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「東京五輪中止」掲げるのは地方紙~「強行すれば首相退陣だ」(沖縄タイムス)、「理解得られぬなら中止を」(西日本新聞) 【追記】公式スポンサーの朝日新聞も「中止の決断を首相に求める」

 7月23日に開会予定の東京五輪まで2カ月を切りました。IOCからはコーツ調整委員長の「緊急事態宣言下でも開催する」発言を始めとして、何が何でも開催との強硬な姿勢がいよいよ露骨になってきています。新型コロナウイルス感染拡大の収束はまったく見通せないのに、日本政府も大会組織委員会も東京都も、IOCの強硬姿勢を追認するだけかのようです。一方で、世論調査では「中止」を求める意見が多数で、「再延期」も含めれば、民意は7月の開催への「反対」が圧倒しています。IOCや日本政府、組織委、東京都と日本社会の民意との乖離は覆うべくもありません。
 そうした中で、新聞のうち地方紙に五輪の中止を明確に主張する社説、論説が出てきています。以前の記事で紹介した信濃毎日新聞(5月23日付「東京五輪・パラ大会 政府は中止を決断せよ」)に続いて、25日付で沖縄タイムス、西日本新聞の両紙が社説で「中止」を掲げました。
 沖縄タイムスは「[『宣言下でも五輪開催』]強行すれば首相退陣だ」の見出し。「延期や中止に該当するかどうかは、日本政府が主体的に判断すべきことだ」とした上で「中止を判断するのは今しかない」と指摘しています。
 西日本新聞も「東京五輪・パラ 理解得られぬなら中止を」との見出しで「国民の理解と協力が得られないのであれば、開催中止もしくは再延期すべきである」と書きました。

 25日付ではほかにも新潟日報、福井新聞、京都新聞、徳島新聞が社説で五輪を取り上げているのが目に止まりました。いずれも直接「中止」に触れたものではありませんが、IOCや日本政府への厳しい見方が共通しています。
 このブログでも何度か触れていますが、東京五輪に対してはコロナ禍の中での開催それ自体へ疑問があるだけでなく、それが民意と乖離していることがさらに大きな問題だと感じています。日本政府にその乖離を埋めようとする努力は見られず、「緊急事態宣言下でも開催」発言に対しても、日本の国家主権にかかわる問題を抱えているにもかかわらず放置しています。政治がそんな状況にある時、民意の側に立った主張を展開するのは、マスメディアの重要なオピニオン機能だと思います。
 全国紙5紙(朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日経新聞、産経新聞)はいずれも発行元の新聞社が東京五輪の公式スポンサーに名前を連ねています。大会の中止を求める論説が今のところ地方紙ばかりであることは、報道機関、言論機関のありようを考える上で示唆に富むように思います。26日付以降も、地方紙から同様の主張が続くのではないでしょうか。
 
 以下に25日付の各紙の社説の見出しと本文の一部を紹介します。いずれも各紙のサイトで読めますので、リンクも載せておきます。

▼沖縄タイムス「[『宣言下でも五輪開催』]強行すれば首相退陣だ」
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/759119 

 五輪開催について菅義偉首相は「安全、安心な大会に全力を尽くす」と抽象論を語るだけで、具体的な説明を避け続けている。
 五輪を巡る国内の空気は異様である。
 日本オリンピック委員会(JOC)の山口香理事は、日本の置かれた現状を「やめることすらできない状況に追い込まれている」と指摘する。
 昨春、五輪の1年延期をIOCに提案したのは安倍晋三前首相である。
 延期や中止に該当するかどうかは、日本政府が主体的に判断すべきことだ。
 政府は28日にも、東京などの緊急事態宣言の延長を決める。五輪実施によって感染拡大が生じれば、首相の政治責任は重大だ。
 中止を判断するのは今しかない。

▼西日本新聞「東京五輪・パラ 理解得られぬなら中止を」
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/744008/

 実際は、ワクチン頼みで、国民を納得させる手だてなどないのではないか、具体的な対策を示さず、引き返せなくなるまでなし崩しに推し進めていくつもりではないか。そんな疑念も拭えない。
 これでは、各種の世論調査が示す通り、東京五輪・パラリンピックの開催に多くの賛同は広がるまい。国民の理解と協力が得られないのであれば、開催中止もしくは再延期すべきである。
 改めて言う。できるものなら、五輪を開催したい。鍛錬を重ねてきた選手たちの成果を見たい。支えてきた人たちの努力もたたえたい。しかし、多くの課題を積み残し、不安や疑問が解消されないまま開催を強行すれば、禍根を残すことになりかねない。

▼新潟日報「宣言下でも五輪 菅首相はどう考えるのか」
 https://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20210525618649.html 

 五輪の準備状況を監督するIOCのコーツ調整委員長は、緊急事態宣言が発令された状況でも「答えはイエス」と述べ、開催が可能だと明言した。
 東京五輪は、当初掲げた「復興五輪」から「新型ウイルスに打ち勝った証し」が強調されるようになった。打ち勝つ見通しが不透明なまま、今度は「宣言下でも開催する」とされた。
 あまりにご都合主義だ。疑問を抱く国民は少なくあるまい。
 共同通信が今月中旬に行った世論調査では、東京五輪中止を求めた人が57・7%と半数を超えた。他の報道機関の調査でも反対意見が多数を占めた。
 菅首相は、開催判断はIOCにあると述べる一方、これまで「安心安全な大会に全力を尽くす」と繰り返してきた。
 コーツ発言をどう受け止めるのか、自らの考えを国民の前に明らかにすべきだ。

▼福井新聞「緊急事態宣言と五輪 IOCの主張は無理筋だ」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1324076

 コーツ氏の発言は、東京五輪の準備状況を監督する調整委員会と組織委などによる合同会議後の記者会見であった。調整委員長も務めるコーツ氏は席上、世論が懐疑的な中でも五輪を開催する意義について「アスリートのためだ。夢を果たすことができるように」とも話している。
 白血病から復帰し、競泳代表になった池江璃花子選手に出場辞退を求める筋違いの声が寄せられた。そんな声がなくとも、反対が渦巻く大会の是非について選手は悩んでいる。コーツ氏の言葉は選手の背を押すどころか、世論との溝をさらに深め、選手を今まで以上に矢面に立たせるものだ。
 合同会議初日の19日、IOCのバッハ会長は「安全・安心な大会を可能にするのは、日本人の粘り強さと逆境を耐え抜く能力」とあいさつした。安全は科学的見地に立って施策を講じることで得られる結果であって、精神論の上に成り立つものではない。
 IOCの財政を支える巨額の放映権料や今後の五輪招致への影響を考えれば、中止は論外なのだろう。安全・安心といいながら最優先は自己の利益という、IOCファーストの身勝手な論理が透けて見える。

▼京都新聞「五輪まで2カ月 国民の不安に回答示せ」
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/570558

 国際オリンピック委員会(IOC)のコーツ調整委員長は、緊急事態宣言が発令された状況であっても開催は可能、と明言した。
 コロナによる重症患者数は高止まりし、医療体制が逼迫(ひっぱく)している地域もある。ワクチン接種も高齢者向けが始まったばかりだ。
 このまま開催に突き進めば、感染がさらに拡大し、深刻な医療崩壊を招くとの懸念は根強い。
 こうした心配に対して、政府や組織委は科学的知見に基づいた説得力のある答えを、いまだ示せていない。そのことが、国民の不安や不信感を増幅させている現実を深く認識しなくてはならない。
 政府などが繰り返す「安心・安全な大会」は本当に可能なのか。時間の猶予はない。開催可否の判断を早急に下すべき時だ。

▼徳島新聞「五輪開催の意義 平和の祭典だったのでは」
 https://www.topics.or.jp/articles/-/533573

 1年前、当時の安倍晋三首相は「1年後に完全な形で五輪を開催する」とIOCに提案し、五輪の意義は「コロナに打ち勝った証し」に変わった。その場しのぎの甘い見通しだったが、安倍氏は政治責任を果たさぬまま退陣した。
 完全な形もコロナ克服も不可能なのだから、後継の菅義偉首相は、再延期を提案するか、それができないのなら理由を丁寧に説明すべきだった。
 中止を求める世論の中には、「なぜ再延期できないのか」という戸惑いも含まれるだろう。「国民の命と健康を守り、安全で安心な五輪」などとごまかし、対話を回避する限り、五輪を見つめる視線はどんどん冷めていく。
 「参加することに意義がある」は、IOCが今も追い求める理想だ。貧困や戦乱でスポーツに打ち込めない人々を援助し、晴れ舞台に送ってきた。観衆は健闘を称え、その境遇に理解を深めた。「開催に意義あり」では、五輪運動の意義が色あせてしまう。


 東京五輪を巡っては、スポーツ紙の明快な報道、論調もしばしば目にするようになってきました。
 一例ですが、サンケイスポーツは24日付の署名コラムでIOCを猛批判しています。
※「【甘口辛口】いまやIOCの実態は“イベント会社” 国のコンセンサスを無視しての開催発言とはまだ神様気取り」 SANSPO.COM =2021年5月24日
https://www.sanspo.com/etc/news/20210524/amk21052405000001-n1.html

www.sanspo.com

 いつも新聞を深く読み込んでいるプチ鹿島さんは、以下のような論考をアップしています。さすがだと思いました。
※文春オンライン「IOC“ぼったくり&はったり男爵”コンビを支えるだけの全国紙たち 『論』を述べた地方紙とスポーツ紙の気概」=2021年5月25日
 https://bunshun.jp/articles/-/45679

bunshun.jp

 

【追記】2021年5月26日7時40分

 この記事の更新から一夜明けて26日朝。朝日新聞が五輪の中止の決断を菅首相に求めることを社説で掲げました。大会の公式スポンサーに名を連ねる新聞社6社(全国紙5社と北海道新聞社)の中で初めてです。公式スポンサーの社論、企業の意思としても異例のことだと思います。一読して論旨は明快です。

 ※朝日新聞「夏の東京五輪 中止の決断を首相に求める」/生命・健康が最優先/「賭け」は許されない/憲章の理念はどこへ 

https://www.asahi.com/articles/DA3S14916744.html