二・二六事件の現場、東京・赤坂「高橋是清翁記念公園」~昭和の惨劇を次代に語り継ぐ

 6月に入って間もなく、東京都港区赤坂にある「高橋是清翁記念公園」を訪ねる機会がありました。大正から昭和初期にかけて首相、蔵相を務め、1936(昭和11)年に一部の陸軍将校らが起こしたクーデター未遂事件、二・二六事件で暗殺された高橋是清(1854~1936)の邸宅があった場所です。
 ※港区公式サイト 「高橋是清翁記念公園」
  https://www.city.minato.tokyo.jp/shisetsu/koen/akasaka/04.html

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 赤坂見附から青山通り(国道246号)を渋谷方向へ徒歩で15~20分ほどでしょうか。ビルの並びが途切れたところに、緑豊かな空間があります。入口近くには子ども用の遊具もあって、知らなければどこにでもある公設の公園だと思って、通り過ぎてしまうかもしれません。
 ウイキペディア「二・二六事件」の記述によると、1936年2月26日早朝5時すぎ、この地にあった高橋是清邸を反乱軍約100人が襲撃。是清は寝室で、拳銃で撃たれた上、軍刀でとどめを刺され即死しました。
 ※ウイキペディア「二・二六事件」

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 港区によると、現在の公園でも5300平方メートル余の広さがあり、当時の高橋邸の敷地はもっと広かったようです。青山通りを隔てた向かいは赤坂御所の塀と木々が連なっており、おそらくは反乱軍の銃声があたりの静寂を破ったのではないかと思います。しかし、周囲をビルに囲まれ、青山通りをひっきりなしに車が行き交う現在の様子を見ていると、なかなか往時を想像するのは難しいと感じました。

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 当時、是清が住んでいた自宅の母屋は現在、東京都小金井市にある江戸東京たてもの園に移築され保存されています。是清が眠る多磨霊園へ移築されていたため、空襲の難を逃れたと、港区の説明のプレートに書いてありました。
 実は母屋は5年前の夏に訪ねています。ちょうど雨の日だったこともあり、静寂の中にひっそりとたたずんでいました。内部に入ることもでき、是清が絶命したという2階の寝室も見学しました。歴史上の出来事としての事件を多少なりとも感じ取れた気がしました。

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【江戸東京たてもの園に保存されている母屋=2014年8月】

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【母屋の2階内部=2014年8月】

 港区の記念公園を奥に進むと、ちょっとした高台があって、高橋是清の銅像があります。「ダルマ」の愛称で庶民的な人気があったという、その風貌をよく表した、柔和な表情だと感じました。

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 和服姿の座像ですが、興味深かったのは右手にメガネを持っているのはいいとして、左ひざの上に何か書類を持っていることです。その折りたたみ方や大きさからは、新聞であるように思えました。ただ日本語の新聞なら、四つ折りにして1面トップの記事が上になるようにすると、折り目は持ち手から向かって左側になります。銅像はその折り目が右側になっていますので、英字紙などの外国語の新聞なのかもしれません。うがった見方かもしれませんが、若いころ渡米して苦労したというエピソードがある高橋是清が、常に世界に目を向けていたことを、銅像ではこのように表現したのかもしれない、と感じました。そして言論ではなく暴力に訴えることとを暗に比較して見せることで、暴力の愚かしさを表そうとしているのかもしれない、などとも考えました。

 後日、公園を再訪してみました。梅雨入り後の雨の日でした。

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【左のガラス張りのビルが草月ホール。その隣りが記念公園】

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 公園の片隅にはアジサイが植えられており、色づいた花が雨に濡れて鮮やかでした。あいにくの天気でこの日は遊具に子どもたちの姿はありませんでしたが、そうと知らなければ、80年以上も前に惨劇があった場所とは思えない、都心の緑豊かな一角です。その現場に立ってみて、暴力で世の中を変えようとすることの愚かしさは、何年たとうとも語り継いでいかなければならないと、あらためて思いました。

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 二・二六事件を巡っては、やはり事件で殺害された内大臣で、元首相、海軍大将の斎藤実の出身地である岩手県・水沢(奥州市水沢区)にある「斎藤実記念館」に、銃弾を受けてひび割れた鏡台など、豊富な資料が保存されています。
 いずれも、事件が本当に「あった」ことを、時間を超えて実感できる貴重な資料だと思います。
 これまでに資料館を2度訪ねました。そのときの感想などをこのブログに書いた過去記事を紹介します。2度目はひび割れた鏡台の絵葉書も買い求めました。news-worker.hatenablog.com

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