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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

戦闘機の輸出解禁、賛否両論にとどまらない全国紙の論調~憲法の制約を独自の地歩につなぐ道を選択肢に

 日本が英国、イタリアと共同開発する次期戦闘機について、岸田文雄政権は3月26日、第三国への輸出を解禁することを閣議決定しました。全国紙5紙のうち、朝日新聞と毎日新聞は翌27日付で関連の社説を掲載しました。「国民的議論なき原則の空洞化」(朝日)、「平和国家の姿が問われる」の見出しに明らかなように、両紙とも批判的です。読売新聞、日経新聞、産経新聞は社説では取り上げていません。東京本社発行の紙面を見ても、朝日新聞は本記1面トップ、総合面に時時刻刻などの関連記事を大きく展開していますが、他の4紙は、本記はいずれも2面ないし3面です。読売新聞、産経新聞は関連記事を総合面に掲載していますが、毎日新聞、日経新聞は、関連記事はなく本記のみです。総じて朝日新聞の報道の手厚さが目立ちます。ただし、社説に関しては、時間軸を少し長く取ってみると、少し異なった情景が見えます。
 朝日新聞がこの戦闘機の輸出解禁を社説で取り上げたのは27日付が初めてでした。毎日、読売、日経、産経の4紙は、自民、公明の与党両党が合意(3月15日)したタイミングで、社説で取り上げていました。このときも毎日新聞は批判的でしたが、読売、日経、産経の各紙は政府方針を支持する論調。肯定、否定のいずれにしても、武器の輸出をめぐる国家の方針が大きく転換することについては、各紙とも認識は共通していました。そういう中で、朝日新聞だけは、いわば“沈黙”していました。政府方針への懸念を報じ、論説記事(社説)で批判を展開するのなら、閣議決定の前でもタイミングはあったのではないかと感じます。

【写真】英伊と共同開発する次期戦闘機のイメージ図=出典:防衛省HP

■「支持」にも質的な差異
 各紙の社説は、見出しを並べてみるだけで主張の違いが分かると思います。注目すべきだと思うのは、読売、日経、産経の3紙は輸出解禁を支持していながら、その内容は一様ではないことです。日経新聞と産経、読売両紙の論調には質的な違いがあり、5紙の論調は「批判」「支持」だけでなく、もう一つ「解禁拡大論」とも呼ぶべき類型も含めて、3通りに分かれていると言っていいように思います。
【批判】
▽朝日新聞
3月27日付「戦闘機の輸出解禁 国民的議論なき原則の空洞化」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S15896812.html
▽毎日新聞
3月27日付「戦闘機輸出の閣議決定 平和国家の姿が問われる」
 https://mainichi.jp/articles/20240327/ddm/005/070/124000c
3月16日付「戦闘機輸出の自公合意 なし崩しで突き進むのか」
 https://mainichi.jp/articles/20240316/ddm/005/070/127000c
【支持】
▽日経新聞
3月16日付「次期戦闘機の輸出を国際協調と抑止力の強化に」
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK14C1N0U4A310C2000000/
【解禁拡大】
▽読売新聞
3月16日付「次期戦闘機輸出 安保協力を深める大事な一歩」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20240316-OYT1T50000/
▽産経新聞
3月17日付「防衛装備品の輸出 『次期戦闘機』だけなのか」
 https://www.sankei.com/article/20240317-YNSM75ACONJYBKUIP3TR5LTTNI/

 日経新聞は、「この先も与党協議を経て新たな輸出案件を追加できるが、なし崩しで進めてはならない」として、戦闘機やミサイルなど高い殺傷能力を持つものは、国会の関与も話し合っていくべきだとしています。
 これに対し産経新聞は「本来は、次期戦闘機に限らず一般的な原則として輸出解禁に踏み切るべきだった」「現に戦闘をしていない国に限るのも疑問だ」として、全面解禁を主張。武器輸出に対する批判を「偽善的平和主義の謬論(びゅうろん)」とまで表現しています。読売新聞も「与党協議が難航すれば共同開発に遅れが生じ、友好国との関係に悪影響が出かねない」として、公明党が与党協議というハードルを設けたことに疑問を呈しています。国会での審議の必要性には触れてもいません。
 このブログの一つ前の記事で触れたように、戦闘機の輸出解禁に対して、メディア各社の世論調査では賛否が拮抗しています。世論は真っ二つと言っていい状況です。メリットもリスクも含めて、戦闘機を第三国に輸出することがどんな意味を持つのかが、一般にはよく知られていないことが要因に挙げられるように感じます。

news-worker.hatenablog.com 全国紙各紙の論調を見るだけでも、単に賛否両論なのではなく、政府方針を上回る解禁拡大論を含めて、多様な違いがあります。社論として批判的であるにせよ、支持するにせよ、マスメディアが多角的、多面的に報道を継続する必要があります。それによって民意が変化する可能性があります。閣議決定で終わりとしていい問題ではありません。

【写真】英伊と共同開発する次期戦闘機のイメージ図=出典:防衛省HP

■「面倒な国」であることを生かす選択肢
 強力な殺傷能力を持つ戦闘機の輸出は、日本国憲法の平和主義の理念に反するものとわたしは受け止めています。憲法9条が放棄を規定しているのは戦争だけではありません。紛争の解決のために、武力によって威嚇することや、武力を使用することも禁じています。今回、輸出可能になる15カ国の中には、近隣国と国境線をめぐって争いがある国も含まれています。仮に日本が戦闘機を輸出した場合、当事国は抑止力の強化、つまりは攻撃的ではなく防御的な軍備の拡充だと主張するかもしれません。しかし、相手国には「武力による威嚇」に映るのではないか。少し考えただけでも、こんな風に疑問がわいてきます。
 完成品の輸出を拡大しなければ開発コストをまかなえず、ひいては友好国から「面倒な国だ」とみなされて、共同開発の実を上げられなくなる、との主張も目にします。それはその通りだろうと思います。戦争だけでなく、武力による威嚇や武力行使を放棄し、そのために戦力も不保持とする憲法を持つ、ということは、言い方によっては憲法の制約が厳しい「面倒な国」であるということです。
 しかし、その「面倒な国」であることをうまく生かして、国際社会に独自の地歩を持ち、世界の平和に貢献していく道もあるはずです。そうした選択肢も日本社会で共有できるよう、多角的、多面的で持続する報道が必要だと感じています。