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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「人権侵害の懸念消えず」(沖縄タイムス) 「欠陥法は認められない」(琉球新報)~土地規正法成立、在京各紙はスタンスに違い

 自衛隊や米軍基地など安全保障上の「重要施設」周辺や国境に近い離島などの土地利用を規制する法律が16日未明、参院本会議で可決、成立しました。マスメディアの報道では「土地規制法」との呼び方が主流のようです。自民党、公明党に加え日本維新の会、国民民主党が賛成。反対したのは立憲民主党と共産党でした。
 立法事実=必要性の根拠が乏しい上に、あいまいな規定で恣意的な運用が危惧されています。しかし、新型コロナウイルスへの対応と東京五輪開催の可否の陰に隠れるようにして、短時間の審理で採決が行われました。この間の報道の量も相対的に少なく、一般にはあまり知られていないのではないかと思います。

 この新法の問題点は、基地が集中する沖縄の新聞2紙、沖縄タイムスと琉球新報がそれぞれ16日付で掲載した社説に、簡潔にまとめられています。

 ※沖縄タイムス社説:16日付「[土地規制法成立へ]人権侵害の懸念消えず」
  https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/770796

 最大の懸念材料は、法案に盛り込むべき重要な項目が盛り込まれず、肝心な部分が、政府の作成する基本方針や政令などに委ねられていることだ。

 国会は、人権侵害が懸念されるにもかかわらず、チェック機能を十分に果たすことができなかった。条文の恣意(しい)的な解釈が行われるのを拭い去ることはできない。
 法案審議の過程で、個人の思想信条を調べることも、条文上は排除されていないことが明らかにされた。
 米軍基地が集中し、離島での自衛隊基地建設が進んでいる沖縄県は、国境離島を数多く抱える地域でもある。
 基地建設や機能強化に反対する市民の行動にこの法律が適用され、プライバシー権が侵害される懸念がある。

 ※琉球新報社説:16日付「土地規制法成立 欠陥法は認められない」
  https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1338948.html

 対象施設を明らかにしないだけでなく、施設の「機能を阻害する行為」も国会で例示しなかった。閣議で決める基本方針に盛り込むという。国会のチェックが働かず政府に「白紙委任」したことを意味し立法府の責任放棄である。
 沖縄の場合、名護市辺野古の新基地建設に反対する市民運動などが「阻害する行為」とされかねない。米軍の環境破壊を告発したチョウ類研究者の自宅を家宅捜索した県警の動きは、土地規制法の先取りとの警戒感が広がる。
 「注視区域」の調査は、内閣府に新設する部局が公安調査庁など関係省庁と連携して行い、情報を一元的に管理する。調査する内容は国会に示さず、後に政令で決める。情報機関が肥大化し国会のチェックが働かない。
 看過できないのは、個人の思想信条の調査について政府が「条文上、排除されていない」との認識を示したことだ。住民監視活動を法的に認めたのに等しい。法律が成立したことで監視対象が次々と広がる可能性がある。
 政府は過去に重要施設への機能阻害行為が確認されていないことを認めている。立法を必要とする根拠がないことをあらためて強調したい。

 かつて防衛庁が情報公開請求した人のリストを作成していたり、自衛隊の情報保全隊が自衛隊のイラク派遣に反対する運動を監視していたり、あるいは沖縄で大阪府警の機動隊員が基地反対運動のメンバーを「土人」呼ばわりしたり、といったことがありました。そういう事例を思い起こせば、この新法に対する危惧は理由がないことではありません。今後の動向を注視する必要があります。

 この新法の成立を17日付の東京発行の新聞各紙はどう報じたか、扱いを書きとめておきます。
 社説を含めて、批判や懸念を紹介した記事を掲載したのは朝日新聞、日経新聞、東京新聞でした。新聞によってスタンスに違いがあることがうかがえます。

▼朝日新聞
1面準トップ「土地規制法が成立/基地や原発周辺 対象/国会閉会」表
3面(総合)「『住民を広く規制』消えぬ懸念/条文規定あいまいなまま」図解

▼毎日新聞
1面「重要土地法が成立/コロナ対応の中、国会閉会」

▼読売新聞
2面「秋の衆院選へ準備加速/安保土地規制法が成立/国会閉会」
4面(政治)「立・共 未明まで抗戦/安保土地法成立 解任決議案 連発」

▼日経新聞
5面(経済・政策)「土地取引規制 安保に直結/新法成立、基地や原発周辺対象/中国念頭 不正利用防ぐ/過度な私権制限 残る懸念」表・図解

▼産経新聞
3面(総合)「国会閉会/土地規制法 未明に成立」
社説(「主張」)「人権決議の見送り 時が止まった国会なのか/中国におもねる姿勢改めよ」/深刻な問題を露呈した/土地法案は成立したが 

https://www.sankei.com/article/20210617-ELVJJXWZX5LN3EEGEASSP4FA6Q/

 安全保障上重要な土地の利用を政府が調査、規制できるようにする土地利用規制法が16日未明、与党と維新、国民の賛成多数で成立した。自衛隊や海上保安庁の施設、原子力発電所など重要インフラや国境離島を守るのに必要な法律の制定は歓迎すべきことだ。

 問題は、野党第一党の立民と共産党が成立を妨げようと徹底抗戦したことだ。安全保障上、極めて無責任な姿勢といえる。法律にのっとった土地の売買や利用は少しも制限されない。困るのは、スパイ行為や妨害・破壊工作の意図がある敵性国や勢力だけだ。立民が足を引っ張るようでは、建設的な安全保障論議は難しい。

 ▼東京新聞
7面(総合)「政府の恣意的運用 懸念/土地利用規制法 未明の成立/対象区域の指定 着手へ」
社説「土地規制法成立 白紙委任はできない」

https://www.tokyo-np.co.jp/article/111032?rct=editorial

 参院内閣委員会の十四日の参考人質疑では、与野党それぞれが推薦した三人の参考人全員が条文のあいまいさを指摘した。政府は法案審議を通じ、恣意(しい)的運用に対する懸念に何も答えてはいない。
 そればかりか、付則にある五年後の見直し規定に関し、約三キロ圏への指定区域拡大や土地の強制収用など規制強化に言及することすらあった。とても看過できない。
 政府は二〇二二年度の法運用開始を目指し、区域指定や機能阻害行為の例示に取り組むというが、自治体や対象地域住民の意見を丁寧に聞き、検討状況をその都度、国会に報告すべきだ。
 国民の暮らしに大きな影響を与えかねない法律だ。政府は白紙委任されたわけではないことを、肝に銘じるべきである。

 ※追記 2021年6月19日9時15分

 副題を「土地規正法成立、在京紙の報道の記録」から改題しました。