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コロナ禍の五輪開催の意義と「安全、安心」の基準

 国会では先週来、東京五輪開催を巡る質疑が続いています。ここにきて大きな焦点になっていることの一つは、この新型コロナウイルス禍の下で五輪を開催すること自体の意義です。もう一つは、何をもって「安全、安心な五輪開催」と言うのか、その基準です。マスメディアでも、これらの点を取り上げた報道が目に付きます。
 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、6月2日の衆院厚生労働委員会で「何のために開催するのか、明確なストーリーとリスクの最小化をパッケージで話さないと、一般の人は協力しようと思わない」と指摘しています。菅義偉首相は同日、記者団に問われて「まさに平和の祭典」「一流のアスリートがこの東京に集まって、そして、スポーツの力で世界に発信をしていく」「そのための安心・安全の対策をしっかり講じた上で、そこはやっていきたい」などと述べましたが、「なぜコロナ禍の下で」との疑問に答える内容ではありませんでした。
 8日付の毎日新聞(東京本社発行)朝刊は1面トップで「首相 抽象論に終始/安全安心な五輪開催の基準って?/復興→コロナ→平和 意義変遷」の見出しとともに、菅首相が具体的な開催基準を語らず、五輪開催の「大義」の説明にも苦慮している様子をまとめた記事を掲載しました。併用のビジュアル表からは、これまで安倍晋三前首相と菅首相が五輪開催の意義をどのように語ってきたかが一目で分かります。その部分を引用します。

安倍晋三前首相
2014年9月:国会の所信表明演説
「何としても『復興五輪』にしたい。日本が生まれ変わるきっかけとしなければならない」
20年3月:主要7カ国(G7)首脳とのテレビ電話会談で
「人類がコロナに打ち勝った証しとして、完全な形で実施したい」

菅義偉首相
21年2月20日:記者団に
「人類がコロナとの闘いに打ち勝った証しとして、安全安心の大会を実現したい」
6月2日:記者団に
「まさに平和の祭典。一流のアスリートが集まり、スポーツの力を世界に発信する」
7日:参院決算委員会
「国民の命と健康を守るのは私の責任だ。守れなければ(五輪を)やらないのは当然のことだ」

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 産経新聞は8日付の「主張」で、五輪開催の意義についての菅首相の答弁を「尾身氏への答えになっていない」と指摘し「こうした答弁が続くようでは、いよいよ国民の心は五輪から離れてしまう」と酷評しています。
・産経新聞(「主張」)「東京五輪 首相は尾身発言に答えよ スポーツ界の快挙見過ごすな」/「何のためにやるのか」/コロナ禍克服の象徴に
https://www.sankei.com/article/20210608-5EYZNZWHHJJAJHEQ7KZKO5YUGQ/

 尾身氏の発言の中で、最も首肯すべきは「五輪をこういう状況の中で、いったい何のためにやるのか、はっきり明言することが重要だ」と述べたことだ。これは菅義偉首相に向けた言葉だろう。
 菅首相は7日の参院決算委員会で東京五輪について問われ、「まずは緊急事態宣言解除に全力を挙げたい。国民の命と健康を守ることが開催の前提条件だ。こうしたことが実現できるように対策を講じるが、前提が崩れれば行わないということだ」と述べた。これでは「何のために」という尾身氏への答えになっていない。
 9日には党首討論が予定されている。こうした答弁が続くようでは、いよいよ国民の心は五輪から離れてしまう。東京五輪の意義について、開催国の首相として、しっかりと語ってほしい。

 このほか、8日付の朝日新聞朝刊では、総合面の大型読み物記事「時時刻刻」が、感染症の専門家としての自負を元に強い調子で発言を続ける尾身会長を、政権が警戒している様子をリポートしているのが目に止まりました。見出しは以下の通りです。
「尾身氏提言 身構える政権」「五輪リスク諮問 拒む/『分科会 審議する場所でない』」/「専門家 感染拡大防げなかった後悔/中止・無観客・縮小 線引き求める案も」