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米兵の性犯罪を本土メディアが報じる意味~沖縄の基地被害を不可視化させない

 6月23日は沖縄の「慰霊の日」でした。79年前のこの日、第2次世界大戦末期の沖縄戦で、日本軍の守備隊司令官が自決し、組織的戦闘が終結したとされます。沖縄戦の住民の死者は約9万4千人、沖縄出身の軍人軍属2万8千人余りを含めて、県民の約4分の1が犠牲になりました。この沖縄戦での米軍による軍事占領によって戦後、沖縄は日本から切り離され、1972年の施政権返還後も今なお過重な基地負担が続いています。
 そのことしの慰霊の日の直後、沖縄では米軍人による住民の女性への性的暴行が相次いで明らかになりました。米空軍兵が少女に対する不同意性交罪などで3月に起訴されていたことが、地元民放の報道で6月25日に発覚。次いで28日には、米海兵隊の兵士が性的暴行をしようとして女性にけがをさせたとして5月に逮捕され、6月17日に不同意性交致傷罪で起訴されていたことが、地元紙の報道で発覚しました。
 2件とも沖縄県警、那覇地検、日本政府のいずれも公表していませんでした。特に問題なのは、起訴後も沖縄県に一切、連絡がなかったことです。沖縄県が知ったのは2件とも報道を通じてでした。
 沖縄県の玉城デニー知事は6月28日、記者団の取材に対し「女性の人権や尊厳をないがしろにするもので断じて許せるものではない。強い憤りを禁じ得ない」と述べるとともに、沖縄県に情報が共有されなかったことについて「情報を先に提出してもらっていればわれわれから米側に対してしっかり申し入れて、被害が発生しないようにという注意をできたと思う。非常に残念」と話しました。3月の米兵起訴の情報が共有されていれば、5月の事件発生は防げた可能性がある、ということです。
※琉球新報「【動画】玉城デニー沖縄県知事『断じて許せない』 米兵の性的暴行事件続発に強い怒り」
 https://ryukyushimpo.jp/news/entry-3240367.html

 琉球新報は29日付の社説で、情報が県に共有されなかったことの意味を以下のように書いています。

 あまりに情報統制が過ぎると言わざるを得ない。明らかになった2件の事件発生は県に報告されるべきだ。遅くとも起訴時点での情報提供があるべきだった。米軍に綱紀粛正を求め、警察による警戒を強めるなど再発防止の対策を取ることができたはずだ。
 県民は犯罪の頻発を知らずに日常を送ってきた。事件発生の一報は防犯意識を一定程度高めることにもなる。今回の連続発生は全く情報を出さず、対策が取られなかったことも影響してはいないか。
 日米合同委員会合意によって、日本人やその財産に実質的な損害を与える可能性のある事件などについては米側から日本側当局に通報する義務がある。地元社会に与える影響の大きさや再発防止に資する点を鑑みてのことだろう。
 県民に知らせる必要があるとの認識は各捜査機関にあったのか。広報の在り方について省庁間で責任を押しつけ合うような言動もみられる。どこを向いて仕事をしているのか。合同委員会合意に基づき、速やかに事件の事実関係が通報され、関係機関で共有することを強く求める。
 被害者保護のため公表できない内容もあろう。残念ながら、性犯罪が起こるたびに被害者を責めるような言説がうごめく。正確な情報によって誤情報を否定し、被害者を守ることが政府に求められているのではないか。

※琉球新報「<社説>米兵の性犯罪続発 政府は県民守る責務負え」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-3240358.html

 住民の女性に対する米軍の軍人軍属による性犯罪は今に始まったことではなく、偶発的な出来事でもありません。基地があるゆえに発生する構造的な犯罪であり、深刻な基地被害、人権侵害です。犯罪の性格上、被害者のプライバシー保護が必要なのは確かですが、その点に配慮をしつつ、情報を地域で共有することは可能なはずです。そうすることで、さらなる被害を未然に防ぐための手立てを取ることができます。

出典:沖縄県HP


 日本本土でも情報が共有されること、つまり本土メディアが米兵の事件を報じることには重要な意味があります。仮に、被害者のプライバシー保護を理由に報道が控えられた場合、沖縄の基地負担の過酷さ、過重さが不可視化されてしまいます。見えなくなってしまいます。沖縄に過重な基地負担を強いているのはだれかと言えば、直接は日本政府であるとしても、その日本政府は選挙制度を通じて、日本国の主権者の総意として合法的に成立しています。だから、日本本土に住む主権者は、沖縄に過重な基地負担を強いていることに対して当事者性を免れ得ません。沖縄で過重な基地負担の結果、何が起きているか、負担を強いている当事者として、沖縄の人たちの被害の実相から目をそらすべきではありません。
 日本政府が沖縄県に情報を伝えなかったのは、日本本土の住民の目から、沖縄の基地被害の実相を遠ざけておきたいとの思惑があったからではないのか―。うがった見方かもしれませんが、そんなことすら感じます。住宅地に囲まれ世界一危険な米軍基地と指摘される米軍普天間飛行場をめぐっても、日本政府は「辺野古移設が唯一の解決策」と言い張り、沖縄県と話し合おうともせず、県外移設の可能性を探ろうともしません。沖縄の基地負担を今のままにしておくためには、日本本土の世論が沖縄の基地被害の実相を知らないままの方が、日本政府には好都合のはずです。

 以上のようなことを考えながら、日本本土のメディアの報道として、東京発行の新聞各紙が2件の米兵の性犯罪をどのように報じたかをまとめました。6月26日付朝刊と29日付朝刊での関連記事の扱いと、主な見出しを書きとめておきます。

【朝日新聞】
▼6月26日付朝刊
1面準トップ「米兵、少女に性的暴行か/不同意成功罪 沖縄 3月に起訴」/「玉城知事『強い憤り』」
社会面トップ「沖縄 少女の被害いつまで/米兵の事件『基地あるがゆえ』」/「身柄引き渡し 米軍次第」
▼6月29日付朝刊
1面「米兵の性的暴行 5月にも/沖縄 起訴後も公表なし」(見出し3段)
社会面トップ「沖縄 また知らぬ間に/米兵暴行 知事『断じて許されぬ』/県民ら 日米政府へ募る不信」
※社会面「辺野古へ土砂搬出のダンプ衝突/警備員死亡 抗議の女性重傷」

【毎日新聞】
▼6月26日付朝刊
社会面「誘拐しわいせつ 沖縄米兵を起訴」(見出し1段)
▼6月29日付朝刊
社会面準トップ「別の米兵も女性暴行疑い/5月 沖縄県警 逮捕公表せず」/「被害者を保護」

【読売新聞】
▼6月26日付朝刊
社会面準トップ「米兵 不同意性交罪で起訴/沖縄 16歳未満少女を誘拐」/「過去に何度も国際問題発展」
▼6月29日付朝刊
社会面準トップ「沖縄米兵 また性犯罪/今月基礎 判明 知事『許せぬ』」
4面(政治面)「連絡遅れ 沖縄県反発/政府『プライバシー配慮』」

【日経新聞】
▼6月26日付朝刊
社会面「不同意性交罪で米兵起訴/那覇地検 16歳未満の少女誘拐」(見出し2段)
▼6月29日付朝刊
社会面「米兵性暴行 共有されず/5月逮捕公表せず 沖縄知事『強い不安』」(見出し3段)

【産経新聞】
▼6月26日付
社会面「16歳未満の少女を誘拐 米空軍兵長が性的暴行/那覇地検、在宅起訴」(見出し横1段)
▼6月29日付
社会面「別の米兵も性的暴行か/5月に逮捕 沖縄 県警公表せず」(見出し3段)
社説(「主張」)「在沖米兵の事件 外務省の未伝達許されぬ」
※社会面「辺野古工事 警備員はねられ死亡/抗議活動の女性も骨折」

【東京新聞】
▼6月26日付朝刊
第2社会面「少女わいせつ 沖縄米兵起訴/那覇地検 16歳未満を車で誘拐/政府3カ月 県に起訴伝えず」(見出し3段)/「地位協定見直しを」・「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」の高里鈴代共同代表
▼6月29日付朝刊
1面準トップ「別の米兵も性的暴行か/逮捕・起訴 沖縄県に連絡なし」
社会面トップ「『情報隠し』日米へ怒り/政府・県警公表せず 独自報道が端緒/『県議選への影響恐れた』」
※社会面「辺野古基地抗議 警備中の男性死亡/ダンプにひかれる」