ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

トランプ米大統領の「威嚇」と日本、憲法9条~思い起こすゲーリングの警句

 トランプ米大統領は日本に続いて11月7、8日に韓国を訪問。8日午前に韓国の国会で演説し、核・ミサイル開発をやめようとしない北朝鮮に対し「米国を過小評価するな。我々に挑んではならない」(朝日新聞の記事より)などと述べたと報じられています。朝日、毎日、読売3紙の東京発行8日夕刊ではそろって1面トップの扱い。主見出しは以下のようにそれぞれトランプ大統領の発言から取っています。
 ・朝日「『北朝鮮は我々に挑むな』」
 ・毎日「米大統領『我々を試すな』」
 ・読売「『野蛮な北 孤立させる』」

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 共同通信が新聞掲載用に配信した演説の詳報をみると、最初から最後まで徹頭徹尾、北朝鮮を激しい言葉で批判する内容で、言葉のトーンとしては罵倒に近いと感じます。何より目を引くのは、冒頭で「朝鮮半島周辺には現在、世界最大の空母3隻が展開している」「米国は現政権下で軍事力を徹底的に再建し、数千億ドルを投じて最新鋭で最高の装備を世界各地でととのえている。私は力による平和を求めている」と、まず米国の軍事力を誇示していることです。演説の最後でこそ、「脅迫行為をやめ核計画を廃棄する場合に限り、北朝鮮の明るい未来について話す用意がある」としていますが、全体から受ける印象は、「米国は北朝鮮に対して武力行使も辞さない」との強硬姿勢だと感じます。
 日本のマスメディアはそろって、この演説を北朝鮮に対する「警告」と表現していますが、トランプ大統領が朝鮮半島に乗り込み、周辺海域に展開させている強大な軍事力を背景に攻撃的な演説をしているさまは、「威嚇」と表現してもいいように感じます。ちなみに北朝鮮は11日になって、トランプ大統領の演説に対し「われわれの思想と制度を全面拒否する妄言を並べ立て、わが国を悪魔化した」と非難する外務省報道官談話を発表しました。共同通信の報道によると、トランプ大統領が「力による平和」を追求すると述べたのに対し「米国と力の均衡を実現し、主権と生存権を守るというのがわが国の立場だ」と反論。「われわれが核を保有したのは、米国の核の威嚇から国の主権と尊厳を守るための不可避な自衛的選択だ」と改めて核開発を正当化しました。

 トランプ大統領が誇示した「世界最大の空母3隻」は日本海に入り、11日に韓国海軍との合同演習を始めたと報じられています。韓国軍によると「北朝鮮の核・ミサイルによる挑発の抑止」を目的に、14日まで実施。海上自衛隊も参加するとのことです。

※47news=共同通信「米空母3隻、韓国軍との演習開始/日本海、北朝鮮情勢緊迫も」2017年11月11日
https://this.kiji.is/301867471600764001?c=39546741839462401

【ソウル共同】米韓両海軍は11日、米原子力空母3隻が参加して日本海で実施する合同演習を開始した。在韓米軍関係者が明らかにした。韓国軍によると「北朝鮮の核・ミサイルによる挑発の抑止」を目的に、14日まで実施。北朝鮮は朝鮮半島周辺を含む海域への空母展開に強く反発しており、情勢は再び緊迫しそうだ。演習には日本の自衛隊も加わる。
 米海軍によると、西太平洋で空母3隻が演習するのは2007年以来、10年ぶり。 

 こうした軍事行動に対してマスメディアは従来から「圧力」や「牽制」などの用語を使っています。しかし空母3隻という強大な攻撃力を誇示しながら核・ミサイル開発の放棄を迫ることは、まさに軍事力による「威嚇」ではないのかと感じます。そしてそこに自衛隊も加わるのだとしたら、見過ごすわけにいかないのは憲法9条との兼ね合いです。 

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 

 日本国憲法が国際紛争を解決する手段として放棄しているのは戦争だけではありません。武力による威嚇、武力の行使も含まれます。
 手元にある憲法の概説書(芦部信喜「憲法 新版補訂版」岩波書店 1999年)によると、9条が放棄を定めている「国権の発動たる戦争」とは単に戦争というのと同じ意味であり、宣戦布告または最後通牒によって戦意が表明され戦時国際法規の適用を受けるものを言う、と定義しています。「武力の行使」とはそういう宣戦布告なしで行われる事実上の戦争、実質的意味の戦争のことであり、満州事変や日中戦争を例示しています。「武力による威嚇」とは、日清戦争後の1895年の独仏露の対日三国干渉のように、武力を背景にして自国の主張を相手国に強要することと解説しています。
 今、北朝鮮に対して米国が行い、そこに日本も参加する軍事力を誇示しての圧力は、まさに「武力による威嚇」に該当しないでしょうか。もちろん、憲法解釈には異なった説もあります。自衛権を巡る論議もあって事はそれほど単純ではないでしょうし、政府は現に自衛隊を参加させている以上、合憲の見解なのでしょう。しかし、どれだけ北朝鮮の脅威が深刻であろうと、仮にも「威嚇」の形であっても自衛隊という軍事力の発動が既成事実化し、結果として憲法がないがしろにされるのであれば、日本はもはや立憲主義国でもなく法治国家でもない、何よりも平和主義を放棄したことになります。控え目に言っても、平和主義の後退です。少なくとも国会で、米軍の軍事的圧力、示威行動に自衛隊が参加することの意味合いを議論すべきだと思いますし、国会審議を待たずとも、マスメディアが問題の所在を提起していくのは大きな役割の一つのはずです。

 なお、上記の概説書(芦部信喜「憲法 新版補訂版」)によると、日本国憲法の「平和主義」は前文に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と表現されています。これは国際的に中立の立場からの平和外交、および国際連合による安全保障を考えていると解釈できます。単に自国の安全を他国に守ってもらうという消極的なものではなく、平和構想を提示したり、国際的な紛争・対立の緩和に向けて提言を行ったりして、平和を実現するために積極的行動を取るべきことを要請しているものです。そういう積極的な行動を取ることの中に日本国民の平和と安全の保障がある、という確信を基礎にしていると同書は解説しています。この平和主義を具体化したのが9条です。
 こうした解釈は現在の憲法改正論議の中で、どこまで共有されているでしょうか。もちろん異説があるのは当然ですし、そのことも含めて、改憲の方向性を論議する前に、まず現憲法の解釈と運用の状況を共有することが何をさておいても必要だと感じます。改憲論ではよく憲法が現状に合わなくなっているということが言われますが、見方の違いによっては、憲法が遵守されていない、ということにもなります。そうした食い違いがあること自体を社会全体で共有しておかなければ、社会は分断の方向にしか進まないのではないかと危惧しています。

 自衛権で思い出すのはイラク戦争です。米国はイラクが大量破壊兵器を保有していると主張し、国連の支持を欠いたまま、英国とともに自衛権の先制行使の理屈で戦争を始めましたが、今日では大量破壊兵器はイラクにはなく、大義なき戦争だったことが明らかになっています。この戦争を契機に中東は混迷の度を深め、過激派組織の「イスラム国」が台頭する要因にもなりました。「攻撃を受けるかもしれない」ないしは「攻撃を受けつつある」という時ほど、一層の冷静さが必要であることは、歴史の教訓です。

 ここでもう一つ思い出すのは、ナチスドイツの大立者だったゲーリングが戦後に残した言葉です。国民はだれも戦争を望まないが、戦争に駆り立てるのは簡単なことだ、我々は攻撃されかかっているとあおり、平和主義者のことは愛国心が足りない、と言えばよい、これはどんな国にも当てはまる―。歴史の教訓を社会で共有しなければならないと思います。

※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

 

※追記 2017年11月12日19時55分

 朝日新聞によると、海上自衛隊と米海軍の原子力空母3隻の艦隊が12日、日本海で共同訓練を実施しました。ただし日本政府関係者によると、日米両政府は3隻の空母が日本海に集結するタイミングをとらえ、韓国も含めた3カ国の共同訓練を検討したものの、韓国側との調整がつかず見送ったということです。

www.asahi.com

あからさまに武器購入増を求めたトランプ大統領~日米首脳会談のニュースバリュー

 米国のトランプ大統領が11月5~7日、日本を訪問しました。5日は東京の米軍横田基地に大統領専用機で乗り付け、安倍晋三首相とゴルフ。6日は天皇と会い、その後、安倍首相との首脳会談、北朝鮮拉致被害者の家族との面会を経て、安倍首相との共同記者会見に臨みました。トランプ、安倍両氏の発言としては、この記者会見が大きく報じられています。
 今回の来日で最大の焦点は北朝鮮の核・ミサイル開発への対応が最大の焦点でした。2人の間では様々な話がされたのでしょうが、会見で明らかにされたことはそれほど多くなく、安倍首相は、「全ての選択肢がテーブルの上にある」とのトランプ氏の立場を一貫して支持していること、北朝鮮の政策を変更させるため、圧力を最大限にまで高めていくことで完全に一致したことを強調しました。いずれも目新しい内容ではありません。
 それよりも驚いたのは、トランプ大統領があからさまに米国製の武器の購入増を要求し、安倍首相が受け入れるかのような答えをしたことです。備忘を兼ねて、この部分の発言を共同通信が新聞向けに送信した詳報から引用します。 

 トランプ氏 首相は大量の(米国製)軍事装備を購入するようになるだろう。そうすれば、ミサイルを上空で撃ち落とせるようになる。先日、サウジアラビアが(イエメンから発射されたミサイルを)即時迎撃したように。米国は世界最高の軍事装備を保持している。F35戦闘機でもミサイルでも(米国から買えば)米国で多くの雇用が生まれ、日本はより安全になるだろう。
 首相 防衛装備品の多くを米国から購入している。安全保障環境が厳しくなる中、日本の防衛力を質的にも量的にも拡充していきたい。米国からさらに購入していくことになるだろう。 

 来日前、トランプ大統領が複数の東南アジア諸国の首脳に、日本は北朝鮮のミサイルを迎撃すべきだったと話したとの報道がありました。発言の意図がよく分かりませんでしたが、今にして思えば、日本に米国製の武器購入を迫る伏線だったのでしょうか。あるいは、うがった見方かもしれませんが、日米2国間の自由貿易協定(FTA)交渉には応じたくない日本側の足元を見透かし、「ならば武器を買え」と要求しているのでしょうか。
 いずれにしても、抽象的な内容が多かった共同記者会見の中で、この部分は非常に具体的で、トランプ大統領はF35などと個別の商品名まで持ち出しています。北朝鮮への対応で米国と一体化していることを誇示したい一方で、日米の通商問題には触れたくない安倍首相が、トランプ大統領にいいように―言葉は悪いですが―付け込まれて、「それなら武器を買え」となったのではないかと感じます。安倍首相にとっては、それもまた米国との軍事面での一体化強化につながり、北朝鮮への圧力最大化の一環となる意味もありそうです。対中国外交にとっても、歓迎すべき方向かもしれません。この武器購入増の要求は、目新しさ、予想外という意味でも、日本社会の今後に影響は決して小さくないという意味でも、大きなニュースバリューがあったと感じています。

 首脳会談翌日の東京発行新聞各紙の7日付朝刊1面は以下の写真のようでした。
 この「武器購入増」を1面の見出しに立てたのは東京新聞のみ。朝日、日経、産経は総合面や政治・経済面に見出しを立てていました。地方紙に掲載されることが多い共同通信の新聞用配信記事では「日米、北朝鮮へ圧力最大化/貿易是正・武器購入要求/トランプ氏、首脳会談で/ 中国にらみ新海洋戦略」と、2本目に入れていました。

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 朝日新聞のコラム天声人語はトランプ氏について「接待されつつ売り込みもできるとすれば、これほど優秀なビジネスマンはいない」と書いています。ゴルフに高級和牛の会食、歌手のピコ太郎さんまで呼んでの接待の上に、武器も買わされるのが安倍政権の対米外交なのでしょうか。北朝鮮に対して米国が武力行使に出れば、朝鮮半島はもちろん、米軍基地がある日本も戦火は免れず、住民にも犠牲が出ることが容易に予想されます。武力行使は控えるべきだと、安倍首相がトランプ大統領に直に訴えることが国民の生命と財産を守ることだろうと思いますし、拉致被害者の救出にも必要なことだと思います。

来秋以降の安倍首相続投、「続けてほしくない」51%(共同通信)、「反対」46%(読売新聞)~議席数とにやはり落差

 第4次安倍晋三内閣が成立したことを受けて11月1、2日に共同通信と読売新聞がそれぞれ実施した2件の世論調査の結果が報じられています。
 内閣支持率は共同通信調査で49・5%、読売新聞調査は52%と、50%前後の水準です。一方で、共同通信調査では、安倍氏が来年秋の自民党総裁選で3選を果たして首相を続けてほしいは41・0%、続けてほしくないは51・2%でした。読売新聞調査では質問で自民党総裁選には触れていませんが、来年9月以降も首相を続けることに賛成か反対かを尋ねており、結果は賛成43%、反対46%でした。総合して考えると、民意は安倍政権に一定の支持を与えているものの、今後も安倍氏に首相を続けてほしいとは必ずしも考えていない、ということになるのでしょうか。衆院選の結果が判明した直後から指摘されているように、安倍政権への支持の状況と自民党が獲得した議席数にはやはり落差があります。
 個別のテーマや政治課題では、共同通信の調査で憲法9条に自衛隊を明記する安倍晋三首相の提案への賛否を尋ねたところ、反対は52・6%で、賛成38・3%を上回りました。また安倍首相の下での憲法改正に50・2%が反対、賛成は39・4%でした。共同通信は記事で「首相は1日の記者会見で、改憲に関し、自民党内で具体的な条文案の策定を急ぐ考えを示したが、国民の理解が広がっていない実態が明らかになった」と指摘しています。
 読売新聞の調査では、北朝鮮問題について国際社会が北朝鮮との対話と圧力のどちらを重視すべきかと尋ねており、結果は「対話重視」48%、「圧力重視」41%でした。今年9月までの調査では「圧力」が多かったのが逆転しました。読売新聞の記事は「北朝鮮情勢が緊迫の度合いを増していることなどが影響した可能性がある」としています。安倍首相は「圧力」一辺倒ですが、支持を得ているとは言い難いようです。

麻生副総理「北朝鮮のおかげ」発言が示すもの~国民を守る責任が希薄になっていることを露呈していないか

 少し前のことになりますが、麻生太郎副総理兼財務相が10月22日投票の衆院選で自民党が圧勝したことについて「明らかに北朝鮮のおかげもある」と述べたことが報じられました。この発言がどんな意味を持っているのか、現在の社会状況の中でどんなふうに位置付ければいいのかを考えています。麻生氏にはこれまでにもいろいろと物議を醸す発言があり、「またか」と言う気もしないではありません。この発言についても深い意味はなく、北朝鮮の核・ミサイル開発に対する自民党・安倍晋三政権の対応方針が支持されたということを言いたかったのだろう、という見方もされているようです。しかし、それほど単純な話ではなく、本当の意味で国民の生命と財産を守り抜く政府の責任が見えにくく、希薄になっていることを図らずも示してしまったのではないかと感じます。
 まず先の衆院選です。安倍首相は衆院解散の理由に、少子化社会とともに北朝鮮の脅威を「国難」として挙げ、「国難突破解散」だと主張しました。「大義なき解散」として批判されたこの解散について、安倍首相が最初に相談したのが麻生氏だったと報じられています。麻生氏は自分が首相の時には、衆議院の任期満了が近い窮屈な日程の中で、不本意な解散を強いられて政権を民主党に渡した経験から、少しでも有利な時期のうちに解散するのが良いと、安倍氏に賛意を伝えたことが解散前後の新聞各紙の検証記事で報じられました。つまりは、10月22日投票に至る衆院解散、衆院選公示の日程は、少しでも自民党にとって有利な時期を狙ったものであって、いわば北朝鮮の脅威を選挙勝利のために〝政治利用〟したものではなかったのか。そして麻生氏の「おかげ」発言は、その本音が図らずも口をついて出てしまったのではないか―。わたしにはそのように思えます。
 「国難突破解散」を振り返っても、そこで安倍首相からは、どうやって北朝鮮の核・ミサイル開発を止めるのか、そのビジョンは何も示されず、ただ圧力を加えることだけが強調されました。ロシアのプーチン大統領が「雑草を食べててでも核開発をやめないだろう」と言い切った北朝鮮が相手なのに、とても戦略と呼べるような対処方針ではありません。何よりも危ういと感じるのは、11月5日に来日するトランプ米大統領に対して安倍首相が、軍事力行使を含めてすべての選択肢がテーブルの上にあるとするトランプ氏の方針を全面的に支持することを直接伝えると報じられていることです。仮に米国が北朝鮮に軍事力を行使すれば、出撃拠点に在日米軍基地も含まれ、自衛隊も米軍と緊密に行動することになるでしょう。その日本に対して、北朝鮮が攻撃してくるのは軍事の常識です。そういう事態をも安倍政権は受け入れる覚悟が既にできていると、トランプ大統領が受け取ってしまうのではないか。
 現在、日本にとってもっとも現実味を持って危惧される軍事的な危機は、北朝鮮から日本への先制攻撃よりも、先の行動が読めないトランプ氏による米国から北朝鮮への先制攻撃であり、それに対する北朝鮮の反撃によって日本も戦火に巻き込まれることのように思えます。そういう事態を招かないようにすることが、国民の生命と財産を守る政府の責任のはずですが、安倍政権はどこまでそのことを自覚しているのか。麻生氏の「おかげ」発言から感じられるのは、疑念ばかりです。

※47news=共同通信「麻生氏『北朝鮮のおかげも』/自民大勝の衆院選結果」2017年10月26日
 https://this.kiji.is/296257624994907233?c=39546741839462401 

 麻生太郎副総理兼財務相は26日、東京都内の会合であいさつし、自民党が大勝した先の衆院選結果について「明らかに北朝鮮のおかげもある」と述べた。政府、与党の北朝鮮対応が有権者に評価されたとの趣旨とみられるが、北朝鮮による挑発が続く中で、不適切な発言だとの指摘を受ける可能性もありそうだ。 

 そういう状況の中で、もう一つ気になるのは、全国各地で続くミサイル避難訓練です。報道で目にした範囲ですが、最近の事例では、10月24日に静岡県の大井川鉄道で電車の乗客を対象にした避難訓練が行われ、翌25日には長野県軽井沢町のJR軽井沢駅でも実施されました。10月30日に岡山県倉敷市のくらしき作陽大学で実施された訓練は、学生のアイデアを受けて、大学側が市に訓練を提案して実施が決まったと共同通信は報じています。

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 1週間の間に各地で3回。私たちの社会でミサイル避難訓練は日常の光景になっているように感じます。仮にミサイルが落下してきたら、仮に爆薬が装てんされていたら、屋外にいるか屋内にいるかなどで、生死が分かれることがあり得るでしょう。ですから訓練に意味がないとまで言うつもりはありません。しかし、こうした訓練のニュースに接するたびに違和感を覚えます。その違和感が何に由来するのか、突き詰めて考えれば、ミサイルは避けようがない自然災害とは異なる、ということです。北朝鮮にミサイルを撃たせないことが最も重要なはずであり、本来は訓練の徹底よりも、ミサイルを撃たせないことこそが国土や国民の生命、財産を守る政府の責任のはずです。ミサイル避難訓練が日常化することによって、その政府の責任が見えにくくなっていないでしょうか。何より、その責任を安倍政権はどこまで深く自覚しているのか。麻生氏の「北朝鮮のおかげ」発言からは、やはり疑念しか浮かびません。

 韓国の文在寅大統領は11月1日に韓国国会で「どんな場合でも、朝鮮半島で武力衝突はあってはならない」「韓国の事前同意のない軍事行動はあり得ない」と言明したと報じられています。安倍政権と落差を感じずにはいられません。

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【追記】2017年11月3日21時

 以下に、長野県軽井沢町で行われた避難訓練の模様を伝える信濃毎日新聞の記事から一部を引用します。参加者の感想も、決して一様ではありません。マスメディアは「日頃の訓練が大事」との声だけでなく、様々な感想や意見を紹介することが必要だと感じます。

※信濃毎日新聞「軽井沢ミサイル想定訓練 参加者住民 理解と違和感」=2017年10月26日 

 田中英昭さん(74)は駅構内の奥に身を隠した。やはり「何が起きるか分からないから」訓練にも意味はあると考えるが、「軽井沢にはいつも土地勘のない観光客が大勢いる。そうした人たちはどうなるのか」とも思った。
 コインロッカー脇で身をかがめた男性(70)は、「ミサイル飛来」という漠然とした前提で「大々的に訓練をするのはどうか」と感じた。破片、通常弾頭、核弾頭…。「何がどこに落ちてくるのか分からない」と話した。
 訓練後、軽井沢駅から約1キロ離れた全長439メートル、幅4・8メートル、高さ5・3メートルの旧信越線トンネルで行われた見学会でも、想定と現実との落差を指摘する声が漏れた。
 町はもう1本のトンネルと合わせて約2600人が避難できると見込むが、参加者からは「ここに来るまでに時間がかかるね」。北朝鮮のこれまでの弾道ミサイル発射実験でも、ミサイルはごく短時間で日本上空を飛び越え、太平洋上に落下していた。「高齢者や車いす利用者には難しい」との声もあった。

www.shinmai.co.jp

基地集中、辺野古、沖縄の民意またも明らか~衆院選雑感

 少し時間がたちましたが、衆院選の結果に思うところを備忘を兼ねて書きとめておきます。

 ◆希望が立たなかった新潟、沖縄は非与党が勝ち越し
 議席数は自民党の大勝に終わりましたが、小選挙区を都道府県別に見てみると、新潟と沖縄では非与党が勝ち越しました。新潟は4勝2敗、沖縄は3勝1敗です。共通している要因は、希望の党の公認候補が立たなかったことです。希望の党と立憲民主党が共倒れになった選挙区でも、両者の票を合計すれば自民党候補を上回っていたところは少なくありません。「たら」「れば」にどこまで意味があるかはともかく、希望の党が立憲民主党の候補に対抗馬を立てたことは、結果的に安倍晋三政権を利することになったのは間違いがなく、「安倍1強政治を終わらせる」との主張はどこまで本気だったのか、実は希望の党が目指していたのは、旧民進内の「左派」「リベラル」潰し、言葉を変えれば保守純化運動だったのではないか、という気すらします。
 今回の衆院選では「左派」「リベラル」と「保守」という切り分けもよく目にしましたが、そうした区分けが妥当か、という問題も浮上しているように思います。立憲民主党の枝野幸男代表は「『保守』か『リベラル』かではなくて、『上からの政治』か『草の根からの政治』か」と訴えました。それが支持を伸ばした一因のように思えます。

 ◆沖縄への差別の責任
 沖縄では、前回の衆院選では四つの小選挙区でいずれも非与党候補が勝利しました。今回は沖縄4区で自民党候補が勝利しましたが、それでも残り三つで共産、社民、無所属(自由党籍)の候補が再び勝利したことは、最大の争点の米軍普天間飛行場の辺野古移設に対して、反対との民意がまたもはっきりと示されたものだと、わたしは受け止めています。沖縄の基地の過剰な集中の問題に対しては、投開票前にこのブログにアップした記事で以下のように書きました。 

 国家事業に対する地元の民意は明らかなのに、それが一顧だにされないとは、その地域の未来への自己決定権が認められていないに等しいことです。ほかにそのような地域が日本国内にあるでしょうか。沖縄だけがそういう状況を強いられているのは、沖縄に対する差別としか言いようがありません。その差別を解消するには、日本政府の方針が変わらなければなりません。それは決して不可能ではありません。日本国の主権者である国民の選択の問題だからです。
 具体的には選挙を通じて、沖縄への差別としか言いようがない政策を撤回し、沖縄への基地負担の過剰な集中を解消する政策を持った政府を誕生させることです。それが実現しないのならば、個々人の投票行動のいかんを問わず(棄権は言うに及ばず)、主権者の一人である以上は誰しも、この差別の当事者であることを免れ得ません。今回に限らず、選挙ではいつもそのことが問われているのだと考えています。 

news-worker.hatenablog.com

 選挙の結果、安倍晋三政権は継続することになりました。沖縄に対する差別は解消されません。今回の衆院選で個々人がどのような投票行動を取ったかに関係なく、沖縄県外に住む日本人はわたしを始めとして、日本国の主権者として差別への責任を等しく負うことも明確だと、わたしは受け止めています。 

 以下に沖縄タイムス、琉球新報の10月23日付の社説の一部を引用して書きとめておきます。

※沖縄タイムス「[衆院選 沖縄選挙区]反辺野古 民意揺るがず」
 http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/159916 

 自民党が圧勝した全国と比べ、県内の選挙結果は対照的だ。
 名護市辺野古沿岸部への新基地建設に反対する「オール沖縄」の候補が1、2、3区で比例復活組の自民前職を振り切った。
 前回2014年の衆院選に続く「オール沖縄」の勝利は、安倍政権の基地政策や強引な国会運営に対する批判にとどまらない。
 不公平な扱いに対する強烈な異義申し立てが広く県民の間に共有されていることを物語っている。
 とりわけ象徴的なのは、大票田の那覇市を抱える1区は、共産前職の赤嶺政賢氏(69)が接戦の末に自民、維新の前職らを制したことだ。
 共産党候補が小選挙区で当選したのは全国で沖縄1区だけである。
 翁長雄志知事のお膝元での勝利は知事の求心力を高めることになるだろう。 

 ※琉球新報「『オール沖縄』3勝 それでも新基地造るのか」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-599262.html 

 前回2014年の全勝には及ばなかったものの、1~3区で辺野古新基地建設に反対する「オール沖縄」勢力が当選、当選確実とした。辺野古新基地を容認する自民党は1議席を獲得したが、3氏は選挙区で落選した。
 沖縄選挙区の最大の争点である辺野古新基地建設に反対する民意が上回ったことは、安倍政権の強硬姿勢に県民は決して屈しないとの決意の表れである。
 国土面積の0・6%の沖縄に、在日米軍専用施設の70・38%が集中していることはどう考えても異常である。米軍基地を沖縄に押し込めることは、沖縄差別以外の何物でもない。
 国は迷惑施設の米軍基地の国内移設を打ち出せば、反対運動が起きると懸念しているにすぎない。それをあたかも普天間飛行場の返還には、辺野古新基地建設が唯一の解決策であるかのように偽装している。県民の多くはそれを見透かしている。
 普天間飛行場の一日も早い返還には「辺野古移設が唯一の解決策」とする安倍政権への県民の怒りが選挙結果に表れたといえよう。
 安倍政権が民主主義を重んじるならば、沖縄選挙区で自民党は1人しか当選できなかった現実を真摯(しんし)に受け止め、新基地建設を断念するのが筋である。それでも新基地を造るなら安倍首相はこの国のリーダーとして不適格だ。 

 10月23日付の琉球新報の紙面が手元にあります。1面、総合面、社会面を紹介します。

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与党の議席「多すぎる」51%(朝日調査)、「野党がもっと議席を」47%(読売調査)~民意は議席数ほどには安倍政権に期待していない

 衆院選の結果に対して朝日新聞と読売新聞がそれぞれ10月23、24日に実施した世論調査の結果が報じられています。
 読売新聞は与党3分2超の結果はよかったか、よくなかったかと2択で問い、次いで与野党の議席数について、どうなっていればよかったかを聞いています。朝日新聞は与党の議席について、多すぎる、ちょうどよい、少なすぎるの3択で尋ねています。
  結果は以下の通りです。
▼読売
 選挙結果:「よかった」48%、「よくなかった」36%
 議席:「野党がもっと議席を取った方がよかった」47%、「ちょうどよい」38%、「与党がもっと議席を取った方がよかった」9%
▼朝日
 与党の議席:「多すぎる」51%、「ちょうどよい」32%、「少なすぎる」3%
 読売新聞の2択の質問は、前置きを「与党3分の2超」だけではなく、例えば「立憲民主党が野党第1党」とか「公明党が議席減」を加えたりしただけでも数値が変わるのでは、という気もします。

 内閣支持率は以下の通りです。
▼朝日
 「支持」42%(17、18日の前回比4ポイント増)
 「不支持」39%(同1ポイント減)
▼読売
 「支持」52%(7、8日の前回比11ポイント増)
 「不支持」37%(同9ポイント減)
  内閣支持率は、明確に答えなかった人に重ね聞きする(「どちらかと言えば」の回答を迫るようなものです)かどうかでも大きく変わってきます。読売新聞の聞き方はよく分かりませんが、日経新聞は重ね聞きしていることを紙面で明らかにしたことがあります。読売新聞は他紙の調査結果との比較では、いつも高めに出る傾向がみられます。

 ほかに興味深い点は、自民党が単独で過半数を大きく超える議席を獲得した理由を尋ねた質問です。読売新聞の調査は四つの選択肢があり、回答は「民進党の分裂で野党候補者が乱立した」44%、「ほかの政党よりもましだと思われた」36%、「与党としての実績が評価された」10%、「安倍首相への期待が高かった」6%―でした。
 朝日新聞の調査では、安倍首相の政策が評価されたからだと思うかどうかを聞いています。結果は「政策が評価されたから」26%、「そうは思わない」65%でした。朝日新聞はさらに、安倍氏に今後も首相を続けてほしいか、安倍首相が進める政策に期待と不安とどちらが大きいかを尋ねています。結果は、「(首相を)続けてほしい」37%(前回比3ポイント増)、「そうは思わない」47%(同4ポイント減)であり、後者は「期待」が20%、「不安」54%でした。

 政党支持率も主な政党分を書きとめておきます。選挙戦を通じて無党派層が減り、自民と立憲民主の支持が伸びています。
▼朝日 ※かっこ内は前回
 自民39(32)%、立憲民主17(7)%、希望3(6)%、公明4(4)%、共産3(3)%、維新2(2)%、社民(1)1%、民進0(1)%、支持する政党はない21(27)%
▼読売
 自民43(33)%、立憲民主14(4)%、希望5(8)%、公明4(3)%、共産3(3)%、維新2(1)%、社民(1)0%、民進1(1)%、支持する政党はない24(38)%

 総じて感じるのは、やはり自民党が得た議席数の圧倒ぶりほどには、民意には「安倍政治」への期待や支持はない、ということです。選挙結果と民意にはズレがあると感じます。国会の議席数では盤石の基盤を持つ安倍晋三政権ではあっても、「世論の支持」という意味では、いつまた夏の都議選の時のような民意の離反が起きるか分からない、起きても不思議ではない状況が続くとみていいように思います。
 以前の「安倍1強」は、政治手法で強引なことをやっても、まもなく支持率はV字回復することが強みでした。衆院選を経て、見かけは「1強」が続きますが、その「強さ」はどうでしょうか。

「安倍政治」への民意と選挙結果にズレ

 衆院選は10月22日に投票が実施されました。台風の影響で開票作業は一部の自治体で23日まで行われ、全465議席が確定したのは23日夜になりました。自民党281、公明党29で与党は計310議席。野党は立憲民主党54、希望の党50、共産党12、日本維新の会11、社民党2、無所属26でした。自民党は3人を追加公認しており、新しい議席数は284、与党では計313議席となります。
 東京発行の新聞6紙の23日付朝刊は、東京都内で配達される遅版では、未確定議席の残りはおおむね10前後になっていました。写真は自宅購読の新聞や近隣のコンビニで買い求めた新聞の1面の様子です。

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 その後、都心部で配布された紙面を見ました。いくつかの新聞で、見出しが変わっているのが分かると思います。

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 安倍晋三首相が、少子化社会と北朝鮮の脅威を「国難」と呼び、「国難突破解散」と名付けて衆院解散を表明したのは9月25日でした。同じ日に東京都の小池百合子知事が「希望の党」を立ち上げて代表に就任。衆院解散の日の9月28日に、野党第1党だった民進党の前原誠司代表が両院議員総会で、民進党の公認候補予定者は希望の党に公認申請することを呼びかけ、了承されました。民進党の事実上の希望の党への合流で、一時は本格的な政権選択選挙になるかに思われましたが、希望の党は民進系の候補を、憲法改正や安全保障法制を踏み絵に選別。小池氏は「排除」という言葉を使いました。希望の党への合流に疑問を抱いた枝野幸男氏を中心に「立憲民主党」が結成され、流れは大きく変わりました。
 結果を見れば、「巨大与党」「自民1強」の構図は選挙前と変わりません。しかし、自民党あるいは安倍晋三政権が高い支持を得たというよりは、野党の分裂が小選挙区では相対的に自民党候補を浮上させた結果です。このブログでも指摘したことですが、選挙前、あるいは選挙期間中の世論調査では、内閣支持率を不支持率が上回っている結果が目立ち、また安倍首相への期待も決して高くありませんでした。民意の自民党や安倍政権への期待の実相と、選挙で自民党が獲得した議席数との間にはズレがあります。

news-worker.hatenablog.com

 東京発行の新聞各紙の社説や編集幹部、政治部長らの署名評論記事でも、野党の分裂で自民党が浮上したこと、安倍首相や政権への世論の支持や期待は高くはなかったことを指摘する内容が目に付きました。各紙の記事の見出しを書きとめておきます。

▼朝日新聞
社説「政権継続という審判 多様な民意に目を向けよ」選挙結果と違う世論/筋通す野党への共感/白紙委任ではない
「『1強』政治 見直す機会に」中村史郎・ゼネラルエディター兼東京本社編成局長

▼毎日新聞
社説「日本の岐路 『安倍1強』継続 おごらず、国民のために」持続可能な社会保障に /緊張感ある国会審議を
「国民の声に耳を」佐藤千矢子・政治部長

▼読売新聞
社説「衆院選自民大勝 信任踏まえて政策課題進めよ 『驕り』排して丁寧な政権運営を」首相全面支持ではない/希望は新党の脆さ露呈/憲法改正論議を活発に
「おごらず政策実行を」前木理一郎・政治部長

▼日経新聞
社説「安倍政権を全面承認したのではない」勝手に自滅した野党/経済再生が政治の役割
「痛みと未来を語る責任」内山清行・政治部長

▼産経新聞
社説(「主張」)「自公大勝 国難克服への強い支持だ 首相は北対応に全力挙げよ」/「9条改正」ためらうな/社保改革の全体像示せ
「首相の強運 生かすとき」石橋文登・編集局次長兼政治部長

▼東京新聞・中日新聞
社説「安倍政権が継続 首相は謙虚に、丁寧に」国会は全国民の代表/続投不支持多数だが/森友・加計解明続けよ
「国民の声を聞け」深田実・論説主幹

 

※追記 2017年10月24日8時45分

(1)自民党が3人を追加公認していることを追加しました。

(2)東京発行6紙の社説、編集幹部・政治部長評論の中でわたしが目を引かれたのは読売新聞です。基本的には安倍晋三政権を支持し好意的に論じてはいるのですが、社説ではサブ見出しに「『驕り』排して丁寧な政権運営を」を掲げ、本文では以下のように、安倍首相にくぎを刺しています。ひと言触れて済ませたわけではなく、かなりの言葉を費やしています。

 今の野党に日本の舵かじ取りを任せることはできない。政策を遂行する総合力を有する安倍政権の継続が最も現実的な選択肢だ。有権者はそう判断したと言えよう。
 希望の党の結成や、民進党の分裂・合流、立憲民主党の結成という野党再編の結果、小選挙区で野党候補が乱立し、反自民票が分散した。これが、自民党に有利に働いた点も見逃せない。
 公示直後の世論調査で、内閣支持率は不支持率を下回った。首相は、自らの政策や政治姿勢が無条件で信任されたと考えるべきであるまい。与党の政権担当能力が支持されたのは確かだが、野党の敵失に救われた面も大きい。
 安倍政権の驕おごりが再び目につけば、国民の支持が一気に離れてもおかしくない。首相は、丁寧かつ謙虚な政権運営を心がけ、多様な政策課題を前に進めることで国民の期待に応えねばなるまい。 

 また前木理一郎・政治部長は署名評論の中で、安倍首相が「国難」と訴えた北朝鮮問題について、以下のように書いています。 

 来月初めの日米首脳会談では、北朝鮮問題への対応が最大のテーマとなるだろう。首相は選挙戦で北朝鮮への圧力を強調したが、軍事的選択肢に繰り返し言及するトランプ氏とだけ同一歩調をとるのは危険だ。中国などを含めた国際的連携を図り、北朝鮮の暴発を防ぐ包囲網を構築しなければならない。諸外国の首脳と比べても先輩格となった首相は、培った外交手腕を発揮すべきだ。 

 第2次安倍政権成立後のマスメディアの報道で顕著になっていることの一つは、安倍政権への支持と批判の2極化の傾向です。読売新聞は産経新聞とともに、基本的には安倍政権の政策を支持し、支持する政策については政治手法が強引であっても厳しい批判は避けてきたとわたしは受け止めています。そういうマスメディアがあることは「安倍1強政治」の強みの一部であるとも考えて来ました。その中で、今回の社説や署名評論も安倍政権を支持すればこそのものではあるとしても、内容自体は客観的な状況を踏まえた冷静さを持っており、その意味では朝日新聞や毎日新聞、東京新聞などとも、議論の前提になる情勢認識は共有しているように感じました。

 政権への支持、批判がマスメディアによって分かれるのは当然としても、事実や情勢認識を共有した上で各紙が主張を展開してこそ、複数のマスメディア、新聞が並び立つことの意義が深まるのだと考えています。

追悼 井戸秀明さん

 悲しい知らせに接しました。
 民放労連の前副委員長、元書記長の井戸秀明さんが10月20日、永眠されました。享年65歳。かねてより闘病中でした。
 井戸さんは、わたしが新聞労連委員長として2004年10月、新聞労連や民放労連、出版労連、全印総連などマスメディアや映画演劇、音楽、情報関連の産別組合でつくる日本マスコミ文化情報労組会議(略称・MIC=ミック)議長に就いた際、民放労連書記長としてMICの事務局長を兼任していらっしゃいました。2006年9月にわたしがMIC議長を退任するまでの2年間、議長―事務局長の関係で様々にお付き合いいただき、多くのことを教えていただきました。

 小泉純一郎政権の時代でした。雇用面の大幅な規制緩和で非正規雇用が一気に拡大に向かい、経営者から見れば安価で使い勝手がいい、つまりは低賃金で、「期間満了」を理由にコマ切れに雇い止めができる派遣社員などの不安定な雇用が社会問題になろうかという時期でした。「ワーキングプア」という言葉が生まれてもいました。既存の労働組合は「抵抗勢力」のレッテルを貼られました。マスメディア産業では、伝統的に正社員による企業別組合が、どう対応していくかが問われ始めていた時期でもありました。ただ、一般にはまだまだそんな意識は広がっておらず「働き方は、個人の選択の問題でしょ」との自己責任論が幅を利かせていました。
 そんな中で、井戸さんに教えていただいたことで、今も忘れず、変わらずに胸に刻んでいるのは、労働組合はいまそこにいる労働組合員だけのための存在ではない、ということです。労働組合は働く者の団結権を具現化したものです。一人一人は弱い存在なので、団結することで経営者と対等の立場に立ち、働き方、働かされ方について交渉できるようにすることを保障するものです。しかし、実際にはその権利を手にしようにもできない人たちが大勢います。権利を主張した途端に、仕事を失うからです。そうした人たちが権利を行使できるように、労働組合を作る、加入することを実現させられるのは、今、その権利を具現化している労働組合と、その権利を手にしている労働組合員をおいて他にない、ということです。そのことを2年間、様々な活動、運動に取り組む中で様々に教えていただきました。わたしは今は労働組合に所属していませんが、労働組合のその社会的な意義への理解は今もまったく変わりがありません。仮に労組が企業の殻に閉じこもり、あるいは企業内でも隣りで働く非正規雇用の方々と向き合うことがなければ、今日は手にしている「労働組合」という権利が明日も同じように手の中にあるかどうかは分からないでしょう。

 争議こそ、何をおいても労働組合が取り組むべきものだ、ということも教えていただきました。井戸さんは京都市に本社を置く京都放送(KBS)労組の出身でした。京都放送は1980年代から90年代にかけて、経営陣の内紛や、戦後最大の経済事件と呼んでもよいイトマン事件にも登場する人物たちの暗躍にさらされ、大揺れに揺れます。その中で労組が労働債権の確保を理由として裁判所に会社更生法適用を申請。民放局の初の倒産事例となりましたが、放送は継続され、免許停止や廃局の危機は免れました。労組主導による自主管理・経営再建の試みであり、労組が職場と仕事を、ひいては放送を守った戦い、争議だったのだと思います。
 そうしたすさまじい経験を経て、民間放送の産業別組合である民放労連の専従職に就かれた井戸さんでしたから、労働組合活動への姿勢にはいささかの揺らぎもありませんでした。しかしそれでありながら決して大言壮語はなく、語り口はいつも穏やか。時に、ピリリとユーモアを利かせた皮肉で場をなごませる、そんな情景も懐かしく思い出されます。

 わたしのMIC議長の任期中に、戦後60年を迎えました。その年、2005年の8月はMICと韓国のマスメディア労組の交流事業として、日韓の言論シンポジウムをソウルで開催しました。中心になって準備を進めていただいたのが井戸さんでした。8月15日は、井戸さんやMICの仲間、韓国の仲間とソウルで過ごしました。昼に夜に、日韓のメディア労働者同士が連帯と交流を深めました。翌年は、韓国の仲間が8月6日に広島に来てくれました。意義深い連帯と交流の活動でした。
 戦争は社会不安と貧困の帰結でもあります。だから戦争を未然に防ぐには、貧困をなくし社会を安定させなければなりません。そのためには労働者の地位の向上と待遇の改善は必須です。そのためにこそ、労働者の権利は保護されなければなりません。だから労働組合とは、本来的に平和勢力です。MICは毎年8月、隔年で広島と長崎で交互に地元のマスメディア労組の共闘会議と反核フォーラムを開くなど、 平和の問題にも積極的に取り組みました。その中で沖縄のマスコミ労協との交流が深まり、5月の平和行進にもMICからの参加者が増えていきました。そうした活動を踏まえて、井戸さんと相談しながら、沖縄のマスコミ労組との連帯をMICの正規の活動に位置付けたのは、今でもわたしがささやかながら誇りとすることの一つです。井戸さんはまた、三線(さんしん)で沖縄民謡を奏でるほど、沖縄の文化に精通した方でした。

 井戸さんが病に見舞われたのは5年前でした。当時、わたしは勤務先の都合で大阪にいました。関西に里帰りした井戸さんと、大阪でも何度かお会いしました。3年前にわたしが東京に戻ってからも、時折、気のおけない仲間で食事会を開いたりしていました。いつも前向きで病と向き合っていらっしゃったように思います。最後にお会いしたのは今年の夏の終わりでした。いつもの食事会の皆さんと病室にお見舞いにうかがいました。口調はいつもと変わらず、悲壮感とかそういったものはみじんも感じられませんでした。「じゃあ、また来ますね」。まだ時間はあるだろうと勝手に思い込んで、いつもの集まりのお開きの時のようなつもりで病室を後にしました。

 わたしが新聞労連委員長、MIC議長を務めた2年間は、今もわたしにとって何物にも代えがたい宝物のような時間です。「平和と正義」は当時のMICの合い言葉でした。今なお胸に刻む、様々の貴重な経験と教訓を得ました。井戸さんとは時にデモで並んで歩き、争議支援では一緒にシュプレヒコールを上げました。ともに過ごした時間と、井戸さんに教えていただいたことどもは、今後もわたしにとっては、とりわけ困難に行き当たった時には、進むべき道を示してくれる道しるべであり続けるだろうと思います。
 最後に献花いたします。奈良・長谷寺に咲いていたアジサイです。井戸さん、ありがとうございました。安らかにお眠りください。

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以下は、井戸さんとともに過ごしたMIC議長2年間の思い出の一部です。

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沖縄・平和大行進=2006年5月

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争議支援総行動=2005年11月

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夜の銀座デモ=2005年11月

沖縄の過剰な基地集中と主権者の選択~衆院選の投開票を前に

 10月22日投開票の衆院選で問われるべきことの一つとして、沖縄への米軍基地集中の問題があることをあらためて書きとめておきます。
 衆院選公示翌日の10月11日、沖縄本島北部で飛行中の米軍普天間飛行場所属のCH53E大型ヘリが訓練中に出火、東村高江の米軍北部訓練場に近い民有の牧草地に不時着して炎上しました。近くの住宅まで200~300メートルしかありませんでした。
 米軍は同型機の運用をいったんは停止していましたが、日本政府や沖縄県など地元自治体に事故原因を説明しないまま、18日に運用を再開しました。現場では米軍がヘリの残骸を解体し、19日から20日にかけて搬出しました。沖縄県警は航空危険行為処罰法違反容疑を視野に捜査を進めるものの、県警独自の現場検証もなく、米軍側の説明に基づく状況確認にとどまったと報じられています。事故機は部品に放射性物質を使用していることも明らかになっています。

 沖縄には全国の米軍専用施設の7割が集中し、普天間飛行場の移設先として日米両政府が合意している名護市辺野古では、日本政府が沖縄県の反対を押し切って新基地の建設を進めています。このブログでも紹介しましたが、琉球新報が9月に実施した県内世論調査では、辺野古移設を容認するのはわずか14%なのに対して、移設なしの撤去、県外・国外への移設を求める回答は、合わせて80・2%にも上っています。普天間飛行場の辺野古移設に対する県民の民意は明らかと言うべきでしょう。

news-worker.hatenablog.com

 このブログで何度も書いてきたことですが、衆院選の投開票を前にあらためて書きます。国家事業に対する地元の民意は明らかなのに、それが一顧だにされないとは、その地域の未来への自己決定権が認められていないに等しいことです。ほかにそのような地域が日本国内にあるでしょうか。沖縄だけがそういう状況を強いられているのは、沖縄に対する差別としか言いようがありません。その差別を解消するには、日本政府の方針が変わらなければなりません。それは決して不可能ではありません。日本国の主権者である国民の選択の問題だからです。
 具体的には選挙を通じて、沖縄への差別としか言いようがない政策を撤回し、沖縄への基地負担の過剰な集中を解消する政策を持った政府を誕生させることです。それが実現しないのならば、個々人の投票行動のいかんを問わず(棄権は言うに及ばず)、主権者の一人である以上は誰しも、この差別の当事者であることを免れ得ません。今回に限らず、選挙ではいつもそのことが問われているのだと考えています。

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【写真】事故を連日報じた琉球新報の紙面

安倍晋三首相への厳しい視線~備忘:衆院選 終盤情勢の報道

 衆院選の22日の投開票を前に、新聞各紙が情勢調査の結果を報じています。①自民党は堅調②希望の党失速③立憲民主党に勢い、第2党(野党第1党)をうかがう―といった点が共通しているようです。
 その一方で、各紙の調査結果を見ていて浮かび上がるのは、安倍晋三政権ないしは安倍首相への世論の厳しい視線です。内閣支持率は低落の傾向が続いているもよう。朝日新聞と毎日新聞が、今後も安倍氏が首相を続けることの賛否を聞いたところ、朝日新聞調査では「続けてほしい」34%に対し、「そうは思わない」が51%と過半数に達し、毎日新聞調査では「よいと思う」37%、「よいとは思わない」47%でした。
 以下は投開票日の直前の備忘として、書きとめておきます。


 ▼東京発行の新聞各紙の情勢記事掲載日と見出し
 ・朝日新聞
 10月19日(木)付朝刊「比例投票先 立憲伸び13%/本社世論調査 自民34%希望11%」
 ※17~18日に電話世論調査を実施(固定電話の有効回答1640人、携帯電話1574人)
 ・毎日新聞
 10月16日(月)付朝刊「自民 最大300超も/立憲は勢い増す/希望さらに失速/衆院選中盤情勢 本社総合調査」
 ※13~15日に特別世論調査(回答7万3087人)を実施し、取材情報を加味
 ・読売新聞
 10月20日(金)付朝刊「自民、勢い維持/衆院選終盤情勢 希望は苦戦/立憲民主が加速」
 ※17~19日に世論調査(回答4万5282人、日経新聞と協力)を実施、全289選挙区のうち接戦区を中心に114選挙区が対象
 ・日経新聞
 10月20日(金)付朝刊「与党、300議席迫る勢い保つ/2/3獲得は微妙/希望失速、立憲民主伸びる/衆院選 終盤情勢」
 ※17~19日、序盤で接戦だった114選挙区を調査し、独自取材を加味して465議席の情勢を改めて分析
 ・産経新聞
 10月17日(火)付朝刊「自公 3分の2超へ/立憲民主 野党第一党も/希望、公示前下回る可能性/衆院選終盤情勢」
 ※FNN(フジテレビ系列)と合同で12~15日に実施した電話世論調査(サンプル数3万9944)に全国総支局の取材を加味
 ・東京新聞
 10月18日(水)付朝刊「自公2/3維持の勢い/希望、立民 野党第1党争い/終盤情勢」
 ※独自取材に、本紙や共同通信社が行った電話世論調査を加味

 なお、全国の地方紙に記事が掲載されることが多い共同通信は、18日付朝刊用に終盤情勢の新聞掲載用記事を配信しています。
 ・共同通信
 10月18日(水)付朝刊用「自公堅調、3分の2前後/希望50程度、苦戦続く/立民3倍増も、40%未定/衆院選終盤情勢」
 ※15~17日、全国の有権者約12万人を対象にした電話世論調査を実施し、取材も加味

 ▼安倍内閣の支持率
 ・朝日新聞(17~18日) 「支持」38%(前回比2ポイント減) 「不支持」40%(同2ポイント増)※前回は3~4日実施
 ・日経新聞(17~19日、携帯電話のみ、回答1060件) 「支持」46% 「不支持」44%
 ・産経新聞・FNN(12~15日) 「支持」42・5%(前回比7・8ポイント減) 「不支持」46・3%(同6・3ポイント増)※前回は9月16~17日実施

 ▼安倍首相について
 ・朝日新聞(17~18日)
  「安倍さんに今後も首相を続けてほしいと思いますか」
   「続けてほしい」34% 「そうは思わない」51%
   ※18~29歳は「続けてほしい」が49%と多く、30代は拮抗、40代以上は「そうは思わない」が多く60代以上は「そうは思わない」60%
 ・毎日新聞(13~15日)
  「衆院選のあとも、安倍晋三さんが首相を続けた方が良いと思いますか」
   「よいと思う」37% 「よいとは思わない」47%