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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「公務員組合の体質を改めることにしか日本再生の道はない」のか?〜橋下大阪市長が労組と対決姿勢

 大阪以外の地域ではどのように報道され、どの程度知られているのでしょうか。大阪市橋下徹市長が28日に市議会で行った就任後初の施政方針所信表明演説の中で、市職員の労組に敵意をむき出しにし、“適正化”に執念を燃やすと表明しました。産経新聞のサイト「産経ニュースwest」にアップされている演説の詳報によると、橋下氏は「市役所の組合問題にも執念を燃やして取り組んでいきたいと考えております。市役所の組合体質はやはり、おかしいと率直に感じます。庁舎内での政治活動は許されません」「大阪市役所の組合の体質というものが、今の全国の公務員の組合の体質の象徴だと思っています」「大阪市役所の組合を徹底的に市民感覚に合うように是正、改善していくことによって、日本全国の公務員の組合を改めていく、そのことにしか日本の再生の道はないと思っております」などと述べ「大阪都構想と組合の是正、これによって日本再生を果たしていきたいと思っております」としています。
※産経ニュースwest【激動!橋下維新】施政方針演説(1)「知事時代はあえて議論を呼び起こす発信をした」
 http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/111228/waf11122814430023-n1.htm
 労組批判は施政方針演説(5完)「私はしつこい 組合問題は執念燃やす」に
 http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/111228/waf11122817200027-n1.htm

 この労組攻撃には前段の経緯がありました。大阪発行の新聞各紙27日付朝刊の報道によると、26日の市議会交通水道委員会で、橋下氏が代表を務める地域政党大阪維新の会」の市議が、市営バス運転手らでつくる大阪交通労働組合の幹部が勤務中に組合活動をしていたと指摘。交通局側は、同労組の執行委員のバス運転手が今月20日、市長選報告の組合集会に参加するため、勤務時間の終了前に所属先とは別の営業所に出掛けていたことなどを認めました。この委員会の場で橋下市長は「職務と政治活動が区別できないのなら、まずは建物から出て行ってもらう」(毎日新聞)「組合と市役所の体質をリセットする。組合の事務所には庁舎から出て行ってもらう」(読売新聞)などと述べ、市役所内にある職員の複数の労働組合の各事務所に退去を求める方針を表明していました。毎日、読売両紙はともに社会面トップ(大阪本社発行の最終版)の大きな扱いで「橋下市長 組合追放」(毎日)「『労組 庁舎から出て行け』」(読売)の主見出しです。
 市議会委員会での「追放宣言」に続いて、所信表明演説では労組の「適正化」に踏み込み「そのことにしか日本再生の道はない」とまで言及したわけです。この演説の前半は、持論であり選挙公約でもあった大阪都構想の実現に向けて、施政方針の理念を語っていたのですが、終盤はもっぱら労組批判でした。この演説を新聞各紙はどう報じたか、主な記事の扱いと見出しを書き留めておきます(いずれも大阪本社発行の最終版紙面)。

【朝日】
▽1面3段「大阪市改革『日本変える』」「施政方針 橋下市長が演説」※労組批判はなし
▽第1社会面トップ4段「ねじれ市議会 変動」「会派に軟化の兆し、無力感も」
▽第1社会面3段「組合のさばるとギリシャになる」「口撃ヒートアップ」
【毎日】
▽1面トップ5段「『大阪から公務員改革』」「橋下市長が施政方針」
▽第1社会面トップ5段「アドリブで組合批判」「『ギリシャを見よ のさばらせると国が破綻』」
▽第1社会面3段「政治活動問題 労組、直接謝罪意向」
▽第1社会面3段「『批判しても火に油』」「市長と距離保つ他会派」
▽9面全10段(広告以外の全面)・演説要旨
【読売】
▽1面全4段「橋下市長『既得権を破壊』」「大阪市議会 施政方針」
▽第2社会面4段「『日本再生 労組改善しかない』」「市長 闘争宣言」
▽第3社会面全6段・演説要旨
【産経】
▽1面トップ4段「『組合の適正化に執念』」「新たな『敵役』提示」「市役所解体 第2幕」
▽第1社会面トップ5段「組合に宣戦布告」「橋下市長 政治活動に激怒」「演説当日『批判』追加、アドリブも」
▽第1社会面全5段「労組幹部『謝りたいがお忙しい方なので』」「早期退職希望 交通局で18倍」
▽第4社会面(ほぼ全面)・演説要旨
【日経】
▽第1社会面トップ5段「大都市制度、大阪から発信」「『現役世代に重点投資』」「橋下市長が施政方針演説」※労組批判あり
▽第1社会面3段「市政改革、早くも正念場」「公募制区長導入/組合との関係…」

 目を引くのは、演説要旨を掲載した毎日、読売、産経のその扱いの大きさです。注目を集める橋下市長ということで、なるべく正確に発言の一言一句を伝えようとの試みでしょう。また、各紙とも1面などの本記に、橋下氏が労組攻撃を展開したことを盛り込んでいるのに対し、朝日新聞には1面の本記にそのくだりがないことも目立ちます。対照的なのは毎日新聞でしょうか。1面の本記はいきなりの書き出しで「大阪市橋下徹市長は28日、市議会で施政方針演説に臨み、『大阪都構想』の実現と『職員組合の是正』を2大方針に掲げた。」と明快です。
 日経は社会面だけの掲載ですが、演説後の橋下市長への取材の様子も紹介し、橋下氏が「組合の話はアドリブで演説に入れた」「巨大な公務員組織と対峙しようと思ったら、力づくでいかないといけない面もある」と述べたことを書いています。読売は労組側の反応も比較的丁寧に紹介し、大阪交通労組の幹部が「市長が多忙と思い、書面で謝罪を伝えようとした。会ってもらえるのなら、直接面会したい」と説明したことや、仕事始めの1月4日に、橋下市長が新年最初の公務として市労連委員長と面会することに触れています。
 橋下氏は市長に就任した12月19日の記者会見では、国への厳しい批判はあったものの、市職員についての発言は穏当で、労組批判もありませんでした。わたしは前回のエントリーで感想を以下のように書きました。

 やや意外だったのは、一貫していた〝公務員バッシング〟が表向きなかったことです。市職員については「面従腹背でも何でもいい」「民意に向かって一致団結して頑張っていく」と述べましたが、大阪府知事時代の激しい口調に比べれば随分と穏当に聞こえました。総じて市政への抱負と言うよりは、国政マターに関して国を批判する内容が多く、「統治機構を変えることが重要」「このままでは日本は沈没」と強調。「次の敵は『国』だ」と宣言したようにも受け取れる会見でした。

※「次の敵は『国』と宣言〜橋下徹氏が大阪市長就任」2011年12月11日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20111220/1324311204

 やはり公務員に対するスタンスは変わっていなかったということでしょうか。橋下氏や大阪維新の会の特徴の一つは、公務員や教職員に対する厳しいスタンスで、時に「敵意」と表現してもいいほどの激しさも感じます。公務員、ないしは公務員組織を代表する労組に対する厳しい姿勢は「民意を体現しているのは選挙で選ばれた自分である」との強烈な自負に因っているのだと思います。これまで通りに、橋下氏は大阪市長としても公務員に厳しく服従を求めていくのでしょう。そして職員の労組に対しては、徹底的に対決姿勢で臨む、そのことを宣言した演説でした。
 しかし、この橋下氏の施政方針、中でも「日本全国の公務員の組合を改めていく、そのことにしか日本の再生の道はない」との主張には、いくらアドリブとはいえ、唐突感・違和感を持つ人は少なくないのではないでしょうか。バス運転手の勤務時間外の組合活動についても、それが組合内で組織的に奨励されていたのならともかく、まずは個別事例として調査と指導なり処分なりが行われるべきで、事務所の退去を求める必要があるかどうかを判断するのはその後でも遅くありません。会見の詳報を見ると、橋下氏は組合から市民の代表である自分に直接の謝罪がないことにこだわっているようですが、そこに「職員は自分の使用人」との感覚がないか気になります。「大阪市役所の組合の体質というものが、今の全国の公務員の組合の体質の象徴」との主張についても、この演説からは根拠がよく分かりません。
 橋下氏と維新の会の政策、政治的スタンスをめぐっては、例えば教職員に君が代の起立斉唱を義務付けた府条例案の強行可決や、政治の教育への全面介入を掲げたり、教職員や公務員が職務命令違反を繰り返した場合の免職規定を盛り込んだ教育基本条例案、公務員基本条例案の策定などに対し、異論や批判が絶えません。橋下氏の組合敵視政策に対しても、敵視するだけにとどまるならともかく、組合事務所の退去命令などが実行されるようなら、賛否双方の意見が出てくるでしょう。
 自治体首長による職員や労組の敵視の先例には鹿児島県阿久根市のケースがあります。また公務員の労組のありようをめぐっては、労働組合憲法上の位置づけや、公務員の労働3権(団結権、交渉権、行動権)の制限と身分保障との関係などの問題も絡んできます。マスメディアが橋下氏の言動を紹介する一方で、先例や専門家の見方、解説も紹介すれば、それだけ社会で問題への理解は深まります。
 人は、それまで知らなかったものの見方や考え方に触れると、考えが変わることがあります。だから民主主義社会では少数意見の尊重が重要です。マスメディアの役割も、多様な意見、ものの見方、考え方を社会に伝えることです。2012年も橋下氏と維新の会をめぐって、大阪ではいろいろな動きが続くでしょう。マスメディアが橋下氏の言動を追うことはむろん必要ですが、それにとどまらず、賛否双方を含めた多様な見方、意見の紹介に引き続き努めていかなければなりません。

 橋下氏への高い支持について、週刊金曜日の12月23日・1月6日合併号(877号)に、同誌編集委員中島岳志氏の論考「橋下主義=ハシズムを支えるもの」が所収されています。興味深く読みましたので、簡単に紹介します。
 中島氏は、11月の大阪ダブル選挙での維新の会の勝利は「リア充(リアルな生活=現実の生活が充実していること)批判」と「リセット願望」という二つの社会的心性に依拠しており、この二つは近年、新自由主義体制の中で苦しんできた弱者に通底する感情だと指摘します。「大阪都構想」について「大阪市役所の職員をターゲットとする『引き下げデモクラシー』である。『大阪市職員は恵まれている』『楽をしている』という一方的な印象操作を行い、彼らに既得権益というレッテルを貼り付ける。そして、彼らを引きずり下ろす姿を可視化し、大衆の欲望を満たす」と解説しています。そして、内田樹氏が用いた「嗜虐的な愉楽」という用語とともに「自分に何らかの利益が約束されているわけではないものの、市職員や教員が権利を失って弱体化し、右往左往する様を見て『ざまあみろ』とほくそ笑む悦楽が共有されているのではないか」との内田氏の橋下氏支持者への批判を紹介し、「この『愉楽』を乗り越えていかなければならない」「私たちは『嗜虐的な愉楽』に加担していないか。ハシズムを批判しながら、ハシズムを起動させていないか」と問い掛け、週刊金曜日原発をめぐる特集記事にも疑問を表明しています。

週刊 金曜日 2012年 1/6号 [雑誌]

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