「緊急事態なら中止が筋」(高知新聞)、「期間中でも縮小や中止ためらうな」(神戸新聞)~五輪「中止」「打ち切り」の社説、論説

 東京五輪を巡る波乱と混乱が続いています。
 東京、千葉、埼玉、神奈川の1都3県で行われる競技は無観客とすることが7月8日に決まったのに続き、北海道、福島県での競技も10日までに有観客から無観客に変更となりました。残る有観客での実施は宮城、静岡両県と、学校連携の児童生徒らのみの茨城県です。そんな中で東京都は12日、新型コロナウイルス感染拡大の防止のために、4回目の緊急事態宣言に入りました。8月8日までの五輪会期中はまるまる宣言下です。
 コロナ禍と五輪を扱った7月9日付、10日付の新聞各紙の社説の中には、「緊急事態なら中止が筋だ」(高知新聞)、「無観客でも開催してはならない」(信濃毎日新聞)との主張や、「期間中でも大会の縮小や中止をためらってはならない」(神戸新聞)との主張があります。「中止」や「打ち切り」の選択肢を残すべきだとの指摘には、わたしも同感です。

 以下に、目に付いた社説の見出しと本文の一部を書きとめておきます。

【7月9日付】
▼毎日新聞「宣言下で五輪開催へ 感染爆発防ぐ対策見えぬ」/遅れる経済・生活支援/全面無観客が大前提だ
https://mainichi.jp/articles/20210709/ddm/005/070/128000c

 今後、感染の急拡大で医療体制が崩壊するような最悪の事態も起こりうる。主催者は状況に応じ、大会の中止や競技の打ち切りといった選択肢も想定しておく必要がある。

▼信濃毎日新聞「宣言下の五輪 無観客でも『安心』はない」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2021070900163

 菅首相はきのうの会見で、世界中の人々の心を一つにし、パラリンピックを通じて「心のバリアフリー」を発信できると、両大会の意義を強調した。
 健康と暮らしに重圧がかかる現実の中、情緒的な言葉は国民に響くだろうか。安全安心な大会を目指す策として首相が示したのは、テレワークや交通規制といった従来の対策にすぎない。
 ワクチンが行き渡るまで感染抑制に集中すべき局面にある。国民の理解と協力を得られる発信力と具体策がない。無観客でも開催してはならない。

▼高知新聞「【東京五輪】緊急事態なら中止が筋だ」
 https://www.kochinews.co.jp/article/470161/

 五輪の規模はほかのスポーツイベントと異なる。無観客でも関係者らの入国で人の流れは増え、感染リスクの増大は避けられない。国民の命や健康への影響が懸念される状況では五輪を中止するのが筋である。

【7月10日付】
▼朝日新聞「無観客五輪 専門知、軽視の果てに」
 https://www.asahi.com/articles/DA3S14968681.html

 今後、感染状況がさらに悪化して医療が逼迫(ひっぱく)し、人の命が脅かされるようなことになれば、聖火がともった後でも中断や中止に踏み切る。それだけの覚悟を固めておく必要がある。

▼福井新聞「緊急事態宣言下の五輪 開催の大義はどこにある」
 https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1354633

 五輪憲章は、人間の尊厳に重きを置く平和な社会を推進させるためにスポーツを役立てることをオリンピズムの目的に定める。五輪という競技会は単なるスポーツイベントでない。友情、連帯、フェアプレーの精神、そして相互理解の理念を世界が一緒になって体現していく場なのだ。
 内実は伴っているか。開催の大義は失われていないか。開幕までのわずかな時間で突き詰めねばならない。

▼京都新聞「無観客の五輪 重大なリスク残ったままだ」/持てる最後のカード/専門家の警告聞かず/最悪の事態に備えを
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/595824

 大会期間中、国内の感染拡大を確実に抑え込めるかどうかは未知数だ。人の動きの増加によって感染爆発など最悪の局面が生じた場合、五輪を続行するのかどうかの判断基準を国民に示しておく必要もあるだろう。
 あらゆる事態に備え、感染リスクを最小化することが政府の責務である。

▼神戸新聞「宣言下の五輪/無観客でも安心できない」
 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202107/0014487635.shtml

 開幕2週間前まで二転三転した判断に、チケット購入者やボランティアら多くの人が翻弄された。有観客での開催にこだわり迷走を重ねた菅義偉首相の責任は極めて重い。
 東京五輪は緊急事態宣言下で開かれる異例の大会となる。国民の不安は大きいと言わざるを得ない。
 感染抑止のために国民に我慢を強いる一方で、世界最大級のイベントである五輪を開く。それ自体が矛盾をはらむ。首相は会見で「全人類の努力と英知によって難局を乗り越えていける」と述べたが、不安の解消につながる具体策は示せなかった。感染状況がさらに悪化する事態に陥れば、期間中でも大会の縮小や中止をためらってはならない。

▼中国新聞「『無観客』五輪 開催意義、正面から語れ」
 https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=771609&comment_sub_id=0&category_id=142

 開幕まで2週間を切る中、大会運営は大幅な見直しを強いられ、さらなる混乱も懸念される。無観客で感染リスクは低減できるだろうが、不安材料は尽きない。国際オリンピック委員会(IOC)や政府は、感染状況が悪化すれば、大会の縮小や競技の打ち切りなども想定しておくべきだ。

▼西日本新聞「1都3県無観客 『安心な五輪』には程遠い」
 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/768127/

 緊急事態宣言を含む感染対策は国民に負担や痛みを強いて、イベントや地域行事の中止も迫った。その不満は、最後まで開催の是非を検討することのなかった五輪にも向けられている。
 今聞きたいのは「無観客」にしてまでも五輪を開催する意義と、不安をなくすための具体策である。菅首相や橋本聖子組織委会長から国民に語り掛けるメッセージが伝わってこないのは残念でならない。

  ここで紹介した以外のものも含めて、7月9日付~11日付の五輪関連社説を以下の記事に追記しました。
 

news-worker.hatenablog.com

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