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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

黒川元検事長の定年を延長させるために法解釈を変更~大阪地裁判決の意義と法務検察の忖度

 その名前を久しぶりに目にしました。黒川弘務・元東京高検検事長です。2020年1月、63歳の定年を目前に、当時の安倍晋三政権が閣議決定で定年延長を決めました。国家公務員法の定年延長規定を「検察官も国家公務員だから」との理由で適用しました。この規定について従来の政府見解は、定年が検察庁法で規定されている検察官には適用されないとしていました。それを安倍政権は「解釈変更」で押し切りました。その後、後付けのように検察庁法の改正案が出てきましたが廃案となりました。この定年延長に対しては、安倍政権に近い黒川氏を検事総長に据えるため、との指摘がありました。黒川氏は新聞記者らとの賭けマージャンが発覚して辞職し、検事総長就任はなりませんでした。
 その黒川氏の名前が久しぶりに取り沙汰されることになったのは、大阪地裁が6月27日に示した判断です。2020年の閣議決定を巡り、法務省が作成した文書の開示の是非が争われた訴訟の判決で、国の不開示決定を取り消しました。判決理由で大阪地裁は、定年延長に対する法解釈の変更は黒川氏のためだったと考えざるを得ないと指摘しています。国は「特定の検察官を目的にしたものではない」と主張していましたが、不自然です。大阪地裁が示した判断は、一般的な常識にかなっていて、極めてまともです。
 訴訟の原告の神戸学院大教授の上脇博之さんは判決後の記者会見で、「政府が特定の人物のために法解釈を変えるという、恣意的で許されないことをやったのだと認めた画期的な判決だ」(朝日新聞)と、判決の意義を語ったと報じられています。
 以下はわたしの私見になりますが、この解釈変更は法務省による安倍政権への忖度そのものです。そのことは、検察庁が手掛ける刑事司法の公正さに疑念を抱かせます。組織上は法務省と検察庁は別ですが、部内では「法務検察」と呼ばれるように、実態は一体だからです。例えば法務検察の人事上の序列は検事総長、東京高検検事長、次長検事(最高検のNo.2)ときて、法務省の法務次官はその次です。
 黒川元検事長の定年を直前になってバタバタと延長するお膳立てを整えていたというほど、法務省が安倍政権に忖度していたのであれば、検察庁もその忖度から完全には逃れられないのではないか―。当然の疑問です。
 安倍政権、あるいは安倍晋三元首相を巡っては、森友学園への国有地の払い下げや、「桜を見る会」の経費補てんなどで、刑事告発が検察庁にありました。それらの検察の捜査では消極姿勢が目につきました。背景に安倍政権と安倍元首相に対する忖度があったのではないか、との疑念があらためて浮かびます。最近でも、自民党派閥のパーティー券裏金事件で、検察が捜査を尽くしたと言えるのか疑問であることは、このブログでも書いてきた通りです。
 政府の省庁には「省益」という言葉があります。政府機構の一員とは言いながらも、自己の権益の拡大を図ろうとするのは組織の本能のようなものです。「法務検察」もその例外ではありません。今回の大阪地裁判決のニュースに、そんなことを考えています。

 この大阪地裁判決を、東京発行の新聞各紙も大きく扱いましたが、「おや」と思ったのは読売新聞です。朝日新聞、毎日新聞、日経新聞、産経新聞、東京新聞の5紙は6月28日付の朝刊に掲載しましたが、読売新聞は半日遅れて28日夕刊でした。大阪本社の発行紙面では28日付朝刊だったようです。東京で何か朝刊に掲載できない事情があったのでしょうか。
 以下は各紙の6月23日付朝刊の本記の扱いと見出しです。
▽朝日新聞
1面トップ「定年延長『黒川氏のため』/安倍政権の検事長人事/大阪地裁判決/国の不開示決定 取り消し」
▽毎日新聞
1面トップ「定年延長『黒川氏が目的』/法務省文書 国の不開示認めず/大阪地裁判決」
▽日経新聞
第2社会面「定年延長、文書開示認める/黒川元検事長巡り大阪地裁」見出し4段
▽産経新聞
社会面「『定年延長へ法解釈変更』/元検事長巡る文書開示命じる/大阪地裁判決」見出し3段
▽東京新聞
社会面トップ「『元検事長の定年延長が目的』/法解釈変更 文書開示命じる」
▽読売新聞
夕刊2社面「定年延長『元検事長のため』/文書不開示取り消し/大阪地裁判決」見出し3段

【写真】東京・霞が関の法務省庁舎。ツインビルの奥は最高検や東京高検、東京地検が入る検察庁舎