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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「弁護士よりも労働組合の方が強い力を持っている」(今泉義竜弁護士)~労働組合のススメと今日の課題

 4月も中旬に入りました。新しく社会人になった皆さんも、少しずつ勤務先の雰囲気に慣れてきたころではないでしょうか。そんな皆さんに参考になるのでは、と思ったツイッターのツイートと、ネット上の記事を紹介します。

 https://twitter.com/i_yoshitatsu/status/1510541732202840064

 ツイート主の今泉義竜さんは第二東京弁護士会所属の弁護士。プロフィールにある通り、労働事件で労働者側に立った活動で知られる気鋭の方です。
 このツイートについて、ネット上のサイト「弁護士ドットコムニュース」が、今泉弁護士に取材してさらに分かりやすく解説した記事をアップしています。

 「『弁護士よりも労働組合の方が強い力を持っている』その理由とは? 今泉弁護士に聞いた」=2022年4月6日 

www.bengo4.com

 以下、この記事の一部を引用します。

 憲法28条が保障する(1)団結権(2)団体交渉権(3)団体行動権という労働三権は、みなさん中学や高校あたりで習ったかと思います。でも、言葉だけはうっすら覚えていても、実際どういうことなのかを知らない人は意外と多いようです。
一般的に、何か紛争が生じた場合に、相手方に対して交渉を求めたとして、その交渉に応じるか応じないかは相手方次第です。労働者個人が経営者に何か言いたいことがあって話し合いを求めても、経営者は拒否できます。弁護士が代理人となって会社に交渉を申し入れても、無視されたり交渉を拒否されたりすることもまれにあります。
 (中略)
 一方、労働組合が交渉を申し入れた場合に、正当な理由なくして使用者は拒否できません。拒否すれば違法となります(「不当労働行為」労働組合法7条2号)。経営者に対して話し合いを法的に強制できるという強い権限が労働組合にはあります。
 組合が求めた資料を正当な理由なく開示しないといったような不誠実な対応を会社がした場合も、「不誠実団交」として違法となります。
 (中略)
 さらに、この交渉に力を与えるのが、団体行動権です。団体行動権の中でもっとも強力なのがストライキですが、それに限らず、街頭での宣伝やビラ配布、インターネットでの発信などの宣伝行動も団体行動の一つです。
 (中略)
 労働組合に縁のない方が多数とは思いますし、現場ではなかなか声を上げるのも大変なのが実際のところだろうとは思いますが、まずは働く上での基礎知識として、労働組合や労働者にどんな権利が認められているのかという基本的なところを押さえてほしいと思います。
個人でも入れるユニオンが各地にありますので、そうしたところにもアンテナを張っていただくことをお勧めします。

 わたし自身が、労働組合の活動に取り組んだ経験から思うのは、労働組合はそれ自体が権利だということです。憲法28条が保障する勤労者の団結権を具現化したものが労働組合であり、その労働組合が団体交渉権や団体行動権を行使する主体になります。

憲法第28条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

 人はだれしも一人のままでは弱い存在です。特に雇用、被雇用の関係では、雇用する側が圧倒的に有利な立場です。賃金をはじめとした労働条件を決めるのは、まず雇用する側です。雇用される側に不満があっても「不満なら、ほかの人を雇うからいいよ」となってしまいます。雇われる側の人たちが団結することによって、雇う側と対等の立場に立ち、自分たちの労働条件の決定に当事者としてかかわることを可能にするのが団結権を始めとした労働3権です。
 憲法がわざわざ一条を割いて、特別に労働3権の保障を定めているのには、それだけの理由があります。そうやって労働者の立場を強くしないと、労働者の経済的地位の低下を招いて貧困がはびこり、それは社会不安へとつながります。そうなると社会正義と平和が脅かされることになり、戦争を防ぐことが難しくなります。貧困と社会不安は戦争と相性がよいと言えます。
 国連よりも古い国際機関にILO(国際労働機関)があります。そのILO憲章の前文に、そうした考え方がよく表されています。
 少し長く、また読みづらい文章ですが、ILO憲章前文の日本語訳を以下に紹介します。

 世界の永続する平和は、社会正義を基礎としてのみ確立することができるから、
  そして、世界の平和及び協調が危くされるほど大きな社会不安を起こすような不正、困苦及び窮乏を多数の人民にもたらす労働条件が存在し、且つ、これらの労働条件を、たとえば、1日及び1週の最長労働時間の設定を含む労働時間の規制、労働力供給の調整、失業の防止、妥当な生活賃金の支給、雇用から生ずる疾病・疾患・負傷に対する労働者の保護、児童・年少者・婦人の保護、老年及び廃疾に対する給付、自国以外の国において使用される場合における労働者の利益の保護、同一価値の労働に対する同一報酬の原則の承認、結社の自由の原則の承認、職業的及び技術的教育の組織並びに他の措置によって改善することが急務であるから、
  また、いずれかの国が人道的な労働条件を採用しないことは、自国における労働条件の改善を希望する他の国の障害となるから、
  締約国は、正義及び人道の感情と世界の恒久平和を確保する希望とに促されて、且つ、この前文に掲げた目的を達成するために、次の国際労働機関憲章に同意する。

 ※ILO駐日事務所の公式サイトより
  https://www.ilo.org/tokyo/about-ilo/organization/WCMS_236600/lang--ja/index.htm

f:id:news-worker:20220411001248j:plain

 ILOの創設は第1次世界大戦終結後の1919年でした。人類が初めて経験した凄惨な「総力戦」の末に、恒久平和のために労働者の地位の向上をはかって設立されたのがILOでした。憲章の前文には「結社の自由の原則の承認」が明記されています。労働者の団結権の保障です。そうした歴史を踏まえて考えれば、労働組合とは、突き詰めて言えば平和のための権利であることが分かります。
 労働組合が政治課題を手掛け、平和を求める活動に取り組むことに対して、批判する声があります。労働組合は会社に対して賃上げや福利厚生だけを要求していればいい、との考え方です。しかし、労働組合がどういう権利であるか、歴史的な経緯を踏まえ、日本国憲法で特別の扱いも受けていることを考えれば、そうした考えは一面的に過ぎるのではないかと思います。

 労働組合をめぐって、わたしがもう一つ考えているのは、今泉弁護士も指摘している「労働組合に縁のない方が多数」「現場ではなかなか声を上げるのも大変」という点です。
 憲法が保障している権利ですから、だれかに雇用されている労働者であれば、だれでもこの権利を手にできるはずです。しかし、実際には、労働組合に加入している人の割合(組織率と呼びます)は、厚生労働省の2021年の調査では16.9%に低迷しています。要因の一つは、労働組合が企業ごとに組織されているのが一般的であり、しかも組合員は正社員が中心であることです。
 労働組合それ自体が「権利」である、ということを理解するなら、既存の労働組合の課題はおのずと明らかなはずです。その権利を多くの人に広げることです。企業ごとに組織されている組合であるなら、同じ職場、同じ企業ブランドで働く人たちが、労働組合という権利を手にできるように動くことです。自分たちの組合に迎え入れる、新たな組合作りを支援する、といったやり方があります。今泉弁護士が触れている「個人でも入れるユニオン」との連携も、今日的な方法論の一つだろうと思います。そうやって、権利を広げていくことが、権利そのものを強めていくことにつながりますし、それなしには、自分隊が今、手にしている権利を守ることもおぼつかないことになります。
 日本の産業界では戦後の高度成長期、終身雇用と年功序列の待遇と並んで、企業別の労働組合は日本型企業経営の「三種の神器」と呼ばれ、日本企業の強さの源泉になっていました。時代は変わり、以前のような終身雇用も年功序列もなくなったのに、企業別の労働組合は強固に残っています。そして低迷しています。
 繰り返しになりますが、労働組合はそれ自体が権利です。「会社があっての自分たち」という考え方を完全に否定するつもりはありませんが、歴史的な経緯も踏まえて考えるなら、労働組合の目的があたかも企業の利益の確保や企業の生き残りになる、そう見えてしまうようでは、権利は腐っていくことになりかねません。権利は権利として正しく使わなければ、輝くことはありません。わたしの確信です。