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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「非常時だからこそ」のマスメディアの役割~新型コロナウイルス緊急事態宣言 在京紙報道の記録

 新型コロナウイルスの感染拡大に対する措置として安倍晋三首相は4月7日、改正インフルエンザ特措法に基づく緊急事態宣言を発出しました。国民の私権制限を伴う内容であることから、東京発行の新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)も8日付朝刊ではそろって1面トップの扱いでした。多くの関連記事を総合面から政治面、経済面、国際面、社会面へと展開しています。歴史的な事態とあって、各社編集局長らの署名記事も目立ちます。
 この緊急事態宣言に対しては、いろいろ考えるところがあり、危うさも感じているのですが、そのことは後日、考えを整理して書いてみたいと思います。取り急ぎ、東京発行の新聞各紙の報道を見ながら感じたことを書きとめておきます。

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 ▽各紙を見ていると、署名の評論記事や社説・論説に「(ウイルスとの)戦い」「闘い」「(ウイルスに)打ち勝つ」といった表現が散見されます。安倍首相が東京五輪・パラリンピックの2021年延期を巡って、「人類がウイルスに打ち勝った証し」という表現を好んでいるらしいこと、「打ち勝つ」といってもその実体はなく、勇ましさはあっても言葉として空疎であることは、以前にもこのブログで書きました。「緊急事態」が現実になった今、言葉に激しさだけが強まって行けば、その分、冷静な思考が失われかねなくなることを危惧します。

 テレビの例ですが、7日のNHKは、緊急事態宣言の発令で災害時のようなL型の画面表示に切り替わりました。大地震や台風のような災害であれば、社会の様子は一変します。しかし今回は緊急事態宣言が出ても、わたしたちがなすべきこと(外出を控え、手洗いとうがいを励行する、社会的距離を保つ、といったことです)に変わりはありません。災害であれば、アナウンサーは「すぐに避難してください」「落ち着いて行動してください」と言うはずです。この日はそういう状況ではありません。しかし何か言わなければいけないのか、男性アナウンサーは「宣言が出ました。われわれは一段と気を引き締めなければなりません」と口にしました。つまりは精神論です。考えることをやめる最初の一歩でなければいいが、と感じました。

 こういう状況だからこそ、言葉の選び方にマスメディアは注意を払う必要があると思います。 

 ▽冷静な思考が失われ、社会でともに暮らす人たちが自分の頭で考えることをやめてしまうようになれば、「非常時だから異論を言うな」との同調圧力だけが高まっていき、深刻な人権侵害が放置されていくことになりかねないことを危惧します。

 ネット上などには「政府の対応に批判すべき点はあるが、今は人々が力を結集するときだ」との論調が根強くあります。「がんばっている政権の足を引っ張るな」との、政権批判に対する批判もあります。力を結集することの大事さに異論はありません。しかし、そのためにも社会でともに暮らす人たちが自分で考えることが必要であり、そのためには政治リーダーの判断や決断、立ち居振る舞いに対しても自分の意見を持つことが必要です。人々の意見(世論)によって、政治判断が変わることがあるのです。このような状況だからこそ、「おかしい」と感じたことに批判できる自由が担保されていなければなりません。この状況下でのマスメディアの役割は、正確な情報を迅速に社会に提供することですが、その中でも特に、政治リーダーや公権力が何をやろうとしているのか、その手続きは適正か、といった情報が重要です。「権力の監視」の機能をふだんにもまして果たしていかなければいけないと思います。マスメディアが率先して同調圧力を高めていくようなことになってはならないはずです。 

 以下に、東京発行の新聞各紙の8日付朝刊紙面から、1面掲載記事と社説の見出しを書きとめておきます。
【朝日新聞】
▼1面
トップ「緊急事態宣言/7都府県対象 来月6日まで/108兆円の緊急経済対策/都の休止要請先 国が難色」
「長い闘い 行動変えるとき」佐古浩敏ゼネラルエディター
▼社説「首相が緊急事態宣言 危機乗り越える重責自覚を」/私権を制限する重み/「不安」拭う対策こそ/信頼の礎は情報開示

【毎日新聞】
▼1面
トップ「緊急事態宣言発令/7都府県 来月6日まで/『人と接触 8割減らして』『医療逼迫 時間猶予ない』」/新型コロナ 首相会見
「都、休業要請10日発表/対象施設 国と調整進まず」
「財政支出39兆円 過去最大/緊急経済対策 閣議決定」
解説「今こそ冷静に」
▼社説「緊急事態と経済対策 生活危機に応えていない」/遅く不十分な現金給付/長期戦の備えを十分に

【読売新聞】
▼1面
トップ「緊急事態宣言 発令/東京・神奈川・埼玉・千葉・大阪・兵庫・福岡/外出自粛要請 5月6日まで/首相 社会機能維持 呼びかけ/新型コロナ」
「108兆円経済対策決定 財政支出39兆円」
「都、休業対象公表先送り」
「日本型の戦い 毅然と」飯塚恵子編集委員
▼社説「緊急事態宣言 感染抑止に協力し医療守ろう/冷静な対応で社会の混乱を防げ」/過剰な措置は戒めたい/公共インフラの維持を/家計と企業支援万全に

【日経新聞】
▼1面
トップ「緊急事態宣言を発令/首相『接触8割減を』/新型コロナ 東京など7都府県/経済相『地域追加も』」/「休業要請実施 判断分かれる」
「資金繰り支援45兆円/政府が緊急経済対策決定」
「日産、米で1万人一時解雇/生産停止で ホンダは一時帰休」
「民主社会が試されている」藤井彰夫論説委員長
▼社説2本「家計と企業の支援策を滞りなく迅速に」/「緩やかな制限で収束させたい」

【産経新聞】
▼1面
トップ「首相 緊急事態を宣言/7都府県 5月6日まで/新型コロナ 接触8割減訴え/『感染拡大続けば東京1か月後8万人』」
「休業要請の調整難航/都、11日開始目指す」
「財政支出39兆円/108兆円 閣議決定 経済対策」
「日常を取り戻すために」井口文彦編集局長
▼社説(「主張」)「緊急事態宣言 危機感持ち行動変えよう/国民の底力が問われている」/丁寧に情報発信重ねよ/「地方疎開」は厳に慎め

【東京新聞】
▼1面
トップ「緊急事態 首相が宣言/接触8割減目指す・都市封鎖ない/7都府県 5月6日まで/『効果なければ新法制も』」
「都、11日にも休業要請/神奈川・埼玉・千葉は要請せず」
「読者の皆さんに伝え続けます」臼田信行編集局長
▼2面・解説「命と生活守るのが政治使命」高山晶一政治部長
▼社説「緊急事態宣言 大切な命守るために」/私権制限措置は慎重に/経済対策に多くの課題/社会的弱者にこそ手を

 

 以下は記録として、東京発行各紙の7~8日の紙面です。

7日付朝刊

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7日付夕刊

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8日付夕刊

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