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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

オウム真理教の13人執行を機に死刑制度を考える~新聞各紙の社説の記録

 地下鉄サリン事件など一連のオウム真理教の事件で、松本智津夫(教祖名・麻原彰晃)ら7人の死刑が7月6日に執行されたのに続き、7月26日に6人の死刑が執行されました。オウム真理教事件の確定死刑囚13人全員の処刑が、わずか1カ月足らずのうちに行われたことになります。社会的にも大きな関心を集める重大な国家権力の行使にもかかわらず、なぜこの時期か、なぜ13人全員なのか、先に確定した別の事件の死刑囚もいるのになぜ13人なのか、などの疑問に、日本政府はまともに答えようとしていません。
 7人と6人という同時執行の人数、あるいは合計の13人という人数は、戦前の大逆事件や二・二六事件、敗戦後の東京裁判を経てのA級戦犯の処刑にさかのぼらなければ例を見ない大量処刑です。オウム真理教の一連の事件とともに歴史的な出来事と位置付けていいでしょう。死刑が国家の名と権限において行われることを考えると、民主主義を掲げる社会でありながら、その執行を巡る国家権力の判断が明らかにされない、ひとたび死刑が確定すると後はブラックボックス、闇の中ということに批判が起きるのも当然だと思います。
 その後の新聞各紙の社説では、事件を風化させず教訓を社会で受け継いでいくことの重要性を強調する論調の一方で、死刑制度のあり方や是非論に踏み込んだ論調も目に付きます。欧州連合(EU)に加盟するには、死刑廃止国であるのが条件になっていることや、OECD加盟国でも、死刑制度があるのは日本と韓国・米国だけであることなど、国際的な比較の観点を示した社説も少なくありません。そうした社説を読みながら、死刑制度の是非について社会的な議論を深めるには、やはりまず情報公開が必要であると感じます。

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※写真は東京発行の新聞各紙の7月27日付朝刊


 以下は、目に止まった新聞各紙の社説です。うち死刑制度の是非について踏み込んでいる社説は、関係部分を引用しています。

【7月27日付】
・毎日新聞「死刑執行されたオウム事件 政府の手で報告書作成を」
・産経新聞「オウム死刑執行 反省は生かされているか」
http://www.sankei.com/column/news/180727/clm1807270001-n1.html 

 上川陽子法相は「法治国家であり、確定した判決の執行は、厳正に行われなくてはならない」と強調した。今年1月、元信者の高橋克也受刑者の無期懲役が最高裁で確定し一連のオウム裁判は終結した。刑の執行を妨げるものは事実上、なくなっていた。
 刑事訴訟法の定めにより、法相の命令によって執行を粛々と進めるのは、当然の責務である。 

・東奥日報「検証と教訓の継承が必要/オウム6人死刑執行」
・秋田魁新報「オウム全死刑執行 テロ犯罪を防ぐ教訓に」
 https://www.sakigake.jp/news/article/20180727AK0008/ 

 今回の死刑執行に伴い、死刑制度の在り方も改めて問われている。国内世論が死刑容認に傾いたのはオウム事件の存在が大きかった。一方で15年に政府の世論調査で「終身刑を導入した場合の死刑制度の是非」について初めて質問したところ、死刑容認派は80%から51%に減少した。死刑制度の存廃について議論する好機と捉えたい。 

・山形新聞「オウム全死刑囚の刑執行 事件の教訓胸に刻もう」
・山梨日日新聞「[オウム全13人死刑執行]続く被害 検証と継承怠るな」
・信濃毎日新聞「オウム死刑執行 政府に説明を求める」
 https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20180727/KT180726ETI090007000.php 

 かたくなな秘密主義は、手続きの公正さに疑義を抱かせる。かつて執行の事実さえ伏せていた時期を経て、事後に名前を公表するようにはなったが、執行に至る経緯は依然、覆い隠されている。
 地下鉄サリン事件をはじめオウムによる一連の事件は多くの死傷者を出した。死刑が定められた現行法の下では、免れる理由を見いだせない重大な犯罪である。
 ただ、死刑は国家が人の命を奪う究極の刑罰だ。今回の大量執行には国際社会からも厳しい目が向けられている。そのことも踏まえ、死刑制度について、あらためて議論を深める契機にしたい。
 国連は1989年に死刑廃止条約を採択した。事実上の廃止を含め140以上の国が死刑をなくしている。先進国で残しているのは日本と米国の一部の州だけだ。
 日本でも、政府が存続の理由としてきた「国民の大多数の支持」に変化の兆しがある。内閣府の世論調査では、終身刑が導入されれば廃止して構わないと答えた人が4割近くに上った。
 裁判員に選ばれれば、誰もが死刑に向き合う可能性がある。制度のあり方や存廃について、広く社会で議論することが欠かせない。情報公開はその土台である。オウム事件の死刑執行について、政府は口を閉ざしてはならない。 

・中日新聞・東京新聞「オウムの死刑 制度の在り方の論議も」
 http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2018072702000116.html 

 法務省は一連の執行順序についての理由をほとんど説明しないでいる。不透明だといわざるを得ない。「執行は当然」という遺族の方々の心情はもっともである。それでも心神喪失が疑われたり、再審申し立てやその準備の段階にある場合はどう判断しているのか、それを国民に説明しない姿勢には疑問を持つ。
 死刑は国家権力の最大の行使でもあるからだ。一〇年の千葉景子法相時代は報道機関に刑場の公開をしたこともあるが、それ以降はそんな雰囲気も消えてしまった。
 近代刑事法は「あだ討ち」を否定し、犯罪への応報と更生をめざしている。かつ死刑囚の冤罪(えんざい)が明らかになった事例もある。
 世界百四十二カ国は死刑の廃止・停止であり、欧州連合(EU)に加盟するには、死刑廃止国であるのが条件になっている。OECD加盟国でも、死刑制度があるのは日本と韓国・米国だけだ。でも韓国はずっと執行がない事実上の廃止国である。米国も十九州が廃止、四州が停止を宣言している。つまり、死刑を忠実に実行しているのは日本だけなのだ。
 誤った司法判断なら取り返しの付かない究極の刑罰であり、究極の人権を奪う刑罰でもある。内閣府の世論調査では「死刑もやむを得ない」が八割だが、うち四割は「状況が変われば将来的には死刑を廃止してもよい」。終身刑の導入なら「死刑を廃止する方がよい」が四割である。
 国連からは死刑廃止の勧告を何度も受け続けている。もっと国際的な批判を真面目に受け止めた方がよかろう。 

・福井新聞「オウム全死刑囚、刑執行 若者に教訓を伝え続けよ」
 http://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/629720 

 社会への鬱屈(うっくつ)とした思いから若者が反社会的な行動に走る構図は、東京・秋葉原や神奈川・相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件とも共通しているのではないか。最近では会員制交流サイト(SNS)が居場所や不満のはけ口になり、サイトを通じて過激な思想に感化され、暴走する恐れもある。
 国はそうした若者の救済、受け皿作りを主導する必要がある。だが、今回の刑執行では「平成の事件は平成のうちに区切りを付ける」の大方針のもと、ふたをしてしまおうとの姿勢が如実に伝わる。
 上川陽子法相は「命を奪われた被害者やご遺族、一命を取り留めた方々の恐怖、苦しみ、悲しみは想像を絶する」と述べた。世論や遺族・被害者の思いを前面に、死刑制度の存続を改めて示したといえる。わずか20日間で13人の刑執行は異例であり、国際的に死刑廃止の流れが進む中、内外で批判が高まっている。
 問題なのは、判決から執行に至るまでの過程がほとんど明らかにされていないことだ。死刑の廃止か、容認か、どちらかの立場を取るにしても、国民が十分な情報に基づいて議論を深められるよう、環境を整える必要がある。さらに、オウム事件の公判記録を早急に公文書館に移管するなど、研究者らの活用に資するよう配慮すべきだ。 

・京都新聞「オウム死刑執行  懸念される事件の風化」
 https://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20180727_4.html 

 国際的に死刑廃止の流れがある中、短期間に13人もの死刑を執行したのは極めて異例である。今回の執行を節目に、死刑存廃の議論の行方も注目される。
 法務省は死刑制度を存続させる根拠に国民世論の支持や、被害者、遺族の思いを掲げている。今回の執行は未曽有の事件に強い姿勢を示したといえる。
 だが、先進国には世論の支持にもかかわらず廃止した国もある。
 6日の執行は各国や人権団体が批判し、欧州連合(EU)などが「死刑廃止を視野に入れた執行停止の導入を(日本に)呼び掛ける」とする声明を出した。批判をどう受け止めたのだろう。
 死刑制度を巡る情報が十分開示されていないことも問題だ。制度の賛否とは違う次元の問題として、国民一人一人が制度に向き合い、議論を深める時期に来ているのではないか。 

・愛媛新聞「オウム全死刑囚執行 未曽有のテロ 風化は許されない」
・南日本新聞「[死刑制度] 情報公開し存廃議論を」
 https://373news.com/_column/syasetu.php?storyid=94258 

 記者会見で上川法相は「慎重な判断を重ねた」と強調したが、執行に至った経過はほとんど明らかにしていない。
 なぜ今の時期なのか。先に刑が確定した死刑囚がいるのに飛び越えて執行したのはなぜか。「訴訟能力がない」との指摘もあった松本元死刑囚の執行時の精神状態はどうだったか。疑問は多々ある。
 とりわけ松本元死刑囚は96年に始まった裁判の途中から意味不明の発言を繰り返し、やがて一言も発しなくなった。判決が確定した後は、家族も面会できなくなる異例の経過をたどった。
 上川法相は「医師の診療を受けさせるなど慎重な配慮がなされている」と一般論を述べたが、松本元死刑囚の精神状態をどのように判定したのか。適正手続きの観点からも詳しく説明すべきだろう。
 内閣府が2015年に公表した世論調査で死刑制度を容認する人は80%を超えたが、終身刑を導入した場合の是非を質問すると死刑容認派は51%に減った。
 死刑は国家が国民の命を奪う「究極の刑罰」である。冤罪(えんざい)の被害者に刑を執行してしまえば取り返しがつかない。終身刑の導入も検討してはどうか。
 今回の執行を機に死刑の存廃論議が高まることを期待したい。
 裁判員裁判で一般市民が死刑と向き合う機会はこれからも増えていく。究極の判断を迫る以上、死刑囚の処遇や執行に至る法務当局内の議論など、幅広い情報公開が不可欠である。 

【7月28日付】
・神奈川新聞「死刑制度 情報得て議論深めたい」

【7月29日付】
・北海道新聞「死刑制度 情報公開し議論深化を」
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/213328?rct=c_editorial 

 法務省は1998年から執行の事実を公表しているが、開示するのは死刑囚の氏名や犯罪内容、執行施設にとどまっている。
 上川陽子法相は今回、「なぜ、この時期の執行か」「執行を7人と6人に分けたが、基準は何か」などの疑問には答えなかった。
 情報公開に、あまりに後ろ向きではないか。検討し、判断する材料が乏しいことが、死刑制度を巡る国民的な議論が必ずしも高まらない要因と言えよう。
 政府は昨年、長年の慣習に反して、再審請求中だった死刑囚への執行を再開した。是非の議論がある中で、犯行当時少年だった死刑囚へも執行された。
 ある程度抑制的だった姿勢に変化が兆している。運用がなし崩しに変わるのは容認できない。
 政府は世論の支持を死刑制度維持の大きな理由に挙げる。
 確かに内閣府の最新の世論調査によると、死刑制度を容認する人は80%を占めている。
 だが、仮釈放のない終身刑を導入した場合を問うと、死刑を「廃止しない方がよい」は51%、「廃止する方がよい」は37%となり、賛否の差は縮まる。
 死刑廃止の世界的な流れが世論に影響している側面もあろう。政府は、さまざまな意見をくみ取る努力を怠ってはならない。 

【7月30日付】
・琉球新報「死刑制度の存廃 終身刑含め議論進めたい」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-771369.html 

 オウム事件は残忍卑劣な未曽有の事件だっただけに、死刑はやむを得ないと考える国民は多いだろう。被害者遺族も多くが厳罰を望んでいた。愛する家族の命を奪われた心情は十分に理解できる。
 ただ、今回の13人死刑執行には不透明な部分が多い。なぜこの時期か。来年の改元を前に「平成の事件は平成のうちに決着を」という意向が働いたともされる。
 再審請求中が10人いたにもかかわらず、執行に踏み切ったのはなぜか。元教祖の松本智津夫死刑囚の精神状態はどうだったのか。政府は国民への説明責任を果たしていない。議論する上での判断材料が不足している。
 世界はどうか。国際人権団体アムネスティー・インターナショナルによると、17年現在、死刑制度廃止国が106、実質廃止国が36の計142カ国ある。存続国は56カ国あるものの、17年に執行したのは23カ国だった。
 先進国で死刑を続けているのは日本と米国(州によっては廃止)だけだ。韓国は制度自体はあるが約20年間執行していない。欧州連合(EU)は死刑廃止が加盟条件だ。
 国連の02年調査で「死刑が終身刑よりも大きな抑止力を持つことを科学的に裏付ける証拠はない」との結論が出ている。人口当たりの殺人発生率の低さが世界1~3位のオーストリア、ノルウェー、スペインはいずれも死刑を廃止している。
 上川陽子法相は「死刑廃止は現状では適当ではない」と発言している。死刑容認の国民世論も背景にあるようだ。
 内閣府の14年の世論調査によると、死刑容認派は80%、廃止派は9%だった。ただ「終身刑を導入した場合」を聞くと、容認派は51%に減り、廃止派は37%に増え、差は大幅に縮まった。
 現行制度では死刑と無期懲役の差が大き過ぎる。終身刑導入を具体的に検討する時期ではないか。 

 なお、13人処刑後に実施された各メディアの世論調査の中には死刑制度について尋ねたものがあります。結果を以下に書きとめておきます。 

 ・産経新聞・FNN=7月21~22日実施
 オウム真理教の元教祖ら7人の死刑が執行されたが、死刑制度に賛成か、反対か
 賛成 80・6%
 反対 12・2%
 その他 7・2%

 
 ・毎日新聞=7月28~29日実施
 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)元死刑囚ら13人に死刑が執行されました。海外では死刑制度を廃止した国が多くなっています。日本の死刑制度は今後どうした方がよいと思いますか。
  続けた方がよい 59%
  廃止した方がよい 10%
  わからない 22%