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「沖縄県敗訴」と「国勝訴」の違い―辺野古訴訟判決の在京紙の報道の記録

 沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場の移設問題を巡って、日本政府と沖縄県が対立を深めている中で、移設先の名護市辺野古地区の埋め立て承認を沖縄県の翁長雄志知事が取り消したことの是非が争われた訴訟の判決が9月16日、福岡高裁那覇支部で言い渡されました。判決は国の主張を全面的に採用しており、沖縄県の完敗、国の全面勝訴と言っていい結果です。琉球新報の記事を引用して紹介します。

琉球新報「承認取り消し『違法』 違法確認訴訟で県敗訴 知事、上告の方針表明 高裁支部辺野古しかない』」=2016年9月17日
 http://ryukyushimpo.jp/news/entry-358598.html

 沖縄県の翁長雄志知事による名護市辺野古の埋め立て承認取り消しを巡る不作為の違法確認訴訟の判決が16日午後、福岡高裁那覇支部(多見谷寿郎裁判長)で言い渡された。判決は国の請求を認め、翁長知事による承認取り消しは「違法」だとした。県と国の間の辺野古新基地建設を巡る司法判断は初めて。県は同日、23日までに最高裁に上告することを決めた。判決は、同訴訟の審査対象は現知事の取り消しに関する裁量ではなく、前知事による埋め立て承認に裁量の逸脱・乱用があったかどうかだとした上で、「あるとは言えない」と判断したとした。そのため現知事に承認を取り消す権利はないとした。
 翁長知事は同日夕、県庁で会見し「地方自治制度を軽視し、県民の気持ちを踏みにじる、あまりにも国に偏った判断だ。政府の追認機関であることが明らかになり大変失望している」と述べ、判決内容を厳しく批判。最高裁に上告する考えを示した。
 判決は、沖縄に米海兵隊を置く「地理的優位性」など、国側が米軍普天間飛行場辺野古移設の根拠とした主張をほぼ全面的に採用。「在沖縄米海兵隊を県外に移転できないという国の判断は戦後70年の経過や現在の世界、地域情勢から合理性があり、尊重すべきだ」とした。
 その上で「普天間飛行場の被害を除去するには本件新施設などを建設する以外にない。建設をやめるには普天間飛行場による被害を継続するしかない」と断定した。

 手元にある東京新聞が掲載している判決理由の要旨を読んで、あまりの国寄りの判断ぶりに驚きを禁じ得ませんでした。
 例えば「沖縄の地理的優位」について「沖縄と潜在的紛争地域とされる朝鮮半島台湾海峡との距離は、ソウルまでが約1260キロ、台北までが約630キロで、それぞれグアムからより近い」「北朝鮮の弾道ミサイル『ノドン』の射程外は国内では沖縄などごく一部。沖縄に地理的優位性が認められるとの国の説明は不合理ではない」などとしています。朝鮮半島に近いということで言えば、日本本土の方が沖縄よりもずっと近いのであって、その辺の指摘に対して判決がどういう判断を示しているのか、全文を見てみたいところです。日本本土よりも地理的に優位であるということを言うために北朝鮮のミサイルまで持ち出したのだとしたら、北朝鮮が最近立て続けにミサイル発射を繰り返し、到達距離は米本土をもとらえつつあるという状況下では、何の意味もないでしょう。普天間飛行場の代替基地を置くのに沖縄が持つ優位性については、2012年12月に当時の森本敏防衛相が、地理的な要因や軍事的な事情ではなく、沖縄のほかには持って行き場がないという政治的な要因であることを明言しています。そうしたことを一顧だにすることなく「沖縄に地理的優位性が認められるとの国の説明は不合理ではない」との判断を示しているのだとすれば、まさに国を勝たせるための、ためにする判断ではないのかとの疑いを持ちます。

※参考 琉球新報普天間移設先 森本防衛相『沖縄、政治的に最適』」=2016年12月26日
 http://ryukyushimpo.jp/news/prentry-200735.html

 また翁長知事が、前任の仲井真弘多氏が行った埋め立て承認を取り消したことについて、判決は「普天間の移転は沖縄県の基地負担軽減に資するもので、新施設に反対する民意に沿わないとしても、負担軽減を求める民意に反するとは言えない。取り消すべき公益上の必要が、取り消すことによる不利益に比べて明らかに優越しているとまでは認められず、承認取り消しは許されない」との判断を示しています。仲井真氏が埋め立てを承認したのは2013年12月です。しかし、2014年11月の知事選で仲井真氏は翁長氏に敗れました。同年12月の衆院選では、沖縄県小選挙区では四つすべてで自民党候補が敗れています。沖縄県の住民の民意は明らかに辺野古移設に反対で、埋め立て承認の取り消しは翁長氏にしてみれば選挙公約の実行です。そうした経緯があるにもかかわらず「負担軽減を求める民意に反するとは言えない」とまで言うとは、さすがに言い過ぎではないのかと感じます。

 この判決を日本本土のマスメディアはどう報じたのかの例として、東京発行の新聞6紙の17日付け朝刊の主な記事の見出しを書きとめておきます。いずれも東京本社発行の最終版です。
 1面の本記の主見出しは、東京新聞だけが「沖縄県敗訴」と「沖縄」を取りましたが、他の5紙は「国が勝訴」「国が全面勝訴」と「国」を取りました。判決が全面的に国の主張を認めた点を重視すれば「国」かもしれません。一方で、「県」が「国」と真っ向から裁判で争うケースは沖縄以外の日本本土では見当たらないことで、そのこと自体が沖縄の基地集中の問題の性格を表しています。ほかの地域では起こりえないことが沖縄では解消されないままになっている、ということは沖縄への差別的な扱いということです。その点を重視するなら、見出しはやはり「沖縄」だろうと思いました。
 社説で取り上げたのは朝日、毎日、読売、日経の4紙。朝日、毎日、日経は話し合いを求めていますが、読売は翁長氏への批判に終始しているのが目を引きました。

朝日新聞
1面トップ「辺野古埋め立て 国勝訴」「承認取り消し『違法』」「基地負担の軽減 認定」「沖縄知事、上告へ」
2面・時時刻刻「完敗判決 沖縄『あぜん』」/「高裁支部『埋め立て必要性 極めて高い』」「翁長知事、徹底抗戦の構え」/「政権『主張認められた』」「来春にも工事再開目指す」/「鶴保沖縄相『早く片付けて』」
2面「県民の反対運動 むしろ結束」仲地博・沖縄大学長(地方自治論)/「国と県は対等 観点が欠落」三好規正・山梨学院大法科大学院教授(行政法
第3社会面(33面)「沖縄憤り『不当判決』」「辺野古移設訴訟 県敗訴」/判決要旨
社説「辺野古判決 それでも対話しかない」


毎日新聞
1面「辺野古移設 国が勝訴」「『知事の承認取り消し違法』」「高裁那覇支部判決」「知事側が上告へ」※1面トップは「豊洲盛り土09〜10年撤回」
3面・クローズアップ2016「攻防激化 遠い決着」「県、徹底抗戦の構え」「国、工事再開に自信」
3面「沖縄県と国 なぜ裁判に?」「話し合い進展せず 国が提訴」質問なるほドリ
3面「地方自治を否定」武田真一郎・成蹊大法科大学院教授(行政法)/「妥当な判決だ」村田晃嗣同志社大教授(安全保障政策論)
社会面トップ「『民意は揺るがぬ』」「県敗訴 反対派、闘い継続」/「『早く片付けて』鶴保沖縄担当相」/判決要旨
社会面・解説「問題解決の制度にもろさ」
社説「辺野古で国勝訴 解決には対話しかない」


【読売新聞】
1面トップ「辺野古訴訟 国が勝訴」「埋め立て承認 取り消し『違法』」「沖縄県 上告の方針」「高裁那覇支部
3面・スキャナー「移設実現へ追い風」「埋め立て なお難題」「年度内にも最高裁判決」/「沖縄県 徹底抗戦崩さず」「岩礁破砕許可 来年3月攻防か」
社会面準トップ「沖縄 安堵と反発」「翁長知事『偏った判断』」
社説「『辺野古』国勝訴 翁長知事の違法が認定された」


日経新聞
1面準トップ「辺野古移設 国が勝訴」「福岡高裁支部 知事の対応『違法』」「県は上告へ」※1面トップは「所得税、数年かけ改革」
4面(政治面)「政府、来春の工事再開視野」「沖縄県知事 対抗策探る」
4面「公益性の比較踏み込み過ぎ」本多滝夫・龍谷法科大学院教授(行政法)/「裁量権を認めず県に厳しい判決」三好規正・山梨学院大法科大学院教授(行政法
社会面準トップ「辺野古移設に沖縄複雑」「『基地は必要』『早く決着を』」/「翁長知事『三権分立に禍根残す』」
社会面「『不合理なければ国の判断尊重』」「判決、知事の審査権は認める」
社説「『北風』で普天間移設できるか」


産経新聞
1面トップ「辺野古 国が全面勝訴」「翁長知事の対応『違法』」「高裁支部判決」
3面「翁長知事 最大の窮地」「移設反対 際立つ矛盾」/「負担軽減へ協議継続 政府」/「県、和解条項逃れ躍起」
3面「『敬意を表すべき判決』」沖縄県仲井真弘多前知事


東京新聞
1面トップ「辺野古新基地 沖縄県敗訴」「福岡高裁支部判決 知事の対応『違法』」/「『普天間の危険除去 辺野古以外ない』『国防・外交は国の任務 尊重すべき』」
1面・解説「県民切り捨て国策追認 協議も軽視」(時事通信配信記事)
2面・核心「対話なく 対立続く」「安倍政権 建設工事再開へ加速」「翁長知事 別の知事権限で阻止」
2面「鶴保沖縄相『早く片付けて』」
3面・Q&A「和解、国提訴…溝深く」
3面「代執行訴訟で和解勧告も」「高裁那覇支部・多見谷裁判長」/「統治行為論で逃げ」大田昌秀沖縄県知事
9面「裁判の中立性疑問」江上能義・早稲田大大学院教授(政治学)/「現行案 再考すべき」宮城大蔵・上智大教授(日本外交史)/判決要旨・争点表
社会面準トップ「『沖縄の気持ち踏みにじる』」「翁長知事 判決に憤り」/「『県外 本当に無理なのか』」


 共同通信が判決後の翁長雄志知事の記者会見の動画をyoutubeにアップしています。


※追記:2016年9月18日22時40分
 毎日新聞社の大阪本社発行紙面では、四国に届く12版では、1面トップの主見出しは「辺野古訴訟 沖縄県敗訴」と、「国勝訴」ではなく「沖縄県」を取っています。知人が教えてくれました。ありがとうございました。