ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「主権者の責任」を説く地方紙の社説、論説~中日・東京新聞は「内閣の暴政」を批判

 少し時間がたちましたが、5月3日の憲法記念日の紙面に新聞各紙が掲載した社説、論説の記録です。インターネット上の各紙のサイトで読めるものをチェックしました。

 安倍晋三政権以降、憲法解釈を閣議決定で変更するなど、重要なことを国会を通さずに内閣が決めてしまう例が続き、岸田文雄首相もその手口を継承しています。同時に岸田首相は、憲法改正に前向きな発言を繰り返しています。その足元ではパーティー券裏金事件があり、政権党の腐敗ぶりが明らかになっています。こうした状況下で、改憲志向の読売新聞や産経新聞の社説は、具体的な条文案の策定を急ぐよう主張しています。
 一方で、「国民主権」の原則を強調する論調の社説、論説がいくつか目にとまりました。いずれも地方紙です。国会をないがしろにする政権も、選挙を通じて合法的に成立しており、主権者の選択の結果です。「国民主権」に立ち返るなら、主権者は自らの責任を自覚する必要がある―。そんな「主権者の責任」まで考えさせられる社説、論説は、ことしの憲法記念日の特徴の一つだと感じます。以下に、いくつか書きとめておきます。

■北海道新聞「きょう憲法記念日 国民主権を取り戻す時だ」/政治に緊張感与えよ/再び破局へ進まぬか/「任期延長」の危うさ
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1007585/

 政治とは誰のもので、誰のためにあるのか。民主政治の原理を根本から問わねばならない事態だ。
 答えは憲法前文にある。主権は国民にあると宣言し、こう続く。
 「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」
厳粛な信託を受け憲法擁護義務を負う代表者、つまり国会議員が裏金をつくり、信頼を失墜した。憲政の危機だ。信を失った人たちに憲法改定を議論する資格はない。
国民主権を取り戻し、議会制民主主義を鍛え直す。それが今日、国の最高法規の憲法が私たちに課す最重要の命題ではないか。

■福島民報「【憲法記念日】理念は成熟していくか」
 https://www.minpo.jp/news/moredetail/20240503116269

 防衛関連の動きは加速している。集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法が施行され、反撃能力(敵基地攻撃能力)保有を掲げる安全保障戦略が打ち出されたのにとどまらない。次期戦闘機の第三国への輸出解禁が今年3月に閣議決定された。
 英国、イタリアと共同開発したのを対象とし、輸出は日本との協定締結国に限定される。戦闘下の国に輸出しないとの縛りはあるとはいえ、殺傷能力の高い戦闘機を他国に供給する行為自体に懸念を覚える。戦争放棄を堅持し、世界平和への貢献をうたう姿勢との整合性に疑念が残る。
 国会など開かれた場で審議が尽くされたのならまだしも政府、政権党の手元で戦後日本の形が転換されていく事態を危惧する。無関心であってはなるまい。歯止めをかけるのは主権者たる国民だと、繰り返し胸に刻む必要がある。

■信濃毎日新聞「砂川裁判と日米安保 9条を空文にさせまい【憲法の岐路】」/頬かむりする司法/「治外法権」の米軍/危うさ増す一体化
https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2024050300114

 戦後、日本が再軍備に舵を切った50年代初めから、有事に米軍が指揮を執る密約があったことが分かっている。今やそれが公然のこととなった。日米の軍事一体化は一段と危うさを増している。
 既に岸田政権は敵基地攻撃能力の保有に踏み切った。砂川判決が憲法の枠外とした安保体制は、専守防衛の歯止めさえ失って強大化し、9条を窒息させている。
 戦後日本が戦力を持たない代わりに防衛を米国に頼ったのは一つの選択だったとしても、もはやそれとは懸け離れた軍事同盟の現実が目の前にある。主権者として厳しい目を向け、明確に意思を示さなければならない。

■西日本新聞「安保政策の変容 憲法を政権制御の手綱に」/形骸化する民主主義/国民が声を上げよう
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1207212/

 見逃せないのは、憲法改正を目指す自民党が、憲法は国民をも縛ると考えていることだ。
 党のホームページにある「憲法改正ってなぁに?」の4こま漫画で「リーダーも国民もみんなが憲法に従う義務があるんだ」と説明している。到底容認できない。
 岸田首相は、自民党総裁任期の9月までに憲法を改正する目標を立てている。時間的な制約が強まっても、なお「一歩でも二歩でも前進すべく努力を続ける」と意欲を示す。
 大規模災害や武力攻撃を想定した緊急事態条項の新設、憲法に自衛隊を明記することなど、自民党の改憲案には賛否両論ある。慎重に議論する必要がある。
 私たちは改憲論議を否定はしない。ただ、今は現行憲法という手綱を国民が握り、先走る政権を制御すべき時だと考える。

 もう一つ、興味深く感じたのは産経新聞と中日新聞・東京新聞のそれぞれの社説です。ともに内閣について論じながら、その内容は対照的です。
 産経新聞の社説(「主張」)は、憲法改正について「国会の取り組みが遅々としているのは極めて残念だ」と書き起こし、現状を詳述して国会での議論が遅れていることを批判しています。その上で、「もはや国会議員だけに憲法改正を任せることは現実的ではない。内閣も憲法改正問題への取り組みを始めるときだ」として、以下のように書いています。

 憲法第72条に基づき、内閣には憲法改正原案を国会へ提出する権限がある。これが内閣の一貫した憲法解釈である。これに基づき、昭和31年から40年まで内閣には憲法調査会が設けられていた。
 世の中の出来事と諸法令の接点に位置し、現憲法の限界、問題点に直面してきたのは内閣だ。内閣は衆参両院の事務局よりもはるかに多くの実務者、法律の専門家を抱えてもいる。
 新たな国づくりにつながる憲法改正に内閣の能力を活用しない手はない。改憲に関する専門機関を設け、衆参の憲法審からの問いに答えるほか、場合によっては内閣も改正原案をつくればいい。憲法に改正条項がある以上、専門機関の設置は憲法擁護の義務に反しない。岸田首相には設置の決断を求める。

■産経新聞(「主張」)「憲法施行77年 国会は条文案の起草急げ 内閣に改憲専門機関が必要だ」/自衛隊明記は意義ある/議員だけに任せられぬ
 https://www.sankei.com/article/20240503-JJ4Y7OVXAZIB3B46FKMZA7SJ7A/

 場合によっては内閣が改正原案を作ればいい、との主張は、近年の憲法論議の中では新手と言っていいと思います。ことの是非はともかく、驚きがあります。
 中日新聞・東京新聞は、安倍晋三政権から菅政権、岸田政権へと、内閣が憲法の解釈も法律の解釈も、自由自在に変更してしまう手法が継承されていることを挙げ「国権の最高機関は国会なのに、さながら政府の追認機関になっています」と指摘して、以下のように説いています。

 内閣とは法律を誠実に執行する行政機関で、国会は唯一の立法機関です。法律はときに国民の権利を制約しうるので、国民の代表者である国会だけが立法できると憲法に定めています。
 ですから内閣が勝手に法の枠や解釈の枠を踏み外してはなりません。憲法は主権者たる国民の側に制定権力があり、政府は憲法に拘束される側ですから、身勝手な解釈変更など許されません。
 それが三権分立の本当の姿です。でも、この10年、単なる閣議決定で憲法や法律が読み替えられています。これは暴政です。

■中日新聞(東京新聞)「憲法記念日に考える 『洞窟の囚人』から脱して」/暴政を見ている10年間/「考える」は戦う精神だ/
https://www.chunichi.co.jp/article/893440

 産経新聞が説くような「内閣による改憲原案の策定」には言及がありませんが、中日新聞・東京新聞の論旨から言えば「暴政の極み」となるのではないかと感じます。

 以下に、そのほかの各紙の社説、論説の見出しを書きとめておきます。ネット上で確認できたものです。全文を無料で読めるものは、リンク先のURLも載せています。

【全国紙】
・朝日新聞「平和憲法と『戦争の影』 『国民を守る』を貫くためには」/全島避難は「不可能」/住民の理解が不可欠/有事起こさぬ努力を
 https://www.asahi.com/articles/DA3S15926228.html
・毎日新聞「二つの戦争と平和憲法 市民の力で破壊止める時」/許されない国家の横暴/まず人間の安全保障を
 https://mainichi.jp/articles/20240503/ddm/005/070/064000c
・読売新聞「憲法記念日 平和を守るため議論深めたい/具体的な条文案をまとめる時だ」/悪化した安全保障環境/9条改正から逃げるな/1票の格差どう考える
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20240502-OYT1T50218/
・日経新聞「憲法改正論議の停滞打破を」
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK306BS0Q4A430C2000000/

【地方紙】
・河北新報「憲法と企業・団体献金 温存狙いの曲解が目に余る」
・秋田魁新報「憲法施行77年 性急な議論は分断招く」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20240503AK0012/
・神奈川新聞「憲法改正論議 政治の信頼あってこそ」
・山梨日日新聞「“喜寿”の憲法 『緊急』名目に理念損なうな」
・新潟日報「憲法記念日 果たす役割は依然大きく」/絶えない世界の戦火/高まらぬ国民・北日本新聞「国の指示権拡充/地方自治後退させるな」
・北國新聞「【憲法記念日】改正の原案づくりを前に」
・京都新聞「憲法記念日に 後戻りさせず自治拡充こそ」/「地方創生」10年の果て/危うい自治法改正案/国民主権支える地域に
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1247656
・神戸新聞「災害と憲法/『個人の尊重』を復興の理念に」/険しい道を照らす/生活と幸せの回復
 https://www.kobe-np.co.jp/opinion/202405/0017609337.shtml
・山陽新聞「憲法記念日 地方目線でも議論が必要」
 https://www.sanyonews.jp/article/1548212?rct=shasetsu
・中国新聞「岸田政権と憲法 平和主義の原点、見つめ直せ」
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/460171
・愛媛新聞「憲法記念日 表現の自由狭められていないか」
・徳島新聞「憲法施行77年 平和国家の歩み止めるな」
・高知新聞「【憲法記念日】危ういなし崩しの変容」
 https://www.kochinews.co.jp/article/detail/741197
・大分合同新聞「憲法記念日 国民主権の原点に立ち返る」
・宮崎日日新聞「憲法記念日 理念再確認し針路の議論を」
・熊本日日新聞「憲法記念日 国民主権に立ち返る時だ」
・南日本新聞「[憲法記念日]立憲主義に立ち返る時」
・沖縄タイムス「憲法と家族 24条生かす取り組みを」
・琉球新報「憲法施行77年 総裁任期で改憲せかすな」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-3038643.html

 佐賀新聞の論説は、共同通信の論説委員の署名入りです。「国民主権」に重きを置いた内容です。
・佐賀新聞「憲法記念日 理念確認し針路の議論を」=共同通信
 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1236945

 特に大きく揺らいでいるのが平和主義だろう。2016年に施行された安全保障関連法で、それまで行使できないとされてきた集団的自衛権の行使が解禁された。
 岸田政権は22年12月に改定した「国家安全保障戦略」で、防衛費を国内総生産(GDP)比2%に倍増し、相手国の領域内を直接攻撃できる「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有を決定。また、武器輸出規制も緩和し、殺傷能力を持つ戦闘機の輸出にも道を開いた。
 そして、これらの変更は国民の代表である国会の審議を経ず、内閣による閣議決定で決められた。「国民主権」もないがしろにされたのだ。
 それでも戦闘地域への武器輸出が制限されるなど一定の歯止めが盛りこまれたのは憲法の平和主義があるからだ。基本理念を今後どう生かしていくのか。私たちは岐路に立つ日本の針路を考えるために憲法の基本理念を再確認し、真剣な議論を尽くしたい。

 以下の各紙の論説も同内容です。
・東奥日報「理念確認し岐路の議論を/憲法施行77年」
 https://www.toonippo.co.jp/articles/-/1771366
・山形新聞「憲法記念日 基本理念 今こそ再確認」
 https://www.yamagata-np.jp/shasetsu/index.php?par1=20240503.inc
・福井新聞「憲法記念日 理念再確認し議論深めよ」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/2030118
・山陰中央新報「憲法記念日 理念を再確認し議論を」
 https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/569126