陸上自衛隊の南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報が廃棄したとされながら、その後、陸自内で保管されていたことが明らかになった問題を巡って、防衛省の特別防衛監察の結果がまとまり、稲田朋美防衛相が7月28日に発表しました。その席上、稲田氏は防衛相の職を辞すことを表明しました。
このブログでも触れていた通り、稲田氏は2月に、保管の事実を非公表とする方針を防衛省幹部から伝えられ、了承していたと報じられています。特別防衛監察はこの点については、防衛省幹部が集まり稲田氏も同席した会議の場で、陸自側から日報のデータ保管の報告もあった可能性は否定できないとした上で、データを非公表とする方針を稲田氏が了承した事実はないとしました。稲田氏自身は会見で「報告を受けた認識は今でもなく、監察の結果は率直に受け入れる」と強調しました。辞任は隠蔽に関与したからではなく、監督責任からということのようです。
※参考過去記事
稲田氏の去就を巡っては、この前日27日夜に、NHKが「稲田氏が辞意」と先行して伝え、マスメディア各社が追う展開となり、東京発行の新聞各紙も28日付朝刊で大きく報じました。特別防衛監察の結果も含めて、28日付夕刊、29日付朝刊と、大きな扱いの報道が続きました。
東京発行の新聞各紙の報道で感じるのは、稲田氏の辞任を巡って責任は安倍晋三首相にあるとの点で、各紙の論調が一致していることです。稲田氏は防衛相が務まるだけの資質を欠いていることが明らかになった後、更迭する機会も何度もあったのに、安倍首相はかばい続けてきました。その挙句に、稲田氏の隠蔽への関与が取りざたされ、防衛省内は混乱に陥りました。その責任は安倍氏自身にあるということを、おおむね各紙とも指摘しています。第2次安倍政権発足後、安倍首相への評価や主要な政策を巡って、新聞各紙は支持と批判・慎重姿勢とに2極化する傾向が強まっています。その中で今回は、安倍氏自身に直接に関わることがらであるだけに、各紙の論調がそろったことには、権力に対するマスメディアのジャーナリズムの在り方の観点から、相応の意義があるように思います。
もう一つ特徴的だと感じるのは、稲田氏が日報の保管の報告を受けていたか否かについて、各紙が程度に差はあれ、特別監察の結果に疑問を投げ掛けていることがおおむね共通していることです。新聞各紙やマスメディアは独自の取材で、稲田氏が報告を受けていたとの政府関係者らの証言を押さえていました。連日、そうした証言が報じられましたが、特別監察は当事者間の異なった主張をあえてそのままにし、稲田氏の報告については、可能性は否定できないという評価を示しつつ、稲田氏が了承したかどうかについては、明確に稲田氏の主張を採用しました。仮に、稲田氏が報告を聞きながら、その場は無言だったとすれば、報告した側はそれを暗黙の了解、すなわち了承と受け止めたのかもしれません。そうした点の究明にまでは特別監察は深入りを避けた印象があります。本来、特別監察の対象に大臣は入っていないことによるための、ある種の忖度なのかもしれませんが、すっきりしない結論です。各紙も「日報、疑惑残したまま」(朝日新聞・28日付夕刊社会面)、「全容解明ほど遠く」(読売新聞・28日付夕刊1面)などと、端的に特別監察結果への疑問を示しています。
一方で、仮にマスメディアの独自取材と報道がなかったら、特別監察が稲田氏への報告の有無や、稲田氏の隠蔽への関与を調査の対象にすることもなく、従って報告ももっと内容の薄いものになっていた可能性が高かったでしょう。そういう意味では、特別監察の結果があいまいなものに終わったとはいえ、稲田氏の関わりについて新聞各紙、マスメディアが報じ続けてきたことには、相応の意義があったのだとひとまずは認めていいと思います。
以下に備忘を兼ねて、稲田氏が特別防衛監察の結果を発表し、自らの防衛相辞任も表明したことを伝える7月28日付夕刊について、東京発行5紙(朝日、毎日、読売、日経、東京の各新聞。産経新聞は東京では夕刊発行なし)の主な記事の見出しを書きとめておきます。いずれも東京本社発行の最終版です。
【7月28日付夕刊】
▼朝日新聞
・1面トップ「稲田氏関与 認定せず/PKO日報問題 5人を懲戒処分/非公表・削除 幹部らが支持/特別防衛監察」
「稲田氏辞任『責任痛感』/後任は岸田外相兼務」
・2面・特別防衛監察の結果(要旨)
・社会面トップ「日報 疑惑残したまま/稲田氏『報告を受けた認識ない』」
「組織の『隠蔽体質』問うとき」解説・谷田邦一記者/「陸自幹部『心の距離 開く一方』」
▼毎日新聞
・1面トップ「稲田防衛相が辞任/日報非公表 了承は否定/特別監察結果 関与あいまい」
「次官・陸幕長ら処分」/「首相『任命責任ある』/岸田外相が防衛相兼務」
・10面(総合)「稲田氏辞任 首相周辺『やむなし』/野党、任命責任追及へ」/PKO日報特別防衛監察の結果 要旨
・社会面トップ「真相 ほど遠く/『報告 認識ない』/稲田氏、潔白を強調」
「人選ミス明らか」岩井奉信日本大教授(政治学)/「第三者の調査必要」危機管理に詳しい「リスク・ヘッジ」社長の田中辰巳さん/「日報は10年保存」/「『潔さがない』防衛省内部の声」
・第2社会面「隠蔽 省ぐるみ/日報『公文書でない』」/「制度信頼損なう」NPO法人情報公開クリアリングハウスの三木由希子理事長
▼読売新聞
・1面トップ「稲田防衛相 辞任/日報非公表 岸田外相が兼務/首相、任命責任認め陳謝」
「稲田氏関与 認定せず/『報告』は受けた可能性/次官ら5人懲戒/特別監察結果」/「全容解明 ほど遠く」社会部・大野潤三記者 ※解説
・3面「防衛相辞任 安倍政権に痛手/与党内、対応を批判」/特別防衛監察結果の要旨
社会面トップ「『日報』あいまい決着/稲田氏『報告 今も認識ない』」
・第2社会面「隠蔽 組織ぐるみ」不開示/削除/発覚/「防衛に明るい大臣を」岩渕美克・日大教授(政治学)/「情報公開に外部の目」太田肇・同志社大教授(組織論)
▼日経新聞
・1面トップ「日報 意図的に隠蔽/稲田氏関与あいまい/防衛監察結果/稲田防衛相が辞任 外相が兼務」/「問われる文民統制」
・3面「野党、首相の任命責任追及/稲田氏の国会答弁求める」
・社会面トップ「去る主役 残る疑念/稲田氏『責任を痛感』/反省の弁、表情硬く」
「『期待していたのに』/地元・福井の支持者失望」/「『辞任は当然』『納得できぬ』」※有権者
・第2社会面「失言・釈明 重ねた末/都議選『自衛隊としてお願い』 森友『顧問ない』一転」
▼東京新聞
・1面トップ「稲田氏関与の可能性/日報問題 特別防衛監察結果/陸自の隠蔽認定」
「『今でも報告認識ない』主張/防衛相を辞任」/「食い違い残り 深まる疑念」解説・新開浩記者
・2面特別防衛監察結果要旨/稲田氏会見要旨/「事務次官ら5人の懲戒処分を発表」/「『首相の任命責任厳しく問われる』民進・山井氏」
・社会面トップ「隠蔽の核心 疑問残し/『日報保管』報告の可能性/『非公表』了承 事実なし/防衛監察」
「稲田氏 表情変えず『責任痛感』」
・第2社会面「内部資料隠蔽 過去にも/防衛省幹部が廃棄支持」/「日報に否定の『戦闘』明記」/「1カ月報告なし 不自然」元防衛官僚で内閣官房副長官補を務めた柳沢協二さんの話
7月28日付朝刊では、産経新聞を含めて東京発行6紙は、稲田氏の辞意を大きく扱いました。この日は、民進党の蓮舫代表の辞任表明のニュースもありました。
7月29日付朝刊の各紙は社説でも取り上げています。主な記事の見出しを後日、アップします。
【追記】2017年8月1日9時
以下に7月29日付朝刊の各紙の主な記事の見出しを書きとめておきます。
【7月29日付朝刊】
▼朝日新聞
・1面トップ「稲田氏の責任踏み込まず/日報データ報告有無あいまい/『隠蔽』幹部ら主導と認定/特別監察」
「第三者の目なく 疑惑封じ」視点・相原亮記者/「閉会中審査 再来週に 稲田氏出席」
・2面:時時刻刻「稲田氏不問 遠い真相/『戦闘』実態データ削除 組織的/報告の有無 論点ずらし」/解説「PKO5原則 抵触懸念」土居貴輝記者
・3面「安倍政権 開けぬ展望/ミサイル対応 外相兼防衛相に懸念」/「首相へ不満 党内からも」
・4面「『一定のけじめ』/『落着にできぬ』/福田氏辞任」/稲田氏の会見(要旨)
・社会面トップ「『隠蔽ない』強気のまま/稲田氏 自身の疑惑 残し退場」
「『結局うやむや』自衛官の母親」/「組織間の報告『行政文書だ』/特別防衛監察の担当者」/「開示、文民統制の基本」全国市民オンブズマン連絡会議事務局長の新海聡弁護士/「組織的背景 未解明」自衛隊のイラク復興支援活動などを担当した防衛省OBの柳沢協二・元内閣官房副長官補
・第3社会面:特別防衛監察の結果(要旨)
・社説「陸自PKO日報問題 隠蔽は政権全体の責任だ」あいまいな監察結果/安保法の実績のため/国会の役割が重要だ
▼毎日新聞
・1面 ※トップは「北朝鮮 ミサイル発射」
準トップ「『日報問題 責任を痛感』/稲田防衛相辞任/関与は未解明」
「次官ら非公表決定/特別防衛監察 『隠蔽体質』鮮明に」
・2面・ミニ論点 特別防衛監察:「実効性伴う改善策を」東洋大教授(行政法)早川和宏氏/「内部の意思疎通不足」元陸将、笹川平和財団参与 山口昇氏
・3面:クローズアップ「『お友達』首相重い腰/野党 幕引き許さず」/「危うい文民統制」/「特別防衛監察って何?/政務三役対象外/内部調査に限界も」質問なるほドリ
・5面「監察結果 受け入れる」「国民への隠蔽はない」稲田朋美防衛相会見 要旨/「任命責任 私にある」安倍晋三首相発言 全文
・9面:PKO日報問題 特別防衛監察の結果(要旨) ※1ページ
・社会面トップ:アクセス「稲田氏 資質問われ続け/首相が登用『サプライズ』の連続」
・社説「陸自日報問題で稲田氏辞任 文民統制に疑念を招いた」浮き彫りになった隠蔽/首相人事への責任は重い
▼読売新聞
・1面 ※トップは「北、深夜にミサイル発射」
準トップ「防衛省、組織的に隠蔽/稲田氏への報告 曖昧なまま/日報 特別監察」
「野党、閉会中審査求める/首相『批判 真摯に受け止める』/稲田氏辞任」
・3面:スキャナー「『日報』核心は闇/『制度の限界』指摘も」解明不十分/後手の聴取/「防衛省 情報公開に消極的」
・4面「首相 抜てき裏目/防衛相辞任 『秘蔵っ子』かばい続け」/首相の発言要旨/稲田氏の発言要旨
・10面:1ページ特集「PKO日報問題 特別監察の結果」/「文書存在『もみ消し』」/「『個人資料』開示対象外に」/「稲田氏『報告受けた認識 今もない』」/特別防衛監察結果の要旨
・11面・論点スペシャル「稲田氏辞任 揺れる防衛省」/「防衛相『卓越した資質』必要」外交評論家 岡本行夫氏/「省内の意思疎通が不足」元陸上幕僚長 火箱芳文氏/「『公文書』の重要性 理解せず」国際ジャーナリスト 春名幹男氏
・社説「稲田防衛相辞任 体制刷新で混乱に終止符打て」
▼日経新聞
・1面 ※トップは「北朝鮮、弾道ミサイル発射」
準トップ「統治欠く日本の守り/隠蔽体質に危うさ/特別防衛監察公表」
・3面「稲田氏関与 闇の中/防衛監察 陸自隠蔽は明記」日報各紙 組織が主導/次官が対応を追認/防衛相への報告 不透明/「根底に防衛相への不信」柳沢協二・元官房副長官補/「『反乱軍』批判は不本意」火箱芳文・元陸上幕僚長
・4面「稲田氏、防戦の1年/『ポスト安倍』傷深く」/「安倍政権、続く悪循環/改造と党役員人事 反転攻勢は未知数/加計・都議選・稲田氏…」
・社会面トップ「『組織変わらないと』/隠蔽『真摯に反省』/省・自衛隊、自己改革の声も/『いまさら…』都議も恨み節」/「情報公開・保存制度見直し必要」ジャーナリスト春木幹男さん/「ひとごとの答弁 国民の反感買う」佐藤綾子ハリウッド大学院大教授(パフォーマンス心理学)
・社説「自衛隊の隠蔽体質ただせぬ政治の無力」
▼産経新聞
・1面トップ「稲田防衛相辞任 岸田外相兼務/日報非公表『了承ない』/特別監察結果」/「首相の情け 将来の目も摘む」
・3面「稲田氏『隠蔽』謎のまま/報告有無は証言割れる・次官らが非公表を判断・部隊の安全危惧が発端」/「トップ交代に最悪の時期、人事で火種も/北ミサイル・新機動団創設」
・4面(1ページ)日報問題 特別防衛監察の結果について(詳報)
・5面「四半世紀遅れのPKO議論/国連基準についていけぬ民進」/政論「逆境から逃げるか 崖を這い上がるか」/「改造後に衆参で閉会中審査」/稲田氏 会見要旨/安倍首相 発言全文/「黒江次官 200人見送り」
・社会面トップ「稲田氏辞任『責任痛感、かねがね考えていた』/トップ去り 組織に溝/自衛隊員から怒りの声」/「自民落選候補から恨み節/『遅すぎる』」/「『部下に高圧的、腹割って話せる関係築けず』元航空自衛官で評論家の潮匡人」
・社説(「主張」)「稲田防衛相の辞任 国の守りは大丈夫なのか」
▼東京新聞
・1面トップ「日報隠蔽 閉会中審査へ/稲田氏関与 可能性残る/特別防衛監察」/「報告有無 食い違い」/「辞任…『空です』」
・2面「揺らぐ文民統制/稲田氏 欠けた統率力/PKO日報問題」報告有なら/報告なければ/「首相重用 ツケ回り」/「『以前から首相に辞任の意向相談』/日報問題説明は否定」/「岸田外相が防衛相兼務/危機管理に疑問」/「日報10年保存を新防衛次官表明」
・3面「陸自 隠蔽の連鎖/『戦闘』報告 廃棄や不存在扱い」発端/拡大/増殖
・6面「隠蔽 民主主義を瓦解」纐纈厚・山口大名誉教授/「私自身、報告を受けたという認識 今でもなく」稲田氏会見要旨/特別防衛監察結果(詳報)
・26、27面(特報面)「政治家の辞めどきとは/稲田、蓮舫両氏は『遅すぎ』『不可解』/『今さら感』しらける有権者」/「第一次安倍・野田内閣は『最悪』/『放り出し』『逆ギレ』も/潔かった石橋湛山/『男が仕切る社会』象徴」
・社会面「『辞めても説明責任ある』/「渦巻く怒り『首相にも責任』」/「『新任務付与の判断材料 隠蔽されたのが問題点』/情報公開請求した布施さん指摘」/「内紛の印象 陸自に危機感/『任務遂行で信頼回復』」/「文書廃棄は違法行為」情報公開制度に詳しいNPO法人「情報公開クリアリングハウス」の三木由希子理事長
・社説「日報隠し特別監察 隠蔽の闇は晴れない」/「戦闘」「銃撃戦」明記/派遣継続望んだ政権/信頼回復への一歩を
各紙の総合面の記事の象徴的な見出しを拾ってみると「稲田氏不問 遠い真相」(朝日)、「『日報』核心は闇」(読売)、「稲田氏関与 闇の中」(日経)、「稲田氏『隠蔽』謎のまま」(産経)などとなります。特別監察と言いながら、「政治」へのある種への忖度が働いたのではないか、という気がしています。