ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

放送法「政治的公平」の新解釈は、特定番組を念頭に置いた「表現の自由」への攻撃~総務省行政文書が「捏造」なら責任を問われるのは高市元総務相自身

 放送の表現の自由の根幹を巡る総務省の内部文書が明らかになりました。
 2015年5月12日の参議院総務委員会で、当時の高市早苗総務相が自民党議員の質問に答える形で、放送法が定める放送の政治的公平性について、「一つの番組でも、極端な場合は政治的公平を確保しているとは認められない」と答弁しました。総務省は、従来は「一つの番組ではなく、放送事業者の番組全体を見て判断する」との見解を示していました。高市氏は「これまでの解釈の補充的な説明」と述べていましたが、解釈の変更と受け止めるべき答弁です。放送メディアの萎縮が懸念されています。この高市氏の答弁=政府の新解釈について、礒崎陽輔首相補佐官(当時)が主導し、時に総務省の官僚たちを「首が飛ぶぞ」などと脅しあげながら、最終的に安倍晋三首相(当時)も加わって、〝筋書き〟が練り上げられていたことを示す総務省の内部文書を、立憲民主党の小西洋之参院議員が3月2日、国会内で記者会見して公表しました。当初、政府は「精査する」としていましたが、総務省は7日、この文書が公式の「行政文書」であることを認め、全文をホームページで公表しました。
 文書によれば、礒崎氏は総務省側にTBSの「サンデーモーニング」の番組名を挙げて政治的に公平ではないと批判しており、安倍首相も同様の考えを持っていたことをうかがわせる記述もあります。新解釈の表明は、実は一般論を超えて、特定の番組が念頭にあっての、放送メディアの表現の自由への攻撃そのものだった疑いが浮上しました。
 報道によると、この文書について高市氏は3日の国会審議で「全くの捏造文書だ」と主張。捏造でなかったことが明らかになれば、閣僚も国会議員も辞職する意向を表明していました。文書が公式のものと判明した後は、自身に関わる部分の内容が不正確であると、主張の力点を変えたように感じますが、いずれにしても自身は身に覚えがないことを強調しています。そうした事情があるためか、総務省は文書の中に内容が確認できないものがあり精査を続けるとし、ホームページでも「その記載内容の正確性が確認できないもの、作成の経緯が判明しないものがある点にはご留意いただければと思います」と記しています。
 ※総務省の文書掲載ページ
https://www.soumu.go.jp/menu_kyotsuu/important/kinkyu02_000503.html

 PDFファイルで78枚のこの文書を一読してみました。そのうえで、大きく三つのことを考えています。
①高市総務相(当時)の答弁へ結実する礒崎補佐官(同)主導の動きの問題点
②高市氏が「捏造」の主張を続けることの問題点
③新聞各紙のこの問題の報道の二極化
 以上の3点です。順に考えていることを書いてみます。

 ■国民不在、民主主義の手続き逸脱
 放送法第4条は次のように定めています。

第四条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
二 政治的に公平であること。
三 報道は事実をまげないですること。
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

 一つの番組ではなく、放送する番組全体をみて、政治的に公平性が保たれているかどうかを見るとの解釈は、「表現の自由」の観点から合理的なように思います。それを、一つの番組だけでも極端な場合は政治的公平を確保しているとは認めない、と解釈を変えれば、放送メディアは萎縮します。そのこと自体の問題もありますが、もう一つは手続きの問題です。この解釈変更をやるなら本来なら法律の改正、つまり国会での審議を経てもいいほど重大な事項です。にもかかわらず、主管大臣でもない首相補佐官が主導して〝絵図を画き〟、それに首相が乗っかり、従来の解釈の補充的な説明と強弁しながら、総務相が与党議員の質問に答える形で表明するというやり方は、国民不在で民主主義のルールと手続きを逸脱しています。
 この文書の中には、新解釈の動きを総務省から知らされた、総務省出身の山田真喜子首相秘書官(当時)が「本来であれば審議会等をきちんと回した上で行うか、そうでなければ(放送)法改正となる話ではないのか」との疑義を示した、との記録も含まれています。山田秘書官は「今回の話は変なヤクザに絡まれたって話ではないか」「(自民党ではなく)政府がこんなことしてどうするつもりなのか。礒崎補佐官はそれを狙っているんだろうが、どこのメディアも萎縮するだろう。言論弾圧ではないか」とも述べたとの記載もあります。総務省に泥をかぶらせようとする首相官邸側の圧力と恫喝だと受け止めたのだと感じます。ヤクザうんぬんの表現はともかく、全体としてかなりまともな反応です。官僚たちが抱いた疑問や反発を、最終的にすべて押さえこんだのが安倍首相、との構図だったようです。

 ■捏造が事実なら、高市氏こそ責任を問われる立場ではないか
 高市氏は「捏造」としていた主張を、総務省が文書を「行政文書」と認めたとたんに「自分に関わる部分は不正確」と力点を変えたようです。共同通信の報道によると、7日の会見では記者から「捏造という表現からトーンを弱めたのか」と質問されるまで「捏造」の言葉を使わなかったとのことです。森友学園の国有地払い下げをめぐって安倍元首相が、自分と妻が関与していたなら首相も議員もやめると言いながら、後に、それは贈収賄事件のような罪に問われる場合のことだとして、辞職を否定したことを思い出します。
 それはともかく、この文書が総務省の公式文書であると確認されても、それでもなお「捏造」と主張するのであれば、高市氏は自身でそのことを立証すべきです。高市氏にその方法はあるはずです。15年5月の国会答弁の内容、つまり「一つの番組でも、極端な場合は政治的公平を確保しているとは認められない」との新解釈について、総務省内で事前にいつ、だれとどんなふうにすり合わせをしたのか、手元のメモでも、メールの送受信の記録でも、何か客観的な裏付けになるようなものを添えて説明すればいいはずです。
 78枚の文書を通して、高市氏が登場してくる流れは自然です。文書では、礒崎氏が総務相である高市氏にも報告するよう総務省側に伝える場面も記録されています。そして礒崎氏はメディアの取材に対して、文言などが正確かについては留保しながらも、全体の流れとしては文書全体を否定していません。高市氏が15年5月の国会答弁に至った別の経緯、ストーリーがあることを客観的に立証しない限り、文書全体の信ぴょう性の高さは揺らがないと感じます。
 官僚による捏造などの不正で記憶に新しいのは、森友学園への国有地払い下げ事件です。安倍元首相が自身と妻の関与を否定し続けたために、財務省内では忖度から、つじつま合わせの隠ぺい工作が繰り広げられました。その不正への加担を苦にして、自ら命を絶った公務員がいました。今回、おそらくは総務省の職員が、文書を省外に持ち出した行為は、首相補佐官が主導した一連の経緯への疑問や不信、そして公務員としての良心に基づく、やむにやまれない気持ちからだったのではないかと想像します。報道によると、小西議員に文書を提供した総務省職員は「国民を裏切る行為を見て見ぬふりはできない。国民の手に放送法を取り戻してほしい」と話したことを小西議員は明かしているようです(共同通信の配信記事)。高市氏の「捏造」主張は、そうした良心への攻撃ではないか。職員がどんな気持ちでいるか、気になっています。
 仮に高市氏の主張通りに一部でも捏造があったとしたら、総務省内で公式の文書が捏造されて保管されていたことになり、日本の行政機構の信頼は失墜します。安倍政治以後、官僚機構で記録を残さなくなったことが指摘されていますが、記録の捏造ははるかに深刻な事態です。その深刻な事態に対して高市氏は第三者ではありません。文書の内容は、自身が総務相当時の出来事です。捏造もその当時に行われていたとしたら、高市氏こそ、政治的に極めて重い責任を負う立場です。野党に立証責任を求めるのは筋違いです。

■安倍政権当時さながらの新聞報道の二極化
 文書を総務省が「行政文書」と認めたことを、東京発行の新聞6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)はそろって8日付朝刊で報じました。その扱いは、安倍政権時代さながらの二極化です。
 8日付朝刊の1面トップに据えたのは朝日新聞と毎日新聞の2紙。ほかに1面で扱ったのは東京新聞です。いずれも総合面や社会面にも関連記事を載せています。これに対し、読売新聞、産経新聞は1面では扱っていません。本記は総合面に、サイド記事がそれぞれ政治面に掲載されています。日経新聞は総合面に本記のみでした。

 報道の質の面での違いで際立つのは、この放送法の「政治的公平」の新解釈が放送メディアの萎縮につながりかねない、との懸念の観点からの報道の有無です。朝日、毎日、東京の3紙にはそうした観点からのサイド記事などがありますが、読売新聞、産経新聞、日経新聞の報道には、相対的にそうした観点は乏しいように感じます。
 3月2日に小西議員が文書を公表した際、即日報じたのは朝日と日経、東京の3紙(共同通信も記事を配信)でした。毎日、読売、産経は、3日に国会でやり取りがあり、高市氏が「捏造」を主張した後に報じています。8日付より前にも朝日新聞は礒崎氏の独自インタビューを含めて一貫して1面で大きく扱っていました。毎日、東京のほか日経も1面に載せた日もあったのに対して、読売、産経両紙は1面で扱った日はありません。
 新聞は格付けのメディアです。一つ一つの出来事のニュースバリューにこだわり、重要ニュースと判断したものから1面に掲載します。この総務省文書をめぐる扱いの違いは、そのまま新聞各紙のニュースバリュー判断の違いです。
 安倍政権当時、特定機密保護法や安保法制をはじめとして、世論が二分されるような政治テーマでは、政権に批判的、懐疑的な朝日、毎日、東京の3紙と、政権を支持、ないしは政権に理解を示す読売、産経両紙とで、しばしば報道が二極化しました。今回は安倍政権当時の出来事ですが、一方で、高市氏が「捏造」を訴え信用性がないことを主張していることも、扱いの違いの要因かもしれません。

 以下に、この文書問題を報じた各紙8日付朝刊の主な記事の扱いと見出しを書きとめておきます。

【朝日新聞】
▽1面
・トップ「放送法文書 総務省が作成/高市氏、改めて『捏造』主張/総務相、正確性を『精査』」
・「安倍首相、番組名指しし『おかしい』/15年 政治的公平巡り」
▽2面
・時時刻刻「官邸の圧力 克明/衆院選前に番組問題視 発端」
・「進退言及の高市氏 火種/政権、放送行政への影響否定」
▽3面
 ・「放送の萎縮 懸念/『一番組で判断も』迫る/政治的公平」
▽32面(第2社会)
 ・「『辞職迫るなら立証を』/高市氏 文書は『捏造』『不正確』」
 ・「総務省 行政文書の捏造『ない』/元官僚『事実逸脱メモ 無意味』」

【毎日新聞】
▽1面トップ「放送法『行政文書』認める/総務相『適切に業務』/高市氏『捏造』主張」
▽2面・焦点「『官邸介入』主張平行線/政府、存在認め幕引き狙う」「制作現場、萎縮を懸念」

【読売新聞】
▽2面(総合)「放送法文書の精査継続/総務相『行政文書と確認』」
▽4面(政治)「首相『従来解釈を補充』/高市氏、辞任・辞職は否定」/「立民、追及強める/『安倍政治の負の遺産』」
※1面トップは「『核の傘』日米韓で協議体/米が打診 対北抑止力を強化」

【日経新聞】
▽4面(政治・外交)「放送法資料は『行政文書』/総務省公表 内容、引き続き精査」
※1面トップは「中国、共産党の直轄に/治安維持・金融・ハイテク」

【産経新聞】
▽2面(総合)「総務省『行政文書』と公表/放送法文書 高市氏、改めて『捏造だ』」
▽5面(総合)「立民、高市氏に照準/放送法文書 野党『疑惑追及』回帰か」
※1面トップは「H3 打ち上げ失敗/2段目着火せず 指令破壊」

【東京新聞】
▽1面準トップ「放送法『行政文書』認める/総務省全文公表 高市氏は『不正確』」
▽3面「高市氏 説明責任転嫁/『辞職迫るなら野党は立証を』」
▽7面・行政文書要旨「礒崎氏『特定の番組挙げてやるつもりない』/高市氏『首相も思いあるからゴーサイン出るのでは』」
▽20~21面(特報面)「『政治的公平』の現在地/倫理規定◆判断のよりどころ」「ネット『原則なし』極端化/米国『公平廃止』社会が分断」
※1面トップは「女性議員増 民主主義強くする」国際女性デー2023

 共同通信は8日付朝刊用に本記のほか解説(「『知る権利』阻害懸念」)や大型のサイド記事(表層深層)、識者談話、文書の要旨などを送信しています。全国の地方紙を中心に掲載されています。