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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

大阪市職員調査で「人権侵害」、野村修也弁護士を懲戒~当時の橋下徹市長が労組敵視

 唐突感のあるニュースが目に止まりました。

 ※47news=共同通信「野村修也弁護士を懲戒 調査でプライバシー侵害」2018年7月17日
 https://this.kiji.is/391791297529398369?c=39546741839462401

 第二東京弁護士会は17日、大阪市が2012年に実施した労働組合に関するアンケートで職員のプライバシー権を侵害したとして、責任者を務めた野村修也弁護士(56)を業務停止1カ月の懲戒処分とした。 

 2012年当時、わたしは大阪勤務でした。2011年12月に橋下徹・大阪府知事(当時)が辞職して大阪市長選に出馬し当選。その後まもなく、市職員の労働組合に対して、市長として強硬姿勢を露わにしました。このアンケート問題もその一環でしたが、当時、あまりにも問題が多いとの批判があり、日弁連も中止を求める会長声明を出すほどでした。このアンケートがどういう経緯で実施されていたか、このブログに2012年2月当時に書いた記事から引用します。 

 アンケートは、市長就任直後から市職員労組に厳しい姿勢を取っている橋下氏が、昨年11月の市長選で組合が前市長支援のため大規模な職員リストを作成していた疑いが浮上したことなどを受けて、労組の政治活動の実態調査として実施を決めたと伝えられています。記名式で、正確に回答しない場合は処分対象になるとしていたり、組合活動への参加歴や、特定の政治家を応援する活動に参加したことがあるかなどを問うたりしていることから、今月10日の開始以降、「憲法違反の思想調査」「組合への不当な支配介入」などの批判が市役所内外から相次ぎました。連合系の大阪市労連が13日、不当労働行為に当たるとして、府労働委員会に救済を申し立て。労働団体が次々に中止・撤回を求める声明を発表したほか、14日には大阪弁護士会、16日には日弁連も会長声明を発表して中止を求めていました。   

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 今回、懲戒処分を受けた野村弁護士は当時の橋下徹市長の強い意向で、12年1月に大阪市特別顧問に就任。2月には、市職員が政治や選挙活動に参加しているかを調べる第三者調査チームの責任者を務めていました。
 第二東京弁護士会のサイトにはまだこの懲戒処分はアップされておらず(7月18日未明現在)、懲戒理由の原文は不明です。朝日新聞のサイト上の記事が比較的、詳しいので一部を引用します。 

 ※朝日新聞デジタル「大阪市職員への調査、責任者の弁護士を懲戒 橋下市長時」=2018年7月17日
 https://www.asahi.com/articles/ASL7K3W9HL7KUTIL01M.html 

 同弁護士会はアンケートの質問について「職員の団結権、プライバシー権、政治活動の自由の侵害など、憲法や労働組合法に違反する内容が記載されている」と指摘。橋下氏が市職員に「回答しない場合は処分対象になり得る」と職務命令を出していたことにも触れ、質問項目や実施方法を考慮すると、基本的人権を侵害し、弁護士の「品位を失うべき非行」にあたると結論づけた。
 同弁護士会は約660人から野村弁護士に対する懲戒請求を受け、審査していた。 

 わたしが関心があるのは、野村弁護士は懲戒処分が相当と判断したとして、第二東京弁護士会が橋下前大阪市長の責任はどう考えているのか、何か見解を示しているのかどうかです。2012年当時の記憶をたぐれば、アンケートの具体的な内容は野村弁護士が作成したとしても、橋下前市長自身が、調査の最終的な責任は自分にあると主張していたと思います。何より、市職員に組合活動を含めた調査を行う、という発想自体、橋下前市長の市職員労組への敵視から出ていました。アンケートに「職員の団結権、プライバシー権、政治活動の自由の侵害など、憲法や労働組合法に違反する内容が記載されている」のは、いわば橋下前市長の意向を野村弁護士が忠実に反映させた結果だったとも言えるように思います。
 もちろん、弁護士会が懲戒相当の判断を示すのは会員の弁護士に限定されます。ただ、当時の野村弁護士と橋下前市長の関係から見れば、野村弁護士が「基本的人権を侵害した」との責めを負うのだとすれば、橋下前市長も市長の政治的責任という意味で批判は免れ得ないだろうと思います。

 冒頭に「唐突感のあるニュース」と書いたのは、アンケートの実施から6年以上もたっているからです。審査になぜこうも時間が掛かったのか、と思っていましたが、SNSを通じて弁護士の方からていねいな解説をいただきました。手続きを踏んで調査を進めると、これぐらいの時間はかかるようです。また、弁護士の業務として受任した事件処理ではない事項で、弁護士会が弁護士自治の中で懲戒相当の結論を出した点も、注目に値すると感じます。それほど、人権侵害の度合いが強いと判断したということでしょうか。

 野村弁護士への懲戒処分の記事は、東京発行の新聞各紙の7月17日夕刊では朝日新聞、日経新聞、東京新聞が掲載していますが、いずれも見出し1段の小さな扱いです。6年以上も前の行為への処分であること、既に橋下前市長は政界から距離を置いていることなどから、東京では大きな扱いにならないのでしょう。ただ、当時の橋下市長の市職員労組攻撃はあまりに度を超えていると、大阪の地に身を置きながら感じていました。野村弁護士は日弁連に不服を申し立てるとのことですが、弁護士会が人権侵害を認め、懲戒処分が相当との判断を示したことには、わたしには納得感があります。橋下市長誕生直後の、当時の大阪のある種高揚した雰囲気を知る人にとっては、ニュースバリューが大きいと思います。
 当時の橋下市長の市職員労組への攻撃がどんなものだったか、わたしがどういう風に「度を超えている」と感じていたか、少し長くなりますが、当時のブログ記事の一部を引用して紹介しておきます。 

 大阪以外の地域ではどのように報道され、どの程度知られているのでしょうか。大阪市の橋下徹市長が28日に市議会で行った就任後初の施政方針演説の中で、市職員の労組に敵意をむき出しにし、“適正化”に執念を燃やすと表明しました。産経新聞のサイト「産経ニュースwest」にアップされている演説の詳報によると、橋下氏は「市役所の組合問題にも執念を燃やして取り組んでいきたいと考えております。市役所の組合体質はやはり、おかしいと率直に感じます。庁舎内での政治活動は許されません」「大阪市役所の組合の体質というものが、今の全国の公務員の組合の体質の象徴だと思っています」「大阪市役所の組合を徹底的に市民感覚に合うように是正、改善していくことによって、日本全国の公務員の組合を改めていく、そのことにしか日本の再生の道はないと思っております」などと述べ「大阪都構想と組合の是正、これによって日本再生を果たしていきたいと思っております」としています。
 (中略)
 やはり公務員に対するスタンスは変わっていなかったということでしょうか。橋下氏や大阪維新の会の特徴の一つは、公務員や教職員に対する厳しいスタンスで、時に「敵意」と表現してもいいほどの激しさも感じます。公務員、ないしは公務員組織を代表する労組に対する厳しい姿勢は「民意を体現しているのは選挙で選ばれた自分である」との強烈な自負に因っているのだと思います。これまで通りに、橋下氏は大阪市長としても公務員に厳しく服従を求めていくのでしょう。そして職員の労組に対しては、徹底的に対決姿勢で臨む、そのことを宣言した演説でした。
  しかし、この橋下氏の施政方針、中でも「日本全国の公務員の組合を改めていく、そのことにしか日本の再生の道はない」との主張には、いくらアドリブとはいえ、唐突感・違和感を持つ人は少なくないのではないでしょうか。バス運転手の勤務時間外の組合活動についても、それが組合内で組織的に奨励されていたのならともかく、まずは個別事例として調査と指導なり処分なりが行われるべきで、事務所の退去を求める必要があるかどうかを判断するのはその後でも遅くありません。会見の詳報を見ると、橋下氏は組合から市民の代表である自分に直接の謝罪がないことにこだわっているようですが、そこに「職員は自分の使用人」との感覚がないか気になります。「大阪市役所の組合の体質というものが、今の全国の公務員の組合の体質の象徴」との主張についても、この演説からは根拠がよく分かりません。  

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【追記】 20187月18日8時5分
 手元の7月18日付朝刊では朝日、毎日、読売の3紙とも社会面の短信で野村弁護士の懲戒処分を伝えています。それぞれ見出しは朝日「大阪市職員アンケ弁護士処分」、毎日「プライバシー侵害、弁護士懲戒処分」、読売「大阪市元特別顧問を懲戒処分」。各紙とも大阪本社発行の紙面では違った扱い、見出しなのかもしれません。仮に報道の扱いは小さいとしても、熱烈な支持があった“橋下政治”を再検証しようとする際に、第二東京弁護士会の判断はいろいろ参考になり、その意義は小さくないだろうと思います。