「琵琶湖」「えぼし岩」と沖縄の基地集中~京都新聞と琉球新報のコラムから

 先日の記事の続きです。沖縄の基地集中の問題に関連して、地方紙の1面コラム2本を紹介します。
 一つは京都新聞の8月14日付「凡語」です。
 https://www.kyoto-np.co.jp/info/bongo/20180814_2.html
 まず、米軍統治下の那覇市長や立法院議員、返還後も衆院議員を務めた「カメジロー」こと瀬長亀次郎氏(1907~2001年)を紹介しています。 

▼瀬長氏は米軍による土地の強制接収などを批判し、日本復帰を熱心に説いた。度々弾圧され、市長職も追われた。だが『カメジロー』はものともしない。演説会にはいつも多くの人が集まった 

 次いで、沖縄では8月8日に死去した知事の翁長雄志氏に瀬長氏を重ねる人が少なくないことを指摘しながら、翁長氏が日本本土の講演で発した言葉を紹介して次のように結んでいます。 

▼15年の外国特派員協会での講演では一層踏み込んだ。「安保のためなら琵琶湖を埋めるのですか」。本土では、こうまで言わないとだめなのか。そんな思いが伝わる。私たちは、いよいよ正面を向いて議論する時ではないか。 

 辺野古の海が埋め立てられようとしています。沖縄県は翁長氏が生前示した方針を守って、埋め立て許可を撤回する構えです。翁長氏の前任の知事が許可を出したものの、翁長氏は辺野古への新基地建設反対を公約に掲げて前任者を選挙で破り知事に就任しました。翁長氏が沖縄の民意を代弁しているのは明らかですが、その翁長氏の反対を意に介することなく、安倍晋三政権は新基地建設を強行しました。同じようなことが沖縄県外、日本本土で起きているのか、どうすれば本土の日本国民たちは事の重大性に気付くのか―。その思いが「安保のためなら琵琶湖を埋めるのですか」という言葉になって口をついて出たのでしょう。

 もう一つのコラムは琉球新報の8月16日付「金口木舌」です。
 https://ryukyushimpo.jp/column/entry-783065.html
 サザンオールスターズとゆかりが深い神奈川県・湘南地域の茅ヶ崎市のシンボル「えぼし岩」の話題です。 

▼「チャコの海岸物語」に限らず湘南を歌った歌には茅ケ崎のシンボル「えぼし岩」がよく登場する。平安時代以来の男性用のかぶり物「烏帽子(えぼし)」の形状からとった通称だが、実は昔は岩の先端部分がもっと長く伸びていた
▼そのとがった先端部分を吹っ飛ばしたのは米軍だ。日本海軍の演習場だったこの海岸は敗戦後、米軍が接収し「チガサキビーチ」と呼んだ。えぼし岩を標的にした射撃訓練のほか、年6回以上の上陸演習や砲撃演習が実施された 

 パラシュート降下、航空機爆撃なども行われました。その後地元の反対を受け米軍は去りました。 

 ▼湘南サウンドを聞くときに思い起こしたい。沖縄では、民意に「背を向けて」「勝手に」訓練を続ける米軍が、かつてチガサキビーチで繰り広げたような傍若無人な演習を今も続けている。 

 米軍のこの訓練の話は茅ヶ崎市のサイトでも紹介されています。

 ※茅ヶ崎市「えぼし岩あれこれ」
 http://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/kankou_list/koen/1006948.html 

 昔のえぼし岩は現在のものより先端部分がより烏帽子らしく西へ長く尾を引いていましたが、戦後、米軍の射撃訓練の標的にされ、その先端部分は消失し、わが町のシンボルを守るための市民運動が起き、訓練は中止されました。 

  湘南には大勢の人たちが訪れますが、えぼし岩にかつて起きたことはどこまで知られているでしょうか。沖縄で今、起きていることは、例えて言えば琵琶湖を埋めようとするに等しいことであり、あるいはかつて、湘南の海岸で行われていたことです。基地や米軍を巡るそうしたことが広く知られれば、日本本土に住む日本人も沖縄の基地集中の問題に無関心ではいられなくなるのではないか。そう期待したいと、2本のコラムを読んで思います。