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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

政治利用、危険だけでなくアンフェア、民意の支持少数~もはや止まらない東京五輪「観客入り開催」への疑問

 東京五輪・パラリンピックは今夏、観客を入れての予定日程通りの開催に大きく舵が切られました。
 菅義偉首相は6月17日、新型コロナウイルス対応として東京都や大阪府など10都道府県に出している緊急事態宣言を、沖縄県を残して20日で解除することを表明しました。同日夕の記者会見では、東京五輪・パラリンピックについて、G7首脳会議としての開催への支持が表明され、首脳宣言にも明記されたことを強調しながら「東日本大震災から復興を遂げた姿を世界に発信し、子どもたちに夢や感動を伝える機会になる」「人類が新型コロナという大きな困難に直面する今だからこそ、世界が団結し、人々の努力と英知でこの難局を乗り越えていくことを、日本から世界に発信したい」(朝日新聞の「会見要旨」)などと語りました。また、質疑応答では、観客を入れた場合のリスクなどを問われたのに対し、観客数は国内大規模イベントなどに適用する人数制限などに基づいて決定されると語りました。まん延防止重点措置を解除後は、国内の大規模イベントの観客は上限を1万人にすることとしており、事実上、五輪の観客上限も1万人とすることが軸になりそうです。
 これに対し、政府の対策分科会の尾身茂会長ら感染症の専門家の有志グループは翌18日、「無観客開催が望ましい」とする提言を政府と大会組織委員会に提出しました。観客を入れる場合でも、現行の基準(上限1万人)よりも厳しく制限し、感染拡大や医療ひっ迫の兆候があれば、躊躇なく無観客にするよう求めています。
 毎日新聞の記事(19日付朝刊3面「有志提言に政治の影」)によると、尾身会長は18日の会見で、以下のように説明しました。

「当初の提言は『五輪開催の有無も含めて検討してほしい』との文言があった。しかし菅義偉首相が主要7カ国首脳会議(G7サミット)という国際的な場で開催を表明し、(専門家で)開催の是非を検討することは実際的にはほとんど意味がなくなった」。

 提言自体は開催を前提にした形式になっていますが、感染症の専門家が開催に問題はないと判断しているわけではないと、わたしは受け止めています。

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 以下、いくつか考えていることを書きとめておきます。
 ▼「俺は勝負したんだ」
 五輪開催の強行に民意の支持はあるのでしょうか。日本社会には予定通りの日程での開催を危ぶむ声は根強く、マスメディア各社の世論調査では、開催を容認する意見をどんなに大目に(半ば恣意的に)見積もったとしても、よくて「中止」と五分五分です。そんな民意の支持に疑問符がつくような五輪開催を、菅首相がG7首脳会議の場で言明してしまったことに、わたしは大きな疑問を感じます。しかも菅首相は「全首脳から大変力強い支持をいただいた」と誇っていますが、このブログの以前の記事でも書いた通り、その実態は極めてあいまいです。
 首脳会議の成果をまとめた首脳声明でも、東京五輪については英文で25ページに上る文書の最後、「結語」の本当の最後にわずか2、3行、付け足しのように触れているだけです。25ページもの文書を最後の最後まで目を通さなければ、東京五輪は出てこないのです。日本語訳の骨子には、この部分は残っていますが、英文のサマリーにはありません。「東京五輪開催は国際公約」とは、日本政府がどう主張しようとも、日本語圏以外では必ずしも同じ受け止めではないのではないか。そう考える方が自然だと思うのですが、どうでしょうか。 

news-worker.hatenablog.com

 菅首相が五輪開催にこだわるのは、それによって政権の支持率上昇を図り、ひいては自民党総裁選で再選し長期政権につなげるため、ということが繰り返し報じられています。そのことに関連して、ここ数日の東京発行の新聞各紙の記事でいちばんインパクトがあると感じたのは、18日付の朝日新聞朝刊の時時刻刻「五輪ありき 宣言解除/ワクチン接種加速 首相『勝負した』」の記事です。「勝負した」のくだりは以下の通りです。

 首相ら政権幹部は、5月下旬に再延長を判断した際、五輪に向けた「反転攻勢」の青写真を描いた。五輪1カ月前まで対策を徹底して、感染状況を改善させる。ワクチン接種を加速させ、国民に安心感を広める。主要7カ国首脳会議(G7サミット)で首脳の「支持」をとりつけ、国内外にアピールする―。「俺は勝負したんだ」。ワクチン接種で陣頭指揮を執ってきた首相は最近、側近議員らに繰り返しそう語っている。

 人命を最優先にするなら、そんな「勝負」などという運任せのような判断は厳に慎むべきなのですが、なぜそうまで無理をするのか。やはり政権浮揚のため、と考えるほかないように思います。それは言葉を変えれば私利私欲ではないでしょうか。五輪は一人の政治家の私利私欲を達成するための道具になり、そのためにはG7首脳会議という国際舞台までも恣意的に使われている―。わたしには、そのように思えてなりません。あまりにもあからさまな五輪の政治利用です。
 日本国内の実態としては「五輪開催は国際公約になっている」との受け止めが定着したかのような感があります。しかし、例えばG7首脳会議や、各国首脳との個別会談の詳しいやり取りが明らかになったらどうでしょうか。東京五輪のことは、首脳声明を英文で25ページ、日本語訳で33ページも延々と読まなければ出てこないこと、英文のサマリーからは落ちていることが広く知られればどうでしょうか。随分と印象と受け止めは変わる可能性があるのではないでしょうか。そう考えると、これはマスメディアの報道の問題でもあることに気付かされます。首相がしゃべったことや、外務省のブリーフを報じておけば事足りるのであれば、現地にわざわざ記者を出さずとも、東京で記事は書けてしまいます。

 ▼不公平な五輪
 とはいえ、五輪開催はもう止まらないように思います。海外から選手の来日も始まっており、やめることもできない段階に入ったのかもしれません。ならばどうやってリスクを最小限に抑えるかが、現実的な課題であることは理解できます。そのためにはやはり「無観客」が望ましいでしょう。
 しかし「無観客」には、もう一つの意味があるように思います。日本の新聞や放送などのマスメディアはあまり触れていないように思うのですが、このまま開催される東京五輪は、コロナ禍で危険なだけでなく、不公平、アンフェアな五輪になる、との指摘があります。
 少し前のことになりますが、JOC理事の山口香さんがニューズウイーク・ジャパンのインタビューに答えて、以下のように指摘しています。

※山口香JOC理事「今回の五輪は危険でアンフェア(不公平)なものになる」=2021年6月8日
 https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/06/72350-jocjoc-ioc-iocioc-iocioc-ioc-iocjoc-joc.php

 さらには、「アンフェア(不公平)」を感じる人も出てくる。コロナ感染の問題とは別に、選手たちが本当に力を発揮できる状況なのかが問われる。
 オーストラリアの選手は早めに来日できたが、事前合宿をキャンセルされているチームもたくさんある。また、柔道ではスイスチームが筑波大学で事前合宿をすることになっているが、市や大学側は「来てください。しかし、学生と接触させられません」としている。つまり来日しても練習相手がいない。
 しかも今回は、練習パートナーを日本に連れてくることができない。ものすごいハンデです。それは柔道だけでなく、いろんな種目で起きていること。
 でも日本人選手は通常の練習や準備をしてから、本番を迎えられる。「ホスト国のアドバンテージ」となるかもしれないが、そういうアンフェアなことがあちこちに出てくる。
 アンフェアだけでなく、危険なこともある。本番直前に来日して時差の調整や、日本の夏の暑さに体が順応できないとなったら、屋外競技の陸上などでは危険な事故にもつながりかねない。
そうしたさまざまなことをシミュレーションできているかといえば、今はコロナ対策だけで大変で、手が回っていない。

 観客を入れるとなれば、対象者は日本社会の居住者に限られ、圧倒的に日本人になるでしょう。海外からの選手がただでさえ日本人選手と比べて圧倒的に不利な条件にあるのに、この上、競技場での観客が日本人ばかりで応援が日本人選手に集中するとなれば、不公平の要素がさらに増すことになりはしないか、と思います。大会組織委員会や東京都からは折に触れ「アスリートファースト」という掛け声が聞かれてきましたが、この「不公平」をどう考えるのでしょうか。
 菅首相は17日の会見で大会開催の意義を「子どもたちに夢や感動を伝える機会」と強調していますが、それは各国の選手がそれぞれベストのコンディションで競技場に立ち、持てる力のすべてを発揮して競い合うことが可能な場合のことでしょう。そのような状況とは程遠い大会になるのです。

 ▼「開催」わずか30%(時事通信調査)
 前述のように、マスメディア各社の世論調査では、開催を容認する意見をどう大目に見積もったとしても、よくて「中止」と五分五分です。その中で、時事通信社が6月11~14日に個別対面方式で実施した世論調査の結果が、非常に興味深い内容になっています。
 五輪・パラリンピックについてまず「開催」「再延期」「中止」の3択で聞いたところ、最多は「中止」の40.7%。次いで「開催」30.4%、「再延期」22.2%でした。仮に「中止」「再延期」を合わせて「今夏開催すべきではない」と考えている人たちとみなせば、その合計は62.9%。「開催」を圧倒しています。
 次に、開催する場合の観客受け入れを尋ねたところ、「無観客」が63.9%と圧倒多数でした。「観客数を制限して開催」は27.1%にとどまります。

www.jiji.com

 ほかの調査では、「中止」と「無観客開催」「観客数を制限して開催」を並べて3択で尋ね、結果については「無観客」「観客数制限」を合計して「開催」とし、「『中止』と『開催』が拮抗」などと見出しをたてる例もありました。
 電話か対面かの調査方式の違いを考慮しても、時事通信の尋ね方とでは、どちらが丁寧で、民意をより細やかに表しているかは自明だと思います。今夏の五輪開催を積極的に容認する民意は圧倒的に少数であり、どうしてもやるなら無観客で、と考えていることがうかがえます。このまま五輪大会開催が強行されても、果たして菅首相の思惑通りに内閣支持率が回復するかは疑わしいように思います。

 

 以下に、東京発行新聞各紙の18日付朝刊、19日付朝刊の五輪関係の主な記事の見出しを書きとめておきます。朝日、毎日、読売、日経、産経の5紙は発行新聞社が大会の公式スポンサーに名を連ねています。
 朝日、毎日、産経の3紙が五輪関係を1面トップの本記や、総合面の大型のサイド、大型の社説で扱っていることと比べると、経済紙の日経はともかくとして、読売新聞は相対的に控え目な扱いになっているように感じます。
 例えば各紙とも売り物の一つである総合面の大型のサイド記事です。18日付朝刊では、朝日「時時刻刻」、毎日「クローズアップ」が「五輪ありき」の緊急事態宣言解除の内幕を詳述しているのに対し、読売新聞「スキャナー」は、宣言解除後の酒類提供がテーマで、五輪とは直接関係ありません。19日付朝刊も朝日・時時刻刻、毎日・クローズアップが尾身会長ら専門家有志の提言を取り上げているのに対し、読売・スキャナーは全く別の「骨太方針」がテーマでした。読売新聞は尾身会長らの提言は1面に掲載していますが、全文で23行と極めてコンパクトです。

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■6月18日付朝刊
【朝日新聞】
1面トップ「首相、観客入り開催に意欲/五輪 最大1万人で調整/無観客がリスク最小 尾身氏ら提言へ」
1面「緊急事態20日解除 決定/沖縄除く 7都道府県、重点措置へ」
2面・時時刻刻「五輪ありき 宣言解除/ワクチン接種加速 首相『勝負した』」「発言控える小池氏、受け身の吉村氏」「リバウンド 専門家も懸念」
社説「再拡大懸念下の解除 五輪リスク、首相は直視を」/対策はワクチン頼み/説得力欠く自粛要請/必要なら『再宣言』も

【毎日新聞】
1面トップ「種類提供7時まで容認/9都道府県 緊急事態解除決定」/「知事 制限判断に苦慮」
1面「感染拡大予兆で無観客/尾身氏ら五輪『見解』提出へ」
3面・クローズアップ「五輪ありきの解除/国民の自粛疲れも背景」「疑心暗鬼の準備続く」
社説「宣言解除と東京五輪 無観客での開催を求める」/感染再拡大の懸念強い/専門知を尊重すべきだ

【読売新聞】
1面トップ「酒『夜7時まで』条件付き/沖縄以外 緊急事態20日解除/10都道府県 まん延防止来月11日まで」/「酒提供 東京・大阪きょう判断」
1面「五輪観客 上限1万人/5者会談 21日にも合意」
3面・スキャナー「『酒類提供』都迷う/政府『容認』で対策再検討」/「沖縄、自粛徹底しきれず/緊急事態 唯一延長」
社説「緊急事態解除 感染再拡大の前例繰り返すな」

【日経新聞】
1面トップ「7都道府県、まん延防止に/緊急事態 20日解除を決定/来月11日まで/埼玉や愛知 酒類、夜7時まで」
1面「『医療逼迫なら酒停止』/首相 五輪開催、観客入りで」
3面「飲食店規制 迷走続く/国、自治体、責任押し付け合い/届かぬ協力金 窮地に」/「病床上積み16%どまり/3月下旬比 『第5波』へ備え不十分」
社説「『緊急事態』後の制限緩和は段階的に」

【産経新聞】
1面トップ「首相『希望者接種、迅速に』/7都道府県 蔓延防止へ/宣言20日解除」
1面「五輪観客『上限1万人』/橋本会長 21日にも5者協議」
3面「宣言解除『緩み』警戒/在宅勤務低調 7割遠く/じれる飲食 酒類提供も」/「沖縄 唯一の宣言延長」
社説(「主張」)「緊急宣言の解除 五輪開催に協力を求めよ/ワクチン迅速化がカギを握る」/観客数は政治が判断を/聖火のともる日は近い

【東京新聞】
1面トップ「観客入れて五輪 首相が表明/緊急事態解除 まん延防止へ/21日から 酒類提供 夜7時まで容認/東京など7都道府県」/「感染拡大リスク 答えず/上限1万人 想定」
2面・核心「五輪開催 突き進む政権/重点措置 大会目前までの3週間/『ありき』の日程 前回超す感染でも宣言解除」
社説「緊急宣言を解除 感染再拡大は防がねば」

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■6月19日付朝刊
【朝日新聞】
1面トップ「尾身氏ら『無観客望ましい』/五輪 有観客なら『基準厳しく』/政府に提言」/提言の骨子(7項目)
1面「『観客、直行直帰を』/組織委が指針素案」
2面・時時刻刻「五輪リスク『説明を』」「政府の認識・軽減策問う」「専門家の動き 政権は警戒」「有観客前提の首相に難題」

【毎日新聞】
1面「五輪無観客 望ましい/尾身氏ら、国・組織委に提言」
3面・クローズアップ「有志提言に政治の影/五輪税の言及『封印』」「開催前提にかじ切る」「隔たりにも平成装う政府」「観客議論なし 組織委面従腹背」

【読売新聞】
1面「『五輪無観客望ましい』/医療逼迫予兆なら 機敏な対策求める/尾身氏提言」/「リスク払拭探る/橋下組織委会長」
2面「大会関係者来日5.3万人/組織委試算 当初の1/3に削減/五輪・パラ」/「『五輪5者協議で尾身提言を議論』官房長官」

【日経新聞】
3面「五輪観戦 直行直帰を/組織委、神流抑制へ指針案」/「尾身氏は提言『無観客望ましい』」/「五輪中に再発例も/20日再宣言解除で人出増なら/試算相次ぐ」

【産経新聞】
1面トップ「五輪『無観客望ましい』/尾身氏ら提言①1万人基準より厳しく②競技開催地の住人限定③医療逼迫予兆なら対策/橋本会長『政府上限に則る』」
3面「政府と溝 攻防いつまで/五輪 最終形は見通せず/『接触機会増 リスクある』」/「時差来場・直行直帰求める/観客向けガイドライン素案」/「五輪関係者ら接種スタート」

【東京新聞】
1面トップ「無観客 望ましい/尾身氏ら提言/政府は観客固執/首相 対応語らず 21日上限決定」/提言の骨子(7項目)
2面・核心「政治が先手 遅れた提言/開催是非 盛り込めず」「専門家の助言 首相使い分け/『GoTo』では軽視 苦境になると尊重」
2面「『五輪無観客も覚悟』/橋本会長、専門家提言に配慮」/「海外大会関係者5万3000人に圧縮 五輪組織委」
7面・提言要旨
社説「五輪への提言 尊重して対策に生かせ」