ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

ガーシー元議員を巡る情報の公益性とボツ原稿の扱い~新聞記者の働き方と著作権 その3

 動画投稿サイトで芸能人らを脅迫したとして、警視庁が、暴力行為法違反(常習的脅迫)などの疑いで逮捕状を取り、国際手配していたガーシー(本名・東谷義和)元参院議員が6月4日、成田空港着の航空機で帰国し、警視庁に逮捕状を執行されました。
 アラブ首長国連邦(UAE)滞在中の昨年7月、参院選比例代表で旧NHK党から初当選。帰国せず、一度も登院しないまま、今年3月に参院本会議で除名処分になって議員資格を失いました。その直後から、警視庁の捜査が本格的に動き出した様子が報じられていました。
 ガーシー元議員を巡る一連の事象は、極めて今日的です。内容の当否はともかくとして、インターネットの動画を通じた表現活動で得た知名度と影響力で、海外にいながら国会議員に当選しました。参議院の除名に対しても、議員の登院がどこまで必要なのか、との論点が今後、浮上してくる可能性は否定できないように感じます。新型コロナウイルス禍でリモートのコミュニケーションが社会に普及しており、変化は政治家の活動にも及ぶことが予想され得ます。除名に際して、ガーシー元議員に一票を投じた有権者の意思はどこまで尊重、考慮されたのか、との問題も派生するようにも思えます。
 インターネット上の過激な言動が脅迫や名誉棄損に当たるとの容疑で逮捕された、というところだけを見ていると、トリックスターとして興味本位の一過性の関心しか持たれないかもしれません。わたしは、前述のように今日の社会のありようを考える上で、いくつもの示唆に富んだ事象ではないかと感じています。

 そうした問題意識をもってこの事象を見ていく上で、参考になるリポートがあります。「悪党 潜入300日 ドバイ・ガーシー一味」(講談社+α新書、伊藤喜之氏著)です。著者の伊藤喜之氏は元朝日新聞のドバイ特派員だった方です。ガーシー元議員とは何者かを考えるうえで役に立ちます。

 この本は、その内容とは別の理由でも、わたしの関心をひきました。出版に対して、朝日新聞社が厳重抗議を表明したからです。

【写真:手元の「悪党 潜入300日 ドバイ・ガーシー一味」と、ガーシー元議員の逮捕を報じる6月5日付の朝日新聞朝刊。本記は1面の掲載でした】

 以下は、ことし3月28日に朝日新聞社が自社サイトにアップロードした「お知らせ」です。

「取材情報などの無断利用に抗議しました」
https://www.asahi.com/corporate/info/14871159

 退職者が在職時に職務として執筆した記事などの著作物は、就業規則により、新聞などに掲載されたか未掲載かを問わず、本社に著作権が帰属する職務著作物となり、無断利用は認めていません。
 また、本件書籍の記述には、伊藤氏が在職中に取材した情報が多数含まれます。これらの情報は、本社との雇用契約における守秘義務の対象です。就業規則により、本社従業員は業務上知り得た秘密を、在職中はもとより、退職後といえども正当な理由なく他に漏らしてはならないと定められています。

 わたしは勤務先で著作権管理の業務に携わったことがあります。その経験も踏まえて、この厳重抗議を巡ってこのブログで2回、主に著作権の考え方について書きました。あくまでも一般論としてですが、新聞社や通信社の社員である記者が、業務として取材し執筆した記事、撮影した写真などの著作権は、会社と記者の間で特段の定めがない限りは、会社に帰属するということです。「職務著作」とか「法人著作」と呼ばれる類型で、著作権法15条に規定されています。また、著作権のうち著作者人格権には、著作物を公表する権利が含まれています。仮に、記者が書いた記事が職務著作に当たるとすれば、その記事をいつ、どういう風に公表するかは、著作権を持つ新聞社だけが決めることができる、ということです。以上は、あくまでも一般論です。

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

news-worker.hatenablog.com

 以前の2本の記事で書いたことも、あくまでも一般論です。
 その後、著者の伊藤氏が、朝日新聞社に在職していた当時に、ガーシー元議員を取材して書いたインタビュー記事を巡って、社内でどんなやり取りがあったかを、雑誌の取材に対して明かしています。

※Smart FLASH「ガーシー取材記を出版した元朝日新聞記者が吐露する古巣への“憂い”『メディアは“いかがわしいもの”と対峙すべきだ』」=2023年4月17日
 https://smart-flash.jp/sociopolitics/231480/1/1/

smart-flash.jp

2022年4月からガーシー容疑者に密着取材を始め、同年5月中旬にインタビュー原稿を書き終え、上司であるデスクに提出したが、最終的に返ってきた答えは「東谷氏の一方的な言い分はのせられない」というものだった。
(中略)
 「デスクの説明に納得できないので、新聞での掲載が厳しいなら、朝日新聞出版の週刊誌系のオンラインサイトでの掲載はどうかとも提案しましたが、やはり『掲載不可』という答えでした」

 伊藤氏は自身のツイッターアカウントでも以下のように投稿しています。

 伊藤氏が、本紙以外の媒体への掲載まで提案したのに対し、朝日新聞社本社の結論は「掲載不可」だったということです。この経緯について、朝日新聞社側の主張が分からないことに留意が必要だと思いますが、仮にその通りだとすると、著作権管理の観点から、伊藤氏が著書の刊行に踏み切ったことにも正当性を認める考え方が、考え方それ自体としては成り立つように思います(その考え方の当否はまた別の問題になります)。
 著作権は財産権です。新聞社は収益を目的とする株式会社です。営利企業の財産権ですから、収益につながらなければ本質的な意味が薄れます。新聞に掲載した記事は、その後もデータベースなどで活用することで収益を生みます。ボツ原稿でも状況の変化に応じて掲載されることもあるかもしれません。紙面に掲載しなかった写真のコマも、写真データベースで販売することで、やはり収益を生みます。だから、新聞では未発表の記事や写真でも収益につながります。財産権として意味があります。未発表でもあっても記事や写真の著作権は新聞社に帰属する、とすることの合理性にもなります。
 しかし、伊藤氏が明らかにした朝日新聞社内でのやり取りを元にすれば、伊藤氏が書いたインタビュー記事はいかなる形でも公表は予定されていなかった可能性があります。もし、公表しないことが決まっていたとすれば、この記事による収益は予定されていなかったということになります。最初から収益を当てにしていないのですから、記事の執筆者が無断で自分の著書に収録して収益を得たとしても、新聞社の財産上の利益が不当に侵害されたとは言えないのではないか、との考え方が成り立つように思います。
 伊藤氏が明かしている経緯に対して、朝日新聞社がどんな主張をするのか分からないのですが、仮に経緯がその通りだとすると、記事の著作権が朝日新聞社に帰属するとしても、形式的なものにとどまる、と解釈できる余地があるように思います。その一方で、当該の記事が、社会で共有する価値がある情報を含んでいるのであれば、出版によって社会が得るメリット、社会の利益、すなわち出版の公益性と、新聞社が被る不利益とを比較考量して、どちらの主張に理があるかを判断するのが妥当ではないかと感じます。
 なお、以上の考察は、伊藤氏が当該記事の筆者であるから言えることです。非公表の記事を第三者が無断で著書に収録して公表した場合は、また別の話になります。

 朝日新聞社は著作権のほかにもう一つ、「雇用契約における守秘義務」に違反すると主張しています。著作権は形になったもの、つまり記事や写真が対象で、記者の頭の中にある情報には及びません。そこで、この主張を持ち出しているのだと思います。
 新聞社の記者として知り得たことは、勝手に公表してはいけない、との守秘義務は、一般論としてはその通りの部分もあると思います。しかし、事情の一切を問わず、新聞社の社員なのだから新聞社の意向に従え、となれば行き過ぎです。個人の内面をすべて企業が支配できるわけもありません。やはり、個々の事情を踏まえて判断していくべきだと思います。朝日新聞社の見解を知りたいところです。