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追い詰められる岸田首相~「国葬」基準を否定、法治ではなく人治ではないか

 岸田文雄首相は追い詰められている、と感じます。8月31日に記者会見し、安倍晋三元首相の国葬について、国会で自らが説明すると表明しました。また、自民党が旧統一教会(世界平和統一家庭連合)との関係を絶つこと、党所属の国会議員との関係を点検して公表することを明らかにしました。国葬について、国会での説明には応じない姿勢を見せているうちに、民意は賛否二分から反対多数へと変わりました。個々の議員任せだった旧統一教会への対応にも批判が高まってきています。8月10日の内閣改造後も、内閣支持率の急落傾向になすすべがなく、従来の方針を大きく転換せざるを得なくなったようです。岸田首相を追い詰めているのは世論の怒りです。
 産経新聞の報道によると、会見で岸田首相は安倍元首相の国葬について、理由を4点説明しました。①安倍元首相が憲政史上最長の8年8カ月、首相の重責を務めた②東日本大震災の復興や日本経済の再生、平和秩序に貢献した③諸外国で敬意と弔意が示されている④選挙活動中の非業の死で暴力には屈しない姿勢を示す―です。しかし、安倍元首相の業績をどれだけ強調しようとも、まるで説得力はありません。自民党として関係を絶つ、と表明した旧統一教会と安倍元首相が深い関係にあったと指摘されているからです。参院選では、安倍元首相が旧統一教会票の差配役だったとの証言すら報じられています。なのに、岸田首相は調査する考えは全くないようです。これでは「関係を絶つ」と口にした、その本気度も疑わざるを得ません。
 さらに見過ごせない発言があります。毎日新聞によると、岸田首相は国葬に該当するか否かの基準策定について「基準をもとにして当てはめるのではなく、総合的に時の政府が責任を持って判断するのがあるべき姿だ」として否定したとのことです。驚きました。法の支配、法治を否定したのも同然です。
 国葬を巡るそもそもの、そしてある意味では最大の問題は、法令に何も規定がないことです。戦前の「国葬令」は現憲法の施行によって無効となりました。普通に解釈すれば、現憲法下では皇室典範に規定がある天皇関連の国葬以外には、国葬は認められていないということになります。かつては基準が定められていたのですから、再び国葬を行うなら新たに基準を明確にする必要があります。天皇以外の戦後の国葬は吉田茂元首相の1例しかないのも、新たな基準がないまま実施したことに無理があったからこそではないか。吉田元首相のケースは、国葬を実施した前例とみるべきではありません。その後は国葬が行われてこなかったことが、踏襲すべき前例です。法治国家であるなら、国葬をやるにはやはり法令に規定が必要です。それは不要だ、内閣、つまりは首相の判断で決めていい、というのは法治ではなく人治そのものです。
 岸田首相は会見で「政権の初心に帰って丁寧な説明に全力を尽くしてまいります」(朝日新聞)と述べたとのことです。しかし、安倍元首相と旧統一教会との関係を調査する姿勢すら見せないのでは、いかに「初心」を強調しようとも、口だけに終わるだろうと感じます。実際のところ、もはや国葬は後戻りできないのかもしれません。それならそれで、さらに信を失うことになるだけです。そうした政権が巨額の軍事費を計上する予算を組んだり、原発再稼働を掲げたりすることに疑問を感じざるを得ません。

 岸田首相の会見について、東京発行の新聞各紙の扱いは多様でした。
 1面トップは朝日新聞と東京新聞の2紙。ただし、東京新聞は市民らによる国会前での国葬反対の集会がメインでした。東京新聞以外の5紙の本記の見出しは以下の通りです。
・朝日「国葬 首相が国会説明へ/旧統一教会問題『総裁としておわび』」
・毎日「首相『旧統一教会と絶縁』/国葬、国会で説明へ」
・読売「入国上限5万人 表明/首相『旧統一教会 関係絶つ』」
・日経「旧統一教会と『関係絶つ』/首相、支持低下が迫った対応」
・産経「国葬『閉会中審査で説明』/首相会見 入国5万人に緩和/旧統一教会との断絶指示」
 主見出しは朝日、産経は国葬、毎日、日経は旧統一教会ですが、読売だけは新型コロナウイルス対応を主見出しにしています。国葬については大きく扱いたくない、ということなのでしょうか。

 社説は朝日、毎日、読売、産経の4紙が掲載。産経新聞はもともと国葬支持です。読売新聞の社説は、「政策遂行し着実に成果出せ」の見出しの通り、大半はコロナ禍対策についてですが、最後に以下のように国葬への反対意見の表明を批判しているのが目を引きました。

 一部の野党が、旧統一教会の問題と安倍氏の国葬を結びつけて批判しているのは、合理性を欠く。「国葬は国民への弔意の強制につながる」といった声高な反対は、素直に弔意を表したい人への心理的な圧迫になりかねない。
 計8年8か月、首相の重責を務めた人を国葬で見送ることは、何ら不自然ではあるまい。

 国葬を支持するのなら、そうとだけ書けばいいのに、わざわざ反対への批判の形を取るのは、どういう思惑なのか。国葬への批判は「表現の自由」には当たらない、との見解なのでしょうか。

 以下は岸田首相会見の各紙の扱いと主な見出しです。
【9月1日付朝刊】
▼朝日新聞
 ・1面トップ「国葬 首相が国会説明へ/旧統一教会問題『総裁としておわび』」/「弔旗・黙祷各府省で」
 ・2面・時時刻刻「『初心』首相の焦り/国葬に批判 旧統一教会問題」「支持率下落 打開図る/国会出席、党内説明せず表明」「教団と『断絶』鈍い自民/国葬経費の総額 野党追及へ」
 ・4面・会見要旨
 ・第2社会面「『国葬説明、首相はいい加減』国会前でデモ」 /「賛同会員『退会』 井上議員が説明/旧統一教会巡り」
・社説「『国葬』・教団 信頼回復 言葉だけでは」

▼毎日新聞
・1面準トップ「首相『旧統一教会と絶縁』/国葬、国会で説明へ」/「入国上限5万人に緩和」
 ※トップは「ゴルバチョフ氏死去」
・2面・焦点「支持率急落 方針転換/首相、国葬実施国会説明へ」「弔意表明 国民に求めず/各府省庁で弔旗・黙とう/閣議了解でなく『葬儀委員長決定』」
 ・社会面トップ「安倍氏国葬 説明足りぬ/旧統一教会との関係は/街の声」/「『弔意強制するな』国会前デモ」/「差し止め請求 高裁も認めず」/「国民の分断招く」武田真一郎・成蹊大教授(行政法):「再考する契機に」大川千寿・神奈川大教授(政治過程論)
・社説「自民の旧統一教会調査 解明には程遠い首相指示」

▼読売新聞
 ・1面「入国上限5万人 表明/首相『旧統一教会 関係絶つ』」
 ※トップは「防衛費最大5兆5947億円」
 ・4面(政治)「首相『初心に帰る』強調/国葬・旧統一教会 批判受け/政権ダメージ 低減意識」/「『関係浅い』議員 非公表方針/自民、旧統一教会調査で」/「自民・井上議員 『賛同会員』大会」/「国葬費用の総額 提示要求で一致/野党、警備費含め」
 ・社説「首相記者会見 政策遂行し着実に成果出せ」

▼日経新聞
 ・1面「旧統一教会と『関係絶つ』/首相、支持低下が迫った対応」
 ※トップは「車用鋼材 最大の値上げ」。新型コロナウイルス対策の記事5面

▼産経新聞
 ・1面準トップ「国葬『閉会中審査で説明』/首相会見 入国5万人に緩和/旧統一教会との断絶指示」
 ※トップは「『森元会長に200万円』」
 ・3面「首相 信頼回復へ道険し/政治と宗教 批判やまず陳謝/国葬にも波及『原点に戻る』」「『第7波』長期化 目算狂う」/「国葬開式は午後2時/各省庁で弔旗掲揚と黙祷」
 ・5面「国民の信頼揺らいでいる/国葬、弔意強制せず」首相会見要旨
 ・社説(「主張」)「安倍元首相の国葬 万全尽くし堂々と実施を」

▼東京新聞
 ・1面トップ「『国葬で税金使うな』/国会前 市民が抗議集会/首相は見直し否定」
 ・3面「『内閣一存で国葬』誤り認めず/首相 閉会中審査で説明へ」「『説明不十分』立民は反対」/「『府省庁で弔旗・黙とう』閣議了解見送りでも首相決定」/「自民『選挙支援』議員公表へ/安倍元首相側の調査慎重 旧統一教会」
 ・第2社会面「国葬おかしい 広がる声」/『国会議論なし』問題では 杉並で賛否アンケート 樋口千鶴子さん/「今はコロナ対策にお金を」亀有などでデモに参加 山口良雄さん
 「都内各地で集会を予定 司法判断仰ぐ動きも」「『国葬差し止め』東京高裁も棄却 特別抗告へ」