戦争は真珠湾攻撃の前に始まっていたし、対米国だけでもなかった~太平洋戦争開戦80年の報道の記録と伊丹万作「だまされることの罪」

 ことし12月8日は、1941年の太平洋戦争開戦から80年でした。節目ということからか、マスメディアでも8日前後は関連の報道が例年より手厚かったように思います。東京発行の新聞各紙も、12月8日付朝刊、9日付朝刊で大きく扱う紙面が目に付きました。当時を知る人は既に少なくなり、戦争体験の継承は社会の課題です。その意味では、マスメディアが折に触れ報じ続けることが大事なのですが、今回はその報じぶりに気になることがありました。日本海軍による米・真珠湾への奇襲攻撃にばかり焦点が当たり、「日米開戦80年」と位置付ける論調が際立って目立ったことです。
 真珠湾攻撃をもって日米が戦争状態に入ったことは間違いがないのですが、史実はそれだけではありません。その1時間前に日本陸軍が当時は英国の植民地だったマレー半島・コタバルに上陸して英軍と交戦しています。真珠湾への第一弾投下よりも早く、戦火は始まっていました。オランダも同日、日本に宣戦布告しており、開戦は日米間だけではありませんでした。よく知られていることであり、少し戦史を調べればすぐに分かることです。
 単に史実として厳密な表現ではない、という意味にとどまりません。陸軍のこのマレー作戦はシンガポール攻略が最終目標であり、現在のマレーシアから、当時はオランダ領だったインドネシアにかけての南方資源地帯の確保という、日本の大きな戦争目的に直結していました。真珠湾攻撃は、当時としては革命的な発想に基づく、空母を中核とした機動部隊による奇襲であり、戦果も大きかったのですが、作戦自体の位置付けは、米海軍の太平洋艦隊の出足を止めるのが目的で、南方資源地帯の確保の側面支援のようなものでした。
 資源の確保と言えばもっともらしく聞こえますが、石油をはじめとした資源の略奪を図ったようなもので、そう考えれば太平洋戦争の性格がよく見えてくるように思います。この戦争を今も大東亜戦争と呼び、欧米各国の支配からアジアを解放するための戦いだったとする見方がありますが、欧米各国に日本が取って替わろうとしていた、と見る方が妥当であるように思います。
 80年前の12月8日の開戦について「日米」だけを強調することで、特にこの戦争についての知識が少ない世代から見た時に、全体像がかすんでしまうことを危惧します。戦争体験の継承と共有が課題になっているときに、マスメディアの報道としては深い思慮が必要だろうと感じます。日本人の犠牲者、被害は紹介しながら、アジア各地の犠牲や被害に触れないことにも、同じ問題があります。

 朝日新聞の12月8日付朝刊オピニオン面に掲載されたインタビュー「侵略の起点 根底にアジア蔑視」で、地理学者・歴史研究家の高嶋伸欣さんが、興味深い指摘をしています。日本のマスメディアの報道では、真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まったという認識が一般的にみられることを挙げ、以下のように述べています。

 「帝国主義同士の戦いで、どっちもどっちだった、という話に収めておきたいということです。列強同士の植民地争奪戦ということなら、不都合はありません。ですが、日本軍はそのためにアジアの人々が生活する地域に攻め込み、危害を加えました。住民の虐殺、食料の強奪など中国大陸と同じことを東南アジアでもやっています。実情は今も変わらないアジア蔑視が根底の侵略行為だったのです」

 ほかに、東京発行の新聞各紙の関連記事の中では、朝日新聞の8日付朝刊社会面に掲載された東大教授、加藤陽子さんのインタビューが目を引きました。「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」の著者であり、日本学術会議が会員候補として推薦したのにもかかわらず菅義偉前首相が任命を拒否した6人のうちの1人です。記事は、14年前に加藤さんの授業を受けた中高生に今の社会をどう見るかを尋ねたもので、社会面の半分を占める大きな扱い。隣りに加藤さんのインタビュー記事が並んでいます。

 歴史は単純には繰り返さない、とあの授業で言いました。こんど「戦争」がやって来るときにはまったく違う相貌であらわれる。「この道はいつか来た道」ではないな、と思っている間に、そうした芽を見過ごしてしまうでしょう。

(中略)映画監督の伊丹万作は「『だまされていた』といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう」と戦後に書きます。そういう人にはならないようにというお願いです。
 民衆が、自国の苦難を他国の悪意の結果ととらえ、「祖国の危機を救え」と訴えたとき、戦争を選ばない為政者はいなかったのです。

 伊丹万作の警句のことは、このブログでも何度も紹介しました。「だまされることの罪」を説いています。敗戦の翌年、1946年のことです。「戦争を選ばない為政者はいなかった」との指摘も、ナチス・ドイツの巨魁だったヘルマン・ゲーリングが自死する前に残した言葉「国民はつねに、指導者の言いなりにできる」と表裏一体であるように思います。
 ※参考過去記事 

news-worker.hatenablog.com

 目を引いた記事をもう1件、紹介します。共同通信が配信した編集者、北村淳子さんの寄稿です。昭和史研究で知られる故半藤一利さん(今年1月に死去)のお孫さんです。

 私は今年、半藤一利の遺作「戦争というもの」という本を編集しました。本書を企画したのは、ほかでもない祖父自身です。祖父は昨年「今年は数え年でいうと、太平洋戦争開戦80年だから」という理由で、私に1枚の企画書を手渡しました。
 そのおかげで私は、普段は小説の編集をしているにもかかわらず、「戦争」の本を作り、折に触れて「平和」について考えざるを得ない大きな宿題をもらったわけです。
 今年は数え年ではなく、開戦満80年。祖父はこの日のためにあの原稿を書いていたのかと、格別に思うところがあります。
 (中略)
 先が見えない不安定な時代を生きる私たちは、日々目の前の仕事をこなし、何かを食べ、きちんと眠るだけでも忙しい。立ち止まって、人間が引き起こした凄惨な過去に目を向けることはなかなかに難しいというのが、リアルなのだと思います。
 けれど、何げない毎日も、あの戦争から続く流れの上に成り立っている。
 かつて日本人は「熱狂」に流され、残酷な方向に舵を切りました。そして今後、同じ過ちを決して起こさないとは言い切れない。
 私たちが普通に過ごしている「今」は、いつかの地獄を経験した先人たちが目指し、築き上げてくれた「平和な未来」です。私たちにはそれを守る責任があるのだと思います。それを果たすためには過去を知るほかないのだと、祖父は私に原稿という形で伝えたかったのかもしれません。

 戦争を直接知る世代の人たちは間もなくいなくなります。それでも、戦争を繰り返さないために、世代を超えてできることはあるのだと、この記事を目にしてあらためて思いました。全国の地方紙に掲載されていると思います。

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※写真:1941年10月、開戦直前の真珠湾(パブリックドメイン、ウイキペディア「真珠湾攻撃」より)

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※写真:イギリス領マラヤのクアラルンプールに突入する日本軍部隊(1942年、パブリックドメイン、ウイキペディア「マレー作戦」より)

 以下に東京発行の新聞各紙が8日付、9日付の各朝刊に掲載した太平洋戦争開戦80年の関連記事の主な見出しを書きとめておきます。

【12月8日付朝刊】
▼朝日新聞
 ・1面トップ・日米開戦80年 日系人の記憶①「監視塔 日系人というだけで/真珠湾攻撃後 始まった強制収用」=9面へ
 ・13面(オピニオン)交論「『12月8日開戦』の意味」「戦争の目的 統一戦略なく分裂」歴史学者吉田裕さん/「侵略の起点 根底にアジア蔑視」地理学者・歴史研究家高嶋伸欣さん
 ・社会面トップ「日本人が、戦争を選ばないために/『合理的』な判断の末に悲劇があった 自分と違う意見を排除しない/『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』授業から14年 中高生だった彼らがいま、考える」/「『戦争』は違う顔で現れる 見過ごさないで」加藤陽子・東大教授
 ・社説「日米開戦80年 サダコの鶴が架ける橋」

▼毎日新聞
 ・1面「日米開戦きょう80年」
 ・10面(オピニオン)記者の目・開戦80年に考える教訓「『為政者は間違う』と意識を/蜃気楼のような終戦構想で始動/参政権など権利生かし身を守る」栗原俊雄専門記者
 ・社会面トップ・あの日、真珠湾で 日米開戦80年③「埋もれた強制収容所/『日系人 スパイと疑われた』/ハワイの『地獄谷』 終戦翌年閉鎖」
 ・社説「日米開戦80年 事故過信の危うさ教訓に」

▼読売新聞
 ・1面「遠くに煙り『戦争始まった』/真珠湾攻撃80年/当時7歳の日経2世」=8面へ
 ・29面(文化)「『理不尽な死』作品の根底/『同世代の若者 声もなく…』/映画監督・岡本喜八と戦争(上)」
 ・社会面トップ「真珠湾伝える 命の限り/仲間の死『開戦回避なら…』/攻撃参加 103歳の近い」/「元軍人6400人、平均94歳/戦争体験の継承 課題に」

▼日経新聞
 ・2面「中国が促す日米同盟深化/真珠湾攻撃80年 台湾有事 高まる懸念」※筆者は吉野直也政治部長
 ・社会面トップ「広島の火をハワイへ/被爆者遺族ら平和願い/真珠湾攻撃80年」/「当時の責任、現代の教訓/佐藤(卓己)・京大教授に聞く」

▼産経新聞
 ・1面「あの日と今日は地続きにある/真珠湾攻撃80年 論説委員長 乾正人」/「時代は今 区切られた」/教訓活かし有事備えよ
 ・23面(東京都内版)「『平和祈念館』建設へ活動本格化/東京大空襲の犠牲者追悼 市民団体を設立/元都議『イデオロギーに偏らない展示目指す』」

▼東京新聞
 ・1面「館長『君たちは矢だ』/きょう太平洋戦争開戦80年」=23面(社会面)へ
 ・4面(国際)真珠湾の記憶 日米開戦80年(中)「『ニセイ』消えぬ差別の傷/両親は日本人移民」
 ・21面(特報)「『真の戦後 訪れていない』/次期国会こそ救済の立法を/きょう開戦80年 空襲連が集会」
 ・24面(最終面)「橋に刻まれた傷痕/永代橋(隅田川)焼夷弾直撃/鎌倉橋(日本橋川)銃弾えぐる」
 ・社説「坂口安吾と憲法9条 開戦の日に考える」/勝利夢見ず滅亡を確信/戦争放棄活用が利口、と

【12月9日付朝刊】
▼朝日新聞
 ・11面(国際)日米開戦80年 日系人の記憶②「祖国は米国 命捧げた日系部隊/第2次大戦 800人が犠牲に/評価得るまで 半世紀以上」
 ・社会面トップ「消された父の『生』刻む/出撃、米の捕虜に 戦死の仲間は『軍神』/『何の理由で非国民』命を肯定」/「真珠湾攻撃80年 ハワイで追悼」=ホノルル

▼毎日新聞
 ・1面「真珠湾 80年後の祈り」=ホノルル共同
 ・社会面準トップ・あの日、真珠湾で 日米開戦80年④「日系2世 許せぬ問い/家奪われ『米国に忠誠誓うか』/強制収用生んだ差別 今も」

▼読売新聞
 ・4面(政治)「『米と緊密連携』 官房長官、真珠湾80年」※1段
 ・社会面準トップ「『父関わった攻撃 向き合う』/操縦機『トラトラトラ』打電/真珠湾80年」/「ハワイ 犠牲2400人悼む/米大統領『受け継ぐ』」=ホノルル

▼日経新聞
 ・4面(政治・外交)「真珠湾攻撃80年 いま学ぶこと」「米中関係にも教訓」日本国際問題研究所理事長 佐々江賢一郎氏/「台湾は現状維持を」コロンビア大学教授 ジェラルド・カーティス氏
 ・12面(国際)「東南ア、戦争の記憶なお/若者への歴史継承はかる/マレー半島上陸80年」
 ・44面(第2社会)「開戦記した軍医の日誌/『夜眠れず、成功祈るのみ』/戦争への経緯、考える契機に/真珠湾攻撃80年」=シンガポール

▼産経新聞
 ・7面(国際)「日米『敵から同盟国に』/真珠湾攻撃80年 ハワイで式典」=ホノルル共同
 ・26面(第2社会)「将兵の思い 埋もれさせない/祖国や家族 守る使命感/大阪観光大・久野講師 経験者400人取材」/「『戦争、絶対してはいけない』/真珠湾攻撃 103歳元兵士」

▼東京新聞
 ・1面準トップ「潜水艦軍医 攻撃直後の心情/母校・慶応大 日記など公開」=27面(社会面)へ
 ・4面(国際)真珠湾の記憶 日米開戦80年(下)「若者の犠牲 胸に刻む/身元不明者 特定望む声」
 ・24、25面(特報)「国民の命考えていない/開戦日の防空下令『逃げずに火を消せ』/関東大震災の教訓生かされず」「『士気向上』犠牲は拡大/隣組監視に似る自粛警察」
 ・社会面「『悲惨さ記憶に』『戦争二度と…』/国内各地で不戦の誓い」