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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

没になった原稿の公表と著作者人格権~新聞記者の働き方と著作権 その2


 前回の記事に続いて、新聞記者、企業内記者と著作権についてです。
 朝日新聞社が厳重抗議を表明している元社員が出版した書籍を取り急ぎ、読んでみました。「悪党 潜入300日 ドバイ・ガーシー一味」(講談社+α新書、伊藤喜之氏著)です。この中に、著者が在職中、朝日新聞への掲載を目指していたというインタビュー記事が掲載収録されており、東京本社とやり取りした末に掲載されなかったことが明かされています。また「朝日新聞の事なかれ主義」の章では、掲載されなかった理由について、著者の推測も記されています。

 インタビュー記事は、読みやすいよう行数を減らしていると説明されていますが、朝日新聞社に在職していた当時に、筆者が本社に提出した(提稿した)記事であることは確かなようです。朝日新聞社は広報文の中で以下のように、職務著作物については「新聞などに掲載されたか未掲載かを問わず」無断利用は認めていないと説明しています。このインタビュー記事が、紛争の対象の一つのようです。

 退職者が在職時に職務として執筆した記事などの著作物は、就業規則により、新聞などに掲載されたか未掲載かを問わず、本社に著作権が帰属する職務著作物となり、無断利用は認めていません。

 これに対して、著者の元社員が、このインタビュー記事が職務著作物であり、朝日新聞社が無断利用を許さないとしていることを認識していたかどうか、本書の記述からは分かりません。仮に、そのことを認識していても、事情によっては朝日新聞社の主張を超えて、今回の出版が社会的には有益であると、例えば司法の場で判断される可能性も想定されるべきだろうと思います。著者は自身のツイッターの投稿で、没になった原稿を利用したことには正当な理由があり、出版元が朝日新聞社に回答するとしています。
 朝日新聞社と元社員との間で、出版を巡ってどんなやり取りがあったのかが具体的に分からないので、どちらに理があり、あるいは非があるといったことに言及するのは控えます。

 さて、前述の通り朝日新聞社は職務著作物について「新聞などに掲載されたか未掲載かを問わず(中略)無断利用は認めていません」と主張しています。一般的な範囲の中での理解として言えば、著作権の中の「公表権」のことを指しているのだと思います。著作物をいつ、どのように公表するかを決めることができるのは著作者だけだということです。この公表権は、著作権の中でも、特に著作者人格権と呼ばれます。
 出版権などの著作権は財産権であり、相続や第三者への譲渡が可能です。これに対し、著作者人格権は譲渡も相続もできません。財産権としての著作権が譲渡された後も、著作者は著作者人格権を主張できます。公表権のほかに、著作物に著作者の氏名を表示するかどうかを決める氏名表示権、著作物の改変を許さない同一性保持権などがあります。著作物の創作者である著作者が精神的に傷つけられないよう保護する権利の総称とされており、意に反した使用をされないようにする権利もあります。
 仮に、掲載が見送られた記事や写真が職務著作物であるとなれば、没原稿であっても執筆記者が自由に公表していい、とはなりません。記者やカメラマンは取材現場ではたくさん写真を撮ることがありますが、実際に報道で利用するのはその一部です。使わなかった写真も同じで、記者やカメラマンが自由に公表できるわけではありません。ただし、そうした記事や写真が職務著作物に当たるかどうかは、個別の事情をよく見て判断する必要がありそうです。