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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

特捜検察が主導したリニア談合立件に違和感~公取委の内情をマスメディアが報じる意味

 わたしは30代半ばの一時期、社会部記者として公正取引委員会の取材を担当し、「寝ても覚めても独禁法」という生活を送りました。その後の公取委と独禁法のことをつぶさにフォローしているわけではありませんが、基本はそう大きく変わるものではないだろうと考えていますし、今日でも独禁法の記事には自然に目が行きます。報道などで一般に「独禁法」、ないしは少し丁寧に「独占禁止法」と呼ばれる法律は、正式には「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」という名前です。「私的独占」という耳慣れない言葉が第一に来ているために略称は「独占禁止法」となっていますが、この法律とわたしたちの社会生活の関わりから言えば、略称は正式名称の後段から取って「公正取引法」とした方がよほどなじみが持てるのではないかと、担当記者だった当時から考えてきました。
 その独占禁止法を巡って、個人的には少なからず違和感と危惧を覚えるニュースがあります。東京地検特捜部によるいわゆるリニア談合の起訴です。

※47news=共同通信「大手ゼネコン4社起訴/リニア談合、東京地検特捜部」2018年3月23日
 https://this.kiji.is/349816202803840097?c=39546741839462401

 リニア中央新幹線の駅新設工事を巡る談合事件で、東京地検特捜部は23日、独禁法違反(不当な取引制限)の罪で、大林組、鹿島、清水建設、大成建設の法人4社と、鹿島、大成の幹部ら2人を起訴した。
 国の巨額融資が投入された「国家プロジェクト」を支える大手ゼネコンの刑事責任が、司法の場で追及されることになった。民間発注工事に絡み、同法違反の罪で起訴するのは初めて。
 個人で起訴されたのは、独禁法違反の疑いで2日に逮捕された大成の元常務執行役員大川孝容疑者(67)と鹿島の土木営業本部専任部長大沢一郎容疑者(60)。関係者によると、いずれも否認しているとみられる。

 談合を認めた大林組と清水建設は、法人としては起訴されましたが担当者個人は起訴猶予。談合を否定して担当者が逮捕され起訴された大成建設と鹿島との間で、扱いに大きな差が出ました。一般には、6月から施行される司法取引の先取りとして論議があるようですが、わたしは特捜検察が終始一貫して前面に出た捜査と、その結果として事業者の間に大きな扱いの差を付けた起訴に違和感があります。そこに、独禁法を主管する公正取引委員会の意向はどう反映されているのか。この間の報道は大きな扱いでしたが、公取委がどう考えているのかはまったくと言っていいほど報じられませんでした。仮に公取委の意向を顧みることなく、立件ありきの姿勢で終始一貫、東京地検特捜部が捜査を主導していったのであれば、そこに尊大さを感じずにはいられません。かつて特捜検察は、証拠物に手を加えて、犯罪の嫌疑をねつ造する事態を引き起こしました。2010年に発覚した大阪地検特捜部の証拠改ざん事件です。逮捕、起訴された厚生労働省の村木厚子さん(後に厚労省次官)は裁判で無罪が確定しました。この一件は証拠改ざんに手を染めた検事個人の問題にとどまるものではなく、自らの尊大さを制御できなかった果ての、特捜検察の極限の堕落だったのではないかとわたしは考えています。その尊大さが再び頭をもたげているということはないのか。それがわたしが危惧する点です。

 まず、独占禁止法とはどんな法律なのか、一般の人はよく分からないのではないかと思います。わたしなりに整理すると以下の通りです。

 ▼独禁法は「競争政策」という国家上の経済政策を規定する法律であり、その運用や改正は一義的には、独立の行政委員会である公正取引委員会が担っています。
 ▼「競争政策」とは、事業者の経済行為に対して、価格やサービスを常に競わなければいけないとする経済政策です。競争している状態にあるということが主眼なので、例えば価格がいくら安くなったとか、逆にいくら高かったというのは二義的な問題です。価格が問題になるのは刑法の談合罪です。談合によってつり上げた分を発注者である自治体や公共事業体からだまし取ったとする犯罪です。
 ▼競争しようとしない形態で、刑事罰が定められているものの一つがカルテルや入札談合の「不当な取引制限」と呼ばれるものです。独禁法3条が禁じています。しかし公取委はいきなり刑事罰の適用を考えるわけではありません。事業者や業界に対して、まず行政手続きで臨みます。行政処分である排除措置を命じて、ペナルティとして、カルテルや入札談合によって得た売り上げに最高10%の課徴金を課します。利益ではなく売り上げに課すのが特徴です。課徴金も行政処分です。
 ▼このような行政措置では是正や再発防止が期待できないと判断した場合に、刑事手続きへと進みます。過去に何度も排除措置を命じている業界や事業者、違反の規模が大きく国民生活に広範な影響を与えるケースなどでは、調査段階から刑事告発を想定して臨むこともありますが、独禁法を適用する以上、主管は公取委であって、検察といえども公取委の意向は無視できません。
 ▼経済官庁としての公取委は伝統的に「間違った方向に進もうとする事業者を正しい方向に導く」との発想が強く、捜査官庁というよりも監督官庁です。様々な取引について、どんなことをやったら独禁法違反になるか、どこまでならセーフかを事細かく解説したガイドラインをいくつも公表しています。違反事件の行政処分や行政指導の前例と組み合わせて、事業者に参考にするように促しています。事業者はその事例の積み重ねとガイドラインを参考にしながら事業活動を行っています。

 独禁法と公取委とは以上のような法律であり官庁なのですが、今回のリニア談合では、独禁法を主管している公取委がどう考えているのかが、報道からは見えてきません。報道の主語は「東京地検特捜部」ばかりです。
 独禁法違反を刑事事件として立件する場合、オーソドックスなケースでは、公取委がまず違反事件を調査し、概要を解明した上で検察当局と協議し、刑事罰が必要と判断した場合は検察に告発して、以降は検察庁が捜査を開始します。ケースによっては、公取委が最初から検察と協議しながら調査を進めるケースもありますが、今回はまず東京地検特捜部が独自に受注調整の疑いを把握し、刑法違反なども検討した上で、独禁法違反を問うこととし、公取委を巻き込んだという順番のようです。報道を基にした限りですが、民間発注工事ということで刑法の談合罪に問えない中で、何とか立件したかった特捜検察が独禁法に目をつけ、公取委を従わせた可能性はないのか、という点が気になっています。
 違和感を覚えることの一例を挙げれば、独禁法違反となるための構成要件の一つである「一定の取引分野」についてです。典型的な違反の形態は、一定の分野でプレーヤー同士が基本ルールを定め、それに従って受注調整を繰り返す、というものです。今回のリニア事件なら、JR東海を発注者とするリニア工事全体がそれに当たるとするのであればごく自然です。しかし、報道を見るとどうもそうではなく、受注調整を認定した3件の工事をもって「一定の取引分野」としている節があります。リニアの工事契約はこの3件だけではありません。なぜこの3件だけを抽出するのか。そのことに対して、公取委の内部に異論はないのか。もしも、こうした立件のやり方が従来の独禁法運用方針と異なるのであれば、例えば従来のガイドラインとの整合性も問題になります。仮にガイドラインの書き換えが必要になるほどの方針転換ということであれば、ガイドラインに従っていたつもりの事業者は混乱します。
 独禁法の運用を主管している公取委は、刑事罰の以前に行政手続きの具体例を様々に積み上げてきています。東京地検特捜部の捜査と起訴は、そうした部分をも踏まえても、独禁法の運用という観点から整合性が保たれたものと言えるのかどうか。仮に公取委が「問題ない」と考えているのであれば、それはそれでいいのですが、報道からは公取委の考え、判断が伝わってきません。もちろん、23日の起訴に先立って、公取委は告発を行っているので、それは公取委の最終的な見解、判断だとは言いうるのですが、では本当に公取委の内部に異論はないのでしょうか。仮に、独禁法を主管する公取委が示した異論を押し切り、東京地検特捜部が事実上、独禁法の運用の根幹にかかわるような転換を図ったに等しいのであれば、それは尊大に過ぎるのではないかと感じます。
 かつての大阪地検特捜部の証拠隠滅・改ざん事件の際に思ったことですが、特捜検察が極限まで堕落したことの要因の一つとして、特捜検察を無批判にもてはやし続けたマスメディアの存在があったと、これは自分自身がかつて検察担当記者としてその一員であったことの反省を含めて、そう考えています。その意味で、このリニア談合でも、あるいは森友事件でも、マスメディアは特捜検察の捜査を「権力の監視」を意識してウオッチしなければならないと思います。公取委の内部で今回の事件がどのように受け止められているのか、建前ではなくホンネを探り、報じるべきだと思うのも、そうした観点からでもあります。

 3月24日付の東京発行新聞各紙朝刊は、リニア事件の起訴を大きく報じました。各紙ともおおむね、大成建設と鹿島が容疑を否認していることをきちんと伝えており、司法取引を先取りするかのように、検察官の起訴便宜主義によって大林組と清水建設の担当者は起訴が見送られたことに対しては批判的な論調もあって、かつての「特捜検察礼賛」の報道とはしっかり一線を画しています。しかし、公取委の内部の反応などに触れた記事は極めてわずかです。その中で、きちんと取材しているという意味で目を引いたのは、産経新聞が社会面トップに掲載した記事です。社会面に「異例の検察主導」の見出しを立て、長文のサイド記事には「公取委を置き去り」の小見出しのもとに、以下のように報じています。 

 「うちがまだ事情聴取していないのに、まさか先に逮捕するとは」。独禁法を運用する公取委の幹部は、特捜部の捜査手法に戸惑いを隠せない。
 特捜部は昨年12月8、9日、リニアの非常口新設工事の入札で不正があったとして偽計業務妨害容疑で大林組を家宅捜索。同18、19日には独禁法違反容疑で公取委とともに4社を捜索したが、別の公取委幹部は「事件のスタートからして異例だった」と振り返る。
 談合事件は、公取委が数カ月かけて調査を進めた上で特捜部が本格捜査に乗り出すのが一般的だが、今回は当初から特捜部が主導し、家宅捜索からわずか2カ月余りで大成と鹿島の幹部を逮捕。起訴に至るまで3カ月という“スピード捜査”だった。「市場の番人」といわれる公取委がゼネコン側の聴取にもあまり携わっておらず、最後まで“置き去り”にされた。
 異例の検察主導は、談合の端緒をつかんだのが検察側だったことなどがあったためとみられる。 

 独禁法を主管する公取委を置き去りにしての特捜検察の捜査には、やはり「尊大さ」の存在を疑ってかかった方がいいように思います(もちろん、思い過ごしならそれに越したことはないのですが)。ほかには、起訴の対象工事が3件に限られたことの意味を問う読売新聞の記事も、独禁法とはどういう法体系なのか、そのことを特捜検察はどう考えているのか、との問題意識が伝わってくるように思いました。
 この事件の報道はこれで終わりではありません。公判では大成建設と鹿島は徹底抗戦する構えのようです。「権力の監視」を念頭に、これまでの捜査報道以上に注視して報道する必要があると思います。

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写真:見出しに「異例の検察主導」が並ぶ24日付産経新聞の社会面

※参考
 2010年の大阪地検特捜部の証拠改ざん事件を受けて、メディア総合研究所が翌2011年2月に「提言・検察とメディア」を公表しました。このブログでも紹介しました。権力とマスメディアのありようを考える一助として、なお今日性を持っている提言だと思います。

news-worker.hatenablog.com

※追記 2018年3月25日22時40分
 コンプライアンスの専門家として活動する弁護士の郷原信郎氏は、検事として公正取引員会事務局に出向した経験があり、独禁法や公取委に精通した法曹実務家です。
 リニア談合事件でも自身のブログに、検察の捜査に批判的な観点からの論考をいくつかアップしており、とても参考になります。
 「郷原信郎が斬る」 https://nobuogohara.com/
 最新の記事は3月25日アップの「『リニア談合』告発、検察の“下僕”になった公取委」です。タイトルの通り、公取委に極めて厳しい評価を下しています。