「薩長で新しい時代を」と口にする安倍首相の歴史観~「明治維新150年」は「戊辰150年」でもある 【追記】福島民友新聞の社説「新時代は総力でつくらねば」

 安倍晋三首相が8月26日、視察先の鹿児島県垂水市で記者団に対し、9月の自民党総裁選に3選を目指して出馬することを表明しました。東京での記者会見ではなく視察先で、しかも桜島をバックに視覚的な演出もうかがわれるやり方での出馬表明は異例のこととして、マスメディアの報道でもさまざまに解説されています。
 わたしが気になったのは、鹿児島の地で山口県出身の安倍首相が「薩長」という言葉を使ったことです。江戸時代の末期、鹿児島の薩摩藩と山口の長州藩は政治的、軍事的同盟を結びます。大政奉還で徳川幕府体制が終焉した後は、明治の新政府では重要な役職に両藩出身者が多く就き、「藩閥政治」とも呼ばれました。報道によると、安倍首相は出馬表明の前に行った講演で、薩摩の西郷隆盛を主人公にしたNHKの大河ドラマにも触れながら、自らをかつての「長州」になぞらえてか「ちょうど今晩のNHK大河ドラマ『西郷どん』(のテーマ)は『薩長同盟』だ。しっかり薩長で力を合わせ、新たな時代を切り開いていきたい」(産経新聞)と述べたとのことです。
 自民党の総裁選は党所属の国会議員の票と地方組織の票の合計で争われ、安倍首相との一騎打ちになりそうな石破茂氏は地方組織票に強いとの評があります。安倍首相の東京を離れての出馬表明は、地方組織票を狙い、地方重視をアピールするためとの見方が報道では有力です。その通りだとすれば、かつての薩摩と長州の同盟になぞらえて「薩長で力を合わせ、新たな時代を切り開いていきたい」と述べたのは、鹿児島の自民党組織を意識したリップサービスなのでしょう。しかしわたしは、仮にも現職の首相である政治家が「薩長」をそのような文脈で口にすることに、どうにも政治家としての資質の底の浅さを感じずにはいられません。
 ことしは1868年の明治維新から150年です。明治維新を近代国家日本の歩みの始まりとして肯定的にとらえる見方もあるでしょう。ただ、全ての人がそうした見方で一致するとは限りません。明治維新は戊辰戦争という内戦と表裏一体でした。東北や越後では諸藩が薩長両藩や土佐藩、肥前藩などからなる新政府軍に対抗して奥羽越列藩同盟を結び、各地で激しい戦火を交えました。新政府軍は官軍、それに歯向かうのは賊軍です。激しい戦闘があった場所の一つ、福島県の会津若松市ではことし、「戊辰150年」として記念事業を行っています。そういう地域もあるのに「薩長で新たな時代を切り開く」という物言いは、日本全体に責任を負う首相の発言としては少なからず違和感を覚えます。もちろん、歴史をどう受け止めるかは個々人の自由です。しかし、日本国の全体に責任を負う国会議員、ましてや首相ともなれば、おのずとわきまえるべき一線があるはずです。
 先に「資質の底の浅さ」と書きましたが、言葉の選び方一つにも隅々に気を使うような細やかさを欠いている、と言ってもいいと思います。政治家の資質には歴史観や大局観が問われ ます。今日「薩長で新たな時代を」と口にするような歴史観で、例えば沖縄の基地集中の問題をどのように考えているのか。薩長主導の明治政府による「琉球処分」に始まる沖縄の現代史をどのように理解しているのか。沖縄県知事として沖縄の民意を背負って故翁長雄志氏が発した「魂の飢餓感」という言葉を、どういう風に解釈しているのか-。そうしたことも聞いてみたい気がします。
 政治家がどんな言葉を使って何を語るかは、社会で共有すべき情報です。選挙に際して、有権者が一票を行使する際の重要な判断材料になるからです。
 東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)の中で、安倍首相の「薩長」発言を27日付朝刊で紹介したのは朝日、毎日、読売、産経の4紙でした。いずれも出馬表明の背景などを深掘りした、総合面の読み物記事の中です。各紙の関係部分を引用して書きとめておきます。

▼朝日新聞2面「遅れた表明 論戦避ける狙い?/桜島背景に 地方・若者を意識」 

 26日午後、快晴の鹿児島県垂水市。錦江湾越しに見える雄大な桜島を背景に、首相は総裁選への立候補を正式に表明した。「あと3年、自民党総裁として、首相として日本のかじ取りを担う決意だ。来月の総裁選挙に出馬します」
 総裁選への立候補表明を、地方視察にあわせるのは異例だ。カメラ目線で語る出馬表明をNHKが生中継した。山口が地盤の首相は放映中の大河ドラマ「西郷どん」を意識。直前には鹿児島選出議員が開いた会合の演説で「今晩は西郷どん。薩長で力を合わせて、新たな時代を切り開いていきたい」と語った。若者向けにPRできる「インスタ映え」の意識もにじむ。

▼毎日新聞3面「首相 政策論争避け/石破氏 党員票に逆転託す/安倍氏 支持率受け手堅く」

 首相は26日、宮崎県から鹿児島県に移動し、垂水市の海潟漁港で「気力、体力、十二分であるとの確信に至った」と総裁選への立候補を表明した。この日を選んだのは2012年12月26日の第2次安倍内閣発足から5年8カ月の節目の意味があり、桜島を背景に地方重視の姿勢も演出。直前の鹿屋市での講演では「今晩はNHKの『西郷どん』。(首相の出身地の山口県と)薩長で力を合わせて新たな時代を切り開いていきたい」とサービスした。

▼読売新聞3面・スキャナー「首相、地方重視の姿勢/桜島背に表明 党員票固め」 

 ■薩長同盟
 「平成の時代に向けて、新たな国造りを進めていく先頭に立つ決意だ」
 26日午後、首相は鹿児島のシンボル・桜島を背景に自民党総裁の連続3選に挑む意欲をこう語った。
 2012年総裁選は党本部、15年は東京都内で立候補を表明した。地方での表明は異例だ。あえて地方の場を選んだのは、今回から国会議員票と同数になり、比重が大きくなった党員票を意識してのことだ。
 鹿児島の特産品「大島つむぎ」のネクタイを着用した首相は、「美しい伝統ある古里を(次世代に)引き渡す」と地方重視の姿勢を強調し、地方活性化を掲げる石破茂・元幹事長への対抗心をあらわにした。
 演出にもこだわった。鹿児島の旧薩摩藩と、首相の地元・山口の旧長州藩との「薩長同盟」が明治維新の原動力となったことと、自身の改革姿勢を重ねる狙いがあった。首相は出馬表明に先立つこの日の講演で、「薩長で力を合わせて新たな時代を切りひらきたい」と力を込めた。

▼産経新聞5面「『薩長同盟』を演出/石原派取りまとめ 森山氏に返礼」
http://www.sankei.com/politics/news/180826/plt1808260018-n1.html 

 9月の自民党総裁選で連続3選を目指す安倍晋三首相(党総裁)が、正式な出馬表明の舞台に選んだのは、森山裕国対委員長の地元の鹿児島県だった。森山氏は先の通常国会対応で尽力し、「反安倍」に傾きそうだった石原派(近未来政治研究会、12人)を首相支持でまとめた。山口県選出の首相は森山氏への返礼の意味も込めて「平成の薩長同盟」を演出したともいえる。(今仲信博)
 「ちょうど今晩のNHK大河ドラマ『西郷どん』(のテーマ)は『薩長同盟』だ。しっかり薩長で力を合わせ、新たな時代を切り開いていきたい」
 首相は26日、鹿児島県鹿屋市で開かれた森山氏の後援会合に出席し、新時代の「薩長」の絆を大切にする考えを強調した。
 首相は、7月に鹿児島入りする予定だったが、西日本豪雨の対応で延期していた。今回は訪問の約束を守るだけでなく、鹿児島のシンボル・桜島の雄大な景色をバックに出馬表明まで行った。
 (中略)
 もっとも、森山氏の厚遇は、党内でくすぶる「反安倍」勢力への見えざるメッセージという面もある。
 首相は25日に宮崎県に入り、地元首長や県議らと会食した。宮崎は石破茂元幹事長が率いる石破派(水月会、20人)の古川禎久事務総長の地元でもあり、宮崎入りは党員票を意識した石破陣営への牽制(けんせい)でもある。
 首相が言う「平成の薩長同盟」には、硬軟織り交ぜて「反安倍」の芽をつぶす狙いも込められている。 

 時事通信は出稿記事の中で「会津藩」にも触れました。見識だと思います。

※時事ドットコム「『薩摩・長州で新時代』=安倍首相」2018年8月26日
 https://www.jiji.com/jc/article?k=2018082600374&g=pol

 安倍晋三首相は、自民党総裁選への出馬を表明する舞台に鹿児島県を選んだ。首相の地元の山口との「薩長同盟」が明治維新の契機となったことにちなんだとみられる。出馬表明に先立つ26日午後、鹿児島県鹿屋市の会合で講演した首相は「しっかり薩摩藩、長州藩で力を合わせて新たな時代を切り開いていきたい」と力を込めた。
 ただ、薩長が中心の新政府軍が戊辰戦争で会津藩などを攻め立てた歴史があり、旧幕府軍側だった地域で反発が出る可能性もある。

 時事通信は立憲民主党の枝野幸男代表の反応も出稿しています。

※時事ドットコム「枝野立憲代表、安倍首相の薩長発言批判=『国民分断は間違い』」2018年8月27日
 https://www.jiji.com/jc/article?k=2018082700854&g=pol

 枝野氏は「わが党には鹿児島選出もいる一方で、(薩長と対抗した)福島の人間も、奥羽越列藩同盟の地域だった人間もいる。わが国を分断するような、国全体のリーダーとしては間違った言い方だ」と断じた。

 

【追記】2018年8月29日6時50分
 福島県の地方紙、福島民友新聞が28日付の社説で安倍首相の「薩長」発言を取り上げています。

※福島民友新聞「【8月28日付社説】首相『薩長発言』/新時代は総力でつくらねば」
 http://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20180828-301599.php 

 首相は山口県が地元。幕末の薩長同盟を念頭に、講演を盛り上げるために言及したとみられる。また、薩長同盟が明治維新の道を開いたことと、自らの改革姿勢を重ねたのではとの見方もある。
 150年の節目に「新たな国造り」を強調しようという考えは分からないわけではない。しかし、戊辰戦争で薩長を中心とする新政府軍が会津藩など旧幕府軍を打ち負かした歴史に思いをはせれば、節目の年だからこそ発言に配慮があってしかるべきだっただろう。
 首相は1月の施政方針演説で、会津出身で明治時代の教育者・山川健次郎の「国の力は、人に在り」を引用して、「あらゆる日本人にチャンスを作ることで、少子高齢化も克服できる」と述べた。
 しかし、首相が掲げる地方創生は人口減少の抑制がかなわず、東京一極集中は一段と進んでいる。圧勝ともいわれる総裁選であればこそなおそれぞれの地方の良さを引き出し、国を挙げて国造りに取り組むことができる戦略や政策を示し、石破氏と「骨太の議論」を戦わせてほしい。

 

【追記】2018年8月29日21時30分
 立憲民主党の枝野幸男代表は、自身のツイッターでも考えをまとめて述べています。

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