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この自衛隊の現状で軍拡を進めるのは危うい~候補生が上官銃撃2人死亡 在京紙の報道の記録

 一つ前の記事で、日本の軍事組織の危うさについて書いたばかりでした。その直後、考えもしなかった惨事が起きました。
 岐阜市にある陸上自衛隊の射撃場で6月14日午前、実弾を使った射撃訓練に来ていた18歳の自衛官候補生の男性が、射撃の指導を担当する自衛官3人を自動小銃で撃ちました。うち2人が死亡。撃った候補生は殺人未遂容疑で現行犯逮捕されました。故意に撃ったのは間違いがないようです。動機の解明はこれからだとしても、銃で上官を撃つ事態は、それだけで軍事組織の存在の前提、軍事組織の根幹を揺るがす最悪の不祥事です。なぜそんなことが起きたのか、その要因を特定し、排除しなければ、陸上自衛隊は軍事組織として成り立たない、と言っていいほどの危機的な事態だと思います。
 容疑者の候補生は今年4月に入隊したばかり。事件当日は、新入隊員の訓練期間中の最後の実弾訓練であり、6月末で訓練を終えて、正式に隊員になる予定だったと報じられています。銃器を扱う軍事組織に、その成員としての適性を欠いた人物を入隊させていたのか、あるいは入隊後の訓練や生活の中で何かあったのか。採用から入隊後の訓練期間の生活面にわたるまで、点検と見直しが必要です。本来、起こりえない、起こってはならないことが起こってしまった以上、あらゆる先入観を排除する必要があります。
 気になるのは、自衛隊をめぐる近年の政治の動きです。岸田文雄政権は大幅な軍備の拡張を打ち出しています。敵基地攻撃能力など新たな任務が自衛隊に加わります。一方で現状でも隊員は定員割れであり、必要なマンパワーを満たしていません。人員の確保が伴わなければ、現場の隊員への負荷がますます高まります。組織の疲弊を招いたり、数をそろえることに目が行く余り、適格性を欠いた人材まで採用したりすることにならないか。そんな危惧があります。
 陸上自衛隊では、宮古島で起きたヘリ墜落の原因はいまだに分かっていません。元自衛官の女性が在職当時の性被害を実名で訴えたケースは民事訴訟が係争中です。隊内でのハラスメントやいじめは、海上自衛隊や航空自衛隊でも、これまでもありました。
 どんなに最先端の兵器をそろえても、運用するのは人間です。軍事組織で、生身の人間のキャパシティを超えた負荷がかかると何が起こるか。その恐ろしさを、岸田首相はじめ軍拡を進めようとする政治家たちは知っているのか―。そうした観点も頭に置いて、この事件の推移を見ていきたいと思います。

 事件翌日の6月15日付朝刊で、東京発行の新聞各紙もこの事件を大きく扱いました。
 社説で取り上げたのは朝日新聞と読売新聞です。それぞれの社説の一部を引用します。朝日新聞は岸田軍拡に触れていますが、読売新聞には言及がありません。自衛隊の組織が現状で健全と言えるのか、疲弊しているのではないか。岸田政権の軍拡は、そうした観点からも問い直す必要があると感じます。

※朝日新聞6月15日付社説「自衛官候補生 発砲の動機 解明を急げ」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15662177.html

 自衛隊をめぐっては最近、重大な事故が相次いでいる。沖縄県の宮古島周辺で4月、陸自のヘリコプターが墜落、九州南部の防衛警備を担う第8師団の師団長ら10人が死亡した。1月には山口県周防大島沖で、海上自衛隊の護衛艦が座礁し、自力航行できなくなった。
(中略)
 ハラスメントの被害も後をたたない。パワハラによる隊員の自殺は、裁判になるなど、たびたび問題となっている。セクハラも深刻で、陸上自衛官だった五ノ井里奈さんが在職中に性暴力を受けた問題では、男性隊員5人が懲戒免職となった。
 安保3文書を改定し、防衛政策の大転換に踏み切った岸田政権は、防衛費の「倍増」を打ち出し、敵基地攻撃能力の保有など、装備の拡充に力を入れる。
 しかし、国の防衛の中核を担うのは、現場の自衛官らである。その組織が健全に機能しなければ、「防衛力の抜本的強化」という掛け声も空しくなる。一連の事件や事故を、足元を謙虚に見つめ直す契機にしなければならない。防衛省・自衛隊任せにすることなく、政権として取り組むべき課題である。

※読売新聞6月15日付社説「陸自銃発射事件 隊内の規律はどうなっている」

 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20230614-OYT1T50286/

 自衛隊は近年、本来の防衛任務以外にも、災害時の救助活動が増え、国民に高く評価されている。コロナ禍では医療支援にも取り組んだ。安全保障環境の悪化で、役割はさらに増している。

 任務の特殊性から、上意下達の職務遂行を重視し、隊員は厳しい規律を守ることが求められる。一方で不祥事も相次いでいる。

 昨年は、元自衛官の女性が複数の男性隊員から性暴力を受けていた問題が発覚した。上司によるパワハラ行為も横行している。

 今回の事件の背景に、こうした組織の体質に関わる問題がなかったのか、調べるべきだ。

 自衛隊の応募者は減っている。中途退職者も増えており、2021年度は5000人を超えた。少子化に加え、厳しい訓練や規律が敬遠されたためだとみられる。

 質の高い人材を確保するためには、隊員の待遇や職場環境を改善し、採用のあり方についても見直すことが必要だろう。

 以下に、今回の事件について、東京発行の新聞各紙が初報段階の15日付朝刊でどう報じたか、書きとめておきます。

▽朝日新聞
・1面トップ「陸自候補生発砲 2人死亡/18歳、訓練中に教育担当撃つ/別の隊員1人けが/岐阜の射撃場 殺人未遂容疑」/「射撃・爆破訓練 全国で一時中止」
・2面・時時刻刻「指導役に突然引き金」「陸自発砲 任官前、最後の実弾訓練」「候補生、入隊後3カ月基本教育/OB『銃の指導厳しい。人に銃口あり得ぬ』」「『89式自動小銃』一般的な装備」
・社会面トップ「住宅脇の射撃場 騒然/『ケガかと』驚く住民」/「警務隊、県警と合同捜査/自衛隊内組織 取り調べ担当」/「永山事件・渋谷で乱射/銃めぐる10代の事件」
・社説「自衛官候補生 発砲の動機 解明を急げ」

▽毎日新聞
・1面トップ「陸自で銃発砲2隊員死亡/殺人未遂容疑 18歳候補生逮捕 岐阜・射撃場/52歳教官狙ったか」
・社会面トップ「候補生発砲 なぜ/『あってはならない』/陸自トップ 謝罪繰り返し」/「OB『精神状態の把握焦点』」/「40年前にも山口で乱射」/「『候補生 自衛官に憧れ』/小中高の同級生ら」/「周辺住民『怖い』」

▽読売新聞
・1面トップ「陸自訓練中銃撃2人死亡/殺人未遂容疑 18歳候補生逮捕/岐阜の射撃場 1人けが」
・社会面トップ「指導役に銃口 衝撃/陸自18歳逮捕 配属前 最後の訓練中」/「『AED探せ』叫ぶ声」
・社説「陸自銃発射事件 隊内の規律はどうなっている」

▽日経新聞
・1面「陸自で発砲、2人死亡/岐阜の射撃場 18歳候補生を逮捕 殺人未遂容疑」
・2面「採用・教育の難しさ露呈/問われる銃管理体制/陸自発砲 3人死傷」
・社会面トップ「陸自発砲、52歳教官標的か/別の隊員への殺意否認/18歳候補生 訓練最終日に犯行/被弾隊員 防弾チョッキ未着用」/「『AEDを』射撃場騒然」/「特定少年、実名の公表可能/重大事件で起訴の場合」

▽産経新聞
・1面トップ「陸自で発砲3人死傷/岐阜で訓練中 18歳候補生逮捕 殺人未遂容疑/『教官に叱られた』」
・3面「自衛隊 問われる組織運営/陸幕長謝罪、調査委を設置/射撃訓練は一時中止」/「ヘリ事故・性加害…信頼回復急務」/論点「隊員に向けて銃口 衝撃/渡辺悦和元東部方面総監」
・社会面トップ「響く怒声『早くAEDを』/隊員呆然 涙ぬぐう姿」/「武器管理 再検討が必要/閉鎖空間 メンタルケア重要」/「18歳 起訴で実名公表も」

▽東京新聞
・1面「自衛官候補発砲 2人死亡/1人けが 18歳容疑者、叱責の直後 岐阜・射撃訓練中」
・3面「自衛隊 問われる訓練・採用/慢性的隊員不足で門戸拡大/事故・不祥事続き 広がる衝撃」/「陸幕長謝罪『安全管理を徹底』」
・社会面トップ「新人凶弾 教官ら悲劇/『AED持ってこい!』」/「容疑者 小学生から自衛官の夢」/「乱射や誤射 過去にも」