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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

パワハラで懲戒処分の空将はなぜ匿名発表なのか

 航空自衛隊は3月21日、部下に対するパワーハラスメントがあったとして、空将を停職4日の懲戒処分にしたことを公表しました。部下に長時間の指導を繰り返して精神的苦痛を与えた、とのことです。自衛隊では、元陸上自衛官の五ノ井里奈さんが部隊内での性被害を訴えたのを機に、セクハラやパワハラ事例が相次いで表面化しています。佐官クラスの幹部が加害者になっている事例もある中で、最高位である「将」の階級にある自衛官のパワハラはひときわ目を引き、上意下達の軍事組織の病理の根深さ、深刻さを感じさせます。空将は全国に四つある航空方面隊の司令などの要職を務め、本来なら、ハラスメントの根絶をそれぞれの組織内で徹底させなければならない立場です。どの組織の誰かも含めて、社会で共有すべき情報だと思うのですが、報道ではこの空将の氏名の表記は一様ではありません。
 航空自衛隊の総司令部とも言うべき、航空幕僚監部を日常的に直接取材していると思われる東京所在の新聞社とNHK、通信社2社の記事を、各社のWebサイトの記事でチェックした結果を、以下にまとめました。実名4社、匿名3社に二分されました。

 各社の記事を見ると、航空自衛隊の発表自体が匿名で、役職も明らかにしていないようです。記事でも匿名とした3社のうち、NHKは性別にも触れていません。一方で、朝日新聞、産経新聞が触れていない役職の「補給本部の本部長」は明らかにしています。
 実名にした4社はいずれも、発表ではない独自取材に基づいて氏名と役職を報じています。読売新聞と共同通信は、年齢も記載しています。匿名とした3社が、この空将の氏名や役職を知らなかったとは思えません。NHKは役職を報じているので、氏名も分かっていたはずです。あえて、発表通りに匿名としたのでしょう。実名とした4社も、それぞれ自社の責任でこれも「あえて」実名表記としたのだと思います。
 では、なぜ航空自衛隊は進んで氏名や役職を公表しないのか。産経新聞と共同通信は記事の中でその理由も報じています。空自は「個人が特定される恐れがあるため」と説明しているとのことです。
 自衛隊も国の機関であり、懲戒処分やその公表にも手続きが規定されています。検索すると、2005年の防衛省事務次官の通達にヒットしました。07年、17年に一部改正になっており、以下のような内容です(長いので一部は省略します)。

懲戒処分の防衛大臣への報告及び公表実施の要領について
(通達)
 標記について、下記のとおり定め、平成17年8月15日から実施(以下「実施日」という。)することとされたので、遺漏のないよう措置されたい。
 なお、同年4月1日から実施日の前日までの間における懲戒処分の公表については、別途、人事教育局長から通知させることとされたので念のため申し添える。

1 趣旨
 自衛隊員の懲戒処分の公表が適正に行われるよう公表の基準を定めるほか、全ての懲戒処分に係る防衛大臣への事前の報告要領について定めるものである。
 なお、個別の事案に関し、当該事案に係る行為の内容、被処分者の職責等を勘案して公表対象、公表内容等について別途の取扱いをすべき場合には適切な公表の措置を講ずるものとする。
2 公表の対象とする懲戒処分の種類
 次のいずれかに該当する懲戒処分は、公表するものとする。
 (1) 職務遂行上の行為又はこれに関連する行為(私的行為以外の行為をいう。)に係る懲戒処分
 (2) 職務に関連しない行為(私的行為をいう。)に係る懲戒処分のうち、免職、降任又は停職である懲戒処分
3 公表内容
 被処分者の所属等、事案の概要、処分年月日及び処分量定に関する情報を、個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表するものとする。ただし、警察その他の公的機関により、被処分者の氏名が公表されている場合には、氏名も含めて公表するものとする。
4 公表時期
 懲戒処分を行った後、速やかに公表するものとする。
5 公表方法等
 公表実施担当官(防衛省の広報活動に関する訓令(昭和35年防衛庁訓令第36号)第3条に規定する実施担当官をいう。)は、懲戒処分を行った懲戒権者等と調整の上、別紙様式第1により報道機関への資料の提供その他適宜の方法をもって公表を行うものとする。
6 公表の例外
 懲戒権者等が、被害者又はその関係者のプライバシー等の権利利益を侵害するおそれがある場合等の理由により第2項及び第3項による公表が適当でないと認める場合には、公表内容の全部又は一部を公表しないことができる。
7 事前報告 (略)
8 委任規定 (略)

 「職務遂行上の行為」は処分の軽重を問わず公表する、その方法は「報道機関への資料の提供その他適宜の方法」とする一方で、「個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表するものとする」と明記されています。
 国家公務員の人事制度を所管する人事院が2003年に策定した懲戒処分の公表の指針にも同様のことが盛り込まれており、防衛省の通達もこの指針に準じていると思われます。

※懲戒処分の公表指針について
(平成15年11月10日総参―786)
(人事院事務総長発)
https://www.jinji.go.jp/seisaku/kisoku/tsuuchi/12_choukai/1203000_H15sousan786.html

1 公表対象
  次のいずれかに該当する懲戒処分は、公表するものとする。
  (1) 職務遂行上の行為又はこれに関連する行為に係る懲戒処分
  (2) 職務に関連しない行為に係る懲戒処分のうち、免職又は停職である懲戒処分
 
2 公表内容
 事案の概要、処分量定及び処分年月日並びに所属、役職段階等の被処分者の属性に関する情報を、個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表するものとする。

3~5 (略)

 パワハラの空将に話を戻すと、航空自衛隊が空将を匿名で、役職名も伏せて発表したことは、防衛省内の通達に沿った手続きであり、そうした発表の形式は特異でも異例でもなく他の省庁と変わらない、ということのようです。
 しかし、事例の重大さ、深刻さに鑑みれば、この匿名での公表が妥当なのかとも感じます。防衛省の通達も人事院の指針も、文面は「個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表する」となっていて「基本として」の一語が入っています。通達の「6」では、例外規定として公表しないこともありうることを定めていることを考えても、この「基本として」は、事例によっては個人が識別される内容を公表することもありうることを想定している、とは考えられないのか。
 陸上自衛隊の五ノ井里奈さんの事例に代表されるように、自衛隊という軍事組織にはハラスメントがはびこっています。空将という最上位の階級の自衛官の中にまで加害者がいたことは、その病理の深刻さを示しています。ハラスメントの根絶と組織の体質の抜本的な改善が急務であり、そのためには、まずは何が起きたのか、その事実関係がありのままに社会で共有されることが必要ではないのか、と感じます。
 それでも、この「基本として」にそういう意味合いはない、個人が特定される発表は一切、行ってはならない、ということであれば、そうした手続きの規定や運用が適切なのか、という論点も出てきます。これらの規定や運用が適切かどうかは、最終的には主権者の判断に委ねるべきものではないのかと思います。その判断の材料として、マスメディアは、懲戒処分の発表の手続きの詳細をも報じていいのではないかと思います。