし、改憲にせよ共謀罪にせよ、今は話題になっていないだけで、将来にわたってその危険がなくなったわけではありません。自衛隊イラク派遣は終了しましたが、日本政府のイラク戦争支持は撤回されないままです。
 自衛隊をめぐっては、この3年間の間に防衛庁が省に昇格し、米軍との融合に向けた「在日米軍再編」も着々と進行、ソマリア沖の海賊対策など海外任務も増える一方で、イージス艦と漁船の衝突事故や元防衛次官の汚職事件など深刻な不祥事が相次いでいます。田母神俊雄航空幕僚長の論文問題ではシビリアンコントロールの機能不全も露呈しました。
 山口県光市の母子殺害事件の公判をめぐって、放送メディアが冷静さを欠いたバッシングとも呼べる弁護団批判の番組作りを繰り広げたことなどを考えれば、仮に今また、社会防衛を大義名分に掲げて何であれ「オウム狩り」的なものが始まれば、再びマスメディアは容易にそれを容認し、加担するのかもしれません。
 3年前を振り返ってみると、当たっていたことも外れていたこともあります。しかし、イラク戦争地下鉄サリン事件の「2つの『3月20日』」をつなげて考えてみることで浮かび上がる危険性には変わりがないと考えています。わたしたちの社会が今もそうした危うさを抱えていること、マスメディアはその危うさの当事者でもあるということに対して、マスメディアで働く者の一人として、自覚を新たにしたいと思います。