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菅首相「『1万人』五輪相へ自ら提案」(産経)、「『無観客』盾に強行突破」(毎日)~会場の酒類販売は見送り

 東京五輪の観客は、収容定員の50%以内で上限1万人に決まりました。6月21日に大会組織委員会、日本政府、東京都、国際オリンピック委員会(IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)の5者協議が開かれ、終了後に橋本聖子・組織委会長が記者会見で発表しました。先週来、菅義偉首相が「有観客」に強い意欲を見せ、国内の大規模イベントの入場者数の上限にならうことが半ば既定の方針のように伝えられており、「ああ、やっぱり」という感想しかありません。
 政府の対策分科会の尾身茂会長ら感染症の専門家の有志グループは「無観客開催が望ましい」との提言を18日に組織委と政府に提出していました。しかし、ほとんど顧慮されなかったようです。22日付の東京発行の新聞各紙朝刊は、それぞれ総合面の大型サイド記事で内幕をリポートしています。読売新聞の「『観客あり』で決着/プロ野球・Jリーグ根拠」の記事には、次のような一節があります。 

 政府内で方向性が固まったのは今月15日だ。首相官邸で菅首相と丸川五輪相、萩生田文部科学相が観客規模について協議し、都内などの感染状況や感染対策の状況などを踏まえて「上限1万人」を基本線とすることで一致し、最終調整に入っていた。内閣官房の幹部は「宣言期間中に観客規模に言及すれば、猛反発を招き、大会中止論に拍車をかけていた」と語る。

 また産経新聞の「五輪に観客 首相強い意向/『1万人』五輪相へ自ら提案」の記事にも以下のようなくだりがあります。

 「最大1万人でどうだろうか」。菅義偉首相は15日午前、丸川珠代五輪相とスポーツ行政を所管する萩生田光一文部科学相を官邸に呼んだ際に、こう切り出した。組織委はあくまで「50%」を希望していたため、板挟みになった丸川氏は困惑の表情を浮かべた。丸川氏は会談後、周囲に「かなり厳しい」と漏らしたという。

 尾身会長らの提言の3日前には、大勢は決していたようです。
 もう一つ、興味深く読んだのは、毎日新聞3面のクローズアップ「『無観客』盾に強行突破」の記事です。

 大会組織委員会と政府、東京都は、IOC、国際パラリンピック委員会(IPC)との5者協議で、東京五輪の観客上限を会場定員の50%以内で最大1万人とすることを決めた。IOC関係者が「ボールは日本側にある」と話す通り、観客については日本側が提案し、IOCが承認した。チケット収入を得るのは組織委だ。IOCは放映権料さえ入れば利権が守られるため、観客の有無は気にしない。

 観客にこだわったのは日本側だ。
 (中略)
 ただし、今後の感染状況を懸念する世論への配慮から「無観客」論を装った。5者協議の冒頭、小池百合子知事は「感染・医療状況に急激な変化がある場合は、無観客を含めて対応を検討する必要がある」と述べた。その約1時間半前には菅首相も触れ、「無観客」の合唱が始まった。組織委関係者は「誰も本当に無観客にするつもりはない」と語る。無観客を盾にして突き進んだ。

 ここで「無観客」にしてしまえば、あと1カ月の間に新型コロナウイルスの感染が拡大した場合はもはや「中止」しか選択肢はありませんが、「有観客」「上限1万人」としたことで、「無観客」が最後のカードとして残りました。仮に感染拡大があったとしても、無観客ながらも大会自体は開催される、ということのようです。

 ほかに以下のようなニュースもありました。目を疑いました。新型コロナウイルスの感染防止対策の急所として「飲食」が指摘されています。競技場には直行直帰、帰りにどこかに立ち寄ることは避けるよう言われているのに、競技場での飲酒を容認とは、どう考えても整合性がありません。
 大会の公式スポンサーであるゴールドパートナーにはアサヒビールが名前を連ねています。
 ※共同通信「五輪会場での酒類販売を容認へ/組織委、時間帯など制限か」=2021年6月22日
 https://nordot.app/779737522590334976?

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 以下に、東京発行の新聞各紙が6月22日付朝刊で、観客問題をどのように報じたか、主な記事の見出しを書きとめておきます。

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【朝日新聞】
 ・1面トップ「五輪有観客なら上限1万人/感染状況次第で無観客視野/組織委『関係者は枠外』/5者協議合意」
 ・3面「『有観客』判断 開幕前に先延ばし」「『首相のこだわり』反映か」「チケットの扱い 混乱含み」
 ・社説「五輪の観客 科学置き去りの独善だ」

【毎日新聞】
 ・1面トップ「五輪観客上限1万人決定/5者協議 一部チケット再抽選/首相『無観客辞さず』」
 ・1面「専門家提言 直視を」田原和宏・東京五輪取材班キャップ
 ・3面・クローズアップ「『無観客』盾に強行突破」「五輪開催へ予防線」「最大1万人懸念強く」「規則集 残る課題/『変異株考慮せず』『抽象論だけ』」
 ・社会面トップ「有観客、理解できない/都医師会長『五輪で医療圧迫』」/「保健所対策立てられず」
 ・社説「五輪の『有観客』方針 安全軽視の無責任な判断」

【読売新聞】
 ・1面トップ「五輪上限1万人 合意/チケット 一部は再抽選/5者会談/パラ 来月16日までに決定」/「首相『緊急事態なら無観客も』」
 ・3面・スキャナー「『観客あり』で決着/プロ野球・Jリーグ根拠」「競技場外の行動 重要/時差来場や直行直帰」
 ・社会面トップ「観客制限 まだ課題/再抽選90万枚削減/同時に競技 人出増」
 ・社説「五輪1万人収容 観客の直行直帰を徹底したい」

【日経新聞】
 ・1面準トップ「五輪観客1万人まで/5者協議決定 定員の50%以内/チケット、一部再抽選」
 ・3面「五輪人流 1日最大20万人/観客の直行直帰 課題/県境またぎ観戦に・会場周辺に滞留も」/「首相『無観客辞さず』/期間中、緊急事態宣言なら…」/「90万枚 再抽選で落選/一部チケット、当選者絞り込み」
 ・社説「五輪開催に向けて万全の感染対策を」

【産経新聞】
 ・1面「五輪観客 最大1万人決定/5者協議 緊急事態なら無観客も」
 ・3面「五輪に観客 首相強い意向/『1万人』五輪相へ自ら提案」/「感染拡大の懸念 なお残る」
 ・社説(「主張」)「東京五輪に観客 政府は国民に理解求めよ」

【東京新聞】
 ・1面トップ「五輪『観客1万人開催』/大会関係者らは別枠/5者協議 宣言発令で無観客も」「専門家提言 反映せず」
 ・1面「説明なき決定 増す疑問」高山晶一・政治部長
 ・3面「政権固執 責任重く/五輪観客 上限1万人/感染拡大の懸念に耳傾けず」
 ・第2社会面「『予防の気持ち緩む』『期待してない』/感染心配、ホテルは諦めの声」/「合理性無視の政治判断」医療ガバナンス研究所の上昌弘理事長
 ・社説「五輪観客上限 なし崩しの拡大許せぬ」

 

※追記 2021年6月23日8時20分

 競技会場での酒の販売について、大会組織委は一転して見送る方針を固めたとのことです。共同通信の記事は「新型コロナウイルス感染症対策の観点から難しいとの判断に転じた」「世論の厳しい反応も考慮したとみられる」と伝えています。あまりにも社会常識を欠き、世論から遊離していることがよく分かるひとコマでした。
 ※共同通信「五輪会場、酒類販売を見送りへ/提供検討から一転、コロナ対策で」=2021年6月22日 

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※追記2 2021年6月23日8時30分

「『観客 最大1万人』が決まった舞台裏」から改題しました。